卵焼きを、一口食べて、驚いた。
「……甘くない」
というか、俺の知ってる卵焼きとは違う。
大抵、卵焼きといえば甘めで、和のイメージだったけど、これはなんていうか、完全に洋食。バターの風味が奥の方でふわりと香って、例えるなら、オムライスの上だけを食べている感じ。……って我ながら酷い食レポだ。
そもそも、俺はご飯のおかずが甘いのが苦手だ。
スイーツとかの甘さは理解できても、おかずの癖に甘いのは許せない。
だから、市販の弁当に入っているあの甘い卵焼きが得意じゃなくて、一番先に平らげておくんだけど、これはなんていうか、かなり好み。最後までとっておきたい。
一口かじった卵焼きを、弁当の隅に戻し、先にほうれん草の胡麻和えを食べようと箸で掴んだとき、向かいから声がした。
「卵焼き……口に合わなかった?」
見ると、宮成は捨てられた子犬のような顔で、卵焼きに目を落としていた。明らかに落ち込んでいる。
俺は勢いよく首を横に振った。
「違う違う! めっちゃ美味かった。俺、好きなのは最後に食べる派なの。だから、とっておこうと思って。まじですごい美味しい」
気を使ってるとは思われたくなくて、本当だと伝わるように熱量を込めると、宮成は照れたように目を細めた。
その笑顔に俺は動きを止めた。
あれ……? 宮成ってこんな可愛かったっけ?
いや、百八十センチを超える男に可愛いなんて変だけど、なんていうか、そんな無邪気に微笑まれると、俺の中に眠る母性がくすぐられる。……いや、父性か?
「……宮成も卵焼きはしょっぱい派?」
自分の中で目覚めかけた謎の感情には気づかないふりをして、俺は雑に話を振った。
「いや、俺は断然甘い派。なんなら超甘党」
「え、じゃぁなんで卵焼きしょっぱいの?」
「ん? だって綿谷、甘い卵焼き苦手っしょ?」
口に入れたご飯を頬張りながら、宮成はさも当たり前のように、俺の好みを言い当てた。
俺は思わず、固まった。
「……なんで知ってんの?」
「え?」
「俺が甘い卵焼き苦手なの……なんで知ってんの?」
宮成の箸がぴたりと止まる。一瞬、時が止まったように美術室に静寂が漂った。
心臓の音がドクンドクンと響きそうなほどの静けさを、破ったのは、宮成の小さな笑い声だった。
「ふふっ、そんな怖い顔しないで。なんていうか、あー……、ただの勘? 綿谷っていつもパン、惣菜系ばっかだから、甘いの苦手なのかな、って。そんだけ。俺、名探偵でしょ」
……なんだ、そういうことか。
ほっとしたからか、言葉がポロリと口から溢れる。
「甘い卵焼きが苦手って、誰にも話したことないことなかったから、エスパーか何かかと思った……」
そう言いながら、俺はなぜか昔の記憶を思い出していた。
『あ、ごめん。これ、砂糖と塩を間違えて入れちゃったみたい……。しょっぱい卵焼きなんて、美味しくないよね』
『ううん、うまいよ! 俺、甘い卵焼き苦手だから、ちょうどよかった』
ふと記憶の扉が開いて、頭に会話が流れ込む。
いつのことだったか、誰との会話だったか、全く思い出せない。けれど、その時も、しょっぱい卵焼きを食べた気がする。
「いや、エスパーって」
宮成の言葉で、俺は、はたと我に返った。
俺の言葉がツボに入ったのか、宮成は腹を抱えて静かに笑っている。
「だって、観察眼が鋭すぎるから……」
冗談抜きで、高校生探偵になれるレベルだと思う。
宮成はひとしきり笑って肩を揺らした後、視線を伏せて、溢すように小さく呟いた。
「誰にも話したことない……か」
その声はどこか切なげで、なぜかそのままにしてはいけない気がした。
どういう意味か訊ねようとした時、先に宮成が口を開いた。
「綿谷って彼女いるの?」
「えっ? な、何急に」
「いや、別にただの雑談? なんか女子にあまり興味なさそうだから、もしかして一途に彼女を思ってるからなのかなって」
彼女なんてこの十六年間、一度もできたことはない。
