週明けの教室で、燈矢は春斗として廊下側の一番後ろの席に座っていた。
廊下の先から少しずつ大きくなる喧騒。「朝っぱらから鬱陶しいな」という感想を燈矢は抱いたものの、その原因が何かを知っているため顔を顰めることしかできない。周囲の男子生徒が同様に険しい表情を見せる中、登場したのは春斗だった。燈矢であれば軽くあしらうこともできただろうが、こういう状況に慣れない春斗は取り巻きの女子生徒の相手をしていた。そのため、いつも以上に纏わり付かれていたのだ。
春斗は苦笑いしながら、廊下側の席に座っていた燈矢に声を掛けた。
「おっす」
燈矢も自分の身体が置かれている状況を目の当たりにしつつ返事をする。
「おはよう」
その光景を目にした女子生徒とクラスメート達の動きが止まる。孤高の2人は他人との接点が無いからこそ孤高なのだ。実際に、どちらかが誰かに話し掛けている場面は稀であり、この2人が言葉を交わすことなど今まで一度もなかった。静まり返る教室の中、春斗は窓際の自分の席まで移動するとそのまま着席した。
朝の邂逅以降は全くお互いに関わることをせず4時間目の授業が終了した。その瞬間、春斗は足早に教室を出ると、全力で走って姿を消した。余りに素早い行動であったため、取り巻きの女子生徒は完全に春斗を見失った。燈矢は特に慌てることもなく、クラスメート達が各々自由に昼休憩を過ごす態勢になった頃合を見計らい教室を後にした。
「遅いよ、燈矢」
視聴覚室で待っていた春斗が、だいぶ遅れて来た燈矢に不満を漏らす。
「ああ、悪い、悪い。そうは言ってもな、オレがどこに行ったのか知らない感じにしておかないと、後々面倒だろ」
「まあ、確かにそうだね」
燈矢の返事に、春斗がしぶしぶといった感じで同意する。
お互いが適当に席に座ると、早速春斗が口を開いた。
「それで、何か気付いた事とかある?ボクの方は色々と分かったことがあるよ。とは言っても、大半がネットで調べただけだけどね」
それを聞いた燈矢は背もたれに身体を預けて上を向いた。
「オレの方は何も無いな。ココにいるはずのヤツに話し掛けたりしてみたんだが、何の反応もない。意志の疎通ができれば、説得することもできるんじゃないかと思ったんだけどなあ」
燈矢の意見を聞き、春斗は「基本的なことなんだけど」と前置きをして説明を始めた。
「除霊とかしたことがなければ知らなくて当然なんだけど、言葉が通じて会話が成立するのは人の形を保っている霊限定で、悪霊化していないことが条件なんだよ。ボクの身体に取り憑いている霊は、もう人間としての形を保っていないよね。だから、いくら話し掛けても、もう彼女が応えてくれることはないよ]
春斗はそこまで話すと、身を乗り出して続ける。
「今も少し説明したけど、基本的に最初は生前と同じ姿形をしているんだ。普通はその姿のまま、初七日の法要などによって今生と別れを告げる。でも、激しい執着があって捨てられない未練があったり、強い憎悪による怨念があると、この世に残ってしまうことがある。すると、時間の経過とともに人としての姿を失い、同時に人であった時の思考力も、なぜこの世に残ったのかという理由すらも忘れてしまう。本末転倒だけど、この世に残って摂理を捻じ曲げるためには代償が必要になる。だからさ、半分以上身体が暗闇に飲み込まれているってことは、その人は随分と前に死んだ人だってことになるね。
ああ、キミに憑いている人には話し掛けてないけど、聞こえないし。でも、たぶん、最近の霊だと思う。ボクに憑いてる霊とは違って、何百年なんてことはないよ」
「そ、そうなのか・・・そうなると、その人は、思考力が残っている状態でオレに憑いてるってことになるけど?」
春斗に近付くと聞こえてくる「殺してやる」という声。それを聞きなが燈矢は春斗に訊ねる。
「その可能性は高いね。ただ、そうなら調査も簡単だし、もしかしたら除霊もできるかも知れない。ソレは絶対無理だから、何か別の方法を考えないといけないけどね」
苦笑いする春斗に、燈矢が手を伸ばして肩に手を乗せた。
「大丈夫だ。何とかなるだろ、たぶん。それでこれからどうするんだ?」
「たぶん、て・・・まあ、今後については考えがあるんだ。どう考えても、そこから憑いて来たとしか思えないから、10年前、交通事故に遭った場所に行こうと思う」
春斗は交通事故に遭った後、一度として事故現場に行ったことがなかった。いや、行くことができなかった、という方が正しいのかも知れない。
春斗の話しを聞き、思い付いた場所を1つずつ潰していくしかないと考えて燈矢が同意する。
「確かに、一度は行ってみる必要はあるな。で、思い出したくないかも知れないが、それはどこだ?」
春斗は自分のスマートフォンを取り出すと、燈矢の眼前に画面を突き付けた。
「夜泣き峠・・・マジかあ。県内でもトップクラスの、超心霊スポットだなあ。ああ、そうかあ。夜泣き峠かあ・・・」
目が虚ろになる燈矢の肩をガッシリと掴み、春斗が微笑んだ。
「燈矢がいないと、今のボクには何も聞こえないから」
燈矢は春斗の言葉を聞き、その場で床に頭がつきそうなほど項垂れた。
