宮成以外のクラスメイトに話しかけられるなんてほとんど初めてで、思わず体がこわばる。
早く返事をしなければと、とりあえず口を開くが、何と答えれば良いか分からず口をぱくぱくとするだけで声が出ない。
向けられた三人からの視線が逃げ場を塞ぐように突き刺さり、一層焦る。
どうしよう。何と言えばいいんだ。
その時、明石がニカっと音が出そうなくらい眩しい笑みを俺に向けた。
「俺たちと、一緒に行かね?」
「……え?」
まさか誘われるとは一ミリも思っておらず、情けないほど上擦った声が漏れた。
『誘ってもらえて嬉しい!』という喜びを追い越して、真っ先に、どうしようと狼狽えてしまう。
だって、あまりにも場違いすぎる。
宮成のグループは、いわゆる一軍で、全員、偏差値が高めだ。もちろん顔面の。
このグループに入るには、何か面接でもあるんですか? と訊きたくなるほどに、三人とも顔が良い。
人懐っこい笑顔の明石は、苗字が「あ」から始まることもあって、クラス内の自己紹介の際、一番初めに挨拶をしていたが、まだ温まってない教室で
「出席番号一番の明石晴路です! 小学校から数えて十年連続で一番です。流石に毎回挨拶が最初なのはしんどいので、今年は早急に結婚して、苗字を変えるのが目標です。良い人がいたら紹介してください!」
と、みんなを笑わせていた。
誰にでもフレンドリーに話しかける、いわゆるムードメーカーのようなやつだ。
ちなみに俺は、特に気の利いたことも言えず、
「綿谷夏生で……す……」
と、ただ自分の名前を言うだけで終わった。……情けなさすぎる。
もう一人のイケメン、瀬田は確か学年一の秀才。
授業中だけメガネをかけているのだが、メガネをかけているのに芋っぽくならない、爽やかイケメンだ。
帰国子女だとかなんとかで、理系なのに、英語がペラペラで、英語の授業の際は、ネイティブ並みの発音を披露していた。
もちろん俺はその授業で、カタコト英語を披露したわけだけど。
そんなグループと一緒に俺が教室移動?
俺みたいな地味男に話しかけてくるなんて、何か裏があるとしか思えない。
「あーあの、えっと……、俺……」
次に続く言葉を探しながら、チラリ、と宮成を見た。助けてくれ。そう思ったわけだけど、宮成はなぜか少し困惑したように、唇を噛んでいた。
その表情を見た瞬間、心臓が重力を持ったようにずんと重くなった。
――あ、やっぱり。美術室以外で俺と一緒なんて、宮成はいやだよな。
一緒に昼飯を食うようになってからも、宮成は教室では俺と一定の距離を置いている。美術室でのことなんてなかったかのような態度だ。
きっと、俺と一緒にいるところを見られたくないのだろう。
だから、今も、あんな困ったような顔をしているんだ。
わかってるけど、なんか辛いな……。
宮成のためにも、断らなければ、そう思った時、またも明石が先に口を開いた。
「宮成も一緒だし……それなら綿谷もいいっしょ?」
まるで宮成と俺が仲良しみたいな言い方。……どこを見てそう思ったんだ。
もしかして、忘れ物を貸し借りする様子を見たのだろうか。
だとしたら勘違いもいいところだ。
俺と仲が良いと思われているなんて、宮成もきっと心外だろうな。弁当のお礼に、ここはちゃんと否定しておかないと。
「なんで宮成? 俺、別に宮成とは仲良くないけど……」
「え? そうなの?」
自嘲するような俺の言葉に、明石は目を丸く開いた。
そんなに驚くことだろうか。むしろ、学校一のイケメンと地味な転校生が仲良しだと思う方が変じゃないか。
でもこれで、宮成も安心していることだろう。
そう思って、顔を窺うと、なぜか宮成はさっきより顔が歪ませていた。
しかも、なぜかちょっと怒っているような、拗ねているような。とにかく不機嫌さが、眉間に寄せられた皺から滲み出ている。
やっぱり、自分と仲良しだと思われたのが、嫌だったのだろう。
ーーもしかしたら。もう昼ごはんも一緒に食べなくなるかもしれない。
そう思うと、なんだか気持ちがどこまでも落ちた。
知らなければ一人でも耐えられたのに、宮成と一緒にいる時間が自分を臆病にしたのだ。いまさら一人でパンを食べても、きっと宮成を思い出してしまう。
自分が思っていた以上に、宮成との昼休みを楽しみにしていたらしい。
この関係が終わると思うと胸が抉られるように、痛んだ。
なんだか涙が出そうで、これ以上ここにいたくなくて、俺は軽く会釈をして、彼らの横を通り過ぎた。
「一緒にご飯食べてるくらいだから、仲良いかと思ってたけど……」
背中越しに聞こえた明石の言葉に、俺の足が止まる。
え? なんで、俺らがご飯を食べていることを、明石が知っているんだ。
振り返ると、宮成が、俺をまっすぐに見ていた。
「俺は仲良いつもりだったけどね」
え?
