孤高の2人が手を繋ぐとき

 春斗は孤高の存在だと思われている。
 しかし、その実態は「ひとりぼっち」だ。
 ただ、それは本人が望んだポジションでもある。

 基本的に、春斗は他人を信用していない。
 もっと正確に表現すると、他人の言動を信用していない。言葉には必ず裏の理由があり、行動には必ず裏の目的がある。最終的にそれらは欲望の下に集束していく。善意というものが存在しないことを春斗は思い知っている。だから、独りで生きていけるように、一心不乱に勉学に勤しんだ。学力が高ければ、将来的に困ることはない。必然的に大道寺を継がなければならいとしても、祖父が絶対に春斗に継がせるとは限らないし、門徒もいついなくなるか分からないのだ。

 学力が高い春斗に対し、最初は話し掛けていたクラスメート達も、その素っ気無い態度に近付いてこなくなった。見下した態度を取った訳ではないが、相手は少なからず不快感を覚えたはずだ。だから、悪い噂を流そうとした。陰口を叩いた。しかし、圧倒的な試験結果を出し続けたことで押し潰した。絶対的な結果の前では、誹謗中傷は無意味だ。そもそも、春斗自身が全く気にしていないのだから、本当の意味で何の嫌がらせにもならなかった。そしていつしか、アンタッチャブルな存在として一目置かれることになった。

 最初から春斗はこんな考え方だった訳ではない。

 春斗がまだ小学1年生の時のことだ。両親とハイキングに行った帰り、カーブで曲がり切れなかった自動車がガードレールを突き破って30メートル以上ある崖下に転落した。目を見開く父親と、悲鳴を上げる母親。何が起きたのか分からず、目の前に広がる森の緑を見渡す春斗。一瞬、振り返った両親の顔。その表情を、今でも春斗は忘れられない。

 次に春斗が目を覚ました時、最初に目に写ったのは真っ白な天井だった。意識が覚醒すると同時に、春斗は両親の姿を探した。叫ぼうとしたが、口にプラスチックの何かが被せてあるために声が通らない。起き上がろうとしたものの、身体が動かなかった。
 巡回してきた看護師はベッドの上で必死に足掻く春斗を目にし、慌てて病室を飛び出して行った。

 その後、再び眠りに落ちた春斗が目を覚ますと、仕切りであるカーテンの向こう側の会話が聞こえてきた。呼ぼうとしたものの、やはり声が出なかった。
「それで、誰が春斗の面倒を見るんだ?」
 低い男性の声が聞こえる。聞き覚えのある声音は、父の兄である叔父のものだ。
「ウチで引き取ろうと思うけど、何か問題がある?」
 今度は女性の声だ。その声にも聞き覚えがある。母の妹である叔母のものだ。
 2人とも盆と正月には必ず会うし、一緒に来るいとこ達に会うことも楽しみだった。その2人が、何かを引き取る話しをしているようだ。2人とも前のめりであることが、幼い春斗にも理解できた。

「いやいや、父親の兄であるオレが引き取るのが筋ってものだろ。年齢(トシ)が近い和也もいるし、その方が良いに決ってる」
「そうかも知れないけど、ウチには男の子がいないし。旦那も男の子が欲しいって、ずっと言っていたから。やっぱり、ウチで引き取らせてもらいたいわ」
 春斗が目を覚ましていることに思いが至らない2人の口調が強くなっていく。それと同時に、何を話し合っているのかも分かり始めてくる。しかし、春斗にはすでに父と母がいるのだ。2人の会話の意味が分からない。

「いや、オマエは保険金が目当てだろう。あれは、春斗のものだぞ。春斗の学費や将来のためのお金なんだよ」
「当然でしょ。そんなお金に興味なんかないわ。アナタこそ、最近失業して生活費が苦しいって聞いているけど?」
「な、何で・・・いや、オマエこそ、実家の事業が上手くいっていないんだろう!!」
「今、それは関係ないでしょ!!そいうことじゃないのよ」
 2人の会話を耳にしながら、春斗は父と母のことを考えていた。
 関係ない。両親が来れば、意味の分からない話もそこで終わるから。そう考えているうちに、春斗の瞼が再び重くなっていった。


 春斗は声を掛けられて、明確に覚醒した。
 カーテンを開けられ、窓からは眩しいほどの陽の光が挿し込んでいる。
 目の前には、いつも厳しい表情をした祖父が、眉根を下げて覗き込んでいる。
 その横には白衣の男性と、助手らしき女性の姿。
 今日が、あの日から1ヶ月以上経過した日だと教えられる。
 父と母の姿が見えないことを不思議に思い祖父に問う。
 祖父は視線を落として曖昧に返事をする。
 あの日の最後を思い出す春斗。
 未だに自由にならない自分の身体を眺める。
 なぜか、春斗の視界が滲んでいく。
 誰も何も言わない。
 だけど、春斗の目からはポタポタと雫が落ちる。
 声が出ない。
 春斗が何度も自分の眼をこする。
 誰にも問わない。
 静寂の中、春斗の嗚咽だけが響く。
 繋がっていた熱が無いことに春斗は気付いていた。


 その後、退院が迫った頃、春斗は見舞いに訪れた祖父に訊ねた。
「保険金って何?」
 すっかり子供っぽさが無くなった孫に、祖父は隠すことをせずに答えた。
「父さんと母さんが、春斗のために残したお金だ」
 なるほど、と春斗は受け止める。
「ボクは、お祖父ちゃんのところに行く」
「そうか」


 その後、祖父は叔父と叔母の申し出を断り、春斗を手元に置いた。
 当然のように修行をさせられたが、春斗はそれを全く苦にすることはなかった。ただ、葬儀の手伝いや除霊の仕事に出向く度に、春斗は人を信用できなくなっていった。霊の声が聞こえる春斗には、亡くなった人の声が聞こえる。目の前で勝手な理屈を捏ねている人達を眺め、それを怒鳴り付ける声を聞いた。お金が有れば奪い合い、資産が無ければ擦り付ける。こんな光景を目にして、人を信じろという方が無理だ。

 だから、そんな自分だから、こんな終わりなのかも知れない。
 狂気に染まった美玖の双眸を眺めながら、春斗は覚悟を決めた。