箸先から、恋がはじまる 〜隣の席のイケメンは、なぜか弁当を食わせたがる〜

 放課後、誰もいない教室で、女子に呼び出された宮成を待っていると、雑誌に目を落としたままの明石が、軽い口調で、唐突に爆弾を放り込んできた。

「そういえば、ナツっきー。宮成と付き合い始めた?」
「……え?」

 いきなりの問いかけに、心臓が跳ねる。
 なんと返事をするのが正解かわからず、俺は思わず固まった。
 男同士で、しかも同じグループ内。
 気持ち悪いと拒絶されるかもという恐怖が、一瞬で脳内を駆け巡るなか、スマホをいじっていた瀬田が、淡々と言葉を重ねた。
「あー俺も思ってた。やっぱそうだよな。おめでとー」
「あ、ありがとう? も、もしかして……宮成が何か言ってた?」
 もしそうだとしたら、あいつ誰にでも言いふらしすぎじゃないか?
 俺の心配をよそに、明石は「違うけどー」と、雑誌に目を向けたまま答える。
「だってさ、最近の宮成、気持ち悪いぐらい上機嫌なんだもん」
「あー、わかる。この前、『俺は今、最高に幸せだから』とかって謎の理由で、俺ジュース奢ってもらったわ」
 ……やっぱり宮成かよ。
 もうちょっと落ち着けって、宮成に言うか。
 そう心の中で決めた時、明石が雑誌をめくりながら、言葉を続けた。
「それに、さっき女子に宮成が呼び出された時、ナツっきー、妙にソワソワしてたからさ、心配してるのかなって思って」
 え、俺、ソワソワしてた?
 確かに、最近宮成が告白されるたびに、面白くないなぁと思う自分がいたけど、まさか態度に出ていたとは。
 しかもそれを友人に指摘されるなんて、恥ずかしい。恥ずかしすぎる……!
「でも、安心していーと思うよ。宮成は相当一途だと思う」
 明石はそこでやっと雑誌から目を上げると、ニッと俺に笑いかけ、楽しそうにまた雑誌に目を落とした。
「俺らがナツっきーと仲良くなる前からもうずっと、「綿谷が可愛い」とか「綿谷の笑顔がやばい」とか、ナツっきーの話ばっかだったもんな。あん時から『綿谷大好き』って宮成はもう出てたよな」
 瀬田の話に、うんうんと頷く明石を見て、そんな前から俺のこと好きってばれてたのかよ、と呆れつつも、この関係を当たり前のように受け入れてくれる二人に、胸の奥が温かくなる。
 単に俺らに興味がないだけかもしれないが、それでも、「気持ち悪い」なんて言われるかもと、ほんの少し疑っていた自分が恥ずかしい。

「でもさ、ウサっぎーランドは俺らと一緒に行こうな!」
 明石は、ウサっぎーランドの攻略本に付箋を貼りながら、力強く話す。明石はウサっぎーランドをめちゃくちゃ楽しみにしてるらしい。攻略本には付箋がびっしりだ。多分、参考書以上に読み込んでる。
「まぁでも、あいつのことだから、『俺、綿谷と二人で行きたいんだけど〜』とか言い出しそうだよな」
 瀬田は、宮成のマネをする部分だけ、髪の毛をくるくるといじりながら、だるそうに話す。どうやら瀬田には宮成がそう見えているらしい。
「さすがの宮成もそれは言わないんじゃないかな」
 苦笑いを見せると、明石と瀬田が鋭い視線を俺に向けた。
「ナツっきー甘いよ。宮成がいつも舐めてるいちごみるく飴くらい甘いよ」
「そうそう。あいつは友情より断然、恋愛をとる男。多分、俺らのことなんて、綿谷と愉快な仲間A、愉快な仲間Bくらいにしか思ってないな」
「そうだそうだ! って、どっちが愉快な仲間Aで、どっちがB?」
 変なところが気になるようで、明石は瀬田を見た。
「Aはお前に譲るよ。宮成と小学校からの付き合いだろ?」
「瀬田……お前ってやつは、やっぱりいいやつだな!」
 明石は完全に本気だけど、瀬田はどう見ても明石で遊んでる。だってさっきから口元が薄ら笑ってる。

