君の魅力にたえられない!

「水族館って、」

急に水族館に行こうだなんて、水族館じゃなければならない理由でもあるのか。
それとも、ただ単純に結城と二人っきりで出かけたことを根に持っているだけなのか。
裏を考えると勝手な妄想で自分を苦しめるだけだ。裏の裏は表だし。考えるよりも、今起こっていることに目を向けよう。
こういう時は、素直が一番だ。

「あーだいたい俺の家から車で一時間のところにある月夜ノ水族館だよ。今、期間限定で夜の水族館がやってるんだ。夜の六時から八時まで」

「あ、そうなんだ」

月夜ノ水族館は、県で唯一の水族館だ。展示している生き物も多く、建物内も広い。何より人気なのは、大水槽と三百六十度アクリルガラスの海中トンネルだ。小学生のころに遠足で行ったことがあったがそれっきり行ってない。去年リニューアルしたみたいだから少し気になってはいた。

「いつがいい?いつが空いてる?」

鷺沼は目を丸くして、身を乗り出し食い気味で迫ってきた。
その勢いに押されて、慌てて予定を確認する。

「え、えっと、今週の、日曜、かな」

答えた瞬間、鷺沼の表情がぱっと明るくなる。
その変化があまりにも素直で、嬉しくて、思わず目線をそらした。

「日曜、分かった。楽しみにしてる」

コンマ一秒の遅れもせずに答え、鷺沼はスマホを取り出し、指先で素早くカレンダーアプリを開く。
予定を打ち込み、念入りにリマインダーまで設定しているのが分かった。
そこまでしてくれるのが、気持ちだけじゃなくて行動にも表れていて、本当に本気なんだなと思った。

「う、うん」

それなのに、僕はどうだろう。鷺沼にしっかり向き合えているだろうか。自分の返事があまりにも頼りなくて、情けない。
その時、鷺沼が少し深呼吸をして言った。

「二人っきりで話せてよかった」

鷺沼は背筋を伸ばし、改まった。
そのまっすぐさに、心を打たれる。

「こちらこそ、ありがとう」

今までさんざん、遊びだ、いじめだ、からかいだ、なんて思ってきたけど、鷺沼の言動で本気だったのだと思い知らされる。そんな気持ちに怖気づきながらもしっかりと現実を受け止める。今できることは、鷺沼に対して正直で素直にいることだけだ。
部屋を出て、玄関まで来た時、鷺沼が言った。

「じゃあ日曜、鵠沼の家に迎えに来るから待ってて」

「え、でも、」

「大丈夫。ちゃんと待っててくれるだけでいいから」

「悪いよ、」

わざわざ、迎えに来てくれるなんて。

「悪いのはこっち。鵠沼が一人で歩いている方が心臓に悪い。心配で死んじゃうなー」

鷺沼は胸に手を当てて、少し意地悪な顔をして僕をからかった。

「わ、分かった」

「じゃあ、よろしくね。今日はありがとう」

そういう鷺沼の目は、感謝の気持ちでいっぱいみたいだった。
こんな僕のことをまるで一生分の宝物を扱うみたいに丁寧に、丁寧に頭に、頬に、肩に触れて、最後に手を握った。
別れが惜しい。言葉では言わないけど、そんな顔をしていた。そんな鷺沼に代々鵠沼家に伝わるまじないをかけた。

「気を付けてって言うと事故率下がるらしいからおまじないをかける。
気を付けてね」

握られた手を握り返して、精一杯の気持ちを込めて言った。
言った後に少し恥ずかしくなり、顔を赤らめると

「か、かわいいっ」

と、雷に打たれたような衝撃が走った顔をした鷺沼が口元を手で隠しながら言った。
鷺沼もまた、顔が赤くなっているような気がした。

「え!なんでよ」

かわいいと言われるのは悪い気がしないけど、できればかっこいいの方がよかったなと思いながら、弱弱しいパンチを鷺沼に食らわせた。

「おまじない、ありがとう。また、明日」

「うん。明日」

去って行った鷺沼の背中が見えなくなるまで見送り、

「夕日が奇麗だね」

鷺沼に向かって小さく呟いた。

そして、約束の日曜日。
昨日は緊張でほとんど眠れず、一睡もできないまま朝を迎えた。
いつもよりゆっくりと部屋の掃除をして、気持ちを落ち着かせる。
どんな服で行こうか、髪型はどうしようか、持ち物は何を持っていこうか。かっこいい鷺沼の隣を歩いても恥ずかしくないようにいつもよりも少しおしゃれをしてみた。お守りとしてお母さんから譲り受けた指輪を右手の中指につけた。
服を着て、髪の毛をセットして、もうすぐ鷺沼のお迎えが来る頃。
最終チェックで、洗面台に立って髪の毛を直していると

