玄関の引き戸を開けると、そこには和装の夫婦が待っていた。正確な年齢は不明であるが、夫である男性の頭髪が綺麗な白髪であることから70代ではないかと思われる。
「やあ陽斗君、久し振りだね。前回の法要の際には見掛けなかったから1年振りになるかな。高校2年生になったのだったかな。もう、すっかり子供っぽさは無くなったね。陽斗君がまだ―――――」
「あなた」
「ああ、そうだったな、申し訳ない」
まるで久し振りに帰省した孫と会ったような勢いで話し続ける夫を、隣に控えていた妻が嗜める。今日は旧交を温めるために呼び立てた訳ではないのだ。佐々木は下駄を履くと、小金井の横をすり抜けて玄関から外に出た。
「あちらの蔵にあるのだが」
外から見えた巨大な蔵に向かって佐々木が歩き始める。小金井もその後を追って蔵に向かった。
「陽斗君も知っている通り、私は骨董収集が趣味でね。それも、少し変わった物を好んで収集しているんだ。だから、いわく付きの物も少なからず混ざってしまう」
白壁の土蔵の前に立つと、佐々木は閂型の錠前を外して鉄製の重厚な扉を開けた。蔵の中は日光を避けるためか真っ暗だったが、入口付近にあった電灯のスイッチを入れると光源によって外と同等の視界が広がった。佐々木は中に足を踏み入れ、真正面の棚に向かいながら話しを続ける。
「今回も面白がって購入したのは良いのだが、少々困っていてね・・・これなのだが」
佐々木が立ち止まり、前を空けるように左側に移動した。その瞬間、小金井の視界に1幅の掛け軸が吊るされていた。
真ん中に1人の女性が佇んでいるだけの絵。
色彩は黒のみ。
痩せて骨ばった身体に純白の肌襦袢のみを纏った女性。
腰まで伸びた髪には白髪が混じっている。
背景は何も画かれていない。
ただ女性が中央に配置されただけ。
その女性の目は大きく開かれて正面を見据えている。
その視線は強く揺るぎが無い。
眉は無く口元には笑みを浮かべている。
漆黒の双眸には見る者が写る。
笑みが歪んだ気がした―――――
「これは、幽霊画だよ」
佐々木の声によって小金井は我に返った。
「足が画かれていないだう?昔の人達も怪談の類は好きだったようだ。四谷怪談や、耳なし芳一が有名だ。だから、こういった幽霊画などという物も残っている。数百年単位で残ってきたものは珍しく、状態と絵の質が良い物は希少価値が高くコレクターも多い。だけど、こういった物には良くないモノが憑いてしまうことも珍しくないんだ。残念ながら、これもその1つのようだ。夜な夜な声が聞こえてね。声が聞こえるだけならばいいが、家族に障りがあってはいけないので、このたび除霊をお願いすることにしたんだよ」
佐々木の説明を聞き、小金井は絵を見ながら息を飲んだ。
まだノイズキャンセラーをはめているため何も聞こえないが、この絵から声がしていることは間違いなかったからだ。
「破ろうとしてもたのだが、どうやっても千切れない。火を点けてもみたが、何度やっても焦げ跡さえ付かずに燃え残る・・・絵の状態は問わない。とにかく、この絵に憑いているモノをどうにかしてもらいたい。よろしく頼むよ」
佐々木はそう言い残すと、全てを小金井に丸投げして蔵を後にした。
小金井は佐々木が立ち去った後、しばらく俯いていたものの諦めたように耳元に手を添えた。そして、両耳にはまっていたノイズキャンセラーを外した。その瞬間、聴覚が周囲に反響する声を拾い始める。直接脳髄に響く「愛している」の声に加え、小金井に付き纏っていた低級霊、この蔵に居座っている霊の声が一斉に鼓膜を震わせた。
音酔いする小金井。そんな小金井に、目の前に吊るされている掛け軸が語り掛けてきた。それは、掛け軸が画かれた経緯ではなく、その霊の独白だった。
「憎い、憎い、憎い、憎い、憎い・・・あの男が憎い。
私の子供を殺した、あの男が憎い。
あああああああ、憎い、憎い、憎い。
私の可愛い子供を殺した。赦さない、絶対に赦さない」
ここで、何も理解していない小金井は決定的な過ちを犯す。
「何があったんですか?」
悪霊に話し掛けてはならない。
真実を語っているとは限らない。
同情してはいけない。
心を許してはいけない。
「聞いて下さい。
何もしていない私を疑い子供を殺したんです。
あの男は嫉妬に狂い私を殺したんです。
あの男は私を裏切ったんです。
私の可愛い子供を私の目の前で殺したんです。
赦せない、赦えない、ううううううう・・・」
悪霊は相手の一挙手一投足を見詰めている。
何が響いているのか。
何に同情を示すのか。
心を乗っ取り、自在に動かすために同調しようと画策する。
「可愛い私の子供を殺したんです。
私はどうなっても良かった。
だけど子供だけは助けたかった。
子供は私の全てだったのに。
私の命よりも、子供が大切だったのに。
あの男は、それを。
