宮成と付き合って二週間が経った。
朝登校して、授業を受けて、昼になれば宮成と二人でご飯を食べる。放課後、宮成に部活がなければ一緒に帰り、家の近くまで送ってもらう。
これまでと大差ない、特に変わり映えのしない毎日だ。
ただ、一つ変わったことがあるとすれば、それは……キスをするようになったこと。
あの日から、宮成は昼ごはんのあと、これでもかというほど歯磨きをするようになった。
宮成だけにさせるわけにもいかず、一緒に歯磨きに勤しんだ結果、俺の口内環境も今や右肩上がりだ。
なぜ必死に歯を磨くのか。理由は一つ。……もちろんキスをするためだ。
俺が、「歯磨きをしてないからダメ」なんて口走ったために、宮成の中では、『歯磨きさえすればキスをしてもいい』という謎の方程式が成立してしまったらしい。
別に宮成とキスをするのは、……嫌いじゃない。
嫌じゃないけど、学校では勘弁してほしい。だって、なんか変な気持ちになるから……。
そんなわけで俺は今、隙あらばキスしてこようとするモンスター宮成から逃げるように、一人で自販機に来ている。
自販機を前に、何を買おうかなと悩んでいると、後ろから手が伸びて、先にチャリンチャリンと、自販機に小銭を入れられた。
後ろに待っている人がいたことに気づき、「すみません、お先にどうぞ」と告げようと振り返った時。
「買うもの、決まった? 夏生」
聞きなれた爽やかな声が聞こえた。翠だ。
「あ、翠さん。ごめん、悩んじゃって。あ、先にどうぞ」
そう言って、一歩後ろに下がると、翠は首を横に振った。
「ううん、これは夏生の分。この間、買ってもらっちゃったから、今日は奢らせて」
俺は、じゃあお言葉に甘えてと、ジュースのボタンを押した。
ガコンと出てきた飲み物に手を伸ばす。
翠の飲み物も買って、二人で教室に向かって歩き始めた時、翠が「そういえば」と口を開いた。
「慧と付き合ったんだって?」
ペットボトルに口をつけた直後の問いかけに、俺は思わずジュースを吐き出した。
「ぶっは! え?! な、なにそれ、え、誰から……」
「慧本人から。……ってか大丈夫?」
せめてジュースを飲んでいる時は避けて欲しかった。そう思いながら、俺は、ポッケから出したハンカチで顔を拭く。
ってか、宮成が話したのかよ。
「えっと、まぁ、その……うん。付き合ってる」
照れながら、やっとの思いで言葉を吐き出すと、翠は満面の笑みで喜んでくれた。
「ふふふ、おめでとう!」
男同士とか、陽キャと陰キャとか、イケメンと地味男とか。自分の中にあった小さな悩みが、翠のその心の底からの祝福に、ふっと消えていくようだった。
「あ、ありがとう……」
そう言いながら、ふと宮成の言葉を思い出す。
――あいつも俺も、昔から、お前が好きなの!
もし、あれが本当だとしたら、なんだか翠には申し訳なさも募る。
「そういえば、小学生のこと、思い出したんでしょ?」
「あ、うん。翠さんのことも、思い出したよ」
もちろん男の子だと思っていたことは言わなかった。だって、……あまりに失礼すぎる。
「この間、私夏生に、バスケを始めた頃の話したでしょ? あれ、もう知ってると思うけど夏生のことだったんだ。でも、あの時言ったみたいに、私、夏生のことは好きっていうよりも、憧れてるっていうか、夏生みたいに優しくなりたいって思ってる。でも、ここだけの話、実は慧には、夏生が好きって言ったんだよね。慧に発破かけたくて。でも、そのせいで、慧は私と夏生を近寄らせたくないらしい」
ははは、と豪快に笑う翠は、なんだかちょっとかっこいい。
翠の話を聞きながら、なぜか、翠の本当の好きな人は宮成だったんじゃないかなと思った。
だって、好きな人の好きな人はすぐに気づくから。まぁ俺は間違っていたから、あまり参考にはならないけど。
「てか、夏生、指大丈夫?」
「あ、これは……」
翠の視線が、俺の指先に巻かれた何枚もの絆創膏に止まる。
俺は、咄嗟にその手を後ろに隠した。
「だ、大丈夫! なんでもないから!」
「ふぅん。……あ、もう私、夏生ってもう呼んじゃダメだったんだ」
「え?」
「釘刺されたの。綿谷くんって呼べって……。あなたの激重彼氏に」
翠は呆れたように肩をすくめ、自分の教室の前で足を止めた。
「もし、万が一慧と別れたら教えてね。その時は、速攻で綿谷くんに告白しに行くから」
