「おーい、くげぬまくーん。ちょっとツラ貸せよ」
「え、は、はい」
え。嘘だろ。笑えない。全然笑えない。クラスの一軍男子からお呼びがかかってしまった。
鷺沼と一緒に帰った次の日。
お弁当もすっかり食べ終わり、昼休みももう終わりを迎えるという頃。
次の授業の準備をしていた時、不意に後ろから肩を掴まれた。
動揺する僕の耳元で囁くように
「ちょっとツラ貸せよ」
と言われた。慌てて振り返るとクラスの一軍男子の鷺沼以外が全員お揃いで僕を囲み込んでいた。
クラスのみんなは僕の周りから遠ざかって行き、喧騒に包まれていた教室は一瞬にして静寂に包まれた。
「は、はい」
と強張る声色を必死に抑えながらそう答えた。
肩を掴まれたまま、一軍男子のいつもの溜まり場であろう空き教室に連行された。
そのまま教室のど真ん中にある椅子に腰かけさせられ、その周りを包囲された。
「くげぬまくんさ、最近すげぇさぎと仲いいよね」
最上が僕の肩を組みながら言った。
「い、いや。そんなことない、です」
「ふーん。そーなんだ」
結城が腕を組みながら、何かを知っているかのように言った。
【全部俺のせいにするんだよ】
もしばれていた場合の魔法の言葉はあるけど、自分を守るために使いたくない。そんなこと、口が裂けても言えない。
僕、このまま処刑されるのかな。てか、やっぱり一軍の皆さんは怖い。いつもかっこよくてキラキラしているけれどその光に触れた瞬間、その空気を壊そうものならクラスでの影響力を持ってしまった彼らのファンに抹殺される。もう、纏っている雰囲気が常人のそれとはまったく違う。芸能人の域だ。
そんな場の雰囲気に耐えられず殺されてしまうのかなんてことに怯えていたら森丘が口を開いた。
「昨日の夕方。午後7時頃にあなたと鷺沼さんが一緒に帰宅する姿を目撃している人間がいるんですよ」
真面目でインテリな森丘が落ち着いた口調で詳しく説明してくれたおかげで状況が掴めた。
なるほど。つまり、あれがばれてしまったということ。
クラスのカースト下位で陰キャの僕が決して相容れない一軍の鷺沼と一緒に帰っているところを誰かに見られていたのか。
誰が見ていたのかは知らないけど、もしその人がクラス中にそのことを話していたら?その噂がクラス中ではとどまらず学年中に広がっていたら?みんなから白い目で見られるに決まっている。登校する度、自分の立ち位置も分かっていないイきり陰キャだと馬鹿にされる。そうするともう、この学校には居られない。鷺沼との楽しかったひと時もこれで終わり。けど、欲を言えばもっと話したい事もあったし、もっと一緒に居たかった。
転校―
そんな言葉が頭をよぎった。これからのことを考えると自然と頭が重くなり、首を落として俯いた。
そんな時最上が口を開いた。
「人間って言い方ないでしょ、いつきくーん。いじわるだなー」
と森丘の肩を叩きながら言った。
「いや。目撃者のプライバシーを…」
そういう森丘の言葉を遮って
「見てたの俺たちだけだし、な」
と結城が最上の肩を組みながら少し微笑んで言った。ということは、このことを知っているのはここにいる人たちだけかもしれない。けど、他の誰かに言っていたら…
こんな美味しいネタはクラスに一瞬で広まって一発アウトだ。
「あ、あの。このことって、」
恐る恐る口を開く。
虫が鳴くかのように消えそうな声に気づいた最上が言った。
「あー誰にも言ってないよ。俺らだけのひ・み・つ」
とウインクして答えてくれた。やばい。全員の顔面偏差値がカンストしている一軍の中の最上さんのウインクいただきましたぁーと心の中で叫んだ。というか、最初は囲まれてマジで殺されるとか思ったけどもはやご褒美では?!一軍のご尊顔をこんな近くでまじまじと合法的に見られるなんて。一軍の顔面観光旅行申し込んだっけ…?と心の中で静かにはしゃいでいると結城がガチトーンで言った。
