「俺らってさ、将来どうなると思う?」
そう呟いた放課後の1年B組の教室。俺の声って意外とよく響くな、と考えながら。
俺、西村海斗(にしむらかいと)は漠然とした不安を抱えたまま生きている。
それが、今言ったような「将来のこと」。
高校にもなると周りが段々と大人びてきてきて、中にはもう進路に目標を立てている奴らも出てくる。でも俺はそれを横目に見ているだけでそんな目標も指針もなにもなくて、ただ今は呆然と立ち止まっているだけなのだ。
高校生が感じる不安の多くはきっと「将来自分が何をしているのか」とか、「将来のためになにができるのか」とかの将来を生きる上での悩みだろうが、俺の不安は少し理解されにくい傾向にあるらしい。
俺の不安っていうのは、つまり、「生きていていいのか」なんだろう。少し省略しすぎな気もするが、これは嘘ではない。もう少し詳しく言うと、俺は世界に貢献できているのだろうか、ということだ。できていない場合、俺が生きることを誰が認めてくれるのだろう?
もちろん社会大勢から非難されるなんてことはないと思いたいが、それでも褒められることではない。そのぐらい誰だってわかる。俺はできるならそれなりの成果を出して正当な評価をされたい身分なのだ。
小さい頃から「将来は誰かを笑顔にしたい」なんて漠然とした夢を抱いて生きていていたが、高校一年生にもなるとそれが俺にとってどんなに難しい事なのかも分かってくる。
人を笑顔にする、もちろん不可能なことではない。ユーモアがあれば笑わせることができるし、優しさがあれば涙を拭うことができる。
でも俺にはそれがない。絶望的なほど、平凡なのだ。いつもは容姿や言動でそれを誤魔化しているが、クラスのヤツらにそれが知られたら…なんて、考えるだけで周囲の目線が怖くなってくる。
そんなことを友達に問いかけてなんだが、俺はいつだって不安から目を逸らして生活しているのだと思う。きっとみんなそうだ、不安を直視できる人間なんてそうそういないだろう。不安なんて人生に必要ない、とまで言う気はないがやはり少ない方が楽しく生きられるのだろう。
でも俺の友達に一人だけ例外がある。
俺の友達…伊集院湊(いじゅういんみなと)。そいつは頭が良くて、人に優しくできて、でも正義感もある。まさに完璧人間だ。それに加えてイケメンと来たら完璧な人間を無条件に嫌う人を除けば多くの人が彼に好感を抱くだろう。
彼がなんで「そうそういない人間」なのか。答えは明白で、彼はあまりにも強すぎるからだ。
もちろん、弱点がないとかそういう訳ではなく。この世に弱点がいない人など存在しない、それでも弱点すら愛せたらそれはもうほとんど最強に近しいだろう。
話を戻すと、湊は不安から目を逸らさない。湊にこの話をしたことが一回だけあるが、彼が言うには、逸らさないではなく逸らせないとのこと。それでも俺にとっては尊敬の対象になる。
そんな完璧な湊がなんで俺と話してくれるのか、それは分からないし、聞いたこともない。馬鹿な俺に理解できる訳が無いのかもしれないし、どれだけ頭が良くても分からないことがこの世にあるのかもしれない。
まぁなんであろうと、俺は湊のことが好きなんだから話しかけてくれるのは嬉しい。それだけでもいいだろ、それだけがいい。
「将来ね。まぁ、悩むよなそりゃ。」
湊はいつだって俺の話に興味を持ってくれる、こんな俺でも話をしていいんだって思える。
「こうやってさ、なんとなく高校に進学して、授業受けて、で、それを三年繰り返したらもう大学か就職じゃん」
「そうだね、最近は大学に進む人が多いけど」
「そう、だからさ。高校はなんとなくでもどうにかなる印象だけど大学ってそうはいかないと思うの。もっと必要な、えっと」
言いたいことが上手く言葉にならない。もっと、もっと的確に表せる言葉があるはずなのに。
俺はたまにこういう時があるんだな、喋りだしたらすぐそこにあったはずの言葉を不意にどこかへやってしまう。
「将来の夢?」
「そう!」
思わず大きな声で言ってしまう。ほら、湊はいつだって俺の心の中を見通したように言葉を見つけてくれる。
それから俺はわざと咳をして、長ったるい話を始める。
「だからさ、つまり、俺って将来の夢がなくて。何もしたいことがないのにこうやって生きてて。それで、その事から逃げてる感じがする。目を背けてるっていうか、向き合ってないっていうか…」
湊は嫌な顔ひとつせず話を聞いてくれる。それから俺が話終わると、なぜか楽しそうに目を伏せて口を開く。
「オレだってそうだけど。でも、なんとかなるよ」
