孤高の2人が手を繋ぐとき

「何してくれとんじゃあああああ!!」
 突然、静寂に包まれていた部屋の中に怒声が響き渡った。

 勢い良く飛び込んできた人影が春斗を突き飛ばし、代わりに包丁で腹部を刺された。突き飛ばされた勢いそのままで壁に激突した春斗は、自分の代わりに刺された人物を目にして、逆に叫んだ。
「何してくれとんじゃあああああ!!」

 美玖に刺されたのは、春斗の身体だった。確かに痛みはないが、お腹に穴が開いたのは自分の身体なのだ。小金井は痛いのかも知れないが、自分の身体は無事ということになる。って、ややこしいわ!!とにかく、突然現れて犠牲になった小金井に、春斗は目を見開いた。
 そんな春斗の目の前で、小金井は美玖の手首を掴んで捻り上げた。美玖は険しい表情で態勢を維持していたが、痛みに耐えかねて包丁を手放す。それを見た小金井は、甲高い金属音を響かせて床に転がった包丁を、美玖から遠ざけるように蹴り飛ばした。

「あ、危ないだろ!!」
 自分の方に転がってきた包丁を避けると、後ろ向きのままの小金井に春斗が怒鳴る。すると、小金井は余裕の表情を見せながら、笑顔で振り返った。
「ああ、悪い、悪い。でも、どうにか間に合っただろ?」
「いや、うん、助かったよ。いや、ボクの身体を盾にするとか、ホントに有り得ないんだけど!!・・・あれ?」
 小金井はニヤリと笑うと、服の下から分厚い参考書を取り出した。その参考書の真ん中には、縦に大きな傷跡が残っている。
 それを目にした春斗は自分の身体が無事だったことに安堵したが、一瞬にして険しい表情になった。
「いや、それ、ボクの参考書だよね。しかも、買ったばかりの」
「ああ、これか?机の上にあったヤツを適当に持ってきただけだ」

 ぐぬぬ、という表情の春斗に、フフン、という涼しい笑みを浮かべる小金井。危機的状況にありながら、まるで2人しかいないかのように振舞う春斗と小金井。その光景を見詰めていた美玖が奇声を上げた。

「きいいいいいいいいいいいいい!!
 何なの、何なのよ!!私と燈矢君の仲をジャマして・・・オマエは、いったい何なのよ!!」

 爪を立てて小金井に突進する美玖。しかし、刃物さえ持っていなければ、体格差的にどうとでもなる相手だ。春斗は小金井の前に出ると、突き出した美玖の手首を掴む。そして、そのまま身体の後ろ側に捻り、うつ伏せ状態で組み伏せた。
「警察に電話してくれる?」
「おう」
 春斗の依頼を受けた小金井が、ポケットからスマートフォンを取り出して警察に連絡をする。
「ああああああ・・・燈矢君が私の上に乗ってる。ああああああ、燈矢君。燈矢君。燈矢君。燈矢君。燈矢君」
 春斗の下では、状況を理解していないのか美玖が悶絶していた。


 それから10分もしないうちに、小金井邸の前にパトカーが到着した。春斗が一通り状況を説明すると、未だに恍惚の表情を浮かべている美玖を連れて行った。詳しい事情の説明は後日ということになった。結局、美玖のフルネームは分からないままだ。

「で、何で分かったの?」
 静寂を取り戻した部屋で、春斗は床に向かい合って座っている小金井に問い掛ける。小金井は春斗が冷蔵庫から持ってきたスポーツドリンクを飲みながら答えた。
「玄関に監視カメラがあるだろ。それを見たんだよ。今日、佐々木さんの所で監視カメラがどうとか言ってたから、ちょっと前に付けたヤツを思い出したんだ」
 春斗も玄関の監視カメラに気付いて同じことを考えたものの、どこにも繋がっていないためダミーだとばかり思っていた。
「アレ、どこにも繋がってないんじゃ・・・」
「ああ、コレに繋がってるんだよ」
 小金井はポケットからスマートフォンを取り出して見せた。

「ちょっと前にな、家の周りをウロウロするヤツがいたんだよ。オレだけならどうにかするが、ウチには母親も心愛もいるしな。それで、一応、玄関に監視カメラを付けたんだ。その画像は、スマホでチェックって訳だ。ずっと見てなかったんだけどな、たまたま今日監視カメラの話題が出たから、久し振りにチェックしてみたんだ。そうしたら、挙動不審の女がウチに侵入したところが映っていたんでな。完全に、偶然だな。下手したら春斗は死んでな」

 笑いながら説明する小金井の態度が面白くない春斗は、鼻で笑いながら応える。
「もし死んでたら、小金井はずっと大道寺春斗のままだけどな。ずっと、除霊作業でもしてればいいよ」
「え・・・それは、困るな。いや、マジで間に合って良かったわ」
 2人の視線がぶつかり、同時に笑う。

「それはそうと、ここまで結構時間かかるよね。帰宅時間とか考えると、相当急いで来ないと間に合わなかったと思うんだけど」
「そりゃ必死で来たに決ってるだろ。自分の身体がかかっているんだぞ。たぶん、春斗の身体能力の限界を突破したと思うぜ」
「やめて!!」

 春斗は居間のやり取りを思い浮かべながら考えていた。
 小金井は春斗がこの身体に入っている限り、絶対に守ってくれる存在だ。問題ではあるが、それこそ春斗の身体を犠牲にしてでも、絶対に守り抜くし、裏切ることはない。そういう存在だ。
「なるほど」
 唐突に呟いた春斗に、小金井が首を傾げる。
 いつまでになるのかは分からないが、自分の身体を取り戻すには小金井の協力は不可欠だ。しかも、お互いの信頼関係も絶対条件だ。春斗はそう思った瞬間、小金井が笑いながら自分を名前で呼び始めた理由を理解した。理解すると同時に、あの時の小金井のように笑いたくなった。

「はははははははははは!!」
 突然、笑い始めた春斗に小金井が驚いて顔を上げる。
 そんな小金井に対して、春斗は右手を差し出した。

「えっと、元に戻ることができるまでよろしく、燈矢」
 一瞬戸惑った表情を見せたものの、燈矢は差し出された手を握り返した。
「ああ、よろしくな、春斗」