「そーいう言い方うざいよ」
まるでゴミを見るかのような軽蔑の目を最上に向けていた。
「まあまあ、あおいくーん落ち着けって」
と最上が結城をなだめていると
「こいつの頭うんこだから気にしないで」
と結城が僕に優しく言った。そんな結城の言葉に少し緊張が解れてきた。冷静に戻って考えてみるとなんで誰にも言ってないのか気になった。
「あ、あの。な、なんで、誰にも言ってないんですか」
こんな格好のネタを見過ごすはずはない。学年中、いや、学校中にいる鷺沼ファンの女子たちが黙っているわけない。デートしてたなんて誇張して広めたら、死に物狂いで僕に襲い掛かってきてもおかしくはない。そんな僕を笑い物にすることもできたはずなのに。
「それはプライバシー保護の観点から…」
と森丘が言うとその言葉に重ねるように最上が言った。
「いやーそれがさ。めっっちゃきつく口止めされてんだよねー」
「それなー。言ったらマジで殺される」
結城が両肩を擦って震えながら言った。
「あ、あの。誰に口止めされてるんですか」
一応口止めしている人を聞いてみようと震える声で言った。
「「さぎ」」 「鷺沼さん」
やっぱりそうか。見えないところでも僕のことを守ってくれているんだなと少し感動した。
「マジで怖いから、人殺しそうな目してたよな」
「だな。あれはマジで殺しかねない」
と最上と結城が怯えながら言った。昨日の優しく包み込んでくれるような鷺沼からは考えられない。
鷺沼ってそんな目もするんだなと新たな一面を見た気がした。
「くげぬまくんのこと話すとすぐこれだから。お前が鵠沼のことを口にするなとか。近寄るなとか。視界に入れるなとか」
「鵠沼のことになるとめっちゃ厳しくなるよな。さぎはさ」
と鷺沼のことを話しているが僕に対してそんなこと思っていたのかと交換日記以外で新たに気づかされる。まるで交換日記の裏側を見ているようだ。
「最上さん、結城さん。鷺沼さんのことはそれくらいにしてそろそろ本題に入ってください」
と森丘が話に割って入った。本題ってことは、これはまだ序章に過ぎないということ。そうだよな。こんな楽しいおしゃべりをするために僕を呼んだはずはない。たぶん一緒に帰ったことについて言及するつもりだ。鷺沼はあんなこと言ってくれたけど僕は鷺沼を自分を守る盾になんかしない。僕はどうなったっていい。鷺沼を守る。鷺沼が笑って生きてさえいてくれればそれで十分だ。
「あー。本題ね。で、くげぬまくんさ。なんでさぎなんかと一緒に帰ったわけ?しかも、自分の家にまで送らせたらしいじゃん」
「なー。なんでさぎなんかと一緒に帰ったの」
と破壊力の高すぎる顔面が僕に近づいて来る。同時に二人で攻められてどうしたらいいのか分からない。
「え、えっと、」
と声を絞り出すと森丘が口を開いた。
「おふたりさん。そんなに同時に攻めないでください。混乱しますよ。それじゃあ鵠沼さんも答えたくても答えられないでしょ」
「「はーい」」
と二人はけだるげに返事をして僕から離れていった。
「えっと、ぼ、僕が先生の手伝いをして遅くなってしまったんです。もう外は暗くなっていて、なんか一人で帰るの怖いなって思って、お、お化けとかで、出るかもって思って。たまたま教室に残っていた鷺沼さんに一緒に帰ってもらえませんかってお願いしてしまったんです、すみません。血迷ってしまった、です。それで、鷺沼さんに無理やり家までついてこさせました」
と苦し紛れの嘘を並べて弁明すると
「はははっなにそれおもしろ。一人で帰るの怖いってガキかよ」
と最上が大声で笑った。
「うるせーよ。黙れ」
と結城が最上の頭を軽く叩いて言った。
