箸先から、恋がはじまる 〜隣の席のイケメンは、なぜか弁当を食わせたがる〜

 昼休みの美術室で、俺は自分の手に巻かれた包帯をまじまじと見ていた。
「まだ痛む?」
「……痛くはない、けど……」
 弁当を差し出しながら訊ねる宮成に、いつも通りパンを渡しながら、言いごもる。
「けど?」
 宮成は首をわずかに傾げ、俺を見た。
 いや、だってこれはさすがに……。
 俺は右手を宮成の顔の前に差し出した。
「これは、ちょっと、やりすぎじゃね?」

 球技大会の練習中に突き指をしてしまった俺は、保健室で、宮成にテーピングをしてもらった。
さすがバスケ部。保健室の先生も「上手ね」と感心するほどの手際の良さだった。
だけど。
宮成はテーピングの上から、念の為にと言いながら、これでもかと包帯を巻いたのだ
 人差し指となか指を一緒に巻かれてしまっているため、全く曲がらない。
 これじゃ箸どころか、鉛筆だって持てやしない。

「いやいや、突き指舐めちゃダメよ? 曲げれないようにしてるから、今日くらいは我慢しな」
「でもこれじゃ……ご飯食べれないし」
そう言うと、宮成は何か企むように笑った。
そして、箸で弁当のミートボールを掴むと、俺の口に持ってきた。
「はい、アーン」
「……何これ?」
「何って、箸使えないでしょ? じゃぁこれしかないじゃん」
 余裕そうに笑う宮成に、俺は目を眇める。
 ……こいつ、絶対に俺で楽しんでる。
「……いい。食堂でフォークもらって来る」
 フォークだったらかろうじて握れそうだし、ブッ刺して食べれば、……多分いける。
 宮成にアーンしてもらうなんて、なんだか余計に弱点を握られる気がして、いやだ。
 しゃーない、行くか、と腰を持ち上げた時、宮成が「あーあ」とわざとらしくため息をついた。

「別にいいけどさ、今からあの、人が多い食堂に行って、フォークもらってまたここまで戻って、突き指のせいで、ただでさえいつもより時間がかかるご飯食べて、また食堂行ってフォーク返すの、かなり時間かかると思うよ」
 そう言われて、俺は踏み出した足をぴたりと止める。
「だったら、俺にアーンされておきなって。誰も見てないんだから、俺以外は」
 『いや、だから、一番お前に見られたくないんだよ!』と心の中で思わずツッコム。
 なんでわからねぇんだこいつ。
 
 でも、確かに宮成の言うことも一理ある。
 昼休みの食堂ほど混むものはない。
 食堂のおばちゃんに、事情を説明してフォークをもらうのも、正直、めんどくさい。
 それに、別棟にある食堂は、美術室からかなり遠い。階段の上り下りだけでも、かなりの体力消費だ……。
 いろんなことを相対的に考えた結果。
 俺は持ち上げた腰を下ろし、椅子に座った。
「た……卵焼きは、一番最後だからな」
「はいはい、好きなものは最後だもんね」
 なんだか宮成の思い通りになっている気がして癪だけど。

 再び、ミートボールが俺の口に運ばれてくる。
「はい、アーン」
 少し躊躇いながらも、宮成の『アーン』という言葉に合わせて口を開ける。
 恥ずかしい。恥ずかしいけど、今日だけだ。
 体育で腹も減ってるし。もうどうにでもなれって、半分ヤケクソ。
 口に入れたミートボールに、やっぱり今日もこいつの作る飯はうまいなと思わず頷く。
 ミートボールって、既製品のしか食べた事なかったけど、宮成の作るミートボールは冷えてるのに柔らかくて、なんか小味が効いてる。香辛料が入ってるって前に言ってた気がする。

「……次何食べる?」
「小松菜のやつ」
「……次は?」
「たこさんウィンナー」
「…………」
「ってかさ、なんで食べさせるお前のほうが照れてんの……?」

 さっきから言うか迷っていたが、ここまで露骨に照れられては、突っ込まずにはいられない。
 なぜか耳まで赤い宮成を見て、いつもと逆になったようで、ちょっと気分がいい。

「いや、なんていうか、ちょっと……、想像以上の破壊力で」
「は?」
「いや、だから、受け身の綿谷が、可愛いくて……」
「……はあ?」
 可愛い? 誰が? 大丈夫かこいつ。
 いつもの余裕満載の冗談とは、温度の違う言葉と態度に、こっちまで恥ずかしさが伝わってくるようで、俺も頬を染めた。
 いつもみたいに、「綿谷可愛い」ってテンプレートでにこりと微笑まれたほうがまだマシだ。

