転校して、一週間がたった。
クラスにも慣れ、友達もでき、楽しい生活を送っている――なんてことはなく、俺は今日もクラスで一人、浮いている。波に取り残された浮き輪のように、ぷかぷかと。
いくら四月のクラス替えからとはいえ、高二からの転校。すでに仲の良いグループは出来上がっていた。得体のしれない根暗そうな転校生にわざわざ話しかけるような奇特な奴は、いない。
休み時間の度に、イヤホンをつけて音楽を聴きながら、小説に目を落とす。
目からも耳からも情報が入ってきて、正直どっちにも集中できてはいない。それなのにあえてそうしてるのは、可哀想なやつだとは思われたくないから。あえて孤独を選んでいるフリをしていないと、惨めさに押し潰されそうだった。
本当のことを言うと友達がほしい。それなのに、長年の癖で、一人でも平気なフリが上手くなってしまったようだ。
勇気を出して、「友達になろう!」とでも言えたらいいが、高校生にもなると、変なプライドが邪魔して、そんな言葉、死んでも言えない。だからと言って、どうやって友達を作れば良いのか、見当もついていないけど。
そんな居心地の悪い教室で、唯一、俺の名前を呼ぶ相手がいる。
隣の席の宮成だ――。
「綿谷……、ごめん消しゴム忘れちゃって。……貸してくれない?」
「綿谷、今日もごめん。シャーペン貸してくれない?」
「綿谷ぁー、ごめん。ルーズリーフ一枚貸してー」
宮成は毎日忘れ物をする。その度に、隣の席の俺に頼ってくる。
逆隣の佐竹に頼めばいいものを、仲が悪いのだろうか。俺とも決して仲が良いわけではないけれど。
翌日、「昨日はありがとう」という言葉と共に、飴を添えて返してくれるから別に良いが、それにしても忘れすぎじゃないか。
それに、宮成といえば――。
最近、やたらと目が合う。というか、多分チラチラとこちらを窺っている。
視線が向けられる度に、どうにも胸の辺りがざわついて落ち着かない。
初めは何か言いたいことがあるのかと思っていたが、目が合っても、にこりと微笑まれるだけで特に話をしてくる様子はない。
宮成が、男女関わらず笑顔を振り撒くやつだとは分かったが、その視線の意味は未だわかっていない。
思い切って聞こうにも、「俺のこと見てる?」なんて、もし勘違いだった日には、自意識過剰だとクラスの笑い物になってしまう。だから俺は、その視線の意味を測りかねたまま、今はただ首を傾げることしかできない。
そんなことを考えているうちにチャイムがなって、昼休みになった。
俺はいつものように、即座に席を立ち、パンの入ったビニール袋を片手に、足早に教室を出る。
昼休みの喧騒は、イヤホンごときじゃかき消すことはできない。楽しそうなクラスメイトの笑い声の中食べるご飯は、味がしない。
だから俺はいつも、逃げるように、美術室へ向かう。
クラスで浮いている俺を見かねた、担任の相原先生から教えてもらった、一人になれる穴場だ。自由にして良いと、許可ももらっている。
無理に周りと仲良くさせようとせず、見守ってくれる先生には感謝しかない。
美術室に着くと、イーゼルを立てて、キャンバスを置く。
アクリル絵の具をパレットに複数色出して、筆を右手に持ちながら、左手でパンを掴む。
絵を描きながら、パンを頬張る。
絵は比較的、得意だし、好きだ。
でも、わざわざパンを食べながら絵を描いている理由はただ一つ。
もし一人を誰かに見られても、「あ、絵が描きたくて、ここに一人でいるんだな」と思わせるため。
だって、こんな美術室でただご飯食べているだけだったら、きっと寂しいやつだと思われる。そんな惨めな思いはしたくない。
絵を描いているうちに、徐々に、自分でも「一人だから絵を描いている」のではなく、「絵を描くために一人」なのだと思えてくるから不思議だ。
最初は真っ白のキャンバスを前に、何を描こうか頭を捻った。
その時、なぜか隣の席の宮成の顔が、頭に浮かんだ。
なぜ宮成なのか。自分でもわからない。
転校してから、ほぼ彼としか話していないからかもしれないし、もしかしたら、初めて見たときに彼の美しさに驚いたからそれを絵に留めたいと思ったのかもしれない。
美しいものを描きたいと思うのは、人の常だろう。
なんでかは結局わからなかったが、気づけば俺は、宮成を描いていた。
自分を見つめるとき、少し温度が上がる彼の目。スッとのびた鼻梁に、余裕そうに微笑む口元。
目の前にいないのに、すぐに思い出せるのは、きっと無意識に彼のことを見ていたからだろう。チラチラ見られていると思っていたけれど、それだけ自分も彼を見ていたのかもしれない。
そう思うと、なんだか急に恥ずかしくなって、俺はその羞恥をかき消すように、ガブっと左手のパンを食べた。
その時――。
