孤高の2人が手を繋ぐとき

 燈矢が帰って行った後、春斗は母親に今日の出来事を説明して頭を下げた。もしかすると、母親や心愛を巻き込んでいた可能性があったからだ。母親は即座に春斗の謝罪を受け入れたばかりか、逆に問題が起きていたことに気付かなかった自分を責めた。その様子を目にし、春斗は壊れていないことを確信して安堵した。


 その夜、春斗は思い出したくなかった事柄を調べ始めた。あの日以降ずっと避けていたこと。10年前の交通事故についてだ。春斗には最も思い出したくない過去であり、ずっと続いている悪夢でもある。実際、春斗はあの交通事故の全容を、未だに詳しくは知らなかった。インターネットの検索欄に両親の命日を書き込み、それに続いて死亡事故と入力する。すると、当時の交通事故の記事やネット民の考察が一覧になって表示された。

 事故現場は山間にあるレジャー施設からの帰路に必ず通ることになる、霞山の頂上付近にある霞峠だ。寒暖の差が大きく、付近に川が流れているため霧が発生しやすい地域であることから、霞という名が付けられたらしい。急勾配の山であるため峠道は急カーブが多く、事故が多発するエリアとして今も注意喚起がなされている。実際、10年前までは死亡事故が多発する場所として有名だった。

 この地形的な危険性とは別に、インターネット上には多数の一般人によるの書き込みがあった。その数は、メディアの残骸よりも圧倒的に多い。その記述の見出しは「最恐スポット」「恐怖の夜泣き峠」などといったものだ。つまり、心霊スポット、オカルトの注目地として、何が起きるのか、何が起きたのかを面白おかしくネット上で公開したものだ。一番多いのは、深夜に霞峠に行くとどこからともなくすすり泣く声が聞こえてくるというものであり、それによって峠はいつからか「夜泣き峠」と呼ばれるようになった。

 実際に過去の死亡事故を調べると、他所の峠道と比較しても圧倒的に多かった。インターネット内で拾い集めた死亡事故の件数は10件以上。犠牲者は20人を超えている。実際に数字を並べてみると異常値であることが分かる。ただ、10年前のあの交通事故以降、夜泣き峠で死亡事故は発生していない。

「最恐の心霊スポット、ねえ」
 そう呟きながら、春斗は情報収集を続ける。

 インターネットで「夜泣き峠」を調べていくと、ほぼ100パーセントの確率で県内の心霊スポットベスト3に入っていた。死亡事故が多発していることもあるが、これまで多くのドライバーが同様の心霊体験をしていることの影響が大きい。内容的にはよくある話ではあるが春斗には信憑性が高い、気がした。それは、概ねこのような感じである。


>その日、オレは急いでいた。21時に友達と待ち合わせがあったからだ。日が暮れてから霞山を越えることは避けたかったものの、霞山を迂回してしまうと間に合う可能性が無くなるため、気が乗らないまま霞山を越える選択をしたんだ。

 日が沈むと、霞山の雰囲気は一変する。昼間はいくら通っても何とも思わないが、暗くなってくると一気に空気が重くなる。その日、霞山を登り始めた頃から何となく嫌な予感がした。ネットの書き込みだったのか、それとも誰かに聞いたのか覚えていないが、そういう日(・・・・・)は。他の車に遭遇することがない、と。事実、そんなに遅い時間帯でもないのに、前後に車の姿が見えなかった。対向車さえ、登り始めて1台たりとも擦れ違っていなかった。

 やがて頂上が近付いてきた。勾配が厳しくなり、アクセルを踏む足に力を込める。道路に沿って左右に車が振られる。それでも車道をはみ出すようなスピードは出ていないし、何より運転にかなり余裕があった。道路の端に「霞峠」の看板が見えた。その瞬間だった。急激に車内の温度が低下した。気のせいなんかではない。その証拠に、窓ガラスが一気に曇ったんだ。

 背筋を怖気が走る。
 全身の皮膚が泡立ち、総毛立った。
 一拍置いて、今度は冷たい汗が一気に噴き出す。
 尋常ではないプレッシャーの中、どうにか山頂を越え下り始める。
 その刹那、助手席側に手が浮いていることに気付いた。
 いつの間にか、手首から先の手首が現れていた。
 その手はゆっくりと空中を這い、ハンドルを掴む。
 そして、道路に沿って右に回しているハンドルを左にきった。
 次の瞬間、自動車は制御を失い、遠心力で外に放り出される。
 咄嗟に急ブレーキを踏み込む。
 眼前に迫るガードレール。
 耳が痛いほどのブレーキ音。
 激しい金属同士の衝突音が響き、衝撃でエアバックが開く。
 ゴムの焦げる臭いが漂い、同時に白煙が立ち昇った。

 どうにか生きていた。
 大きな怪我もなさそうだった。
 ホッと胸を撫で下ろす。
 その時、耳元で女性の声が聞こえた。
 ―――――死ねば良かったのに。


 心霊体験としては、よくある話ではある。
 しかし、全ての交通事故はハンドル操作のミスが原因とされている。そんなことが、本当に有り得るのだろうか。「濃い霧の影響で」という記事もあったが、少なくとも春斗が事故に遭った時は霧など全く発生してなかった。

 ただ、1つだけ分かったことがあった。
 ガードレール下の崖に落ちて生き残ったのは、春斗以外に誰もいなかった。