「だって、そんな全部お前に委ねますみたいな感じでくるとは思ってなくて」
 なんか俺が悪いみたいな言い方。
 それに、俺はお前に全部委ねてはいない。……断じて。
 
「ごめん、でも、もう大丈夫。心を無にして、アーンするから」
 そう言いながらも、恥ずかしさが滲む宮成を前に、このままだったらなんか変な空気になってしまいそうで、俺はそれを回避すべく、声を荒げた。
「いいよ、もう! 自分で食うから」
 俺は宮成から箸を乱暴に奪い取ると、突き指をしてない指を器用に使って、箸を握った。赤ちゃんがもつようにグーで。
 そして、そのままおかずにグサりとブッ刺した。
 しかもちょうどいいことに、今日はおにぎり。左手は自由に使えるから、持って食べるとしよう。
 ……って、最初からこうやって食べればよかったんだ。

「次から、こんなんじゃ動じないように、もうちょっと鍛えとく」
 どうやら本気で反省しているのか、柄にもなくちょっと落ち込んでいる。
「……次なんかねーよ!」
 照れ隠しで言ったけれど、その言葉に、宮成は少し肩を落としていた。
 それが少し可哀想に思えたのは、ここだけの話にしておこう。

「にしてもさ、試合中なのに、よそ見してたでしょ」
 不意に真剣な声色で訊ねられ、ギクっと目が泳ぐ。
「……誰か見てた、とか?」
 長いまつ毛に縁取られた瞳が、まっすぐ俺に向けられた。
 お前が女子と喋ってるところが気になって見てた、なんて死んでも言えず、誤魔化すように、俺はおにぎりを大きく頬張った。
「あ、中にシャケが入ってる。うまい」
 自分でも下手な誤魔化し方だ。
「女子に、気になる人でもいるとか?」
 俺の必死の誤魔化しを、宮成は華麗にスルーする。
 いや、女子に気になる人がいるかって? それはお前だろ。
 瞬間、そう口にしたくなったが、グッと堪える。

 俺は知ってるんだぞ。お前があの翠って子の前で、あんな顔鼻の下伸ばしたような顔してた事。
 さっき俺に見せた照れた顔以上に、赤い顔で。ほとんど素の顔だっただろ。
  クールな宮成をそうさせてしまうなんて、翠という子はどんな子なのだろう。
 苗字すら知らないけれど、気になって仕方ない。

「お前はどうなんだよ……」
 振り絞って出した声は、わずかに震えていた。
「俺?」
 きょとんとする宮成に俺は『とぼけやがって、ネタは上がってんだよ!』と、刑事ドラマばりのセリフを心の中だけで叩きつける。
「今日、喋ってた(みどり)って子? あの子とか、すごい可愛かったじゃん」
 遠回しすぎる探りに、自分でも情けなく思う。
 あの子のこと好きなの? そう聞けたらよかったけれど、そこまで踏み込む勇気は、俺には無い。
 俺の言葉に、宮成は持っていた箸を止めて、一瞬で顔を歪めた。突き刺すような視線が俺に向けられる。
「…… (みどり)? あいつはだめ、絶対」
 絶対と強く念押しされて、思わず息を呑む。
 やっぱり。宮成はきっと翠って子が好きなんだ。
 だから、だめなんだ……。
 
 美術室に落ちた静寂に、宮成はハッとしたように目を瞠った。張り詰めた空気を解くように表情を緩め、いつもの余裕を無理やり身にまとう。
「いや、誰だってだめだけど、あいつは特にだめ」
 それはお前の好きな相手だから?
 俺の好きなやつを狙うなよってこと?
 言いたいことはたくさんあるけど、込み上げた感情が喉に詰まって、二の句が継げない。

「綿谷はさ、俺のことだけ見ててればいいから」
 弁当を食べながらさらりと言われた言葉に、俺は唇を噛んだ。
 そんなこと言うけど、俺はもう正直、宮成の言葉の何が本気で何が冗談か、よくわかってない。
 さっきの「可愛い」って言葉も。今の「俺のこと見てて」って言葉も。冗談なのか、本気なのか。
 全然、わからない。

 わからないけれど、言われるたびに、少しだけ期待している自分がいて、それが一番、腹が立つ。
 ちゃんと言ってくれたらいいのに。白黒わかるように。
 そしたら俺だって――。

 宮成の言葉はいつだって甘い。でも、甘い言葉はコーヒーに入れる角砂糖のように、形を留めず、すぐに消える。刹那のもの。
  
 さっきまでジンジンと痛んでいた突き指の痛みが、今はもう何も感じない。
 それよりも、なぜか胸の奥の方がチクチクと痛んだ。