「だって、ってか、なんで……」
だって、お前がこの関係隠したかったんじゃないの?
ってか、なんで明石は、俺と宮成が一緒に昼ごはんを食べてるのを知ってるの?
聞きたいことはたくさんあるのに、言葉がうまく出てこない。
頭が全く追いつかず、固まっていると、宮成が一歩前に近づいて、俺の顔を覗き込んだ。
「え、もしかして、秘密にしとかなきゃダメだった? 昼ごはん一緒に食べてること」
目の前で傾けられた顔に、いろんな感情が溢れ、俺は人前だと言うことも忘れ、思わず声を荒げた。
「いや、俺は……! ……その、お前が、昼休みのこと、誰にも知られたくないのかもと思って……!」
「え? 俺そんなこと言ったっけ?」
「いや、言ってないけど!……でもだって、お前、いつも教室で素知らぬふりしてくるじゃん!……あれは、教室では話しかけんなってことなんだろ?」
俺なんかと昼休みに一緒にご飯を食べていると知られたくなくて、教室ではそっけなくしてるのだと思ってそう訊ねると、宮成は顔をしかめた。
「はぁ? んなわけねーじゃん。あれは、綿谷が教室では一人になりたいかと思って、あえてそっとしてたんだよ。さっきだって明石が話しかけた時、大丈夫かなって見守ってただろ。全部、俺の優しさじゃん」
なんだその優しさ? 知らねーよ! ってか、わかりにくすぎなんだよ!
怒りのメーターが、最大値を振り切れて、俺の何かが壊れた。
「なっ、なんだよそれ! 一人でいたいやつなんているわけねーだろ! こっちはいつも教室で寂しい思いしてんだよ! 勝手に俺の気持ちを察して、知った気になんな!!」
自分でもこんな大きな声が出るのかと思うほどの声に、驚きながら、声を出し切り、はぁはぁと息が上がる。
しんとした廊下に授業が始まるチャイムが鳴る。
その音が、俺をどこまでも冷静にさせた。
……俺は何をしてるんだ。
こんな、廊下で、しかも一軍のクラスメイトの前で、感情むき出しに声を荒らげてしまうなんて。
せめてもの救いは、今この階にいる生徒が俺たちだけらしいこと。自分のクラスは、移動教室だし、確か、隣二つのクラスも体育だった気がする。
「お、俺……」
言い訳をしようにも、もう時すでに遅く、俺は心の中で決意した。
――よし、もう不登校になろう。
最短の学校生活だった。これまでの転校ばかりの人生、短くても半年はいたけれど、今回が最短になるだろう。一ヶ月半、数字にすれば短いけど、濃い時間だった。
そう覚悟を決めた時、両肩にグッと力が加わる。
「そっか。ってことは、俺たちと仲良くしたいってことでおけ?」
「うん、俺にもそう聞こえた」
横を見ると、右には明石、左には瀬田がいて、二人ともニヤニヤと顔を緩めておれの肩に手を置いている。
思っていた反応とは違う現状に戸惑っていると、宮成が一歩こちらに近づく。
「そっかそっか、寂しかったか。じゃぁこれからは、教室でもたくさん話しかけるから。覚悟しといてね」
笑顔を深めた宮成は、意地悪そうに、でも楽しそうに笑うと、俺の頭にポンと手を置いた。
今になって、自分が叫んだ言葉の意味がじわじわと身に染みてきて、徐々に顔が熱くなる。
感情に任せて口走ってしまったが、よく考えればなかなかのことを言った気がする
「な、そんな意味じゃねーし!」
必死で訂正しようにも、もう遅い。……でもなぜだか、心は枷を外したように軽かった。
「ってか、もう授業始まってね?」
「やば、次って鬼崎じゃん! ぜってー殺される」
明石と瀬田が慌てたようにこちらを見る。
「綿谷、早く準備して来いよ」
宮成は慌てる様子もなく、余裕そうに口角を上げた。
「なっ、お前もまだ準備してねーだろ」
俺がじろりと睨むと、三人とも笑った。
「いやまじで急げって」
瀬田に急かされ、俺と宮成は、慌てて支度を済ませる。
四人で理科室へ向かう廊下は、さっきよりも少しだけ騒がしくて――。
数年ぶりにできた“友だち”の存在に、何だか、いつもより足取りが軽くなった気がした。
早く返事をしなければと、とりあえず口を開くが、何と答えれば良いか分からず口をぱくぱくとするだけで声が出ない。
向けられた三人からの視線が逃げ場を塞ぐように突き刺さり、一層焦る。
どうしよう。何と言えばいいんだ。
その時、明石がニカっと音が出そうなくらい眩しい笑みを俺に向けた。