ひょこっと、キャンバスの横から人の顔が現れた。
「うわあああっ!」
キャンバスから人がそのまま出てきたかと思い、俺は反射的にのけぞった。
俺の体が、背もたれのない椅子からゆっくりと落ち、椅子ごと後ろによろつく。持ち上がった足に、イーゼルが絡まり、キャンバスごとふわりと浮いた。
――やばい。倒れる。
尻もち覚悟で目を閉じると、バタンというキャンバスの倒れる音はしたものの、なぜか自分は腕からふわりと持ち上げられていた。誰かに腕を掴まれ、もう一方の手で腰を支えられている。
うっすらと目を開けると、そこには宮成がいた。
「うわ、ごめん。 驚かすつもりは、……少ししかなかったんだ」
少しはあったのかよ、と思いながら、宮成の、イケメンの顔が近すぎる状況に、慌てて体を離す。
「いや、俺のほうこそ驚きすぎた。……助けてくれて、ありがとう」
たかが人が現れただけじゃないか。それなのに、うさぎのようにぴょんと体を跳ねて椅子から落っこちるなんて恥ずかしすぎる。
いや、でも仕方なくないか。だって、現れたのは、ただの人じゃない。宮成なのだ。だって俺は今、宮成の絵を描いているのだ。
そう思った時、俺はハッとした。
まずい。絵を見られたら終わりだ。
キャンバスはどこだと探すと、それはすでに宮成の手の中にあった。
「へー、綿谷って、絵も上手いんだな」
絵も、って他に、何があるんだよと、一瞬頭をよぎったが、それよりも、今は絵を見られてしまったことに青ざめる。
「ご、ごめん!」
俺は急いで宮成の手から、キャンバスを奪い取った。
隣の席の冴えない転校生が、隠れて自分のことを描いていたなんて、気持ちが悪すぎる。
全力で謝る俺に、宮成はなぜかきょとんとした顔をしていた。
「なんで謝るの?」
「……いやだって、隠れて自分のこと描かれるなんて、気持ち悪いでしょ……」
口にしながら、改めて気持ち悪いなと自分でも思う。
百歩譲って、めちゃくちゃ可愛い女子だったら、少しは違ったかもしれないが、俺は紛れもない男で、しかも彼にとっては忘れ物を借りるだけの地味男。
きっと、今すぐこの場から逃げ出したいくらい気持ち悪がっている。
そう思ったが、恐る恐る窺った宮成は、なぜか驚いたように目を見開いていた。
「……それ、俺だったんだ」
言われて、ハッとする。
確かに、まだほとんど描いていない。片目と、鼻と口元の、それも輪郭だけ。
こんなの、どうとでも言い逃げできたのに、自分からバラしてしまうなんて、あり得なさすぎる。
「……ちょっと死んでくる」
恥ずかしさの上塗りで、いてもたってもいられなくなって、俺はこの場を逃げるように、立ち去ろうとした。が、すぐに宮成に腕を掴まれてしまう。
「ちょっと待て、早まるな」
振り解こうにも、宮成は力強く腕を掴んでくる。
「いや、離してくれ。ちょっと自分がキモすぎて死んでくるだけだから」
「いや、マジでやめろ。全然キモくないから、落ち着け」
「キモいだろ」
「マジでキモくない。むしろ嬉しい」
宮成の言葉に、俺ははたと動きを止めた。
嬉しい? そんなの絶対に嘘だ。
そんなわかりやすい嘘、なんで――。
ああそうか。きっとこれは、彼の優しさなのだろう。
宮成って案外良いやつなのかもしれない。
一軍男子で、いつも女子に囲まれて、友達も多くて、でもって忘れ物も多くて。
それくらいしか知らないけれど、クラスの地味男にも情けをかけてくれる心根のいい奴なのかも。
何も言わずに黙ったまま立っていると、宮成は掴んでいた俺の手をやっと緩めた。
そして倒れたイーゼルを立てて、そこにキャンバスを置いた。
改めるようにその絵を見て、なぜか宮成はにやける。
「そっかー、これ、俺なんだ……」
なんでにやけているかはわからないけど、変な誤解はしてほしくなくて、俺は必死で言い訳を探す。
「あ、でも、この絵に特に意味はないから! あの、宮成ってかっこいいから、絵になるなって思っただけで、そっ、それ以上の意味はないし、ほんと。あっ、俺、男が好きとかでもないから!」
勘違いされては困る。
けれど、必死になればなるほど、逃げ場のない泥沼に沈んでいっているような感覚だ。
……だめだ、言えば言うほど嘘くさい。でも本当に自分でも、なんで宮成を描いたのか、納得のいく説明ができないのだ。
ただの出来心のはずだったのに、これじゃ四六時中、宮成のことを考えているみたいじゃないか。
「わかった、わかった。でもそっか……」
本当にわかってくれたのかは不明だが、宮成は腕を組み、少しだけ宙に目を向けた後、にこりと俺を見た。何かを企んでいるような、そんな笑顔だ。
「絵を無断で描いた交換条件に……」
「交換条件に……?」
もしかして、お金をせびられたりするのだろうか。黙っててやるから金をよこせとか?