「とにかくナツっきー。もしあいつが、『俺、綿谷と二人でウサっぎーランド行くわ』とかぬかした時は、三人で締め上げような。あいつでかいから、三人係じゃないと無理だもん」
「その時は、あいつがそう言ってきた瞬間、ナツっきーがまず、タックルしてな。そこでひよったところを、俺が手足を、明石が首を折りに行こう」
 なんとも物騒な提案だ。だが、明石の目があまりに本気で、俺も思わず頷いた。もし宮成が二人で行きたいなんて言い出したら、俺らを温かく受け入れてくれた二人に対して何言ってんだって、俺が先陣を切ってあいつを倒しに行こう。そう燃える。

「……てか、ナツっきーその指どうしたん?」
「俺もそれ思ってた」
 落ちた視線の先には、絆創膏ばかりの俺の指があり、俺は咄嗟に机の下に隠した。 
「いや、べ、別に……。ちょっと猫に? 噛まれて?」
 歯切れの悪い回答に、二人はふぅんと言うだけで、それ以上は何も聞かずにいてくれた。

 その時、宮成が教室に戻ってきた。
「あー、長かった。待たせたな、ごめん」
 そう言いながら、宮成は当然のように俺の隣に陣取る。
「おっつー。告白どうだった? OKした?」
 さらりと訊ねる瀬田に、宮成は苦笑する。
「いや、速攻で断ったよ。……マジ、一秒も迷わなかったから、ほんとに」
 なぜか最後は俺の方を見て、必死で説明してくるから、もう恥ずかしさで死にそうだった。
 きっと昼休み、俺が『告白されたくせに』なんて拗ねた言い方をしたからだろうが、みんなの前では俺を見るな。
 何も言わずにいると、明石が話を例の話題に変えてくれた。

「てかさ、そろそろ夏休みになるし、ウサっぎーランド行く計画立てようぜ」
「あーその件なんだけどさ……」
 そう言うと、宮成はなぜか俺の手を絡め取った。
「俺、夏生と二人で行きたいんだよね。……俺ら付き合ってるから」
 そう言うと、宮成は、絡め取った手を二人に見せびらかすように上に上げた。
 俺の指の間一つひとつに、宮成の指が入り込む。
 まさしくこれは――恋人繋ぎだ。
 俺はもうされるがまま、声にならない声を出しながら、宮成の馬鹿力に負け、手をひっこめることもできず、ただ目を剥いて、顔を赤らめた。
 いやいやいや、ちょっと待て。なんでこんな普通に恋人繋ぎしてるんだ。ここ教室だぞ。しかも目の前に明石と瀬田いるし。いや、いるどころか、がっつり見てるし。しかもなんか冷ややか。
 というか、こいつ、なんでこんな堂々とできるんだ。
 俺の常識がおかしいのか、それとも宮成の頭がおかしいのか。多分後者だ。
 しかもこんなところで、なぜか初めての夏生呼び。恥ずかしさと嬉しさでなんとも言えない感情になる。でもきっと嬉しく思っている時点で、充分に俺もおかしいのだろう。
 
 その瞬間、明石の冷たい視線が宮成に向かった。
「いけ! ナツっきー! まずはタックルだ!」
 瀬田の掛け声に、俺はハッと思い出した。
――もしあいつが、『俺、綿谷と二人でウサっぎーランド行くわ』とかぬかした時は、三人で締め上げような。

 今がその時か! 
 俺は恋人繋ぎのまま、横にいる宮成の元へ捨て身のタックルをした。あとは明石と瀬田が頑張ってくれ、そう願う。
 が、いくら待てど特に援護がやってこない。

 あ、これ……やられたな。
 そう気づいた時にはもう顔は真っ赤っかで、俺はゆっくりと顔を見上げた。
「え、何このラッキー? なんのご褒美?」
 よくわかってない宮成からしたら、ただ俺が勢いよく抱きついてきたとしか思ってないようだ。
 ぐるんと振り返ると、二人は授業参観の保護者のように微笑ましい笑顔で、俺を見ていた。
「ナツっきー、ごめん。まさか本当にやると思ってなくて」
「でも、なんかいいもん見れたよ。お幸せにな」
 ぐっと親指を立てる二人に、俺は潤んだ瞳でジロリと睨んだ。
「……俺、もうウサっぎーランドなんて、行かない!!」
 泣き叫ぶように放った言葉を受け入れてもらえるわけもなく、俺らは夏休み、四人でウサっぎーランドに行くことになった。