どこか自信気だ。そりゃそうだよな、湊って頭良いもんな。誰にでも好かれるし、きっと俺とは違う良い大学に行って幸せになるんだろうな。
「湊はすげーよな」
本当に、心の底からそう思う。俺と話していることが勿体ないぐらいだ。
「そんなことないと思うけど。オレだって普通だよ」
「お前の普通と俺の普通じゃ天と地の差があるのー!」
「っはは、そうか」
「じゃあさ」
湊が珍しく新しい話を切り出す。いつもは俺から話しかけて、そこから湊が話を展開することが多かった。湊から話しかけられることは初めてかもしれない。
「一緒にバイトやらね?」
なるほど。まず考えたのはそんなこと。それから、頭でじっくりと解釈して、その意味をようやく理解した後答える。
「やる!やりたい!」
そう答えてから、しばらくはなんだかよく分からない、宙に浮いているような感覚だった。なんと言うか、湊と一緒の時間がってことと、俺も働く機会がもらえるってことが嬉しかったし、まだ少し信じ難い感じもした。湊が何か詳しく説明している中、俺はそれを適当に頷きながら聞き流していた。湊は俺がまともに聞いていないことをまるで分かっていたかのように、「もう一回確認するよ」と言ってまた説明を始めてくれる。今度はちゃんと聞く気になれた。
「やることは新聞配達。朝三時半に新聞販売店に集合。」
「三時半…」
「そう。夜更かしとかすんなよ。で、自転車で指定された家回る。最初の方は俺もついていくから」
「なるほど、先輩からの指導ってことか」
「そう言われるとそうなるけどあんまり気にしなくていい。オレだって始めたの最近だし。えーと、大体はこんなもの。質問は?」
「ない!」
「了解。じゃあオレが面接とか進めとくから。また連絡するな。」
「分かった!」
それから、本当にトントン拍子に事が進んでいった。俺はそれについて行くだけで精一杯で、結果湊に大体の事を任せてしまった。そして数日後に面接を受け、そこそこの結果を残して一先ず合格。
そして次の日早速言われた通りの集合場所に行き、湊に指導してもらいながら新聞配達をする。実際バイトは楽しかったし、やりがいもあった。
終わったあとは湊に自販機でジュースを奢ってもらったし、家に帰ってからも珍しく朝食を食べた。メニューはバターを塗ったトーストとホットのミルクティー。中々質素だけど、食べないよりかは幾分マシだと感じた。
いつもはギリギリに起きるから食べる時間とかもなかったのに、今日はなんだか良い日だなと思う。
これから毎日こうなるのか、そんなことを考えると夜更かしができないのは少し残念だが、やはり楽しみの方が大きい。こう思えるのはきっと湊のおかげだろう、湊が俺のそばにいるというだけでなぜだか嬉しくなる。
この感情の名前は知らないし、名前をつけるほどでもないだろう。
とにかく言えるのは、俺は湊が好きだ。多分、好きって言葉にも色んな意味があるけど。湊にどう解釈されたって、間違いではないのだろう。俺はこの世に存在する全ての意味で、湊が好きだ。
なんて、かっこつけた事言ってみたりして後に恥ずかしくなるんだろうな俺は。
その後はいつも通り学校に行って、あくびを噛み殺しながら授業を受けた。放課後湊と数分だけ会話をした後、のんびりと若干ふらつきつつ家に帰宅し制服を脱ぐなりベッドに倒れ込んでしまった。起きたのは18時ぐらいだっただろうか。そしてその後風呂を済ませ、母さんが作ってくれたオムライスを食べてまたベッドに入る。寝たのは多分、21時ぐらい。アラームはちゃんとセットしておいた。
俺らの関係性はある日を境に大きく変わることになる。多分、良い方向に。
そう呟いた放課後の1年B組の教室。俺の声って意外とよく響くな、と考えながら。
俺、西村海斗(にしむらかいと)は漠然とした不安を抱えたまま生きている。
それが、今言ったような「将来のこと」。
高校にもなると周りが段々と大人びてきてきて、中にはもう進路に目標を立てている奴らも出てくる。でも俺はそれを横目に見ているだけでそんな目標も指針もなにもなくて、ただ今は呆然と立ち止まっているだけなのだ。
高校生が感じる不安の多くはきっと「将来自分が何をしているのか」とか、「将来のためになにができるのか」とかの将来を生きる上での悩みだろうが、俺の不安は少し理解されにくい傾向にあるらしい。
俺の不安っていうのは、つまり、「生きていていいのか」なんだろう。少し省略しすぎな気もするが、これは嘘ではない。もう少し詳しく言うと、俺は世界に貢献できているのだろうか、ということだ。できていない場合、俺が生きることを誰が認めてくれるのだろう?