赦せない、絶対に赦せない!!」
そのトラウマゆえに、小金井は悪霊に飲み込まれる。
「やあ陽斗君、久し振りだね。前回の法要の際には見掛けなかったから1年振りになるかな。高校2年生になったのだったかな。もう、すっかり子供っぽさは無くなったね。陽斗君がまだ―――――」
「あなた」
「ああ、そうだったな、申し訳ない」
まるで久し振りに帰省した孫と会ったような勢いで話し続ける夫を、隣に控えていた妻が嗜める。今日は旧交を温めるために呼び立てた訳ではないのだ。佐々木は下駄を履くと、小金井の横をすり抜けて玄関から外に出た。
「あちらの蔵にあるのだが」
外から見えた巨大な蔵に向かって佐々木が歩き始める。小金井もその後を追って蔵に向かった。
「陽斗君も知っている通り、私は骨董収集が趣味でね。それも、少し変わった物を好んで収集しているんだ。だから、いわく付きの物も少なからず混ざってしまう」
白壁の土蔵の前に立つと、佐々木は閂型の錠前を外して鉄製の重厚な扉を開けた。蔵の中は日光を避けるためか真っ暗だったが、入口付近にあった電灯のスイッチを入れると光源によって外と同等の視界が広がった。佐々木は中に足を踏み入れ、真正面の棚に向かいながら話しを続ける。
「今回も面白がって購入したのは良いのだが、少々困っていてね・・・これなのだが」
佐々木が立ち止まり、前を空けるように左側に移動した。その瞬間、小金井の視界に1幅の掛け軸が吊るされていた。
真ん中に1人の女性が佇んでいるだけの絵。
色彩は黒のみ。
痩せて骨ばった身体に純白の肌襦袢のみを纏った女性。
腰まで伸びた髪には白髪が混じっている。
背景は何も画かれていない。
ただ女性が中央に配置されただけ。
その女性の目は大きく開かれて正面を見据えている。
その視線は強く揺るぎが無い。
眉は無く口元には笑みを浮かべている。
漆黒の双眸には見る者が写る。
笑みが歪んだ気がした―――――
「これは、幽霊画だよ」
佐々木の声によって小金井は我に返った。
「足が画かれていないだう?昔の人達も怪談の類は好きだったようだ。四谷怪談や、耳なし芳一が有名だ。だから、こういった幽霊画などという物も残っている。数百年単位で残ってきたものは珍しく、状態と絵の質が良い物は希少価値が高くコレクターも多い。だけど、こういった物には良くないモノが憑いてしまうことも珍しくないんだ。残念ながら、これもその1つのようだ。夜な夜な声が聞こえてね。声が聞こえるだけならばいいが、家族に障りがあってはいけないので、このたび除霊をお願いすることにしたんだよ」
佐々木の説明を聞き、小金井は絵を見ながら息を飲んだ。
まだノイズキャンセラーをはめているため何も聞こえないが、この絵から声がしていることは間違いなかったからだ。
「破ろうとしてもたのだが、どうやっても千切れない。火を点けてもみたが、何度やっても焦げ跡さえ付かずに燃え残る・・・絵の状態は問わない。とにかく、この絵に憑いているモノをどうにかしてもらいたい。よろしく頼むよ」
佐々木はそう言い残すと、全てを小金井に丸投げして蔵を後にした。
小金井は佐々木が立ち去った後、しばらく俯いていたものの諦めたように耳元に手を添えた。そして、両耳にはまっていたノイズキャンセラーを外した。その瞬間、聴覚が周囲に反響する声を拾い始める。直接脳髄に響く「愛している」の声に加え、小金井に付き纏っていた低級霊、この蔵に居座っている霊の声が一斉に鼓膜を震わせた。
音酔いする小金井。そんな小金井に、目の前に吊るされている掛け軸が語り掛けてきた。それは、掛け軸が画かれた経緯ではなく、その霊の独白だった。
「憎い、憎い、憎い、憎い、憎い・・・あの男が憎い。
私の子供を殺した、あの男が憎い。
あああああああ、憎い、憎い、憎い。
私の可愛い子供を殺した。赦さない、絶対に赦さない」
ここで、何も理解していない小金井は決定的な過ちを犯す。
「何があったんですか?」
悪霊に話し掛けてはならない。
真実を語っているとは限らない。
同情してはいけない。
心を許してはいけない。
「聞いて下さい。
何もしていない私を疑い子供を殺したんです。
あの男は嫉妬に狂い私を殺したんです。
あの男は私を裏切ったんです。
私の可愛い子供を私の目の前で殺したんです。
赦せない、赦えない、ううううううう・・・」
悪霊は相手の一挙手一投足を見詰めている。
何が響いているのか。
何に同情を示すのか。
心を乗っ取り、自在に動かすために同調しようと画策する。
「可愛い私の子供を殺したんです。
私はどうなっても良かった。
だけど子供だけは助けたかった。
子供は私の全てだったのに。
私の命よりも、子供が大切だったのに。
あの男は、それを。
赦せない、絶対に赦せない!!」
そのトラウマゆえに、小金井は悪霊に飲み込まれる。