茶目っ気たっぷりな笑いを添えて、翠は手を振りながら、教室へ入っていった。
改めてやっぱり、いい子だと思う。
「見てたよ。浮気じゃね?」
昼休み宮成と二人でご飯を食べていると、宮成がジトーっと睨んできた。
「え? なに、急に?」
「……今日、翠と話してたでしょ? 中庭で。……教室から見てた」
いつでもどこでも見てるな。……彼氏ってより、ストーカーだな。
宮成の問いかけにはシカトして、ミートボールを口に運ぶと、宮成が体を前に乗り出して、「あとさ」と言葉を付け足す。
「最近、瀬田と仲良すぎじゃない?」
「え、瀬田?」
これには思わず箸が止まる。
瀬田とは席が前後になってから、確かによく話してはいるが、どこからどう見ても友達だ。
「……だって、ずっと喋ってんじゃん」
大きな図体で顔だけをふぐのように膨らませる宮成が、なんかちょっと可愛くて仕方ない。
ってか、こいつ、ヤキモチ妬くんだ。
俺なんて、女子にはもちろん、男子にもモテるわけがないのだから、心配なんてしなくていいのに。
なのに、宮成にやきもち焼かれると、とんでもなくいい男になった気がして、なんかちょっといい気分だなって思ったりしてしまう。
「……お前も昨日、女の子に告白されてたくせに」
意地悪心からそう言うと、宮成は必死で否定した。
「ちゃんと断ったから!」
「……当たり前だろ」
宮成は、『じゃあ次は俺の番』とでも言うように、距離を詰めると、探るような視線を俺に向けた。
「で、瀬田といつも何話してんの? 今日なんて、スマホ見ながらなんか喋ってたでしょ」
「え? スマホ? あー。そうそう。俺、美術部入ろうかなって思ってて」
「び、美術部?!」
想像以上に驚いた宮成のリアクションに、思わずこちらが驚いてしまう。
「……そう。ってか、瀬田って美術部って知ってた?」
「は? 嘘じゃん」
「だろ? 俺もそう思ってたら、幽霊部員らしいんだけど、美術部なんだって。一ヶ月に一回顔出してるって」
「……知らなかった」
美術部に入るかどうか迷い、でも二年から入るなんてちょっと遅いよななんて悩んでいたら、瀬田が『実は俺……』と、教えてくれた。
「で、俺が美術部に興味あるって言ったら、『ナツっきーが美術部入るなら、俺も真面目に顔出そうかな』って言うから、揃えた方が良い道具とか教えてもらってた」
「……ずるいな」
「え?」
「俺も美術部入る」
宮成は真剣な表情で俺を見た。バキバキに目がキマッている。
「は? お前、バスケ部だろ。うちの学校、掛け持ち禁止だから入れねーぞ」
「バスケ部やめる」
「は、はぁ?」
冗談はやめろよと、言いたいのに、その顔は真剣そのもので、俺は卵焼きと一緒に、その言葉を飲み込んだ。
「だって、夏休みとか、俺が部活やっている間、綿谷は瀬田と一緒に楽しくお絵描きしてんだろ?」
なにを想像したのか、宮成はちょっと泣きそうな顔でこちらを見た。
「お絵描きって……。まぁでも、確かに合宿あるって言ってたな」
「はい、確定。もう絶対美術部入る」
こうなったら、本当にバスケ部を辞めて美術部に入ってしまいそうで、俺は奥の手を使うことにした。
「……そっか、残念だな。俺、バスケする宮成、好きだったのに」
その言葉に、宮成の箸がカランと手から落ちた。
「え? 今、なんて言った?」
「だから、俺、バスケする宮成好きだったのにって言った。バスケしてる姿はかっこいいなって思ってたけど、そうか。もう見れないのか……」
明らかに肩を落として残念がって見せる。
「辞めない」
一分前に自分が言った言葉をもう忘れたのか、宮成は言葉を撤回する。
「俺、日本代表になるわ」
「はいはい」
お弁当箱の蓋を閉めながら、流石に日本代表は辞めてほしいなと思う。だって、もっとモテてしまいそうだ。
二人で席を立って、教室まで戻る道すがら。
「そういえば今日、明石と瀬田が一緒にモクド寄ろーって」
「聞いた。あれだろ、夏休みの予定立てよって」
「そうそう――……ってかさ、指、大丈夫? どうしたの?」
絆創膏だらけの俺の指を見て、宮成が首を傾げる。
「だ、大丈夫! これはちょっと野暮用で」
「ふぅん。ならいいけど」
そう言うと、宮成はそれ以上追及することなく、ひょうひょうとした足取りで歩き出した。
背中に回した指を必死で隠しながら、俺はほっと息を吐く。
――ばれちゃいけない。だってこれは……。
