「ね、今度の日曜一緒に出かけない?」
「え、僕と⁈」
ひとりぼっちにも慣れた教室で今では、鷺沼率いる一軍男子と一緒に行動している。主に鷺沼が僕にべったりくっついていてそれに最上たちがついてきている感じだ。
学校にいる時は基本、鷺沼は僕にくっついて離れないし、他の人を寄せつけない。まるで、ボディーガードだ。
だが、唯一僕の傍を離れる時がある。それは、トイレだ。さすがにトイレまで一緒にはできない。
鷺沼がトイレに行ったのを見計らって結城が話しかけてきたのだ。
「なんで、僕なんかを誘うの?」
「え、鵠沼とちょっと話したいことあってさ。学校じゃさぎがうるさいし。さぎに内緒で、ね」
「う、うん。いいよ」
「じゃあ決まり!日曜の十時、駅に集合な」
「わ、分かった」
と結城と出かける約束をした。誰かと一緒に出かけるなんて初めてだ。どんな服を着ようか、なにを話すのか、どこに行くのか。なにもかもが初めてで今から緊張する。鷺沼には内緒でって言ってたけど、ばれたら絶対に怒られるよな。ただでさえ学校で少しだけでも話しかけてくる人にさえ威嚇するのに、一緒に出かけたりなんてしたら、もはやその先の未来が怖すぎて検討もつかない。でも少しだけ、束縛されることに安心感を覚えてしまう自分もいる。大切にされているんだなとか、守られているんだなとか。あの鷺沼の瞳を独占している優越感とか。本当はよくないことなのかもしれない。相手の行動を制限するのも、かかわってくる人に悪態着くのも。でも、大丈夫。分かっているから。僕は鷺沼から目を逸らさないし、離れていかないから。大切にしてくれている分、大切にする。鷺沼を絶対に傷つけたりしない。
「お待たせ―!待った?」
「ううん。全然時間通りだから大丈夫」
早く着いたので駅前で立ちながらスマホゲームに熱中していると結城が走ってやってきた。
「人を待たせるなんて初めてかも」
と結城が言った。
「あいつらと待ち合わせしても全然時間通りに来ないから」
「確かに、来なさそう」
最上とか特に。でも、鷺沼はどうだろう。少し先について待っていそうだな。立っているだけで絵になる。どんな服装で来るんだろう。どんな髪型なのかな。とそんなことを自然と想像してしまった自分が恥ずかしい。最近は鷺沼と一緒に居ることが増えて、自然と鷺沼のことを考えてしまう。隣にいることが当たり前になっている。今日は結城と一緒なんだから結城に集中しないと。
「あ、あの、話したいことって、」
「あーそうだよね。雰囲気のいい喫茶店があるからそこで話そ」
「あ、うん」
と駅の近くの喫茶店に向かった。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
と品のある面持ちのおじさんが出迎えてくれた。
「二人です」
と結城が言うと
「かしこまりました。あ、あれ?蒼生くんじゃありませんか。さ、こちらへどうぞ」
通されたのは、二人で使うには広い、店の端のテーブル席。
「お久しぶりですね、おじさん」
という結城に
「お久しぶりです。蒼生くん」
と返すおじさん。
「ここの席まだあったんだね」
と結城がおじさんに言うと
「はい、もちろんですとも。蒼生くんとお母さんの思い出の席ですから。他のお客様にはご案内しておりません」
と返した。結城は幼いころに、お母さんを病気で亡くしていたらしい。生前には家族みんなで週末にランチを食べていた思い出の席みたいだ。だから、他のお客様は通さないし、この席だけは椅子もテーブルも変えないでいてくれていたみたいだ。
「あ、紹介するよ。こちらが鵠沼。同じクラスで、大切なお友達」
と結城がおじさんに紹介した。大切なお友達って、そんなことこれまでに言われたことがない。あんなに尊い1軍にお友達認定されるなんて。と大切なお友達発言に驚きを隠せずに戸惑っていると、結城が自己紹介してと小声で言った。
「あ、く、鵠沼周です」
というと、
「あまね、いい名前だね」