もちろん社会大勢から非難されるなんてことはないと思いたいが、それでも褒められることではない。そのぐらい誰だってわかる。俺はできるならそれなりの成果を出して正当な評価をされたい身分なのだ。
小さい頃から「将来は誰かを笑顔にしたい」なんて漠然とした夢を抱いて生きていていたが、高校一年生にもなるとそれが俺にとってどんなに難しい事なのかも分かってくる。
人を笑顔にする、もちろん不可能なことではない。ユーモアがあれば笑わせることができるし、優しさがあれば涙を拭うことができる。
でも俺にはそれがない。絶望的なほど、平凡なのだ。いつもは容姿や言動でそれを誤魔化しているが、クラスのヤツらにそれが知られたら…なんて、考えるだけで周囲の目線が怖くなってくる。
そんなことを友達に問いかけてなんだが、俺はいつだって不安から目を逸らして生活しているのだと思う。きっとみんなそうだ、不安を直視できる人間なんてそうそういないだろう。不安なんて人生に必要ない、とまで言う気はないがやはり少ない方が楽しく生きられるのだろう。
でも俺の友達に一人だけ例外がある。
俺の友達…伊集院湊(いじゅういんみなと)。そいつは頭が良くて、人に優しくできて、でも正義感もある。まさに完璧人間だ。それに加えてイケメンと来たら完璧な人間を無条件に嫌う人を除けば多くの人が彼に好感を抱くだろう。
彼がなんで「そうそういない人間」なのか。答えは明白で、彼はあまりにも強すぎるからだ。
もちろん、弱点がないとかそういう訳ではなく。この世に弱点がいない人など存在しない、それでも弱点すら愛せたらそれはもうほとんど最強に近しいだろう。
話を戻すと、湊は不安から目を逸らさない。湊にこの話をしたことが一回だけあるが、彼が言うには、逸らさないではなく逸らせないとのこと。それでも俺にとっては尊敬の対象になる。
そんな完璧な湊がなんで俺と話してくれるのか、それは分からないし、聞いたこともない。馬鹿な俺に理解できる訳が無いのかもしれないし、どれだけ頭が良くても分からないことがこの世にあるのかもしれない。
まぁなんであろうと、俺は湊のことが好きなんだから話しかけてくれるのは嬉しい。それだけでもいいだろ、それだけがいい。
「将来ね。まぁ、悩むよなそりゃ。」
湊はいつだって俺の話に興味を持ってくれる、こんな俺でも話をしていいんだって思える。
「こうやってさ、なんとなく高校に進学して、授業受けて、で、それを三年繰り返したらもう大学か就職じゃん」
「そうだね、最近は大学に進む人が多いけど」
「そう、だからさ。高校はなんとなくでもどうにかなる印象だけど大学ってそうはいかないと思うの。もっと必要な、えっと」
言いたいことが上手く言葉にならない。もっと、もっと的確に表せる言葉があるはずなのに。
俺はたまにこういう時があるんだな、喋りだしたらすぐそこにあったはずの言葉を不意にどこかへやってしまう。
「将来の夢?」
「そう!」
思わず大きな声で言ってしまう。ほら、湊はいつだって俺の心の中を見通したように言葉を見つけてくれる。
それから俺はわざと咳をして、長ったるい話を始める。
「だからさ、つまり、俺って将来の夢がなくて。何もしたいことがないのにこうやって生きてて。それで、その事から逃げてる感じがする。目を背けてるっていうか、向き合ってないっていうか…」
湊は嫌な顔ひとつせず話を聞いてくれる。それから俺が話終わると、なぜか楽しそうに目を伏せて口を開く。
「オレだってそうだけど。でも、なんとかなるよ」