朝登校して、授業を受けて、昼になれば宮成と二人でご飯を食べる。放課後、宮成に部活がなければ一緒に帰り、家の近くまで送ってもらう。
これまでと大差ない、特に変わり映えのしない毎日だ。
ただ、一つ変わったことがあるとすれば、それは……キスをするようになったこと。
あの日から、宮成は昼ごはんのあと、これでもかというほど歯磨きをするようになった。
宮成だけにさせるわけにもいかず、一緒に歯磨きに勤しんだ結果、俺の口内環境も今や右肩上がりだ。
なぜ必死に歯を磨くのか。理由は一つ。……もちろんキスをするためだ。
俺が、「歯磨きをしてないからダメ」なんて口走ったために、宮成の中では、『歯磨きさえすればキスをしてもいい』という謎の方程式が成立してしまったらしい。
別に宮成とキスをするのは、……嫌いじゃない。
嫌じゃないけど、学校では勘弁してほしい。だって、なんか変な気持ちになるから……。
そんなわけで俺は今、隙あらばキスしてこようとするモンスター宮成から逃げるように、一人で自販機に来ている。
自販機を前に、何を買おうかなと悩んでいると、後ろから手が伸びて、先にチャリンチャリンと、自販機に小銭を入れられた。
後ろに待っている人がいたことに気づき、「すみません、お先にどうぞ」と告げようと振り返った時。
「買うもの、決まった? 夏生」
聞きなれた爽やかな声が聞こえた。翠だ。
「あ、翠さん。ごめん、悩んじゃって。あ、先にどうぞ」
そう言って、一歩後ろに下がると、翠は首を横に振った。
「ううん、これは夏生の分。この間、買ってもらっちゃったから、今日は奢らせて」
俺は、じゃあお言葉に甘えてと、ジュースのボタンを押した。
ガコンと出てきた飲み物に手を伸ばす。
翠の飲み物も買って、二人で教室に向かって歩き始めた時、翠が「そういえば」と口を開いた。
「慧と付き合ったんだって?」
ペットボトルに口をつけた直後の問いかけに、俺は思わずジュースを吐き出した。
「ぶっは! え?! な、なにそれ、え、誰から……」
「慧本人から。……ってか大丈夫?」
せめてジュースを飲んでいる時は避けて欲しかった。そう思いながら、俺は、ポッケから出したハンカチで顔を拭く。
ってか、宮成が話したのかよ。
「えっと、まぁ、その……うん。付き合ってる」
照れながら、やっとの思いで言葉を吐き出すと、翠は満面の笑みで喜んでくれた。
「ふふふ、おめでとう!」
男同士とか、陽キャと陰キャとか、イケメンと地味男とか。自分の中にあった小さな悩みが、翠のその心の底からの祝福に、ふっと消えていくようだった。
「あ、ありがとう……」
そう言いながら、ふと宮成の言葉を思い出す。
――あいつも俺も、昔から、お前が好きなの!
もし、あれが本当だとしたら、なんだか翠には申し訳なさも募る。
「そういえば、小学生のこと、思い出したんでしょ?」
「あ、うん。翠さんのことも、思い出したよ」
もちろん男の子だと思っていたことは言わなかった。だって、……あまりに失礼すぎる。
「この間、私夏生に、バスケを始めた頃の話したでしょ? あれ、もう知ってると思うけど夏生のことだったんだ。でも、あの時言ったみたいに、私、夏生のことは好きっていうよりも、憧れてるっていうか、夏生みたいに優しくなりたいって思ってる。でも、ここだけの話、実は慧には、夏生が好きって言ったんだよね。慧に発破かけたくて。でも、そのせいで、慧は私と夏生を近寄らせたくないらしい」
ははは、と豪快に笑う翠は、なんだかちょっとかっこいい。
翠の話を聞きながら、なぜか、翠の本当の好きな人は宮成だったんじゃないかなと思った。
だって、好きな人の好きな人はすぐに気づくから。まぁ俺は間違っていたから、あまり参考にはならないけど。
「てか、夏生、指大丈夫?」
「あ、これは……」
翠の視線が、俺の指先に巻かれた何枚もの絆創膏に止まる。
俺は、咄嗟にその手を後ろに隠した。
「だ、大丈夫! なんでもないから!」
「ふぅん。……あ、もう私、夏生ってもう呼んじゃダメだったんだ」
「え?」
「釘刺されたの。綿谷くんって呼べって……。あなたの激重彼氏に」
翠は呆れたように肩をすくめ、自分の教室の前で足を止めた。
「もし、万が一慧と別れたら教えてね。その時は、速攻で綿谷くんに告白しに行くから」