「俺たちと、一緒に行かね?」
「……え?」
まさか誘われるとは一ミリも思っておらず、情けないほど上擦った声が漏れた。
『誘ってもらえて嬉しい!』という喜びを追い越して、真っ先に、どうしようと狼狽えてしまう。
だって、あまりにも場違いすぎる。
宮成のグループは、いわゆる一軍で、全員、偏差値が高めだ。もちろん顔面の。
このグループに入るには、何か面接でもあるんですか? と訊きたくなるほどに、三人とも顔が良い。
人懐っこい笑顔の明石は、苗字が「あ」から始まることもあって、クラス内の自己紹介の際、一番初めに挨拶をしていたが、まだ温まってない教室で
「出席番号一番の明石晴路です! 小学校から数えて十年連続で一番です。流石に毎回挨拶が最初なのはしんどいので、今年は早急に結婚して、苗字を変えるのが目標です。良い人がいたら紹介してください!」
と、みんなを笑わせていた。
誰にでもフレンドリーに話しかける、いわゆるムードメーカーのようなやつだ。
ちなみに俺は、特に気の利いたことも言えず、
「綿谷夏生で……す……」
と、ただ自分の名前を言うだけで終わった。……情けなさすぎる。
もう一人のイケメン、瀬田は確か学年一の秀才。
授業中だけメガネをかけているのだが、メガネをかけているのに芋っぽくならない、爽やかイケメンだ。
帰国子女だとかなんとかで、理系なのに、英語がペラペラで、英語の授業の際は、ネイティブ並みの発音を披露していた。
もちろん俺はその授業で、カタコト英語を披露したわけだけど。
そんなグループと一緒に俺が教室移動?
俺みたいな地味男に話しかけてくるなんて、何か裏があるとしか思えない。
「あーあの、えっと……、俺……」
次に続く言葉を探しながら、チラリ、と宮成を見た。助けてくれ。そう思ったわけだけど、宮成はなぜか少し困惑したように、唇を噛んでいた。
その表情を見た瞬間、心臓が重力を持ったようにずんと重くなった。
――あ、やっぱり。美術室以外で俺と一緒なんて、宮成はいやだよな。
一緒に昼飯を食うようになってからも、宮成は教室では俺と一定の距離を置いている。美術室でのことなんてなかったかのような態度だ。
きっと、俺と一緒にいるところを見られたくないのだろう。
だから、今も、あんな困ったような顔をしているんだ。
わかってるけど、なんか辛いな……。
宮成のためにも、断らなければ、そう思った時、またも明石が先に口を開いた。
「宮成も一緒だし……それなら綿谷もいいっしょ?」
まるで宮成と俺が仲良しみたいな言い方。……どこを見てそう思ったんだ。
もしかして、忘れ物を貸し借りする様子を見たのだろうか。
だとしたら勘違いもいいところだ。
俺と仲が良いと思われているなんて、宮成もきっと心外だろうな。弁当のお礼に、ここはちゃんと否定しておかないと。
「なんで宮成? 俺、別に宮成とは仲良くないけど……」
「え? そうなの?」
自嘲するような俺の言葉に、明石は目を丸く開いた。
そんなに驚くことだろうか。むしろ、学校一のイケメンと地味な転校生が仲良しだと思う方が変じゃないか。
でもこれで、宮成も安心していることだろう。
そう思って、顔を窺うと、なぜか宮成はさっきより顔が歪ませていた。
しかも、なぜかちょっと怒っているような、拗ねているような。とにかく不機嫌さが、眉間に寄せられた皺から滲み出ている。
やっぱり、自分と仲良しだと思われたのが、嫌だったのだろう。
ーーもしかしたら。もう昼ごはんも一緒に食べなくなるかもしれない。
そう思うと、なんだか気持ちがどこまでも落ちた。
知らなければ一人でも耐えられたのに、宮成と一緒にいる時間が自分を臆病にしたのだ。いまさら一人でパンを食べても、きっと宮成を思い出してしまう。
自分が思っていた以上に、宮成との昼休みを楽しみにしていたらしい。
この関係が終わると思うと胸が抉られるように、痛んだ。
なんだか涙が出そうで、これ以上ここにいたくなくて、俺は軽く会釈をして、彼らの横を通り過ぎた。
「一緒にご飯食べてるくらいだから、仲良いかと思ってたけど……」
背中越しに聞こえた明石の言葉に、俺の足が止まる。
え? なんで、俺らがご飯を食べていることを、明石が知っているんだ。
振り返ると、宮成が、俺をまっすぐに見ていた。
「俺は仲良いつもりだったけどね」
え?