宮成は見た目がちょっとチャラいし、あり得るかもしれない。
さっきは良いやつかもって思ったのに……。
妄想が膨らみ、怯えている俺の耳に、宮成の声が届く。
「一緒にごはん食べてくれない?」
「は……? ご、ごはん?」
予想外の言葉に、伏せていた目をぱちくりと開けると、宮成はなぜか少しだけ、頬を染めていた。
「そう、昼ごはん。……その絵が完成するまでで良いから。一緒に食べてほしい」
「昼……ごはん……」
何を言っているのかわからず、思わず言葉を復唱する。
ぽかんと口を開けたままでいると、宮成はふっと、笑みを深めた。
「目の前にモデルがいた方が描きやすいっしょ? はい、決まり。明日から一緒に食べよ」
その笑顔が、あまりに嬉しそうで、俺は何も言えず不可抗力で頷いた。
ほとんど一方的な決定だったが、こうして俺たちの昼ごはんの関係がはじまった。
クラスにも慣れ、友達もでき、楽しい生活を送っている――なんてことはなく、俺は今日もクラスで一人、浮いている。波に取り残された浮き輪のように、ぷかぷかと。
いくら四月のクラス替えからとはいえ、高二からの転校。すでに仲の良いグループは出来上がっていた。得体のしれない根暗そうな転校生にわざわざ話しかけるような奇特な奴は、いない。
休み時間の度に、イヤホンをつけて音楽を聴きながら、小説に目を落とす。
目からも耳からも情報が入ってきて、正直どっちにも集中できてはいない。それなのにあえてそうしてるのは、可哀想なやつだとは思われたくないから。あえて孤独を選んでいるフリをしていないと、惨めさに押し潰されそうだった。
本当のことを言うと友達がほしい。それなのに、長年の癖で、一人でも平気なフリが上手くなってしまったようだ。
勇気を出して、「友達になろう!」とでも言えたらいいが、高校生にもなると、変なプライドが邪魔して、そんな言葉、死んでも言えない。だからと言って、どうやって友達を作れば良いのか、見当もついていないけど。
そんな居心地の悪い教室で、唯一、俺の名前を呼ぶ相手がいる。
隣の席の宮成だ――。
「綿谷……、ごめん消しゴム忘れちゃって。……貸してくれない?」
「綿谷、今日もごめん。シャーペン貸してくれない?」
「綿谷ぁー、ごめん。ルーズリーフ一枚貸してー」
宮成は毎日忘れ物をする。その度に、隣の席の俺に頼ってくる。
逆隣の佐竹に頼めばいいものを、仲が悪いのだろうか。俺とも決して仲が良いわけではないけれど。
翌日、「昨日はありがとう」という言葉と共に、飴を添えて返してくれるから別に良いが、それにしても忘れすぎじゃないか。
それに、宮成といえば――。
最近、やたらと目が合う。というか、多分チラチラとこちらを窺っている。
視線が向けられる度に、どうにも胸の辺りがざわついて落ち着かない。
初めは何か言いたいことがあるのかと思っていたが、目が合っても、にこりと微笑まれるだけで特に話をしてくる様子はない。
宮成が、男女関わらず笑顔を振り撒くやつだとは分かったが、その視線の意味は未だわかっていない。
思い切って聞こうにも、「俺のこと見てる?」なんて、もし勘違いだった日には、自意識過剰だとクラスの笑い物になってしまう。だから俺は、その視線の意味を測りかねたまま、今はただ首を傾げることしかできない。
そんなことを考えているうちにチャイムがなって、昼休みになった。
俺はいつものように、即座に席を立ち、パンの入ったビニール袋を片手に、足早に教室を出る。
昼休みの喧騒は、イヤホンごときじゃかき消すことはできない。楽しそうなクラスメイトの笑い声の中食べるご飯は、味がしない。
だから俺はいつも、逃げるように、美術室へ向かう。