茶目っ気たっぷりな笑いを添えて、翠は手を振りながら、教室へ入っていった。
改めてやっぱり、いい子だと思う。
「見てたよ。浮気じゃね?」
昼休み宮成と二人でご飯を食べていると、宮成がジトーっと睨んできた。
「え? なに、急に?」
「……今日、翠と話してたでしょ? 中庭で。……教室から見てた」
いつでもどこでも見てるな。……彼氏ってより、ストーカーだな。
宮成の問いかけにはシカトして、ミートボールを口に運ぶと、宮成が体を前に乗り出して、「あとさ」と言葉を付け足す。
「最近、瀬田と仲良すぎじゃない?」
「え、瀬田?」
これには思わず箸が止まる。
瀬田とは席が前後になってから、確かによく話してはいるが、どこからどう見ても友達だ。
「……だって、ずっと喋ってんじゃん」
大きな図体で顔だけをふぐのように膨らませる宮成が、なんかちょっと可愛くて仕方ない。
ってか、こいつ、ヤキモチ妬くんだ。
俺なんて、女子にはもちろん、男子にもモテるわけがないのだから、心配なんてしなくていいのに。
なのに、宮成にやきもち焼かれると、とんでもなくいい男になった気がして、なんかちょっといい気分だなって思ったりしてしまう。
「……お前も昨日、女の子に告白されてたくせに」
意地悪心からそう言うと、宮成は必死で否定した。
「ちゃんと断ったから!」
「……当たり前だろ」
宮成は、『じゃあ次は俺の番』とでも言うように、距離を詰めると、探るような視線を俺に向けた。
「で、瀬田といつも何話してんの? 今日なんて、スマホ見ながらなんか喋ってたでしょ」
「え? スマホ? あー。そうそう。俺、美術部入ろうかなって思ってて」
「び、美術部?!」
想像以上に驚いた宮成のリアクションに、思わずこちらが驚いてしまう。
「……そう。ってか、瀬田って美術部って知ってた?」
「は? 嘘じゃん」
「だろ? 俺もそう思ってたら、幽霊部員らしいんだけど、美術部なんだって。一ヶ月に一回顔出してるって」
「……知らなかった」
美術部に入るかどうか迷い、でも二年から入るなんてちょっと遅いよななんて悩んでいたら、瀬田が『実は俺……』と、教えてくれた。
「で、俺が美術部に興味あるって言ったら、『ナツっきーが美術部入るなら、俺も真面目に顔出そうかな』って言うから、揃えた方が良い道具とか教えてもらってた」
「……ずるいな」
「え?」
「俺も美術部入る」
宮成は真剣な表情で俺を見た。バキバキに目がキマッている。
「は? お前、バスケ部だろ。うちの学校、掛け持ち禁止だから入れねーぞ」
「バスケ部やめる」
「は、はぁ?」
冗談はやめろよと、言いたいのに、その顔は真剣そのもので、俺は卵焼きと一緒に、その言葉を飲み込んだ。
「だって、夏休みとか、俺が部活やっている間、綿谷は瀬田と一緒に楽しくお絵描きしてんだろ?」
なにを想像したのか、宮成はちょっと泣きそうな顔でこちらを見た。
「お絵描きって……。まぁでも、確かに合宿あるって言ってたな」
「はい、確定。もう絶対美術部入る」
こうなったら、本当にバスケ部を辞めて美術部に入ってしまいそうで、俺は奥の手を使うことにした。
「……そっか、残念だな。俺、バスケする宮成、好きだったのに」
その言葉に、宮成の箸がカランと手から落ちた。
「え? 今、なんて言った?」
「だから、俺、バスケする宮成好きだったのにって言った。バスケしてる姿はかっこいいなって思ってたけど、そうか。もう見れないのか……」
明らかに肩を落として残念がって見せる。
「辞めない」
一分前に自分が言った言葉をもう忘れたのか、宮成は言葉を撤回する。
「俺、日本代表になるわ」
「はいはい」
お弁当箱の蓋を閉めながら、流石に日本代表は辞めてほしいなと思う。だって、もっとモテてしまいそうだ。
二人で席を立って、教室まで戻る道すがら。
「そういえば今日、明石と瀬田が一緒にモクド寄ろーって」
「聞いた。あれだろ、夏休みの予定立てよって」
「そうそう――……ってかさ、指、大丈夫? どうしたの?」
絆創膏だらけの俺の指を見て、宮成が首を傾げる。
「だ、大丈夫! これはちょっと野暮用で」
「ふぅん。ならいいけど」
そう言うと、宮成はそれ以上追及することなく、ひょうひょうとした足取りで歩き出した。
背中に回した指を必死で隠しながら、俺はほっと息を吐く。
――ばれちゃいけない。だってこれは……。
