箸先から、恋がはじまる 〜隣の席のイケメンは、なぜか弁当を食わせたがる〜

 もやもやした感情を抱えたまま、迎えた球技大会当日。

 教室の扉を開けると、朝から異様な熱気に包まれていた。
「絶対勝とう! 全競技で優勝目指そう!」
 教卓に立つ明石がそう声を張り上げると、男子は地響きのような歓声を上げた。

 盛り上がるクラスメイトの隙間をくぐり、俺は自席に向かう。
 こういう行事ごとは、昔からあまり得意ではない。どう盛り上がればいいのか、わからないのだ。

 別に行事が嫌いなわけじゃない。
 ただ、そもそも行事なんてのは、一緒に騒げる友達がいて初めて楽しめるものなわけで。友達がいなかった俺にとって、みんなで一丸となって頑張ろうという空気は、ただ居心地の悪いものでしかなかった。
 これまでは。
 今の俺は、クラスの喧騒を傍観しながら、それを微笑ましく思えている。
 盛り上がり方はわからないけれど、今日という日を俺なりに、楽しみにはしていた。
 きっとそれは、明石や瀬田。そして、悔しいけど、宮成のおかげ。

 ホームルームを終え、体操服に着替えて、体育館まで向かう道すがら。
隣を歩く宮成が、覗き込むように俺の顔を窺った。
「指、まだ痛む?」 
「……ちょっと違和感はあるけど、痛くはない……かな」
 念の為に行った病院では、すぐに適切な処置をしたおかげで、ひどくならずに済んだと言われた。
「お前の処置が良かったから……だと思う」
 ありがとう、とはプライドが邪魔して言えない代わりに、言葉に感謝を滲ませると、宮成は「良かった」と安堵したように微笑んだ。
 ありがとうって言葉すら簡単に言えない自分が情けない。
 
 医者からは、「一応安静にするように」と言われ、球技大会には出場しないことになった。
 まぁ、俺が出たところで、誰が得するんだって感じだし、みんな一秒でも長く、宮成を見ていたいだろうから、結果的にはこれで正解だと思う。

 校長先生の無駄に長い開会式が終わり、ついに球技大会が開幕。
 ドッジボールとソフトボールは校庭へ向かい、バスケだけが体育館に残る。
 俺らの試合は、第一試合目。

 ふと見上げると、二階のギャラリーには女子がひしめき合っていた。
 体育館には二のコートがあるけれど、明らかに俺らのコートの上だけにいる女子のお目当ては、もちろん宮成だ。
 
「今年もすごいんだろうな、宮成」
 シューズの靴紐を結びながら、俺の隣で瀬田が、ギャラリーに目を向けて言う。
 すごい、というのはプレーのことだろうか。
 バスケ部だし、確かに練習でもすごく活躍していた。
 そんな瀬田の言葉に、明石が眉を下げて応える。
「試合の合間合間に呼び出されていたもんな」
「……呼び出し?」
 プレーのことじゃないの? と俺が口を挟むと、明石は「あ、そっか」と頷いた。
「ナツっきーは去年いなかったもんな。去年は、マジですごかったんだよ。……宮成への告白」
「そうそう。もう同級生、先輩、関係なしに告白されっぱなし。告白祭りだったね」
 なんというかそれは、簡単に想像できる……。

 宮成に女子が群がってたり、宮成の前に女子の長蛇の列ができる様を想像してみる。
 ただでさえモテるのだ。バスケ姿を見れば、一段と惚れられるのだろう。
「なになに? なんの話?」
 少し遅れたやってきた宮成は自分の話題だとも知らず、興味津々に瀬田に訊ねる。
「去年のお前の話。ほら、告白祭りのこと」
「ああ……それ」
 宮成は否定することもなく、苦笑いで受け流す。それが返ってリアルに感じた。本当に告白祭りだったのだろう。

「あ、もう並べだって」
「じゃぁ、行きますか」
 審判の笛の音に、明石たちは立ち上がると、各々体を伸ばしながら、コートの中へ入っていく。
 俺も安定のスコア係、頑張るか。そう思って腰を上げた時。
「綿谷」
 宮成に呼び止められた。
 なんだろうと目を向けると、宮成は長い髪を後ろで一つに結び直しながら口を開く。
「今度はちゃんと見とけよ、俺のスーパープレイ」
 そう言って、俺の肩を軽く小突くと、口を開けて笑った。
 その笑顔があまりに眩しくて、俺は目を眇める。
 
 瞬間、ギャラリーが一気に沸いた。
「見た? 宮成くんの満面の笑み」
「見た! 珍しい〜!」
「めちゃくちゃ可愛くない?」
 いつもクールで、笑っても、にこりと微笑む程度の宮成が、少年のような笑顔を見せたことに、女子たちが黄色い声を上げる。
 むやみに笑うな。お願いだから。
 そんな笑顔は、二人だけの美術室だけでいい。
 そう思っている時点で、もう俺は、きっと――。
 湧き上がった感情を抑えて、俺はスコアボードに向かう。

