孤高の2人が手を繋ぐとき

「何してくれとんじゃあああああ!!」
 突然、静寂に包まれていた蔵の中に怒声が響き渡った。

 入口から飛び込んで来た人物が小金井を突き飛ばした。その拍子で床に転がったカバンから御札を取り出し、それを小金井の額に貼り付ける。更に、小金井に手加減なしで往復ビンタを食らわした。

「あ・・・あれ、オレいったい何を・・・」
 小金井が自我を取り戻す。そして、自分が床に倒れていることに気付き、馬乗りになっている人物の名を口にした。
「大道寺・・・何でオマエがここに? 何で御札がデコに? いや、ほっぺが痛いんだけど!!」
 自分の上に乗っている大道寺を払い除け、小金井が立ち上がる。
「えっと・・・大道寺が何でここにいるんだ?いや、オレは確か話しを聞いて・・・」
「当然、助けに来たに決っているよね?」
「いや、だから、何で?」
 小金井の心情など全く知らない大道寺は、当然のように言い切る。
「助けに来るのは当たり前だよ?だって、その身体はボクのなんだからさ、もし悪霊なんかに取り憑かれたら困るじゃん。2体目とか、全然笑えないからね」

 大道寺の返事を聞いた小金井は一瞬呆けた表情を見せたものの、唐突に笑い始めた。
「ハハハハハハッ、そりゃそうだ!!
 この身体はオマエのだもんな。オレに何かあったら自分が困るだけだもんな。そりゃ、絶対に裏切る訳がない。絶対的に信頼ができる存在だな!!」

 意味不明は反応を見せる小金井に首を傾げる大道寺。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。実際、邪魔をされた霊が、掛け軸から身体半分飛び出した状態で大道寺を睨み付けている。
 そんな霊に視線を固定しながら大道寺が呟く。
「こんなに恐い顔してるんだ・・・何を言ってるのかは分からないけど、見えるのヤバイな」
 動揺する大道寺の横に、小金井が御札を手にして並ぶ。未だに御札が額に貼り付いているため、見た目は某ホラー映画の導師と死体のようだ。
「今はな、『もう少しであの身体が手に入ったのに、邪魔しやがって、邪魔しやがって、呪い殺してやる!!』って言ってるぞ」
「教えてくれなくていいからさ!!」

 対峙する2人と霊。実際には狙われている大道寺と、参加しているだけの小金井、といった構図だ。
「どうにかボクがヤツの気を引くから、隙を見て掛け軸に御札を貼って欲しいんだ。アレは幽霊画だと思うけど、見た感じ絵に念がこもっている訳ではなく、後から取り憑いたんだと思う。大して強い霊ではないから、1枚貼ってしまえばどうにかなると思うから」
「オッケー」
 今の小金井は大道寺に対し全幅の信頼を寄せている。そのため、大道寺の指示に素直に従う。気持ち悪いモノでも見るように、引き気味で小金井から距離を取る大道寺。それを見て小金井が笑う。
「ま、まあ、いいや。じゃあ、いくよ」

 その合図で動き出す大道寺。手にしている御札で牽制しながら霊を挑発する。聞こえていれば、怨嗟の声に震えたかも知れない。しかし、どんなに口を開けて叫ぼうが、今の大道寺には微塵も効果が無いのだ。御札を手に、左右に移動しながら絶妙な距離感でステップを踏む。その隙に、打ち合わせ通り小金井が掛け軸に近付いた。
 霊が小金井に気付くと同時に、手にしていた御札が幽霊画の真ん中に貼り付く。振り返った霊の背中に、見えていた大道寺が御札を貼った。

 小金井の耳に届く霊の断末魔。
 大道寺の目に写る霊の断末魔。
 2人の目の前で、幽霊画に取り憑いていた霊が完全に消滅した。
 それを確認した2人は、ゆっくりとその場に座り込んだ。


「あの様子だと、霊の話しを聞いて同情したね?」
「そんなこと、する訳ないだろ。除霊に来てるんだぞ。祓いに来てるんだから、話しをするはずもないし、同情とか同調とか、乗っ取られそうになるとか、ある訳ないだろ」
「最悪だ」
「仕方ないだろ。やり方を教えてもらってなかったし、話しをするなとか注意もされてなかったぞ」
「う、そうかも・・・」
 すっかり美人画にしか見えなくなった掛け軸の前で、2人は背中を合わせた状態で言葉を交わす。軽口を叩く雰囲気は、まるで長い間交流があった友達同士のようだった。

「それはそうと」
 会話が途切れた後で、小金井が大道寺に訊ねた。
「大道寺って、下の名前は何て言うんだ?」
「何、急に?」
 訝しがる大道寺に、小金井が言葉を続ける。
「今、オレが大道寺だろ。それに、家に帰ると住職がいるだろ。それに、ダイドウジ(・・・・・)って5文字もあって長いじゃないか。それで、紛らわしいし、長いしで、下の名前で呼ぼうかと思ってな」
「いや、今まで通りで良いんじゃない?」
 大道寺は拒絶感を込めて返事をしたが、小金井は無言のままだ。今後も当面はこのまま協力し合わなければならない相手である。大道寺は折れることにした。
「春斗だよ。別に名前で呼んでも構わないけど、ボクは今まで通り小金井って呼ぶから」
「オッケー、春斗」

 大きくため息を吐く春斗。
 吐き終わると同時に、外が騒がしくなった。何者かが蔵に近付いて来ているようだった。
「何事かあったのか!?」
 顔を見せたのは依頼主である佐々木だった。佐々木の目が春斗を捉えると、小金井に向かって問いただす。
「彼はいったい誰だ?監視カメラに見知らぬ人物が写っていたから、様子を見に来たんだ」
 2人は同時に立ち上がると、小金井が春斗を紹介する。
「彼はオ、ボクの助手です。見て下さい。彼の助力で、無事に除霊に成功しました」

 小金井の視線を追う佐々木。そこには、美人画と化した掛け軸が吊るされていた。佐々木は掛け軸に駆け寄ると、満面の笑みで眺め始めた。実際、霊が取り憑く前はただの美人画だったのだろう。絵師のモデルに対する思い入れが強く、霊の苗床になってしまったのかも知れない。


 手土産に高級そうな菓子を頂いた2人は、佐々木邸を後にした。

「監視カメラとか、気にしてなかったよ」
「ヤバかったな」
 途中まで一緒の道であるため、2人は他愛もない会話をする。
「今日は母親と心愛は外で晩御飯を食べるから、勝手に済ませてくれってメッセージが届いたぞ」
 小金井の報告に春斗が首肯する。
「途中で弁当でも買って帰ることにするよ」

 別れ道に差し掛かり、春斗は左に、小金井は右に進路を取りその場で別れることになった。