そもそも友達だって、ほどんどいた試しがないのに、彼女なんてハードルが高すぎる。
「いないよ。……こちとら宮成と違って地味男なもんで」
身長は中一から数センチしか伸びてないし、宮成に弁当作らせてしまうくらいガリガリだし。
まずもって、こんな男に需要なんてあるわけがない。
「ふふっ、何その地味男って。ってか俺もいないよ、彼女。なんなら、いたことすらない」
軽やかに笑う宮成は、さらりと自分の交際歴を告白する。
……俺は騙されないぞ。
だって、こんなイケメン、これまでモテてモテて仕方なかったに違いない。
きっと、「俺はお前の仲間だぜ」って顔で近づいて、信じたところを裏切るつもりなんだ。
「え、何? なんで睨むの」
無意識に睨んでいたらしい俺を、宮成は柔らかな笑顔で見つめる。
その余裕すらもむかついて、俺は唇を尖らせた。
「お前みたいに、イケメンで性格も良くて、おまけにこんなに料理もうまい奴に、一度も彼女がいなかったなんて信じられるかよ」
「え、ベタ褒めじゃん……。ちょっと、本気で照れるんだけど」
にやけた顔を隠すように、宮成は口元に手を当てた。
なんだそのにやけ顔。俺がモテないからって、笑ってんのか。
今はなんにでも僻んでしまいそうなほど屈折している俺は、一層目を眇める。
「そっか。でも、綿谷、彼女いないのか」
宮成はそう何度も確認するように頷くと、俺を真正面から見つめた。
「じゃぁ俺、立候補しよーかな」
「はぁ?」
冗談めかした言葉に、少しイラッとして俺は眉間にシワを寄せる。
「だって、恋人いないんだろ? どう俺」
掻き上げられた前髪の隙間から、熱を帯びた瞳に射抜かれる。
ギュン、と心臓が痛み、俺は思わず胸を押さえた。何だこれ、心臓発作?
さっきまでの少年のような笑顔から一転、色気ダダ漏れの笑みに、俺はただ喉を鳴らした。
「……宮成って、男が好きなの?」
「え? んー、ううん。別にそうじゃ無いけど」
なんだよ、じゃぁやっぱり揶揄われているのか。
ちょっとでも本気で考えようとした俺が馬鹿だった。
「でも、綿谷なら――」
「冗談はもう良いから早く食べようぜ」
宮成が何か言いかけていたが、言葉を遮った。
変な冗談で俺をドギマギさせて楽しむのはよめてくれ。
「てか、早くしないと絵を描く時間なくなるから」
そもそもそれが昼休みのメインなんだ。このままじゃ弁当を食べるだけで昼休みが終わってしまう。
「いや、もうそんな時間はないかもよ」
「え?」という俺の間抜けの声と同時に、予鈴がなった。
見ると、宮成はもうすでに弁当を片付けて、ご馳走様でした、と手を合わせている。
いつの間に。
「じゃぁ、俺は先に教室戻るわ。弁当箱は靴箱に入れといて」
宮成は弁当を急いで駆け込む俺を待たずに、扉へ向かっていく。
「明日は弁当いらないからな! 作らなくていーから!」
大きな背中に向かってそう声をかけると、宮成はぴたりと足を止めて、振り返った。
「だめ。俺はお前に弁当を食べさせる。絶対に」
顔はにこりと微笑んでいるが、目は全然笑っていない。なんというか圧がすごい。
絶対に食わせる、という強い意志を感じる。
宮成はまた歩き出すと、手をひらひらと振りながら、去っていった。
同じクラスだから、当然一緒に教室へ戻ると思っていたが、まぁそうだよな。俺と一緒には戻りたくないか。
隣の席なのに、わざわざ弁当箱も靴箱にって言うくらいだし。
周りに、俺と友達だって思われたらいやなのだろう。
実際、友達じゃないし、昼ごはんを一緒に食べるだけの関係だし。
宮成にとってはきっと、俺とのこの時間はただの暇つぶしなのだろう。一時のブームみたいなもの。
でも俺は……。正直ここ最近で一番楽しい出来事だった。
誰かと一緒に食べるご飯がこんなに楽しくて、こんなに美味しいなんて、知らなかった。
でもそれは、別に相手が宮成だからではない。
きっと相手が誰だって、俺は同じように浮かれて楽しんだはずだ。
そう自分に言い聞かせ、俺は冷え切った美術室をあとにした。