 試合の始まりを告げるホイッスルがなり、ボールが高く投げられる。
 長身の宮成は、ジャンプボールを軽やかに奪い取った。
 たったそれだけでも、体育館から声が沸く。
 きっと今なら、宮成が転んでも、歓喜の声が上がりそうだ。

 試合での宮成は、なんというか別世界の人間のようだった。
 大きな体で、するりと相手の脇を抜け、軽々とボールを投げ、リングを揺らす。
 視線とは逆方向へボールを投げたり、相手のボールをあっさりと奪ってしまったり。

 そのたびに、歓声があがり、その歓声のたびに、宮成を遠くに感じた。
 なのに宮成は、得点を決めると、なぜか俺を見てきた。
 きっと点数を入れ忘れてないか、確認しているのだろう。
 ……どうも信用がないらしい。まぁ前科があるから仕方ないけど。

 結果は、圧勝だった。
 それはもちろんバスケ部である宮成がいたおかげだけど、宮成は独りだけで試合を回すことはしなかった。味方がゴールできるようにフォローし、誰かにパスを出し、全員で勝ちにいっていた。
 そんなことに気づいてしまうのは、きっと、俺が宮成ばかりを見ていたから。

 試合が終わると、ギャラリーから人がはけていく。
 本当に宮成が目当てだったらしい。
 そう思った時、「せーのっ」と言う少し小さな声の後、
「宮成センパーイ!」
 と、上から声が降ってきた。
 見上げると、後輩と思われる女子たちが数人、宮成に熱い視線を向けている。
 きゃっきゃっと、楽しそうにしている彼女たちを、宮成は特に見上げることもせず、すたすたとコートを後にする。

「呼ばれてるぞ」
 もちろん聞こえてないわけじゃないと思うが、念の為に伝えると、宮成は、「ああ」と軽く相槌を打つだけで、一切目を向けようとしなかった。
「いいよシカトで。どうせあの子達なんて、俺の外側しか見てないんだから」
 自嘲するかのように笑って体育館を出た宮成の背中を見て、イケメンも大変だなとぼんやり思う。
 宮成の外側しか見てないなんて、勿体無い。宮成のいいところは――。
 そこまで考えて、頭を振る。いや、あいつにいいとこなんて、全然ないし……。

「次の試合まで結構あるし、他の競技、応援しに行こうぜ」
 応援にも全力を出すらしい明石は、持ってきた私物のメガホンを首からかけている。
「確か、ドッジボールがこの後試合だったはず」
 球技大会のしおりを見ながらそう教えると、明石は目を燃やした。
「よし、ドッジの応援に行くか」
「あ、でも、宮成がいない」
 いつも人混みでも頭ひとつ抜けているから、いないのがすぐにわかる。
 あたりをキョロキョロと見渡すが、宮成の姿はどこにもない。
「あーさっき、自販機に行ったよ」
 思い出したように瀬田が口を開く。
 早く応援しに行きたいらしい明石は、俺の方を向くと、顔の前で手を合わせた。
「ごめん、ナツっきー。俺ら先に行くから、宮成をドッジの応援に連れてきて欲しい!」
「うん、わかった。宮成と後で向かう」
 そう言うと、明石は、「俺、休憩中は寝てたいんだけど……」と渋る瀬田を引きずりながら、足早に校庭へ駆けていった。

 宮成を探しながら、中庭にある自販機を目指して歩いていると、角を曲がる宮成の背中を見つけた。
「……あ、いた。宮成――」
 そう呼びかけようとした時、
「あの! 宮成先輩!」
 俺の声が届くよりも先に、宮成の前に、一人の女子が現れた。

「あの……」
 上擦った女子の声に、思わず俺は息をひそめ、その様子を物陰に隠れて盗み見る。
 盗み見なんて、人としてどうなんだ?
 もう一人の俺がそんな常識を耳元で囁くけれど、それには気づかないふりをして、俺は二人に目を向ける。
 女子は一つ深呼吸をすると、宮成の前に手紙を差し出した。 
「あの!……私、宮成先輩のことずっと好きで……。あの、これ! ぜひ、読んでくださいっ!」
 
 青春ドラマでよくみるワンシーンに、俺は息を呑んだ。
 ……やっぱり、これ告白だ。
 宮成がモテるなんてわかっていた。今日もきっとたくさん告白されるのだろう。
 そう、わかっていたはずなのに、実際目にしたそれに、胸の奥がざわついて仕方がない。

 手紙を受け取るのか。その指先ばかりに目がいって、ひとときも離せなかった。