「ていうか、さぎなんかと一緒に帰って何が楽しいの。あいつ何にもしゃべんないし、話したかと思ったらめっちゃつまんない話しだすし、反応薄いし、全部ひとりごとみたいになるし、あいつと帰ってもなんもいいことないよ」
と最上が言った。
さっきから引っかかっていた“さぎなんか”はそういう意味だったのか。正直麗しいお顔に気を取られて話が入ってこず、まともに覚えてはいないが、全然つまんない人ではなかったような気がする。話よりも僕に対してしてくれたことの方が嬉しくてよく覚えている。本当に気が利く人で、それに…
【鵠沼をお守りするため、かな】
あの時の声がそのまま脳内再生されていく―
頬が赤く染まっていくのを必死に隠すように手で顔を隠した。それに気づいた最上が顔を覗き込んできた。
「あれ?くげぬまくーん。顔、赤いけどなに思い出してんのー」
にやにやしながら面白そうに言った。やばいってそんなに近づいたら、息できない。かっこよすぎる。顔面黄金比だよ。かっこいい、かっこいいけど、やっぱり僕は鷺沼が一番好きだな。
「あれ、ほんとだ。まさか、さぎのやつもう手を出したんじゃ…」
と結城が小声で呟いた。
え?まって。手を出すってもしかして…本気?!え、でも、遊びなんじゃ。そんなことを思っていると最上が言った。
「あーでもさ。さぎって一年のころからずっと好きなやつがいるとか言ってなかったっけ?あの人のことだけは忘れられないーとか何とか」
「あーそんな話聞いたことあったな。な、森丘はその話知ってる?」
「聞いたことはありましたけど、詳しくはなにも…」
はいーこれで百パーセント遊びだと分かりました。忘れられないって相当かわいい女子なんだろうな。僕はやっぱり遊ばれているだけなんだ。どうせ僕を誑かして面白がってるんだ。でも、今までのこと全部遊びだったのかもしれないけど、せめて僕に対する気持ちだけは偽りであってほしくない。
「ていうかお前余計なこと言うなよ。後でさぎにしばかれろ」
「は?余計なことなんて言ってねーけど。完璧だろ」
最上と結城が内輪揉めを始めたとき、
「全然だめ」
と言って鷺沼が教室に入ってきた。さ、鷺沼だ。鷺沼に会えた安心感は半端じゃなかった。僕は鷺沼に会えた安堵の勢いのまま駆け寄り慌てて後ろに隠れた。
「えーさぎにめっちゃなついてるし」
「え。距離縮まるの早くない?」
「鷺沼さんとこんなに早く仲良くなれるなんて」
と三人が驚いたのも束の間、
「ていうかお前ら、鵠沼となに勝手に話してんの?俺の許可取れよ」
とガチトーンで言った。こんな鷺沼を見るのは初めてだ。なんか新鮮でめっちゃかっこいい。
「「許可だってこわー」」
と最上と結城がお互いの顔を見合わせながら言った。
「すみません。鷺沼さんの許可取るべきでした」
と森丘が鷺沼に向けて軽くお辞儀をして謝った。
「どうせ、このうんこ一号と二号が言い出したんだろ」
と最上と結城の顔を交互に見た。
「うんこってひど」
「それな。ていうか俺までうんこかよ」
と二人が言うが聞く耳を持たずに森丘の方に向き直り、状況の説明を頼んだ。
「森丘、説明。戯言はいらない。事実だけを」
そういう鷺沼には緊張感が漂っていた。ほかの三人との空気間の差がなんだか気持ち悪かった。
「はい」
と森丘が返事をした。と同時に僕に大丈夫だからと柔らかく笑いながら言って頭を優しく撫でてくれた。
「うんこたちはいい子にしてろ」
と鷺沼が鋭い目つきで言うと
「「ういーっす」」
と二人仲良く返事をした。
「鷺沼さん。事の発端は、最上さんからの提案でした。最近鷺沼さんがちょっかいかけている人物がいると情報を掴んだ最上さんは結城さんを誘い、しばらく鷺沼さんと鵠沼さんを観察していました。そして昨日、おふたりさんが一緒に校門から出てくるのを見て、駅まで尾行していました」
「尾行ね」