「……甘くない」
というか、俺の知ってる卵焼きとは違う。
大抵、卵焼きといえば甘めで、和のイメージだったけど、これはなんていうか、完全に洋食。バターの風味が奥の方でふわりと香って、例えるなら、オムライスの上だけを食べている感じ。……って我ながら酷い食レポだ。
そもそも、俺はご飯のおかずが甘いのが苦手だ。
スイーツとかの甘さは理解できても、おかずの癖に甘いのは許せない。
だから、市販の弁当に入っているあの甘い卵焼きが得意じゃなくて、一番先に平らげておくんだけど、これはなんていうか、かなり好み。最後までとっておきたい。
一口かじった卵焼きを、弁当の隅に戻し、先にほうれん草の胡麻和えを食べようと箸で掴んだとき、向かいから声がした。
「卵焼き……口に合わなかった?」
見ると、宮成は捨てられた子犬のような顔で、卵焼きに目を落としていた。明らかに落ち込んでいる。
俺は勢いよく首を横に振った。
「違う違う! めっちゃ美味かった。俺、好きなのは最後に食べる派なの。だから、とっておこうと思って。まじですごい美味しい」
気を使ってるとは思われたくなくて、本当だと伝わるように熱量を込めると、宮成は照れたように目を細めた。
その笑顔に俺は動きを止めた。
あれ……? 宮成ってこんな可愛かったっけ?
いや、百八十センチを超える男に可愛いなんて変だけど、なんていうか、そんな無邪気に微笑まれると、俺の中に眠る母性がくすぐられる。……いや、父性か?
「……宮成も卵焼きはしょっぱい派?」
自分の中で目覚めかけた謎の感情には気づかないふりをして、俺は雑に話を振った。
「いや、俺は断然甘い派。なんなら超甘党」
「え、じゃぁなんで卵焼きしょっぱいの?」
「ん? だって綿谷、甘い卵焼き苦手っしょ?」
口に入れたご飯を頬張りながら、宮成はさも当たり前のように、俺の好みを言い当てた。
俺は思わず、固まった。
「……なんで知ってんの?」
「え?」
「俺が甘い卵焼き苦手なの……なんで知ってんの?」
宮成の箸がぴたりと止まる。一瞬、時が止まったように美術室に静寂が漂った。
心臓の音がドクンドクンと響きそうなほどの静けさを、破ったのは、宮成の小さな笑い声だった。
「ふふっ、そんな怖い顔しないで。なんていうか、あー……、ただの勘? 綿谷っていつもパン、惣菜系ばっかだから、甘いの苦手なのかな、って。そんだけ。俺、名探偵でしょ」
……なんだ、そういうことか。
ほっとしたからか、言葉がポロリと口から溢れる。
「甘い卵焼きが苦手って、誰にも話したことないことなかったから、エスパーか何かかと思った……」
そう言いながら、俺はなぜか昔の記憶を思い出していた。
『あ、ごめん。これ、砂糖と塩を間違えて入れちゃったみたい……。しょっぱい卵焼きなんて、美味しくないよね』
『ううん、うまいよ! 俺、甘い卵焼き苦手だから、ちょうどよかった』
ふと記憶の扉が開いて、頭に会話が流れ込む。
いつのことだったか、誰との会話だったか、全く思い出せない。けれど、その時も、しょっぱい卵焼きを食べた気がする。
「いや、エスパーって」
宮成の言葉で、俺は、はたと我に返った。
俺の言葉がツボに入ったのか、宮成は腹を抱えて静かに笑っている。
「だって、観察眼が鋭すぎるから……」
冗談抜きで、高校生探偵になれるレベルだと思う。
宮成はひとしきり笑って肩を揺らした後、視線を伏せて、溢すように小さく呟いた。
「誰にも話したことない……か」
その声はどこか切なげで、なぜかそのままにしてはいけない気がした。
どういう意味か訊ねようとした時、先に宮成が口を開いた。
「綿谷って彼女いるの?」
「えっ? な、何急に」
「いや、別にただの雑談? なんか女子にあまり興味なさそうだから、もしかして一途に彼女を思ってるからなのかなって」
彼女なんてこの十六年間、一度もできたことはない。
そもそも友達だって、ほどんどいた試しがないのに、彼女なんてハードルが高すぎる。
