箸先から、恋がはじまる 〜隣の席のイケメンは、なぜか弁当を食わせたがる〜

 翌日、美術室でイーゼルを組み立てていると、ガラガラ――という扉の音と共に、宮成が入ってきた。
「……本当に来たんだ」
「約束したじゃん。嘘だと思ってた?」
 長めの前髪から覗く流し目に、思わずどきりとする。お願いだから、無駄に色気を振り撒くな。こっちは免疫がないんだ。
 ……それに、別に嘘だと思っていたわけじゃない。
 けれど昨日、昼休みが終わったあとの宮成があまりに普通すぎて、さっきまでのは夢だったかなと思ったのは事実だ。
 今朝も「綿谷、ほんと申し訳ないんだけど、教科書忘れちゃって。一緒に見せて」って、毎度お馴染みの忘れ物。
 こっちは昨日、宮成が誰かに自分のことを言いふらすんじゃないか、明日学校でクラス中から白い目で見られるんじゃないか、そう思うと不安で、あまり眠れなかったというのに。布団の中で悶々と悩んだ時間を返してほしい。そう思うほどに、宮成はいつも通りだった。

 そもそも二人で昼ごはんを食べるなんて、何を話せばいいんだ。
 まぁ、絵を描くのに集中してれば、会話なんてしなくても乗り切れるか。
 そう考えながら、無言でパレットに絵の具を出していると、宮成がそれを制した。
「ちょっと待って。まずはご飯食べようよ。絵はその後で」
 大きめの保冷バッグから、宮成はお弁当を取り出す。
「……俺、パン食べながら描けるから大丈夫」
 ただ二人で向かい合って弁当を食べるなんて無理すぎる。
 宮成との間には、キャンバスがあるくらいがちょうどいい。
 言葉を無視して、準備を進めると、「あぁ、それだけど……」と宮成は取り出した弁当の蓋を開けて、なぜか俺の前に差し出した。
 目の前の弁当に、思わず声が出る。
「うわ、うまそ……」

 そこには、卵焼きに唐揚げ、ほうれん草の胡麻和え、筑前煮にミニトマトが、色鮮やかに詰められていた。
 ……うまそうすぎる。
 でも。なんで俺に差し出す? 「見てみろよ。俺の母ちゃんが作る弁当、うまいだろ」ってことか?
 差し出された弁当の意図が分からず、答えを求めるように宮成を見ると、なぜか宮成は保冷バッグからもう一つ弁当を出していた。
 弁当二個持ちって、どんだけ食うんだこいつ。バスケ部だし、もしかしたら、部活前に食べる用だろうか。 
「……これ、何?」
 意を決して訊ねると、宮成はこちらに目もくれず淡々と答えた。

「それ、綿谷のだから」
「は?」
 どういうことか分からない。
「綿谷、毎日昼飯パンだろ? だから作ってきた。もっと栄養あるもの食べないと」
「いやいやいや、ははっ。……って、え?」
 冗談かと思って笑ってみたが、宮成の表情を見るに、そうじゃなさそうだ。
 ということは、このうまそうな弁当を俺に?
「……いや、流石に受け取れない! だってこれは……、宮成のお母さんが、お前のために作ったものだろ?」
 だったらそれを自分が食べるのは失礼だ。

 けれど、宮成は首を横に振った。
「俺が作った」
「え?」
「弁当は毎朝俺が作ってる。んで、これから毎日綿谷の分も持ってくるから」
 さらりと告げられた言葉の意味が分からず、俺は混乱した。
 だって、情報が多すぎる。
 お弁当を作ってるのは、宮成……。
「って……え!? これ、宮成が作ったの? ってか、俺の分毎日持ってくるって何? ……え? どゆこと?」
「言葉のままだけど」
 涼しい顔で答える宮成に俺は思わず声が大きくなる。
「いや、ぜんっぜん、全然、言葉が足りてないんだけど!」
 戸惑う俺に、宮成はしょうがないなと言わんばかりにため息をこぼすと、一歩こちらに近づいた。

