孤高の2人が手を繋ぐとき

 春斗が霊の声が聞こえるようになった経緯も、燈矢の場合と似たようなものだ。

 小学1年生のゴールデンウィーク。
 久し振りに親子3人で遊びに行った帰りだった。春斗が突然感じた衝撃と浮遊感は、これまでの日常を奪い去った。
 30メートルの落下にも関わらず、後部座席に乗っていた春斗は奇跡的に生還した。要因は運転席の後ろの席でシートベルトをしていたからだと言われたが、正面から落下した自動車の状態を目にすると、やはり奇跡以外の言葉は思い浮かばない。

 しかし、奇跡の代償は大きかった。
 事故から1ヶ月以上経過して、ようやく春斗は明確に意識を取り戻した。ベッドを囲むカーテンの向こう側で言い争う叔父と叔母。身動きできない自分の元にいない両親。春斗はあの日、何が起きたのかを忘れていなかった。視界を埋め尽くす緑。そして、振り向いた両親の申し訳無さそうな表情。最後に目にした、眼前に迫る地面。
 認めたくない現実。それでも、引き取ってくれた祖父の元に行ったその日、春斗は仏壇の前に並んで置いてある箱の前に立った。その中に、父と母が入っていると祖父が説明する。話しを聞き終わった春斗は、祖父が全く予想していなかった反応を示す。涙を見せることもなく、ただ、箱の前にお座ると静かに手を合わせたのだ。

 逆に狼狽する祖父を他所に、春斗の心は凪いでいた。
 春斗の耳には、両親からの「愛してる」がずっと聞こえていたのだから。例え身体を失っても、常に両親が側にいて、自分を守っているのだと春斗は信じきっていたのだ。燈矢と入れ替わるまで、ずっと。


 「愛してる」以外にも、春斗の耳には声が届いた。
 春斗は最初、それを普通の人間が話しているものだと思っていた。しかし、その声は日が暮れても聞こえ続けた。大道寺で法事を行う際に聞こえることも多く、その大半がとても雑談とは思えない内容だった。「あの土地はオマエにはやらない」とか、「なぜオマエが来ているんだ。帰れ、帰れ」などといった内容が多かったが、中には本気で呪うようなものまであった。

 住職である祖父に相談したところ、あっさりと「霊の声が聞こえるということはよくある話だ」と首肯されて終わった。
 ただ、これだけだけは注意しろと念を押された言葉がある。
「霊の言葉を信用し過ぎるな。霊は必ずしも味方ではないぞ」

 低級霊の声は小さく、言葉に成りきらないもの多い。それらの大半は、ノイズキャンセラー付きのイヤホンでどうにかなった。そのため、日常生活にはほとんど影響はなかった。しかし、祖父の手伝いで行く葬儀が法事、除霊作業時にイヤホンを装着する訳にもいかないため、そういう場での声は拾い上げてしまう。
 そいう場で、霊が礼を口にすることはほとんど無い。基本的には恨み言か、身内に対する苦言だけだ。それにも関わらず、送る側は見せかけの故人に対する美辞麗句を繰り返す。その度に激高する本人を知らないで。その光景を目にする度に、人間に対する希望を失っていった春斗を責めることはできないだろう。

 学校で話し掛けられ、何気なく返事をした相手が霊だったことも時々ある。そうなると、延々と耳元で話し掛けられ続けることになる。授業中にイヤホンをする訳にもいかず、ずっと見知らぬ人に対する恨み言を聞かされる。相手が霊だと気付かず、下校中に憑いて来られたこともある。春斗は見えないため状況は分からないが、ずっと耳元で「痛いよ、痛いよ」と言われたこともある。その時はイヤホンを装着して難を逃れた。
 ただ、憑いて来たとしても、春斗の場合は自宅が寺であるため、低級例の場合は門から中に入って来ることはない。それが唯一の救いとも言える。


 しかし、もう悠長なことも言えなくなった。
 「見えるだけ」の燈矢と入れ替わったことにより、自分がいかに危険な状況にあるのかということを認識した。しかも、「愛してる」が両親ではなく、全く知らない者から告げられていたことを知ったからだ。
 明らかに良くないモノ。それが、完全に取り憑いている。吸い付くように背中にしがみ付き、両手を春斗の首に伸ばしている。そn様子は、いつでも呪い殺すことが可能だとアピールしているようだ。



 お互いの霊能力が目覚めた経緯を説明した2人は、お互いの顔を見合わせて一度頷いた。
「やはり、春斗の方から、つまり、大道寺春斗の問題から解決した方が良いな」
 燈矢がそう言い切ると、春斗も同意する。
「やはり緊急性も高いこともあであるけど、原因が分かりやすい。調べてみる必要はあるけど、まず間違いないと思う。今日中にハッキリさせるから、週明けから一緒に行動するってことで良いかな?」
 春斗に声を掛けられた燈矢が首肯し、右手を差し出す。
「ああ、それでいいぜ。これをさっさと終わらせて、オレの身体も頼むぞ」
「分かってるって」
 そう言って握手をした瞬間、バチバチという音とともに、繋いだ2人の手が眩いばかりに光り輝いた。

「「・・・あ」」