廊下の先から少しずつ大きくなる喧騒。「朝っぱらから鬱陶しいな」という感想を燈矢は抱いたものの、その原因が何かを知っているため顔を顰めることしかできない。周囲の男子生徒が同様に険しい表情を見せる中、登場したのは春斗だった。燈矢であれば軽くあしらうこともできただろうが、こういう状況に慣れない春斗は取り巻きの女子生徒の相手をしていた。そのため、いつも以上に纏わり付かれていたのだ。
春斗は苦笑いしながら、廊下側の席に座っていた燈矢に声を掛けた。
「おっす」
燈矢も自分の身体が置かれている状況を目の当たりにしつつ返事をする。
「おはよう」
その光景を目にした女子生徒とクラスメート達の動きが止まる。孤高の2人は他人との接点が無いからこそ孤高なのだ。実際に、どちらかが誰かに話し掛けている場面は稀であり、この2人が言葉を交わすことなど今まで一度もなかった。静まり返る教室の中、春斗は窓際の自分の席まで移動するとそのまま着席した。
朝の邂逅以降は全くお互いに関わることをせず4時間目の授業が終了した。その瞬間、春斗は足早に教室を出ると、全力で走って姿を消した。余りに素早い行動であったため、取り巻きの女子生徒は完全に春斗を見失った。燈矢は特に慌てることもなく、クラスメート達が各々自由に昼休憩を過ごす態勢になった頃合を見計らい教室を後にした。
「遅いよ、燈矢」
視聴覚室で待っていた春斗が、だいぶ遅れて来た燈矢に不満を漏らす。
「ああ、悪い、悪い。そうは言ってもな、オレがどこに行ったのか知らない感じにしておかないと、後々面倒だろ」
「まあ、確かにそうだね」
燈矢の返事に、春斗がしぶしぶといった感じで同意する。
お互いが適当に席に座ると、早速春斗が口を開いた。
「それで、何か気付いた事とかある?ボクの方は色々と分かったことがあるよ。とは言っても、大半がネットで調べただけだけどね」
それを聞いた燈矢は背もたれに身体を預けて上を向いた。
「オレの方は何も無いな。ココにいるはずのヤツに話し掛けたりしてみたんだが、何の反応もない。意志の疎通ができれば、説得することもできるんじゃないかと思ったんだけどなあ」
燈矢の意見を聞き、春斗は「基本的なことなんだけど」と前置きをして説明を始めた。
「除霊とかしたことがなければ知らなくて当然なんだけど、言葉が通じて会話が成立するのは人の形を保っている霊限定で、悪霊化していないことが条件なんだよ。ボクの身体に取り憑いている霊は、もう人間としての形を保っていないよね。だから、いくら話し掛けても、もう彼女が応えてくれることはないよ]
春斗はそこまで話すと、身を乗り出して続ける。
「今も少し説明したけど、基本的に最初は生前と同じ姿形をしているんだ。普通はその姿のまま、初七日の法要などによって今生と別れを告げる。でも、激しい執着があって捨てられない未練があったり、強い憎悪による怨念があると、この世に残ってしまうことがある。すると、時間の経過とともに人としての姿を失い、同時に人であった時の思考力も、なぜこの世に残ったのかという理由すらも忘れてしまう。本末転倒だけど、この世に残って摂理を捻じ曲げるためには代償が必要になる。だからさ、半分以上身体が暗闇に飲み込まれているってことは、その人は随分と前に死んだ人だってことになるね。
ああ、キミに憑いている人には話し掛けてないけど、聞こえないし。でも、たぶん、最近の霊だと思う。ボクに憑いてる霊とは違って、何百年なんてことはないよ」
「そ、そうなのか・・・そうなると、その人は、思考力が残っている状態でオレに憑いてるってことになるけど?」
春斗に近付くと聞こえてくる「殺してやる」という声。それを聞きなが燈矢は春斗に訊ねる。
「その可能性は高いね。ただ、そうなら調査も簡単だし、もしかしたら除霊もできるかも知れない。ソレは絶対無理だから、何か別の方法を考えないといけないけどね」
苦笑いする春斗に、燈矢が手を伸ばして肩に手を乗せた。
「大丈夫だ。何とかなるだろ、たぶん。それでこれからどうするんだ?」
「たぶん、て・・・まあ、今後については考えがあるんだ。どう考えても、そこから憑いて来たとしか思えないから、10年前、交通事故に遭った場所に行こうと思う」
春斗は交通事故に遭った後、一度として事故現場に行ったことがなかった。いや、行くことができなかった、という方が正しいのかも知れない。
春斗の話しを聞き、思い付いた場所を1つずつ潰していくしかないと考えて燈矢が同意する。
「確かに、一度は行ってみる必要はあるな。で、思い出したくないかも知れないが、それはどこだ?」
春斗は自分のスマートフォンを取り出すと、燈矢の眼前に画面を突き付けた。
「夜泣き峠・・・マジかあ。県内でもトップクラスの、超心霊スポットだなあ。ああ、そうかあ。夜泣き峠かあ・・・」
目が虚ろになる燈矢の肩をガッシリと掴み、春斗が微笑んだ。
「燈矢がいないと、今のボクには何も聞こえないから」
燈矢は春斗の言葉を聞き、その場で床に頭がつきそうなほど項垂れた。



