箸先から、恋がはじまる 〜隣の席のイケメンは、なぜか弁当を食わせたがる〜


「綿谷、おはよう」
「あ、綿谷くん、おはー」
「お、おはよう……」
 クラスメイトから投げかけられる挨拶に、ボソボソ返しながら、席までたどり着く。
 話しかけてもらえるのは嬉しいが、正直、まだ全然慣れない。
 俺はバッグを机に置くと、大きくため息をついた。

「あの……、席間違えてますけど」
 俺は、自分の席に、なぜか王様のようにドンと居座る宮成を、ジロリと睨んだ。
「え? ここ、綿谷の席じゃないの?」
 宮成はとぼけるような口調で、頬を緩ませる。
「知ってて座ってんのかよ」 
「うん。いいよ、ここ座っても」
 そう言うと、宮成は、自分の膝をポンポンと叩いてみせた。
「す、座るわけねーだろ!」
 思わずこぼれた声は、想像以上に大きかったようで、教室中に響く。
「誰の声?」
「綿谷」
「あーまた宮成とじゃれてんのか」
 クラスメイトの会話を背中で聞きながら、顔が熱くなる。
 なんで、毎度お馴染みみたいになってんだ。
「早く、自分の席に戻れって」
 今度はできるだけ小さな声で、でも宮成に聞こえるようにはっきり伝えると、宮成は「はいはい」と重い腰を持ち上げた。

 三人と一緒にいるようになって、一週間。
 俺を取り巻く環境は、明らかに変わった。
 もう前みたいに、空気扱いされることはないし、最近じゃ、クラスメイトに話しかけられることもある。
 
 でも、一番変わったのは――
 俺は隣の席に、チラリと目を向けた。
 間違いなく、宮成だ。

 これまで、教室じゃほとんど話さなかったのに、あの日から宮成は、しつこいぐらいに俺に絡んでくるようになった。
 
『綿谷ー、一緒トイレ行こう』
『綿谷ー、喉乾いた。自販機行こ』
『綿谷ー、帰りにモクド寄って帰ろ』

 俺はトイレに行きたくないし、喉も乾いてない。そして、モクドにも寄りたくない。
 そう断ってみても、宮成は聞く耳を持たない。
 
 それに。あの日を境に、宮成は忘れ物をしなくなった。
 一度、それを問い詰めてみたら、
『綿谷と話すための口実だったに決まってるじゃん』
 と、あっさり白状されてしまった。

「ナツっきー、おはよ!」
「はよ、ナツっきー」
 ふと声がして、俺は我に返った。顔を上げると、明石と瀬田がこちらを見ていた。二人はあの日から、俺をナツっきーと呼んでくる。
「……おはよ」
 絶対に慣れないと思っていたはずなのに、もうその呼び名がしっくりきているから怖い。

「なぁ今日のホームルーム、何について話すと思う?」
 ニヤけ顔で明石が、いきなりのクイズを繰り広げる。
「はい、じゃぁまず宮成!」
「えーなんだろー。わかんね」
 興味がないのか、宮成は名指しされても考える素振りすら見せず、頬杖をついて欠伸をする。
「お前、真剣に考えろよ! じゃぁ、次。ナツっきーはどうよ?」
 いきなり振られて、俺は焦った。だって、全くもって見当がつかない。
「えーっと…、あー……席替え、とか?」
「は?」
 俺の言葉に、明石よりも先に、宮成が鋭く反応した。
 さっきまで興味なさげだったくせに、なぜか目を見開いてこちらを見ている。クイズに参加する気になったのだろうか。
「ブッブー!違います」
 明石が得意げな顔で、手でバツを作ると、宮成は露骨にホッと息を吐いた。
「全く、みんなダメダメだな。正解は――」
「球技大会だろ、どうせ」
 瀬田が、明石の声を遮るように答えた。

「なんだよ、知ってたのかよ!」
「まぁ、五月後半っていったらそれしかないし」
「実は、俺もわかってた。晴路(はるみち)が嬉しそうにしてるのなんて、球技大会か、体育祭ぐらいだし」
 鼻で笑う宮成に、明石はあっけらかんと笑った。
 
 三人と仲良くなってから知ったことが、もう一つある。
 それは、宮成が明石のことだけ、下の名前で呼ぶことだ。
 ならば明石も宮成を下の名前で呼んでいるのかと思ったが、それは違っていて、俺たちと同じように、『宮成』と呼んでいる。
 別にそんな大したことじゃない。そう思うけど、喉の奥に魚の骨が刺さったみたいに、少し気になってしまう自分がいる。
 なんで明石だけ下の名前で呼んでいるなんだろう?

 その時、チャイムが鳴り、相原先生が教室に入ってきた。
 立っていた生徒たちが、そそくさと席に戻る。
「はい、じゃあ今日は球技大会に出る種目決めするぞー」
 先生の声に、学級委員が前に出て、取りまとめる。
 男子は、バスケ、ソフトボール、ドッジボールの中から自分の好きな競技を選ぶらしい。
 三つの選択肢をみて、俺は即決した。
 ……ドッジボール一択だな。
 バスケは、身長的に足を引っ張る未来しか見えないし、ソフトボールは、バットにボールを当てる自信がない。
ドッジボールなら、逃げ役に回ればいける……気がする。

 女子の方が、サクサクと終わっていき、次は男子の競技分け。
「じゃぁ、男子、まずはバスケから」
 学級委員の言葉に、隣の席から長い手が伸びた。
 宮成は、バスケか。まぁバスケ部だしな。
 そう思った瞬間、宮成の声が教室に響いた。
「俺と――綿谷、バスケで」
 へぇ、綿谷もバスケかぁ。……って、綿谷?! 俺?