「弁当は毎朝、俺が作ってる。うち、片親だから、母さんに迷惑かけたくなくて、中学の時から毎日。……だから、結構腕には自信あるよ。味のことが心配なら、安心して」
 いや、味のことなんて全く心配してない。見た目だけで美味しそうってわかる弁当だし。ってか、その見た目で家族思いとかなんだそのギャップは。
 俺の混乱をよそに、宮成は言葉を続ける。
「んでもって、昨日、綿谷の腕掴んだ時、ガリガリすぎてびっくりしたんだよね。パンばっかり食ってるから、こんな細いんだよ。ちゃんと栄養あるもの食べなきゃ。だからお弁当作ってきた。以上。理解した?」
 理路整然とした主張に、なるほど……と、思わず押されて、半歩後ずさる。
 理解はした。理解はしたけど、納得はしてない。

「でも、その……流石に、悪いわ。弁当作ってもらうなんて……」
「俺の分作るついでだし、気にしなくていいよ」
 宮成は引き下がらない。
「いやでも、材料費も掛かってるだろうし……」
「一つ作るのも二つ作るのもたいして変わらないから」
 そこまで言うと宮成は、机に置かれたビニール袋に目を向けて、「まぁでも」とそれをひょいと持ち上げた。
「これでいいよ」
 ビニール袋の中には、俺が昼飯にと買ってきたパンが、二つ入っている。
「お弁当とパンを交換しよ。それなら納得いくだろ?」
「…………」
 それなら……と、納得しかけて、いや待てよ、と思いとどまる。
 だって、弁当とパン二個が同等の価値だとはやっぱり思えない。値段的にも、手間的にも。

 すぐには首を縦に振らない俺に、痺れを切らしたのか、宮成は奥の手とでも言うように、大きな独り言を漏らした。
「納得してくれないなら、誰かに、綿谷が俺の絵をこっそり描いてたことポロっと言っちゃうかもなぁ」
 意地悪そうな笑みに、俺は急いで返事をする。
「……納得したっ!納得したからっ」
 昨日はいいやつかもなんて思ったが、前言撤回。嫌なやつだ。
「よかった。じゃぁ弁当交換、成立な」
 果たしてこれは弁当交換というのだろうか。だって、俺のは弁当ではない。パンだし。

「弁当も食って、パンも食べるの?」
「パンは部活が始まる前に食べるつもり。ちょうどお腹が空くんだよね」
 にっと微笑まれて、思わず心臓が跳ねた。だって、いつもの余裕なそれとは違う、少年のような無邪気な笑顔だったから。
……危ない。思わずときめきかけるところだった。
 宮成といえば、クールで、王子みたいな貼り付けた笑顔のイメージだったのに。そんな笑顔は……、ちょっと卑怯だ。
 ときめきかけたのを悟られないように、俺は努めてそっけなく「ふぅん」と相槌を打つ。

「早く食べよ。絵描く時間なくなるよ」
 宮成に差し出された箸を受け取りながら、なんだか気持ちがふわふわと落ち着かない。
 抑えても勝手に浮ついてしまう心に、だって家族以外の人とご飯食べるのなんて久しぶりなんだ、と必死に言い訳をする。

「手を合わせてください」
 ふざけた口調で合掌する宮成は、こちらを見て笑みを深める。それが少しだけ子供っぽくて、仕方がないから、今日だけは付き合ってやろうと、俺もそのおふざけに乗る。
「……合わせました」

 満足そうに微笑まれて、思わずこちらも笑ってしまう。……学校で笑うなんて、久しぶりだ。
「それではみなさんご一緒に」
「「いただきます」」
 合わさった声が、静かな美術室に溶けていく。
 一人きりの避難場所だったはずの美術室に、宮成がいるなんて。何だか変な感じだ。
 その違和感のせいか、今日はつい、俺のほうが宮成をチラチラと盗み見てしまう。
 いつも隣の席からは、横顔しか見ることができなかったけれど、真正面から見る宮成は、ちょっと神秘的なほど整ってる。でも、それだけじゃないことを俺は今日知った。
 弁当は自分で作ってるとか、家族思いとか、宮成の人間的な部分に触れて、……ほんの少しだけ、距離が縮まった気がした。

 そう思った瞬間、俺は慌ててそれを打ち消すように頭を振った。
 違う。断じてこれは、違う。
 宮成との会話を楽しいと思ってなんかないし、俺は「交換条件」を無理やり飲んだだけにすぎない。 
 そう自分に言い聞かせながら、俺は差し出された弁当の中で、一番最初に卵焼きへと手を伸ばした。