「え!周ちゃん、どうしたの?!お出かけ?そのわりには、すっごく気合入ってる、」

お母さんは僕を頭の先からつま先まで見つめて一息置いてから

「さては、デート?」

と言った。

「いや、まあ、そんな感じ」

曖昧な返事だが、デートではないと言ったら嘘になる。

「そうなのね。今まで、お友達とも出かけなかった周ちゃんが、お母さんがあげた指輪までつけて、デートって。よほど、周ちゃんにとって特別な人なのね」

そう言いながら、僕の右手につけた指輪を擦りながら嬉しそうに微笑んだ。

「う、うん」

「お母さん嬉しい。そんな人が出来たなんて。話したい時でいいから紹介してよね」

「うん。分かった」

その時、家の中にインターホンの音が鳴り響く。
心臓がぎゅっと縮み、鼓動が早くなる。手が脈打つのを感じる。
来ると分かっていたのに、心の準備が追いつかない。

「あら、誰かしら」

お母さんが首を傾げながら玄関の方へ目を向ける。

「あ、もう来たかもしれない」

咄嗟に答え、足早に玄関へ向かった。

「周ちゃん!」

呼び止められ、振り返ると

「気を付けて行ってらっしゃい」

微笑みながら手を振っておまじないをかけてくれた。

「ありがとう。行ってきます」

そう返すと、ガッツポーズをして、頑張れ。と応援してくれた。
応援してくれているお母さんを背に、靴を履きながら指先が緊張で少し震えているのに気づく。
大丈夫と心に言い聞かせながら、玄関のドアを開ける。
外の風が一気に吹き込んできて、鷺沼のいい匂いが鼻をかすめた。

「あ、鷺沼。ありがとう。迎えにき」

初めて休日に鷺沼と会う緊張で、目を逸らしながらお礼を言ったとき、鷺沼が割り込んできた。

「か、かわいいっ。かわいすぎるっ」

そう言う鷺沼に目を合わせると、少し背伸びをした僕を見て顔を赤らめ、口元を手で覆いながら言った。

「え、ちょ、と」

その時、外にいるにも関わらず、鷺沼は僕をゆっくり強く抱きしめた。
抱きしめられて戸惑っている僕の耳元で

「他の誰にも見せたくない」

小さく呟いた。
告られてからというもの独占欲の底が全くもって見えない。
まるで、僕のすべてを飲み込むブラックホール。

「誰かに、見られて、るかも」

外で抱きしめられていることに恥ずかしさと、不安を抱くと

「大丈夫。暗くて見えないよ」

冬の寒空の下。
陽が落ちるのが早くなり、夕方にも関わらず外は真っ暗だった。
暗くて見えない。
それもそうか。と思いながら身を任せた。
が、三分ほどたってもこのままだ。
そろそろ、離してもらわないと先に進めない。

「な、鷺沼。もう、そろそろ、」

「やだ。離れたくない」

「え、でも、水族館行こうよ」

「こんなかわいい鵠沼、不特定多数の人に見せたくない」

「え、ちょ、ちょっと」

駄々をこねる鷺沼を無理やり引きはがそうとするけど、僕よりも力が強すぎてかなわない。
どうするか悩んでいると、鷺沼のスマホが鳴った。

「で、でた方がいいんじゃ、」

「チッ。俺と鵠沼の時間を邪魔しやがって」

と言いながら電話に出た。
鷺沼ってこんなやつだったか。と思いながら、鵠沼のことになると厳しくなるという結城たちの言葉はこういうことかと再び思い知らされた気がした。

「かあさんからだった。車の準備ができたから早く来いってさ」

「じゃ、じゃあ早く離れないとだね」

言いながらも、僕も実は離れがたい。
鷺沼に求められると、ついあげたくなってしまう。
だが、いつまでも家の前で立ち止まっていても仕方がない。
先に進まないと、この気持ちにも、この関係にも、答えを出さないと。

