小金井は孤高の存在だと思われている。
しかし、その実態は「ひとりぼっち」だ。
ただ、それは本人が望んだポジションでもある。
確かに、その端麗な容姿から勝手に女子生徒から声を掛けられる。そして、対応が柔らかく、明確な拒絶をしない曖昧な態度であるため、常に隣を狙う女子生徒に取り囲まれる。無関係な女子生徒、嫉妬の炎を燃やす男子生徒からは敬遠されてはいるが、小金井自身が友好的な態度で接すれば簡単に溝は埋まるだろう。しかし、小金井はそれを選ばない。自ら「ひとりぼっち」を選択しているのだ。
その理由は明確だ。
小金井は他人を全く信用していないのだ。
小金井の家族は実の父親と、再婚相手である義母、そして義妹の心愛だ。義理の文字が付くように、小金井には実の母親がいる。いや、いた。小金井が小学校1年生の7月までは、一緒に生活をしていた。
小金井の父はその当時から単身赴任で、自宅にいるのは盆と正月くらいでほとんど帰ってくることはなかった。高校生になった今であれば仕事の都合だということは理解できる。しかし、まだ幼い小金井には分からなかった。そんな境遇に置かれた母の気持ちは、もっと分からなかった。
いつも一緒にいた母が自分を残して出掛けるようになり、帰って来ない夜が増えていった。
暗闇でいくら泣いても母の声は聞こえない。
空腹に耐え切れず冷蔵庫をの覗いても何も無い。
薄っぺらい布団の中で自分を抱え込んで眠る。
夜中に寒くて何度も目が覚めてても、そこに母の温もりはない。
それでも、信じていた。
必ず自分の元に帰ってくることを。
自分を抱き締めて温めてくれることを。
でも、久し振りに帰ってきた父の怒号が響いた。
震える父の手が小金井の小さな手を握り締めた。
3人の時間が終わることを。
自分の全てだと思っていた空間が。
ずっと続くはずの温もりが。
信じていた未来が音を立てて崩れていく瞬間を。
幼い心が、確かに聞いた。
玄関に向かって歩き始める母親。
一層強く手を握り締める父親。
それでも、小金井はその手を振り払った。
全力で駆けた。
クツも履かず外に飛び出した。
玄関の前に停まっていた車に母が乗り込む。
喉が裂けるほどの声で叫ぶ。
それでも、母親は振り返らなかった。
動き出す車。
必死で追い掛けて、追い掛けて―――・・・
小金井の他人に対する興味は完全に失われた。
絶対的に信じていた母親さえ、自分を裏切って出て行った。父親は当然のように、山奥のダム工事の現場へと戻って行った。小金井は祖父母の家に預けられ、小学校を卒業するまでをそこで過ごした。
生きていくためには、祖父母の関心を得なければならない。祖父母の孫に対する愛情など信じない。いつ捨てられるか分からない。だから、生きていくために必要なことは何でも自分でやった。家事全般は何でもできる。1人になっても困らないように、少しずつ覚えていった。そして、柔らかい言葉遣いをするように気を付けた。曖昧な対応で相手の希望する自分を確認し、期待に応えるように行動した。
誰の心も覗かない代わりに、誰にも自分の心を覗かせない。
しかし、それは結局―――――
小金井の反応を見て、感じて、確信した。
悪霊の哄笑が響き渡る。
その異形の声は、もう小金井の耳には届かない。
誰の声も小金井には届かない。
同級生が遊びに誘ってくると必ず行ったが、同じようなテンションで遊ぶことはなかった。鬼ごっこは好きだったが、野球は嫌いだった。ボードゲームは好きだったが、サッカーは嫌いだった。それでも、同級生は声を掛けてくれた。
しかし、小学校を卒業し中学生になるタイミングで、父親が見たこともない女性と抱かれる赤ちゃんを連れてきた。これからは一緒に暮らすようになったと告げられた。さすがに、中学生ともなればそれが再婚だということが理解できた。相変わらず父親は山奥の建設現場で工事の監督をするようだが、小金井には一緒に生活する家族ができた。
女性は自分を「母親と呼ぶように」、とは言わなかった。一緒に生活はするが、気にしなくても良いとまで言った。小金井にとっては楽だったが、それでも無視する訳にはいかない。そのため、表向きは母親として接したが、学校行事などに呼ぶことはしなかった。
問題は幼い妹だった。
父親がいない心愛。
同じ境遇の妹。
この幼い妹には、自分と同じ経験をさせたくない。だから、何があっても自分は妹を裏切らない。
小さな手に掴まれた指で、小金井は心の中で指切りをした。
だから、そんな小金井だからこそ、悪霊によって簡単に心を侵食される。
余りにも脆かった。朦朧とする意識の中で、過去に振り回される小金井。もう、その意識を自身で取り戻すことはできないだろう。悪霊の言動に簡単に唆され、トラウマを利用されて精神を奪われる。
悪霊は掛け軸から半身を乗り出し、目の前でフラフラと揺れる小金井に手を伸ばした。