 即座に宮成を見ると、宮成は俺の視線に気づき、にこりと微笑んだ。
 『お前の分まで言っておいてやったぞ』とでも言いたげなその表情に、思わず口が動く。
「おい! 何勝手に決めてんだよ! ……俺、バスケなんて無理だって。身長低いし、運動神経ないし……」
 もちろん周りには聞こえないように小さな声で。
 自慢じゃないけど、俺は身長が低い。自称百七十センチだ。……今年の身体測定では百六十七センチだった。
 けれど、宮成はだから何? とでも言うように笑う。
「大丈夫、大丈夫。絶対できるって」
「何が大丈夫なんだよ!」
 ってか、その自信はどこから来るんだ。
 必死に、取り消してくれと頼む俺に、宮成はまっすぐな目を向けた。
「本当に大丈夫。きっと体は覚えてるから」
「……え。それって、どういう――」
「はい、じゃぁ球技大会は、これで決まり。本番は来週だから、頑張って!」
 俺の言葉をかき消すように相原先生の声が響き、ホームルームが終わった。

 ……ってか決まりって、まさか。
 黒板を見ると、バスケのところに、俺の名前が書かれている。
「まじか……」
 どうしよう。頑張れる自信が一ミリも、ない。

――大丈夫。きっと体は覚えてるから。
 ふと、さっきの宮成の言葉を思い出した。
 どういう意味か、よくわからない。けれど、何か引っ掛かる。
 
「綿谷、次、移動だよ。早く行こ」
 宮成に急かされて、俺は思考を中断させて、急いで準備をした。
 教室の扉の辺りで、明石と瀬田も待ってくれていて、四人で多目的室へ向かう。
 その時、明石が「そういえば」と口を開いた。 
「綿谷、バスケにしたんだな、めちゃ意外!」
「いや、したというか、させられたというか……」
 ジロリと宮成を睨むが、宮成はその視線をスルーする。
「昔、バスケやってたとか?」
「え、俺が? いやいや、そんなことはな……い……けど」
 言いながら、俺は、「あれ?」と首を傾げた。
 俺、バスケしてたじゃん。
 ほんの一瞬すぎて、今の今まで、完璧に忘れていたけれど、そういえば、してた。あれは確か……そうだ、小三の頃。
 テレビで見たバスケの試合がかっこよくて、母さんにお願いして、小学校のミニバスケに入ったんだ。結局また転校で、半年くらいしかできなかったけど……。
 
 さっきの宮成の言葉。
 もしかしたら、宮成は俺の過去を知ってる?
 明石から俺がバスケやってたことを聞いたとか? いや、明石はそのことを覚えてなかったはずだ。
 じゃなきゃ『昔バスケやってたとか?』なんて聞かないだろ。
 でも、どう頑張ってみても、宮成なんて名前思い出せない。まぁ、明石のことも思い出せなかったくらいだ。同じ小学校でも、特別仲が良かったわけではないのかもしれない。
 でも、じゃぁなんで宮成は俺に何も言わないのだろう。
 もし同じ小学校だったら、明石みたいに、「同じ小学校だった」って言うはずだ。
 わからないことだらけで、頭がこんがらがってくる。
 そうしている間に、授業は終わり、気づけば昼休みになっていた。

「綿谷、飯行こ」
「あ、……うん」
 授業中、宮成のあの言葉ばかり考えていたせいか、返事が少しぎこちなくなる。教室を二人で出ようとしたその時、明石の声が背中に届いた。
「なぁ、俺らも行っちゃダメ? そろそろ一緒に飯食おうよ」
 四人で行動するようになってからも、昼ごはんは別々だった。
 『俺はいいけど』そう言おうとした時、宮成が先に口を開いた。

「ダメ」
 短いが、はっきりした声に、明石は口を尖らせた。
「ちぇっ! お前ばっかナツっきーと遊んでさー」
「どんまい。明石は俺と、寂しく食おうな」
 瀬田に肩を叩かれて、明石は泣く泣く引き下がる。
 ……なんだか、ちょっとかわいそうだ。
 
 宮成と肩を並べて教室を出ながら、ちらりと宮成の顔を窺う。
 なんで断ったんだろう。
 そう思った瞬間、パッチリ目があってしまった。何か話さないと。そう思っていると、宮成の唇が、ほんの少し開いた。
「……晴路(はるみち)たちと一緒に飯食いたかった?」
 急な問いかけに、どう答えるのが正解か分からず、俺は思わず押し黙った。
 まぁでも、どうせ何言っても、お前が決めちゃうじゃん。
 そう思っていると、宮成が耳元で小さく呟いた。
「……まだいっときは、俺のもんでいてよ」
 なんだそれ。……意味わかんねぇ。
「お前のもんだったことなんて、一度もないし……」
 もっと強い口調で言いたかったのに、喉の奥がぎゅっとなって、うまく言葉が出ない。
 声は弱々しく、廊下に落ちた。
 宮成はそれでもただ穏やかに笑っていた。