「しょうがない。でも、手だけは繋いでて欲しい」

ずるい。反則だ。僕が鷺沼の願いを断れないのが分かってて言っている。
でも、今日は普段の余裕のある笑みや、茶化しではなく、ただ、まっすぐに僕を求める声音だった。

「い、いいよ」

即答してしまった自分に少し驚いた。
そんなに真剣に求められたら断れない、断るはずはない。
今日の鷺沼は、どこか必死で、まるで僕を手放したくないみたいに見える。

指先が触れた瞬間、鷺沼はそっと絡めるように握ってきた。
ぎゅっと強くでもなく、壊れそうに優しくでもなく、ただ、離れたくないという気持ちだけが伝わってくる。
手を繋ぎながら、学校の近くにある鷺沼の家まで歩いた。
電車に乗った時、初めて二人で帰ったことを思い出して。
学校の前を通った時、今までの学校生活のことを思い出して。
あの時、思っていたこと、口には出せなかったこと、本当の気持ち。
鷺沼が何を考えて僕に触れているのか。触れた時の手の温度。
こうして話し合っているとまだまだ見つけていない魅力があって。背負いたくなった。鷺沼の過去を。
手を繋いで歩いていると、今のことも思い出になって過去になるのかと思うと急に怖くなった。
過去にしたくない。今までのことだけじゃなくて、これからのことも一緒に話したい。
ずっとここに居て、隣に居て欲しい。
離れたくないってぎゅっとして欲しい。
難しく考える必要なんてなかった。
素直にって思っていたけど、本当の意味で素直になれなかったのは僕の方だ。

「着いたよ。ここが俺の家」

「で、でかっ」

話しているうちに長かったはずの道のりは歩き終わっていた。
鷺沼の家は僕の家が豚小屋に見えるほど広く、広大な土地に庭まであった。
家の表札がある門から玄関までが遠いらしく、門からでは玄関が見えない。
その時、門のすぐそばの家みたいなガレージから高級車が出て来た。

「琉生!こちらの方が、鵠沼さん?」

鷺沼のお母さんが車の窓を開けて言った。

「あ、あの。鵠沼周です」

自己紹介をすると、鷺沼のお母さんは鷺沼みたいに優しく微笑んで言った。
笑った顔が鷺沼そっくりだ。

「よろしくね。周ちゃん」

「え、あ、は、はい」

唐突の周ちゃん呼びに戸惑っていると、

「え、周ちゃんって。かあさん、俺でも名前で呼んだことないんだから呼ばないで」

鷺沼が少しきつく割って入った。身内にも独占欲は顕在なんだと少し驚いた。

「いいじゃない。ね、周ちゃん」

「もう、かあさん」

「月夜ノ水族館よね?送るわ。さあ、乗って。あま、鵠沼くんも遠慮しないで」

「あ、ありがとうございます。お願いします」

僕の一生のうちにはとても乗れないような高級車に乗るのは鷺沼と話すときよりも緊張する。
鷺沼がドアを開けてくれて、一緒に後部座席に乗り込んだ。
それから一時間のドライブが始まった。
ふと、結城が言っていたことを思い出した。
鷺沼は家柄も悪くないと言っていたのはこういうことなのかと腑に落ちた。
お金持ちの理由を聞いてみたいけど、お母さんがいると聞きづらい。
こうしているとまだまだ鷺沼のことで知らないことがあるんだと思い知らされた。
鷺沼はあんまり自分のことを話したがらない。いつも僕のことばかりを話している気がする。
もっと鷺沼のことを知りたいと思う気持ちと一緒に、鷺沼のことを知るのが怖い自分もいる。
でも、このデートを機に僕は鷺沼を知ると決めたんだ。矛盾だらけの僕のことをまっすぐに好きでいてくれたんだ。果てしない魅力の海を潜って、愛の欠片を拾って、永遠に触れて。
そうやってずっと、もっと知っていきたい。
その時、鷺沼が僕の小指に指を絡ませてきた。
お母さんに聞こえないような小声で呟いた。