しかし、その実態は「ひとりぼっち」だ。
ただ、それは本人が望んだポジションでもある。
確かに、その端麗な容姿から勝手に女子生徒から声を掛けられる。そして、対応が柔らかく、明確な拒絶をしない曖昧な態度であるため、常に隣を狙う女子生徒に取り囲まれる。無関係な女子生徒、嫉妬の炎を燃やす男子生徒からは敬遠されてはいるが、小金井自身が友好的な態度で接すれば簡単に溝は埋まるだろう。しかし、小金井はそれを選ばない。自ら「ひとりぼっち」を選択しているのだ。
その理由は明確だ。
小金井は他人を全く信用していないのだ。
小金井の家族は実の父親と、再婚相手である義母、そして義妹の心愛だ。義理の文字が付くように、小金井には実の母親がいる。いや、いた。小金井が小学校1年生の7月までは、一緒に生活をしていた。
小金井の父はその当時から単身赴任で、自宅にいるのは盆と正月くらいでほとんど帰ってくることはなかった。高校生になった今であれば仕事の都合だということは理解できる。しかし、まだ幼い小金井には分からなかった。そんな境遇に置かれた母の気持ちは、もっと分からなかった。
いつも一緒にいた母が自分を残して出掛けるようになり、帰って来ない夜が増えていった。
暗闇でいくら泣いても母の声は聞こえない。
空腹に耐え切れず冷蔵庫をの覗いても何も無い。
薄っぺらい布団の中で自分を抱え込んで眠る。
夜中に寒くて何度も目が覚めてても、そこに母の温もりはない。
それでも、信じていた。
必ず自分の元に帰ってくることを。
自分を抱き締めて温めてくれることを。
でも、久し振りに帰ってきた父の怒号が響いた。
震える父の手が小金井の小さな手を握り締めた。
3人の時間が終わることを。
自分の全てだと思っていた空間が。
ずっと続くはずの温もりが。
信じていた未来が音を立てて崩れていく瞬間を。
幼い心が、確かに聞いた。
玄関に向かって歩き始める母親。
一層強く手を握り締める父親。
それでも、小金井はその手を振り払った。
全力で駆けた。
クツも履かず外に飛び出した。
玄関の前に停まっていた車に母が乗り込む。
喉が裂けるほどの声で叫ぶ。
それでも、母親は振り返らなかった。
動き出す車。
必死で追い掛けて、追い掛けて―――・・・
小金井の他人に対する興味は完全に失われた。
絶対的に信じていた母親さえ、自分を裏切って出て行った。父親は当然のように、山奥のダム工事の現場へと戻って行った。小金井は祖父母の家に預けられ、小学校を卒業するまでをそこで過ごした。
生きていくためには、祖父母の関心を得なければならない。祖父母の孫に対する愛情など信じない。いつ捨てられるか分からない。だから、生きていくために必要なことは何でも自分でやった。家事全般は何でもできる。1人になっても困らないように、少しずつ覚えていった。そして、柔らかい言葉遣いをするように気を付けた。曖昧な対応で相手の希望する自分を確認し、期待に応えるように行動した。
誰の心も覗かない代わりに、誰にも自分の心を覗かせない。
しかし、それは結局―――――
小金井の反応を見て、感じて、確信した。
悪霊の哄笑が響き渡る。
その異形の声は、もう小金井の耳には届かない。
誰の声も小金井には届かない。
同級生が遊びに誘ってくると必ず行ったが、同じようなテンションで遊ぶことはなかった。鬼ごっこは好きだったが、野球は嫌いだった。ボードゲームは好きだったが、サッカーは嫌いだった。それでも、同級生は声を掛けてくれた。
しかし、小学校を卒業し中学生になるタイミングで、父親が見たこともない女性と抱かれる赤ちゃんを連れてきた。これからは一緒に暮らすようになったと告げられた。さすがに、中学生ともなればそれが再婚だということが理解できた。相変わらず父親は山奥の建設現場で工事の監督をするようだが、小金井には一緒に生活する家族ができた。
女性は自分を「母親と呼ぶように」、とは言わなかった。一緒に生活はするが、気にしなくても良いとまで言った。小金井にとっては楽だったが、それでも無視する訳にはいかない。そのため、表向きは母親として接したが、学校行事などに呼ぶことはしなかった。
問題は幼い妹だった。
父親がいない心愛。
同じ境遇の妹。
この幼い妹には、自分と同じ経験をさせたくない。だから、何があっても自分は妹を裏切らない。
小さな手に掴まれた指で、小金井は心の中で指切りをした。
だから、そんな小金井だからこそ、悪霊によって簡単に心を侵食される。
余りにも脆かった。朦朧とする意識の中で、過去に振り回される小金井。もう、その意識を自身で取り戻すことはできないだろう。悪霊の言動に簡単に唆され、トラウマを利用されて精神を奪われる。
悪霊は掛け軸から半身を乗り出し、目の前でフラフラと揺れる小金井に手を伸ばした。