と呟く鷺沼は顎に手を当て考え、まるでドラマのワンシーンのように絵になっていた。
観察、尾行って全然気づかなかった。なんか恥ずかしいな。
「そして、鵠沼さんがどういう人物なのか。確かめようということになったのです。そして鵠沼さんを呼び出し、昨日のことを問い詰めたとき、鷺沼さんを盾にしたら、、、」
「分かった。ありがとう」
と言い、一息ついてから最上と結城に話しかけた。
「で、問い詰めた結果どう思った?どんな人物だと思った?」
「さぎのこと盾にしないし、マジいい子」
と最上が
「同感」
と結城が言った。
「じゃあ、なにも文句はないよな」
という鷺沼の目は圧がこもっていた。
「「ない」」
その圧に負けたのか最上と結城が同時に返事をした。
「可決されましたね」
と森丘が言った。可決?ってなんだ?まるで一軍にかかわる人間が審査されているようだった。
「あ、あの。可決って、」
と鷺沼の後ろから恐る恐る言うと
「あー。さぎは狙われやすいから」
とニッコリ笑顔で最上が言った。
「おい、鵠沼と話すな」
と鷺沼が割り込んで、僕を最上から遠ざけた。
「さぎはさ、優しすぎるんだよ。だから付け込まれる」
と結城が言った。昔、何か騙されたことがあったのかな。と心配になる。
「そのため、第三者である私たちが審査を行っているんですよ」
と、森丘が説明してくれた。それにしても、審査って完全に過保護だな。でも、なんか一軍の絆を感じて、その中に入れたような気がして嬉しかった。
「じゃあもうお前ら鵠沼にかかわるんじゃねーよ」
と鷺沼が三人に手厳しく言うと
「えー独り占めとかずるい」
「俺も鵠沼とお仲間になりたい」
と最上と結城が鷺沼の背後から覗く僕に畳みかけるように言った。
「だめ。鵠沼は俺のだから」
と鷺沼が言った。
「「え」」
と言う最上と結城。僕も心の中でえ。と言ってしまった。俺のってどーいうこと?独占欲やばすぎる。かっこよくてキュン死する。あ、でも俺の遊び相手だから関わるなってことだよな。好きとかそーいうんじゃないことくらい分かっているつもりだ。そうだ。そうに決まっている。
「俺の?」
「独占欲やば」
と最上と結城も同じことを思っていた。
「ていうか、お前ら審査会議は放課後って言ったよな。なんで授業中にしてんの。うんこたちはいいかもしれないけど、鵠沼に迷惑かけてんじゃねーよ」
と鷺沼が言ったとき、今は授業中だと思い出した。僕は滅多に授業を休まないからなんて説明したんだろ。英語の先生めっちゃ怖いのに。
「さーせん」
「早い方がいいと思って」
という最上と結城に
「うるせー」
と返した鷺沼は終始僕の頭を撫でていた。
「あ、あの。先生になんて説明した?」
と僕が鷺沼に言うと僕に少し微笑みかけてから言った。
「腹痛で休んでるって嘘ついてきた。うんこたちはいつものことだって呆れてたけど。あ、森丘は、自習してるって言ってきた」
森丘だけ別枠…と思いながら聞いていると最上が言った。
「じゃあさお友達になろうよ」
「いいね―それ。賛成」
とすぐさま食いつく結城。
「私も賛成です」
と軽く挙手する森丘。
「えっと」
と返答に困っていると、鷺沼が代わりに答えた。
「なってあげてもいいけど。そんなに近づくなよ。あと、鵠沼に触れるなよ」
友達の条件厳しい。そんな友達関係の人見たことない。僕のこと守りすぎだよ。
「なんで、さぎが答えてんの。てか、条件きびし」
「触れるなって、もう触れてたし良くね」
と最上と結城が言うと、少し睨みつけてから
「これ以上、触れるな」
と牽制する鷺沼はどこか楽しそうだった。
「え、は、はい」
え。嘘だろ。笑えない。全然笑えない。クラスの一軍男子からお呼びがかかってしまった。
鷺沼と一緒に帰った次の日。