「楽しみだね」


「う、うん」

返すと、優しく微笑んでとても幸せそうだった。
沼ってしまう。メロいこの人。メロすぎる。
僕の頬が熱を持ち、林檎みたいに赤く染まっていくのが分かる。

「鵠沼くん顔赤いわね。少し暖房が強かったかしら」

ルームミラー越しに鷺沼のお母さんに言われて、

「い、いえ。全然大丈夫です」

慌てて否定すると

「暑かったら、遠慮なく言ってもらっていいからね」

「あ、ありがとうございます」

危うくばれるところだった。
仕返しに、小指を引っ張って上目使いで

「いじわる」

言うと、

「やばっ、かわ、」

鷺沼は僕の渾身の攻撃を相当食らったようだ。
頬だけでなく耳まで真っ赤に染まっていた。
そのうち外の空気を吸うと言って、窓を少し開けてしばらく外の景色を眺めていた。

車がゆっくり止まると、シートベルトを外してお母さんが振り向いて言った。

「さあ、着いたわよ」

「あの、送っていただいてありがとうございます」

鷺沼のお母さんなのに本当に似ていて鷺沼と話しているみたいだ。
お礼の言葉なのに、どこか照れが混じってしまう。

「全然いいのよ。琉生、かあさん二人が終わるまで映画館で時間つぶしているから、終わったら電話ちょうだいね」

「分かった」

鷺沼は少し不機嫌そうに返事をして、早々に車から降りた。
車内に二人っきりになった時、お母さんが不安そうに話し始めた。

「周ちゃん、あの、琉生の」

その時、僕側のドアを鷺沼が開けて

「鵠沼、早く降りて」

催促してきた。

「で、でも」

お母さんが何か話そうとしてたのに車から出ていいのかと、迷っていると、

「い、いいのよ。楽しんできてね!」

さっきまでの不安が嘘のように明るく僕たちを見送ってくれた。
僕が車から降りると、車はエンジンをふかして慌ただしく去って行った。

「じゃあ、行こっか」

「う、うん」

鷺沼は優しく手を握ってリードしてくれた。
その力加減がまるで「離さないよ」と言っているみたいで、心臓が高鳴った。
入場券を買って中に入ると、夜の水族館は昼とはまるで別世界だった。
夜使用にライトアップされていた。青白い光が水槽の底からゆらゆらと揺れ、天井や床に反射して、僕たちの影まで水の中に沈んでいくように見える。静かで、冷たくて、でも、どこか温かい。
鷺沼と手を繋いでいるだけで、世界の温度がひとつ上がった気がした。
冬のせいか、夜のせいか、辺りに人はいなくほぼ貸し切り状態だった。
僕たちのことは誰も見ていない。周りを気にする必要なんかない。
もっと鷺沼を知るためにはと思って勇気を振り絞って質問をした。

「さ、鷺沼は何の生き物が好き?」

少し照れながら言うと

「クラゲ、かな」

答えた時の鷺沼の横顔は、水槽の光に照らされて、いつもより優しく見えた。
好きなものを語る時の、あの少しだけ無防備な表情。
それを間近で見られるのは、きっと僕だけなんだと思うと、少しだけ幸せな気持ちになる。

「じゃあ、クラゲ見に行こ」

と言った僕の手を、鷺沼はその言葉を合図にしたみたいに、指の間までしっかり絡めてきた。

「ほんっとかわいいな」

その言葉は水槽の青い光よりもずっと近くて、耳の奥に落ちてくるみたいだった。
歩き出そうとした瞬間、鷺沼の足がふと止まった。
繋いだ手にほんの少しだけ力がこもる。

「もう、離してあげられないな」

囁くような声なのに、逃げ場がないほど真っ直ぐで、その一言だけで、僕の呼吸が浅くなる。
夜の水族館は静かで、遠くの水槽の泡の音だけが、僕たちの沈黙をそっと包んでいた。
離してあげられない、なんて。そんなこと言われたら、僕だってもう、離れたくなくなる。
鷺沼の指先は、まるで僕の存在を確かめるみたいに温かくて、その温度が、ゆっくりと胸の奥に広がっていった。
クラゲの水槽の前に着くと、数分間見つめてから鷺沼が口を開いた。

「クラゲってさ、比喩で臆病者っていう意味があるらしいんだけど。クラゲには脳がないから感情なんてないのにさ。誰がそんなこと言い出したのか知らないけど、その人はきっと、見た目で決めつけたんだと思う」

「見た目、」

ずっと外見で苦しめられてきた鷺沼だからこその話。
こうして水にぷかぷか浮いているクラゲを見ていると、まるで僕の気持ちみたい。
鷺沼に対して臆病になっている僕はまるでジェリーフィッシュだ。