と女の子っぽい名前を褒めてくれた。今まで名前のことでいじられたこともあったけれど、初めて会った人にまず名前を褒められることは初めてで少し嬉しくなった。
「で、こちらが俺の親戚の叔父さん」
「結城早雲です。そうしんは武将から取った名前なんですよ。今はもう、こんなよぼよぼになってしまいましたけれど。今日はどうぞごゆっくりしていってください」
と深々とお辞儀をした。
「ご注文はどうされますか」
「ここのおすすめは、果汁百パーセントのオレンジジュースなんだ。ビタミンCいっぱい取れるよ」
と結城がビタミンCをおすすめしたので二人でそれにした。
「かしこまりました。ただいまお持ちします」
とおじさんは厨房に消えて行った。
十分と待たないうちにオレンジジュースが来た。色がとっても鮮やかで余計な飾りのない味がする。果汁百パーセントは伊達じゃない。
「話なんだけどさ」
と結城が切り出した。
「さぎのことなんだ」
「鷺沼のこと、」
確かに、最近の鷺沼はおかしい。僕に執着しすぎて怖いくらいだ。そのことについての話だろうか。
「少し、鷺沼の過去の話をするね」
と少し緊張しているのか、オレンジジュースをひと口飲んでから言った。
「二年生に上がったばかり一番最初の授業が理科だったの覚えてる?」
「あ、うん」
「その授業が終わった後に、先生が春休みの課題ノートを回収するのを理科係になった鵠沼に頼んだよね?」
「うん」
クラス替えが終わってすぐの1限を使った時間で係決めがあった。
理科係だけ一人分しか枠がなくてみんなが友達と係をしたいからという理由で避ける中、一人だけぼっちで浮いていた僕が率先してやると言って決まった理科係。理科は主要三科目ではないから仕事も少ないだろうと思っていたのに、係決めすぐの二限の授業で課題ノートの回収を頼まれてド肝を抜かれたのを覚えている。
「それが、どうしたの」
と聞くと
「授業が終わってすぐにクラスのひとりひとりのところに回収に行った鵠沼が鷺沼のノートを回収するときになんて言ったのか覚えてる?」
「え、えっと」
そんなこと今さら覚えているわけがない。もう半年も前のことだ。しかも日常のほんの一コマでしかない言葉なんて思い出せるわけがない。
「お、覚えてない、です」
と申し訳なさそうに言うと結城は
「だよねー全然気にしないで。それで、その時鵠沼はさ、さぎにこう言ったんだよね
『早く出して。ひとりひとりにそんなに時間割いてらんないから』
てさ」
「え、う、そ」
心臓がのどから出そうになって息が出来なかった。さ、最悪だ。即死級の案件でドカ鬱待ったなし。その時、鷺沼の表情や、自分の声のトーン、春の日差しが降り注ぐ四月とクラスの空気、体感温度まで思い出した。まるでタイムスリップしたみたいにその時の映像が鮮明にフラッシュバックし、脳裏に焼き付いて離れない。そんなことを言われたら、誰だって僕を嫌な奴だと思うだろう。嫌いになるのは決定事項に等しい。やっぱり、今まで僕に発していた言葉や、笑顔、行動は僕の気持ちをもてあそんでいるんだ。やっぱり新手のいじめじゃないか。でもすごいな。人を好きにさせるのが上手だ。そうして鷺沼に告白した僕を振って、学校中に広めるんだ。そうすれば、学校中の笑いものにできる。もう、泣きそうだ。早く転校したい。
「え、大丈夫?」
と結城は涙目になって震えている僕の顔を覗き込み、対面で座っていたのを席を移動して僕の隣に座り直し、僕の背中を擦り始めた。
「大丈夫だよ。さぎはね、そんな鵠沼のこといいなって思ったんだってさ」
と少し微笑みながら言った。
「え、どういうこと?嫌いになったんじゃ、」
「その逆だよ。鵠沼は俺に平等に接してくれたってさ。嬉しそうに笑ってたよ」
「どういうこと?ちょっと、意味がわからない。僕は鷺沼に対してひどいことを言ったんだよ」
「さぎとは、俺も最上も小学校から一緒だったんだ。森丘は中学からだけど。さぎは、家柄も悪くないし、顔は整っているし、おまけに性格もいいし、昔から非の打ち所がない人だったんだ。だからこそ、たくさんの人がさぎの周りに集まっていったんだ。けれど、そのほとんどがさぎを“利用するため”に近づいてくる連中だった」