「いないよ。……こちとら宮成と違って地味男なもんで」
身長は中一から数センチしか伸びてないし、宮成に弁当作らせてしまうくらいガリガリだし。
まずもって、こんな男に需要なんてあるわけがない。
「ふふっ、何その地味男って。ってか俺もいないよ、彼女。なんなら、いたことすらない」
軽やかに笑う宮成は、さらりと自分の交際歴を告白する。
……俺は騙されないぞ。
だって、こんなイケメン、これまでモテてモテて仕方なかったに違いない。
きっと、「俺はお前の仲間だぜ」って顔で近づいて、信じたところを裏切るつもりなんだ。
「え、何? なんで睨むの」
無意識に睨んでいたらしい俺を、宮成は柔らかな笑顔で見つめる。
その余裕すらもむかついて、俺は唇を尖らせた。
「お前みたいに、イケメンで性格も良くて、おまけにこんなに料理もうまい奴に、一度も彼女がいなかったなんて信じられるかよ」
「え、ベタ褒めじゃん……。ちょっと、本気で照れるんだけど」
にやけた顔を隠すように、宮成は口元に手を当てた。
なんだそのにやけ顔。俺がモテないからって、笑ってんのか。
今はなんにでも僻んでしまいそうなほど屈折している俺は、一層目を眇める。
「そっか。でも、綿谷、彼女いないのか」
宮成はそう何度も確認するように頷くと、俺を真正面から見つめた。
「じゃぁ俺、立候補しよーかな」
「はぁ?」
冗談めかした言葉に、少しイラッとして俺は眉間にシワを寄せる。
「だって、恋人いないんだろ? どう俺」
掻き上げられた前髪の隙間から、熱を帯びた瞳に射抜かれる。
ギュン、と心臓が痛み、俺は思わず胸を押さえた。何だこれ、心臓発作?
さっきまでの少年のような笑顔から一転、色気ダダ漏れの笑みに、俺はただ喉を鳴らした。
「……宮成って、男が好きなの?」
「え? んー、ううん。別にそうじゃ無いけど」
なんだよ、じゃぁやっぱり揶揄われているのか。
ちょっとでも本気で考えようとした俺が馬鹿だった。
「でも、綿谷なら――」
「冗談はもう良いから早く食べようぜ」
宮成が何か言いかけていたが、言葉を遮った。
変な冗談で俺をドギマギさせて楽しむのはよめてくれ。
「てか、早くしないと絵を描く時間なくなるから」
そもそもそれが昼休みのメインなんだ。このままじゃ弁当を食べるだけで昼休みが終わってしまう。
「いや、もうそんな時間はないかもよ」
「え?」という俺の間抜けの声と同時に、予鈴がなった。
見ると、宮成はもうすでに弁当を片付けて、ご馳走様でした、と手を合わせている。
いつの間に。
「じゃぁ、俺は先に教室戻るわ。弁当箱は靴箱に入れといて」
宮成は弁当を急いで駆け込む俺を待たずに、扉へ向かっていく。
「明日は弁当いらないからな! 作らなくていーから!」
大きな背中に向かってそう声をかけると、宮成はぴたりと足を止めて、振り返った。
「だめ。俺はお前に弁当を食べさせる。絶対に」
顔はにこりと微笑んでいるが、目は全然笑っていない。なんというか圧がすごい。
絶対に食わせる、という強い意志を感じる。
宮成はまた歩き出すと、手をひらひらと振りながら、去っていった。
同じクラスだから、当然一緒に教室へ戻ると思っていたが、まぁそうだよな。俺と一緒には戻りたくないか。
隣の席なのに、わざわざ弁当箱も靴箱にって言うくらいだし。
周りに、俺と友達だって思われたらいやなのだろう。
実際、友達じゃないし、昼ごはんを一緒に食べるだけの関係だし。
宮成にとってはきっと、俺とのこの時間はただの暇つぶしなのだろう。一時のブームみたいなもの。
でも俺は……。正直ここ最近で一番楽しい出来事だった。
誰かと一緒に食べるご飯がこんなに楽しくて、こんなに美味しいなんて、知らなかった。
でもそれは、別に相手が宮成だからではない。
きっと相手が誰だって、俺は同じように浮かれて楽しんだはずだ。
そう自分に言い聞かせ、俺は冷え切った美術室をあとにした。