クラスで浮いている俺を見かねた、担任の相原先生から教えてもらった、一人になれる穴場だ。自由にして良いと、許可ももらっている。
無理に周りと仲良くさせようとせず、見守ってくれる先生には感謝しかない。
美術室に着くと、イーゼルを立てて、キャンバスを置く。
アクリル絵の具をパレットに複数色出して、筆を右手に持ちながら、左手でパンを掴む。
絵を描きながら、パンを頬張る。
絵は比較的、得意だし、好きだ。
でも、わざわざパンを食べながら絵を描いている理由はただ一つ。
もし一人を誰かに見られても、「あ、絵が描きたくて、ここに一人でいるんだな」と思わせるため。
だって、こんな美術室でただご飯食べているだけだったら、きっと寂しいやつだと思われる。そんな惨めな思いはしたくない。
絵を描いているうちに、徐々に、自分でも「一人だから絵を描いている」のではなく、「絵を描くために一人」なのだと思えてくるから不思議だ。
最初は真っ白のキャンバスを前に、何を描こうか頭を捻った。
その時、なぜか隣の席の宮成の顔が、頭に浮かんだ。
なぜ宮成なのか。自分でもわからない。
転校してから、ほぼ彼としか話していないからかもしれないし、もしかしたら、初めて見たときに彼の美しさに驚いたからそれを絵に留めたいと思ったのかもしれない。
美しいものを描きたいと思うのは、人の常だろう。
なんでかは結局わからなかったが、気づけば俺は、宮成を描いていた。
自分を見つめるとき、少し温度が上がる彼の目。スッとのびた鼻梁に、余裕そうに微笑む口元。
目の前にいないのに、すぐに思い出せるのは、きっと無意識に彼のことを見ていたからだろう。チラチラ見られていると思っていたけれど、それだけ自分も彼を見ていたのかもしれない。
そう思うと、なんだか急に恥ずかしくなって、俺はその羞恥をかき消すように、ガブっと左手のパンを食べた。
その時――。
ひょこっと、キャンバスの横から人の顔が現れた。
「うわあああっ!」
キャンバスから人がそのまま出てきたかと思い、俺は反射的にのけぞった。
俺の体が、背もたれのない椅子からゆっくりと落ち、椅子ごと後ろによろつく。持ち上がった足に、イーゼルが絡まり、キャンバスごとふわりと浮いた。
――やばい。倒れる。
尻もち覚悟で目を閉じると、バタンというキャンバスの倒れる音はしたものの、なぜか自分は腕からふわりと持ち上げられていた。誰かに腕を掴まれ、もう一方の手で腰を支えられている。
うっすらと目を開けると、そこには宮成がいた。
「うわ、ごめん。 驚かすつもりは、……少ししかなかったんだ」
少しはあったのかよ、と思いながら、宮成の、イケメンの顔が近すぎる状況に、慌てて体を離す。
「いや、俺のほうこそ驚きすぎた。……助けてくれて、ありがとう」
たかが人が現れただけじゃないか。それなのに、うさぎのようにぴょんと体を跳ねて椅子から落っこちるなんて恥ずかしすぎる。
いや、でも仕方なくないか。だって、現れたのは、ただの人じゃない。宮成なのだ。だって俺は今、宮成の絵を描いているのだ。
そう思った時、俺はハッとした。
まずい。絵を見られたら終わりだ。
キャンバスはどこだと探すと、それはすでに宮成の手の中にあった。
「へー、綿谷って、絵も上手いんだな」
絵も、って他に、何があるんだよと、一瞬頭をよぎったが、それよりも、今は絵を見られてしまったことに青ざめる。
「ご、ごめん!」
俺は急いで宮成の手から、キャンバスを奪い取った。
隣の席の冴えない転校生が、隠れて自分のことを描いていたなんて、気持ちが悪すぎる。
全力で謝る俺に、宮成はなぜかきょとんとした顔をしていた。
「なんで謝るの?」
「……いやだって、隠れて自分のこと描かれるなんて、気持ち悪いでしょ……」
口にしながら、改めて気持ち悪いなと自分でも思う。