お弁当もすっかり食べ終わり、昼休みももう終わりを迎えるという頃。
次の授業の準備をしていた時、不意に後ろから肩を掴まれた。
動揺する僕の耳元で囁くように
「ちょっとツラ貸せよ」
と言われた。慌てて振り返るとクラスの一軍男子の鷺沼以外が全員お揃いで僕を囲み込んでいた。
クラスのみんなは僕の周りから遠ざかって行き、喧騒に包まれていた教室は一瞬にして静寂に包まれた。
「は、はい」
と強張る声色を必死に抑えながらそう答えた。
肩を掴まれたまま、一軍男子のいつもの溜まり場であろう空き教室に連行された。
そのまま教室のど真ん中にある椅子に腰かけさせられ、その周りを包囲された。
「くげぬまくんさ、最近すげぇさぎと仲いいよね」
最上が僕の肩を組みながら言った。
「い、いや。そんなことない、です」
「ふーん。そーなんだ」
結城が腕を組みながら、何かを知っているかのように言った。
【全部俺のせいにするんだよ】
もしばれていた場合の魔法の言葉はあるけど、自分を守るために使いたくない。そんなこと、口が裂けても言えない。
僕、このまま処刑されるのかな。てか、やっぱり一軍の皆さんは怖い。いつもかっこよくてキラキラしているけれどその光に触れた瞬間、その空気を壊そうものならクラスでの影響力を持ってしまった彼らのファンに抹殺される。もう、纏っている雰囲気が常人のそれとはまったく違う。芸能人の域だ。
そんな場の雰囲気に耐えられず殺されてしまうのかなんてことに怯えていたら森丘が口を開いた。
「昨日の夕方。午後7時頃にあなたと鷺沼さんが一緒に帰宅する姿を目撃している人間がいるんですよ」
真面目でインテリな森丘が落ち着いた口調で詳しく説明してくれたおかげで状況が掴めた。
なるほど。つまり、あれがばれてしまったということ。
クラスのカースト下位で陰キャの僕が決して相容れない一軍の鷺沼と一緒に帰っているところを誰かに見られていたのか。
誰が見ていたのかは知らないけど、もしその人がクラス中にそのことを話していたら?その噂がクラス中ではとどまらず学年中に広がっていたら?みんなから白い目で見られるに決まっている。登校する度、自分の立ち位置も分かっていないイきり陰キャだと馬鹿にされる。そうするともう、この学校には居られない。鷺沼との楽しかったひと時もこれで終わり。けど、欲を言えばもっと話したい事もあったし、もっと一緒に居たかった。
転校―
そんな言葉が頭をよぎった。これからのことを考えると自然と頭が重くなり、首を落として俯いた。
そんな時最上が口を開いた。
「人間って言い方ないでしょ、いつきくーん。いじわるだなー」
と森丘の肩を叩きながら言った。
「いや。目撃者のプライバシーを…」
そういう森丘の言葉を遮って
「見てたの俺たちだけだし、な」
と結城が最上の肩を組みながら少し微笑んで言った。ということは、このことを知っているのはここにいる人たちだけかもしれない。けど、他の誰かに言っていたら…
こんな美味しいネタはクラスに一瞬で広まって一発アウトだ。
「あ、あの。このことって、」
恐る恐る口を開く。
虫が鳴くかのように消えそうな声に気づいた最上が言った。
「あー誰にも言ってないよ。俺らだけのひ・み・つ」
とウインクして答えてくれた。やばい。全員の顔面偏差値がカンストしている一軍の中の最上さんのウインクいただきましたぁーと心の中で叫んだ。というか、最初は囲まれてマジで殺されるとか思ったけどもはやご褒美では?!一軍のご尊顔をこんな近くでまじまじと合法的に見られるなんて。一軍の顔面観光旅行申し込んだっけ…?と心の中で静かにはしゃいでいると結城がガチトーンで言った。
「そーいう言い方うざいよ」
まるでゴミを見るかのような軽蔑の目を最上に向けていた。
「まあまあ、あおいくーん落ち着けって」