「だって、ってか、なんで……」
だって、お前がこの関係隠したかったんじゃないの?
ってか、なんで明石は、俺と宮成が一緒に昼ごはんを食べてるのを知ってるの?
聞きたいことはたくさんあるのに、言葉がうまく出てこない。
頭が全く追いつかず、固まっていると、宮成が一歩前に近づいて、俺の顔を覗き込んだ。
「え、もしかして、秘密にしとかなきゃダメだった? 昼ごはん一緒に食べてること」
目の前で傾けられた顔に、いろんな感情が溢れ、俺は人前だと言うことも忘れ、思わず声を荒げた。
「いや、俺は……! ……その、お前が、昼休みのこと、誰にも知られたくないのかもと思って……!」
「え? 俺そんなこと言ったっけ?」
「いや、言ってないけど!……でもだって、お前、いつも教室で素知らぬふりしてくるじゃん!……あれは、教室では話しかけんなってことなんだろ?」
俺なんかと昼休みに一緒にご飯を食べていると知られたくなくて、教室ではそっけなくしてるのだと思ってそう訊ねると、宮成は顔をしかめた。
「はぁ? んなわけねーじゃん。あれは、綿谷が教室では一人になりたいかと思って、あえてそっとしてたんだよ。さっきだって明石が話しかけた時、大丈夫かなって見守ってただろ。全部、俺の優しさじゃん」
なんだその優しさ? 知らねーよ! ってか、わかりにくすぎなんだよ!
怒りのメーターが、最大値を振り切れて、俺の何かが壊れた。
「なっ、なんだよそれ! 一人でいたいやつなんているわけねーだろ! こっちはいつも教室で寂しい思いしてんだよ! 勝手に俺の気持ちを察して、知った気になんな!!」
自分でもこんな大きな声が出るのかと思うほどの声に、驚きながら、声を出し切り、はぁはぁと息が上がる。
しんとした廊下に授業が始まるチャイムが鳴る。
その音が、俺をどこまでも冷静にさせた。
……俺は何をしてるんだ。
こんな、廊下で、しかも一軍のクラスメイトの前で、感情むき出しに声を荒らげてしまうなんて。
せめてもの救いは、今この階にいる生徒が俺たちだけらしいこと。自分のクラスは、移動教室だし、確か、隣二つのクラスも体育だった気がする。
「お、俺……」
言い訳をしようにも、もう時すでに遅く、俺は心の中で決意した。
――よし、もう不登校になろう。
最短の学校生活だった。これまでの転校ばかりの人生、短くても半年はいたけれど、今回が最短になるだろう。一ヶ月半、数字にすれば短いけど、濃い時間だった。
そう覚悟を決めた時、両肩にグッと力が加わる。
「そっか。ってことは、俺たちと仲良くしたいってことでおけ?」
「うん、俺にもそう聞こえた」
横を見ると、右には明石、左には瀬田がいて、二人ともニヤニヤと顔を緩めておれの肩に手を置いている。
思っていた反応とは違う現状に戸惑っていると、宮成が一歩こちらに近づく。
「そっかそっか、寂しかったか。じゃぁこれからは、教室でもたくさん話しかけるから。覚悟しといてね」
笑顔を深めた宮成は、意地悪そうに、でも楽しそうに笑うと、俺の頭にポンと手を置いた。
今になって、自分が叫んだ言葉の意味がじわじわと身に染みてきて、徐々に顔が熱くなる。
感情に任せて口走ってしまったが、よく考えればなかなかのことを言った気がする
「な、そんな意味じゃねーし!」
必死で訂正しようにも、もう遅い。……でもなぜだか、心は枷を外したように軽かった。
「ってか、もう授業始まってね?」
「やば、次って鬼崎じゃん! ぜってー殺される」
明石と瀬田が慌てたようにこちらを見る。
「綿谷、早く準備して来いよ」
宮成は慌てる様子もなく、余裕そうに口角を上げた。
「なっ、お前もまだ準備してねーだろ」
俺がじろりと睨むと、三人とも笑った。
「いやまじで急げって」
瀬田に急かされ、俺と宮成は、慌てて支度を済ませる。
四人で理科室へ向かう廊下は、さっきよりも少しだけ騒がしくて――。
数年ぶりにできた“友だち”の存在に、何だか、いつもより足取りが軽くなった気がした。