結城は、テーブルの下で握った拳に力を込め、遠い昔を思い返すように言葉を続けた。
その横顔は、普段の明るい雰囲気とは違い、どこか寂しげだった。
「鷺沼を利用するため、」
思わず復唱すると、胸の奥がざわついた。
“利用”なんてしたくないし、させたくない。
「みんな、さぎには逆らわない。それは、さぎに嫌われたくないから。必死に媚び売って、なついて、さぎの傍にいる権利を偽りの愛で買おうとする。その先にあるのは、学校一の人気者の恋人という誰もが欲しがる肩書き。さぎが、お金持ちだから、かっこいいから、頭がいいからってさぎ自身を見ている人なんていないんだよ。近づいて来る人たちにとってさぎは人間ではないんだよ。まるで、身に着ければ自分のことを美しく飾ってくれる輝く高級ブランドのアクセサリー扱い」
鷺沼の周りに群がる人たちの姿がまるで映像のように浮かび上がってくる。
「アクセサリー扱いなんて、ひどい」
思わず口から零れた。鷺沼がそんな扱いを受けていたなんて、想像したこともなかった。
「さぎ言ってたよ。自分に近づいてくるやつは何か目的があって近づいて来るんだって。今まで、付き合ってきた人みんな俺自身を見ていないってさ」
「そ、そうなんだ」
声が震えた。鷺沼の笑顔の裏に、そんな影があったなんて。
「だから、たぶん自分のことを分け隔てなく他の人と平等に扱ってくれたのが嬉しかったんだよ。今までの待遇とは違う、まるで別世界だったから」
結城は、僕の瞳をまっすぐ見つめた。その視線に逃げ場がなくなる。
「僕としては人間的に別世界ですけど」
自嘲気味に言うと、結城はふっと笑った。
その笑いは、からかいではなく、どこか優しさを含んでいた。
「そんなことないよ。みんな同じ人間だよ」
その言葉は、まるで鷺沼の代わりに言っているようだった。
胸の奥にじんわりと温かさが広がった。
「え、僕と⁈」
ひとりぼっちにも慣れた教室で今では、鷺沼率いる一軍男子と一緒に行動している。主に鷺沼が僕にべったりくっついていてそれに最上たちがついてきている感じだ。
学校にいる時は基本、鷺沼は僕にくっついて離れないし、他の人を寄せつけない。まるで、ボディーガードだ。
だが、唯一僕の傍を離れる時がある。それは、トイレだ。さすがにトイレまで一緒にはできない。
鷺沼がトイレに行ったのを見計らって結城が話しかけてきたのだ。
「なんで、僕なんかを誘うの?」
「え、鵠沼とちょっと話したいことあってさ。学校じゃさぎがうるさいし。さぎに内緒で、ね」
「う、うん。いいよ」
「じゃあ決まり!日曜の十時、駅に集合な」
「わ、分かった」
と結城と出かける約束をした。誰かと一緒に出かけるなんて初めてだ。どんな服を着ようか、なにを話すのか、どこに行くのか。なにもかもが初めてで今から緊張する。鷺沼には内緒でって言ってたけど、ばれたら絶対に怒られるよな。ただでさえ学校で少しだけでも話しかけてくる人にさえ威嚇するのに、一緒に出かけたりなんてしたら、もはやその先の未来が怖すぎて検討もつかない。でも少しだけ、束縛されることに安心感を覚えてしまう自分もいる。大切にされているんだなとか、守られているんだなとか。あの鷺沼の瞳を独占している優越感とか。本当はよくないことなのかもしれない。相手の行動を制限するのも、かかわってくる人に悪態着くのも。でも、大丈夫。分かっているから。僕は鷺沼から目を逸らさないし、離れていかないから。大切にしてくれている分、大切にする。鷺沼を絶対に傷つけたりしない。
「お待たせ―!待った?」
「ううん。全然時間通りだから大丈夫」
早く着いたので駅前で立ちながらスマホゲームに熱中していると結城が走ってやってきた。
「人を待たせるなんて初めてかも」
と結城が言った。
「あいつらと待ち合わせしても全然時間通りに来ないから」
「確かに、来なさそう」