どこか自信気だ。そりゃそうだよな、湊って頭良いもんな。誰にでも好かれるし、きっと俺とは違う良い大学に行って幸せになるんだろうな。
「湊はすげーよな」
本当に、心の底からそう思う。俺と話していることが勿体ないぐらいだ。
「そんなことないと思うけど。オレだって普通だよ」
「お前の普通と俺の普通じゃ天と地の差があるのー!」
「っはは、そうか」
「じゃあさ」
湊が珍しく新しい話を切り出す。いつもは俺から話しかけて、そこから湊が話を展開することが多かった。湊から話しかけられることは初めてかもしれない。
「一緒にバイトやらね?」
なるほど。まず考えたのはそんなこと。それから、頭でじっくりと解釈して、その意味をようやく理解した後答える。
「やる!やりたい!」
そう答えてから、しばらくはなんだかよく分からない、宙に浮いているような感覚だった。なんと言うか、湊と一緒の時間がってことと、俺も働く機会がもらえるってことが嬉しかったし、まだ少し信じ難い感じもした。湊が何か詳しく説明している中、俺はそれを適当に頷きながら聞き流していた。湊は俺がまともに聞いていないことをまるで分かっていたかのように、「もう一回確認するよ」と言ってまた説明を始めてくれる。今度はちゃんと聞く気になれた。
「やることは新聞配達。朝三時半に新聞販売店に集合。」
「三時半…」
「そう。夜更かしとかすんなよ。で、自転車で指定された家回る。最初の方は俺もついていくから」
「なるほど、先輩からの指導ってことか」
「そう言われるとそうなるけどあんまり気にしなくていい。オレだって始めたの最近だし。えーと、大体はこんなもの。質問は?」
「ない!」
「了解。じゃあオレが面接とか進めとくから。また連絡するな。」
「分かった!」
それから、本当にトントン拍子に事が進んでいった。俺はそれについて行くだけで精一杯で、結果湊に大体の事を任せてしまった。そして数日後に面接を受け、そこそこの結果を残して一先ず合格。
そして次の日早速言われた通りの集合場所に行き、湊に指導してもらいながら新聞配達をする。実際バイトは楽しかったし、やりがいもあった。
終わったあとは湊に自販機でジュースを奢ってもらったし、家に帰ってからも珍しく朝食を食べた。メニューはバターを塗ったトーストとホットのミルクティー。中々質素だけど、食べないよりかは幾分マシだと感じた。
いつもはギリギリに起きるから食べる時間とかもなかったのに、今日はなんだか良い日だなと思う。
これから毎日こうなるのか、そんなことを考えると夜更かしができないのは少し残念だが、やはり楽しみの方が大きい。こう思えるのはきっと湊のおかげだろう、湊が俺のそばにいるというだけでなぜだか嬉しくなる。
この感情の名前は知らないし、名前をつけるほどでもないだろう。
とにかく言えるのは、俺は湊が好きだ。多分、好きって言葉にも色んな意味があるけど。湊にどう解釈されたって、間違いではないのだろう。俺はこの世に存在する全ての意味で、湊が好きだ。
なんて、かっこつけた事言ってみたりして後に恥ずかしくなるんだろうな俺は。
その後はいつも通り学校に行って、あくびを噛み殺しながら授業を受けた。放課後湊と数分だけ会話をした後、のんびりと若干ふらつきつつ家に帰宅し制服を脱ぐなりベッドに倒れ込んでしまった。起きたのは18時ぐらいだっただろうか。そしてその後風呂を済ませ、母さんが作ってくれたオムライスを食べてまたベッドに入る。寝たのは多分、21時ぐらい。アラームはちゃんとセットしておいた。
俺らの関係性はある日を境に大きく変わることになる。多分、良い方向に。
