孤高の2人が手を繋ぐとき

 電車に乗り込んだ春斗は、車窓から見える和服の女性に気付く。最近では何かの行事意外で見掛けることはなくなったが、住職である祖父はいつも和装だ。頑固な祖父を思い出し、春斗は大道寺がある方向を眺める。いつ元の生活に戻ることができるのか全く分からない。それを考えると春斗は不安になる。それでも、幼い妹と一緒にいることができない小金井のことを考えれば、弱音を吐くことはできない。


 春日台駅に到着すると、春斗は無意識のうちにシートから立ち上がる。そして、改札を抜けると、すっかり慣れた足取りで小金井邸の方向に歩き始めた。
 今日はお迎えの必要はないが、2人が外食をするため晩御飯の弁当を買わなければならない。場所を覚えたコンビニに立ち寄り、ペットボトルの飲み物とカラアゲ弁当を購入する。まだ早い時間帯に家を出たはずであるが、もう17時を過ぎようとしている。実は、佐々木邸を出たところで、自分の身体を守るために除霊の方法を小金井にレクチャーしたのだ。

「それにしても、今日は何だか疲れたなあ。自分がやった方が何倍も楽だよ」

 そうボヤいているうちに、春斗は小金井邸に帰り着いた。ポケットから玄関のキーを取り出しながら門を通り過ぎる時、ふと玄関の上部にあるカメラに気が付いた。佐々木邸の門に設置されていたカメラに比べれば、随分と安っぽく感じる。
 春斗はカメラを見上げながら首を傾げる。
 ダミーの可能性が高い。家の中に監視カメラを確認する設備や、記録するレコーダーを見た記憶がないからだ。おそらく、外部からの訪問者を威嚇するために設置されているのだとう。それはそれで、良い気はしない。陽斗は小金井から父親は単身赴任で、母親は勤務時間が不規則な看護師だと聞いている。幼い妹と2人きりの時間が多いことを考えれば、見せ掛けだけでも無いよりはマシなのかも知れない。

 玄関を開けて中に入ると、そのままダイニングに向かう。このまま、買って帰った弁当を温めて食べてしまいたかったのだ。中途半端な時間帯に家を出て、そのまま除霊やレクチャーをしていたため昼御飯を抜いた形になってしまい、春斗はかなり空腹だった。
 電子レンジに弁当を入れ、1分30秒に設定してスイッチを入れる。コンビにの弁当など、適当に温まっていれば良いと春斗は思っていた。ガラス面の中を眺めていると、すぐに時間が経過してチンと音が鳴った。

「お腹ペコペコだよ」

 そう呟きながら弁当のフタを開けようとした時、上からガタンという音が聞こえた。
 思わず春斗の手が止まる。
 しかし、今の自分が「見えるだけの人」であることを思い出し、再び手を動かし始める。その直後、再び手が停止した。
 ソレ(・・)は逆におかしいい。霊障でないのであれば、普通に(・・・)音が発生したことになる。しかし、それは有り得ない。心愛も母親も、今この時間は、まだ帰宅していないのだ。

 春斗の全身が総毛立つ。
 確かに、小金井の周囲には霊が集ってくる。しかし、それは大半が低級霊だ。低級霊にポルターガイスト現象を発生させるだけの力は無い。そもそもだ。2階にある小金井の自室には御札が貼ってある。小金井の部屋どころか、2階にはかなり強い霊でなければ近寄ることすらできない。つまり、今の物音の原因は、人間の可能性が高い。春斗にしてみれば、霊よりも余程苦手な相手だ。


 天井を見上げて春斗は考える。
 本当に人間かどうかを確認していないため、警察に連絡するという訳にはいかない。だからといって、これから心愛と母親が帰宅することを考えると、この状況をどうにかする必要がある。
 春斗は大きく息を吐き出すと、胸に手を当てて自分に気合を入れる。そして、ダイニングを出ると2階へと続く階段の下まで移動dした。

 普通にした方が良いだろう。もしかすると、鼻歌でも歌いながら上がって行けば、窓から逃げ出すかも知れない。いや、そうあって欲しいと思いながら、春斗はあからさまに声を上げた。
「さあて、2階で勉強でもするかなあ」
 すると、小金井の自室から再びガタンという音が聞こえてきた。間違いなく、小金井の部屋に何者かがいる。しかも、逃げ出したりもしていない。春斗は聞こえていないフリをしながら、流行の曲を口ずさみながら階段を上がる。そして、自室のドアノブを握り、深呼吸をして一気に開け放った。

 そこは無人だった。
 表面上は誰もいなかった。
 しかし、常に春斗の隣にいる女性の霊が部屋の一点を凝視している。
 その視線の先、ベッドの下から青いスカートが見えていた。
 現状を理解しようと、春斗の脳内で様々なシュミレーションが行われる。
 しかし、そんな行為は全くの無意味だ。
 玄関の監視カメラは、こういう類の人達に向けた威嚇だったのかも知れない。
 いずれにしても、コレ(・・)を放置する訳にはいかない。

 意を決して声を掛ける。
 いわゆる、小金井のファンであれば大丈夫だろう。
「出てきなよ」
 そう声を掛けると、スカートの裾だけが見えていた女性がベッド下から這い出してきた。
 先に足が出て、腹部が腹部から上半身が―――――


 春斗は知らなかった。
 無断で家に侵入するほどの相手は「ファン」などではなく、「ストーカー」と呼ばれる存在であることを。

 上半身が全て現れた時、女性の手には包丁が握り締められていた。