最上とか特に。でも、鷺沼はどうだろう。少し先について待っていそうだな。立っているだけで絵になる。どんな服装で来るんだろう。どんな髪型なのかな。とそんなことを自然と想像してしまった自分が恥ずかしい。最近は鷺沼と一緒に居ることが増えて、自然と鷺沼のことを考えてしまう。隣にいることが当たり前になっている。今日は結城と一緒なんだから結城に集中しないと。
「あ、あの、話したいことって、」
「あーそうだよね。雰囲気のいい喫茶店があるからそこで話そ」
「あ、うん」
と駅の近くの喫茶店に向かった。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
と品のある面持ちのおじさんが出迎えてくれた。
「二人です」
と結城が言うと
「かしこまりました。あ、あれ?蒼生くんじゃありませんか。さ、こちらへどうぞ」
通されたのは、二人で使うには広い、店の端のテーブル席。
「お久しぶりですね、おじさん」
という結城に
「お久しぶりです。蒼生くん」
と返すおじさん。
「ここの席まだあったんだね」
と結城がおじさんに言うと
「はい、もちろんですとも。蒼生くんとお母さんの思い出の席ですから。他のお客様にはご案内しておりません」
と返した。結城は幼いころに、お母さんを病気で亡くしていたらしい。生前には家族みんなで週末にランチを食べていた思い出の席みたいだ。だから、他のお客様は通さないし、この席だけは椅子もテーブルも変えないでいてくれていたみたいだ。
「あ、紹介するよ。こちらが鵠沼。同じクラスで、大切なお友達」
と結城がおじさんに紹介した。大切なお友達って、そんなことこれまでに言われたことがない。あんなに尊い1軍にお友達認定されるなんて。と大切なお友達発言に驚きを隠せずに戸惑っていると、結城が自己紹介してと小声で言った。
「あ、く、鵠沼周です」
というと、
「あまね、いい名前だね」
と女の子っぽい名前を褒めてくれた。今まで名前のことでいじられたこともあったけれど、初めて会った人にまず名前を褒められることは初めてで少し嬉しくなった。
「で、こちらが俺の親戚の叔父さん」
「結城早雲です。そうしんは武将から取った名前なんですよ。今はもう、こんなよぼよぼになってしまいましたけれど。今日はどうぞごゆっくりしていってください」
と深々とお辞儀をした。
「ご注文はどうされますか」
「ここのおすすめは、果汁百パーセントのオレンジジュースなんだ。ビタミンCいっぱい取れるよ」
と結城がビタミンCをおすすめしたので二人でそれにした。
「かしこまりました。ただいまお持ちします」
とおじさんは厨房に消えて行った。
十分と待たないうちにオレンジジュースが来た。色がとっても鮮やかで余計な飾りのない味がする。果汁百パーセントは伊達じゃない。
「話なんだけどさ」
と結城が切り出した。
「さぎのことなんだ」
「鷺沼のこと、」
確かに、最近の鷺沼はおかしい。僕に執着しすぎて怖いくらいだ。そのことについての話だろうか。
「少し、鷺沼の過去の話をするね」
と少し緊張しているのか、オレンジジュースをひと口飲んでから言った。
「二年生に上がったばかり一番最初の授業が理科だったの覚えてる?」
「あ、うん」
「その授業が終わった後に、先生が春休みの課題ノートを回収するのを理科係になった鵠沼に頼んだよね?」
「うん」
クラス替えが終わってすぐの1限を使った時間で係決めがあった。
理科係だけ一人分しか枠がなくてみんなが友達と係をしたいからという理由で避ける中、一人だけぼっちで浮いていた僕が率先してやると言って決まった理科係。理科は主要三科目ではないから仕事も少ないだろうと思っていたのに、係決めすぐの二限の授業で課題ノートの回収を頼まれてド肝を抜かれたのを覚えている。
「それが、どうしたの」
と聞くと
「授業が終わってすぐにクラスのひとりひとりのところに回収に行った鵠沼が鷺沼のノートを回収するときになんて言ったのか覚えてる?」