百歩譲って、めちゃくちゃ可愛い女子だったら、少しは違ったかもしれないが、俺は紛れもない男で、しかも彼にとっては忘れ物を借りるだけの地味男。
きっと、今すぐこの場から逃げ出したいくらい気持ち悪がっている。
そう思ったが、恐る恐る窺った宮成は、なぜか驚いたように目を見開いていた。
「……それ、俺だったんだ」
言われて、ハッとする。
確かに、まだほとんど描いていない。片目と、鼻と口元の、それも輪郭だけ。
こんなの、どうとでも言い逃げできたのに、自分からバラしてしまうなんて、あり得なさすぎる。
「……ちょっと死んでくる」
恥ずかしさの上塗りで、いてもたってもいられなくなって、俺はこの場を逃げるように、立ち去ろうとした。が、すぐに宮成に腕を掴まれてしまう。
「ちょっと待て、早まるな」
振り解こうにも、宮成は力強く腕を掴んでくる。
「いや、離してくれ。ちょっと自分がキモすぎて死んでくるだけだから」
「いや、マジでやめろ。全然キモくないから、落ち着け」
「キモいだろ」
「マジでキモくない。むしろ嬉しい」
宮成の言葉に、俺ははたと動きを止めた。
嬉しい? そんなの絶対に嘘だ。
そんなわかりやすい嘘、なんで――。
ああそうか。きっとこれは、彼の優しさなのだろう。
宮成って案外良いやつなのかもしれない。
一軍男子で、いつも女子に囲まれて、友達も多くて、でもって忘れ物も多くて。
それくらいしか知らないけれど、クラスの地味男にも情けをかけてくれる心根のいい奴なのかも。
何も言わずに黙ったまま立っていると、宮成は掴んでいた俺の手をやっと緩めた。
そして倒れたイーゼルを立てて、そこにキャンバスを置いた。
改めるようにその絵を見て、なぜか宮成はにやける。
「そっかー、これ、俺なんだ……」
なんでにやけているかはわからないけど、変な誤解はしてほしくなくて、俺は必死で言い訳を探す。
「あ、でも、この絵に特に意味はないから! あの、宮成ってかっこいいから、絵になるなって思っただけで、そっ、それ以上の意味はないし、ほんと。あっ、俺、男が好きとかでもないから!」
勘違いされては困る。
けれど、必死になればなるほど、逃げ場のない泥沼に沈んでいっているような感覚だ。
……だめだ、言えば言うほど嘘くさい。でも本当に自分でも、なんで宮成を描いたのか、納得のいく説明ができないのだ。
ただの出来心のはずだったのに、これじゃ四六時中、宮成のことを考えているみたいじゃないか。
「わかった、わかった。でもそっか……」
本当にわかってくれたのかは不明だが、宮成は腕を組み、少しだけ宙に目を向けた後、にこりと俺を見た。何かを企んでいるような、そんな笑顔だ。
「絵を無断で描いた交換条件に……」
「交換条件に……?」
もしかして、お金をせびられたりするのだろうか。黙っててやるから金をよこせとか?
宮成は見た目がちょっとチャラいし、あり得るかもしれない。
さっきは良いやつかもって思ったのに……。
妄想が膨らみ、怯えている俺の耳に、宮成の声が届く。
「一緒にごはん食べてくれない?」
「は……? ご、ごはん?」
予想外の言葉に、伏せていた目をぱちくりと開けると、宮成はなぜか少しだけ、頬を染めていた。
「そう、昼ごはん。……その絵が完成するまでで良いから。一緒に食べてほしい」
「昼……ごはん……」
何を言っているのかわからず、思わず言葉を復唱する。
ぽかんと口を開けたままでいると、宮成はふっと、笑みを深めた。
「目の前にモデルがいた方が描きやすいっしょ? はい、決まり。明日から一緒に食べよ」
その笑顔が、あまりに嬉しそうで、俺は何も言えず不可抗力で頷いた。
ほとんど一方的な決定だったが、こうして俺たちの昼ごはんの関係がはじまった。