「鵠沼はどうして俺のオタクになったの?」

鷺沼は、クラゲを見つめながら僕に問いかけた。

「それは、かっこいいから」

僕が即答すると、僕の方を見て少し微笑んだ。

「かっこいいから、か」

鷺沼は少し呆れたような感じで繰り返すと、またクラゲを見つめ直した。

「でも、それはいちオタクとしての話。ここからは一人の人間として、鵠沼周として話すと」

「うん」

鷺沼は僕の改まった態度を見て、僕に向き直り、真剣に話を聞くという意思を持って落ち着いた返事をした。

「まだ、オタクになる前。今年の夏の初めの頃。昼休みに中庭を通った時、たぶん前日の雨風で倒れたプランターに寄せ植えされた花をきれいにする鷺沼を見たんだ。誰かに言われた訳でもなく、誰かが見てるわけでもないのに。その時、お母さんが言ってたことを思い出して」

「それって?」

「花を愛でられる人は、自分に関わってくれた人をしっかり幸せにしようとする人だって言ってて。鷺沼はクラスでは不愛想な感じだけど本当は優しい人なんじゃないかなって思って。そこから少しづつだけど鷺沼を意識するようになって」

そこまで話すと、鷺沼は僕を優しく抱きしめた。

「やっぱり、間違ってなかった。人はどうしても真っ先に外見を見るのに、鵠沼は内面を真っ先に見てくれた。もうそれだけで、十分。こういうのってどこかで誰かが見てくれているものなんだな」

「そうだね」

僕が返事をすると鷺沼は一息置いてから言った。

「俺の誕生日は七月九日。兄弟はいない。趣味は鵠沼観察。好きな食べ物は甘いもの全般。」

「え?」

「あとは、なにをあげればいい?俺のすべては鵠沼のものだよ。鵠沼だけ。鵠沼しかしない」

鷺沼は抱きしめるのをやめて僕に向き直って、真っすぐ目を見つめて言った。

「好きだよ。周。世界中の誰よりも好き」

そう言われた瞬間。
僕の脳の中で、鷺沼との思い出が走馬灯のように流れ出した。
素直。やっと本当の意味で素直になれた気がした。
もはや、これはオタクの思考じゃない。もっと知りたいと思うのは、結城たちよりも鷺沼のことを知らなくて悔しかったからだ。
もう推しとかそういうんじゃない。一人の人間として、鷺沼琉生が好きなんだ。
僕も好きだよ。鷺沼。この気持ち、どうやって伝えよう。
まるで世界は僕たち二人だけのものだと錯覚してしまいそうになるくらいの貸し切り状態の水族館で僕は、恋を知った。

「送ってくれてありがとうございました」

「全然いいのよ」

家まで送ってくれた鷺沼のお母さんにお礼を言って、車から出ると、

「俺、見送ってくる」

鷺沼も車から出た。

玄関の前で、僕と鷺沼はデート最後の会話をした。
今日の振り返りを二人で話した。きれいなクラゲの話とか、小さくてかわいいウミウシの話とか。
ここで伝えてしまおうと思った。僕の気持ちを鷺沼に。
僕は鞄の中から、あの交換日記を取り出してこう書いて鷺沼に見せた。

「月が奇麗だね」

鷺沼がそれを読み上げて、夜空を見上げた。

「そうだね。今日はちょうど満月だ、ん?ちょっと待って。これって」

「うん」

「あの時の交換日記。まだ持っててくれてたんだ」

「あ、いや。そうじゃなくて」

「ん?」

「ここ、なんて書いてある?」

「え、月が奇麗だねって書いてある。あ!そういうことか。夏目漱石だ」

「そう」

「ていうことは、、」

僕は小さく深呼吸をして言った。

「鷺沼、す、す、好き、だよ」

鷺沼は僕の瞳をまっすぐ見つめて言った。

「琉生って呼んで」

「りゅ、琉生」

緊張しながらも初めて名前を呼ぶと鷺沼は嬉しそうに僕のことを抱きしめて、頬にキスを落とした。

「かわいいっー」

「ちょ、ちょっと、鷺沼。苦し、」

「ごめん。でも、嬉しくて。ありがとう。生まれてきてくれて」

「そんな、大げさ、」

やっと気持ちが通じ合った気がした。
人を好きになって、気持ちが通じ合うことの素晴らしさ。こんなにもたった一人の人をを思い続けるということ。
恋を知った。そうか、やっと見つけた。二人だけの世界はこんな近くにあったんだ。