「え、えっと」
そんなこと今さら覚えているわけがない。もう半年も前のことだ。しかも日常のほんの一コマでしかない言葉なんて思い出せるわけがない。
「お、覚えてない、です」
と申し訳なさそうに言うと結城は
「だよねー全然気にしないで。それで、その時鵠沼はさ、さぎにこう言ったんだよね
『早く出して。ひとりひとりにそんなに時間割いてらんないから』
てさ」
「え、う、そ」
心臓がのどから出そうになって息が出来なかった。さ、最悪だ。即死級の案件でドカ鬱待ったなし。その時、鷺沼の表情や、自分の声のトーン、春の日差しが降り注ぐ四月とクラスの空気、体感温度まで思い出した。まるでタイムスリップしたみたいにその時の映像が鮮明にフラッシュバックし、脳裏に焼き付いて離れない。そんなことを言われたら、誰だって僕を嫌な奴だと思うだろう。嫌いになるのは決定事項に等しい。やっぱり、今まで僕に発していた言葉や、笑顔、行動は僕の気持ちをもてあそんでいるんだ。やっぱり新手のいじめじゃないか。でもすごいな。人を好きにさせるのが上手だ。そうして鷺沼に告白した僕を振って、学校中に広めるんだ。そうすれば、学校中の笑いものにできる。もう、泣きそうだ。早く転校したい。
「え、大丈夫?」
と結城は涙目になって震えている僕の顔を覗き込み、対面で座っていたのを席を移動して僕の隣に座り直し、僕の背中を擦り始めた。
「大丈夫だよ。さぎはね、そんな鵠沼のこといいなって思ったんだってさ」
と少し微笑みながら言った。
「え、どういうこと?嫌いになったんじゃ、」
「その逆だよ。鵠沼は俺に平等に接してくれたってさ。嬉しそうに笑ってたよ」
「どういうこと?ちょっと、意味がわからない。僕は鷺沼に対してひどいことを言ったんだよ」
「さぎとは、俺も最上も小学校から一緒だったんだ。森丘は中学からだけど。さぎは、家柄も悪くないし、顔は整っているし、おまけに性格もいいし、昔から非の打ち所がない人だったんだ。だからこそ、たくさんの人がさぎの周りに集まっていったんだ。けれど、そのほとんどがさぎを“利用するため”に近づいてくる連中だった」
結城は、テーブルの下で握った拳に力を込め、遠い昔を思い返すように言葉を続けた。
その横顔は、普段の明るい雰囲気とは違い、どこか寂しげだった。
「鷺沼を利用するため、」
思わず復唱すると、胸の奥がざわついた。
“利用”なんてしたくないし、させたくない。
「みんな、さぎには逆らわない。それは、さぎに嫌われたくないから。必死に媚び売って、なついて、さぎの傍にいる権利を偽りの愛で買おうとする。その先にあるのは、学校一の人気者の恋人という誰もが欲しがる肩書き。さぎが、お金持ちだから、かっこいいから、頭がいいからってさぎ自身を見ている人なんていないんだよ。近づいて来る人たちにとってさぎは人間ではないんだよ。まるで、身に着ければ自分のことを美しく飾ってくれる輝く高級ブランドのアクセサリー扱い」
鷺沼の周りに群がる人たちの姿がまるで映像のように浮かび上がってくる。
「アクセサリー扱いなんて、ひどい」
思わず口から零れた。鷺沼がそんな扱いを受けていたなんて、想像したこともなかった。
「さぎ言ってたよ。自分に近づいてくるやつは何か目的があって近づいて来るんだって。今まで、付き合ってきた人みんな俺自身を見ていないってさ」
「そ、そうなんだ」
声が震えた。鷺沼の笑顔の裏に、そんな影があったなんて。
「だから、たぶん自分のことを分け隔てなく他の人と平等に扱ってくれたのが嬉しかったんだよ。今までの待遇とは違う、まるで別世界だったから」
結城は、僕の瞳をまっすぐ見つめた。その視線に逃げ場がなくなる。
「僕としては人間的に別世界ですけど」
自嘲気味に言うと、結城はふっと笑った。
その笑いは、からかいではなく、どこか優しさを含んでいた。
「そんなことないよ。みんな同じ人間だよ」
その言葉は、まるで鷺沼の代わりに言っているようだった。
胸の奥にじんわりと温かさが広がった。