と最上が結城をなだめていると
「こいつの頭うんこだから気にしないで」
と結城が僕に優しく言った。そんな結城の言葉に少し緊張が解れてきた。冷静に戻って考えてみるとなんで誰にも言ってないのか気になった。
「あ、あの。な、なんで、誰にも言ってないんですか」
こんな格好のネタを見過ごすはずはない。学年中、いや、学校中にいる鷺沼ファンの女子たちが黙っているわけない。デートしてたなんて誇張して広めたら、死に物狂いで僕に襲い掛かってきてもおかしくはない。そんな僕を笑い物にすることもできたはずなのに。
「それはプライバシー保護の観点から…」
と森丘が言うとその言葉に重ねるように最上が言った。
「いやーそれがさ。めっっちゃきつく口止めされてんだよねー」
「それなー。言ったらマジで殺される」
結城が両肩を擦って震えながら言った。
「あ、あの。誰に口止めされてるんですか」
一応口止めしている人を聞いてみようと震える声で言った。
「「さぎ」」 「鷺沼さん」
やっぱりそうか。見えないところでも僕のことを守ってくれているんだなと少し感動した。
「マジで怖いから、人殺しそうな目してたよな」
「だな。あれはマジで殺しかねない」
と最上と結城が怯えながら言った。昨日の優しく包み込んでくれるような鷺沼からは考えられない。
鷺沼ってそんな目もするんだなと新たな一面を見た気がした。
「くげぬまくんのこと話すとすぐこれだから。お前が鵠沼のことを口にするなとか。近寄るなとか。視界に入れるなとか」
「鵠沼のことになるとめっちゃ厳しくなるよな。さぎはさ」
と鷺沼のことを話しているが僕に対してそんなこと思っていたのかと交換日記以外で新たに気づかされる。まるで交換日記の裏側を見ているようだ。
「最上さん、結城さん。鷺沼さんのことはそれくらいにしてそろそろ本題に入ってください」
と森丘が話に割って入った。本題ってことは、これはまだ序章に過ぎないということ。そうだよな。こんな楽しいおしゃべりをするために僕を呼んだはずはない。たぶん一緒に帰ったことについて言及するつもりだ。鷺沼はあんなこと言ってくれたけど僕は鷺沼を自分を守る盾になんかしない。僕はどうなったっていい。鷺沼を守る。鷺沼が笑って生きてさえいてくれればそれで十分だ。
「あー。本題ね。で、くげぬまくんさ。なんでさぎなんかと一緒に帰ったわけ?しかも、自分の家にまで送らせたらしいじゃん」
「なー。なんでさぎなんかと一緒に帰ったの」
と破壊力の高すぎる顔面が僕に近づいて来る。同時に二人で攻められてどうしたらいいのか分からない。
「え、えっと、」
と声を絞り出すと森丘が口を開いた。
「おふたりさん。そんなに同時に攻めないでください。混乱しますよ。それじゃあ鵠沼さんも答えたくても答えられないでしょ」
「「はーい」」
と二人はけだるげに返事をして僕から離れていった。
「えっと、ぼ、僕が先生の手伝いをして遅くなってしまったんです。もう外は暗くなっていて、なんか一人で帰るの怖いなって思って、お、お化けとかで、出るかもって思って。たまたま教室に残っていた鷺沼さんに一緒に帰ってもらえませんかってお願いしてしまったんです、すみません。血迷ってしまった、です。それで、鷺沼さんに無理やり家までついてこさせました」
と苦し紛れの嘘を並べて弁明すると
「はははっなにそれおもしろ。一人で帰るの怖いってガキかよ」
と最上が大声で笑った。
「うるせーよ。黙れ」
と結城が最上の頭を軽く叩いて言った。
「ていうか、さぎなんかと一緒に帰って何が楽しいの。あいつ何にもしゃべんないし、話したかと思ったらめっちゃつまんない話しだすし、反応薄いし、全部ひとりごとみたいになるし、あいつと帰ってもなんもいいことないよ」
と最上が言った。
さっきから引っかかっていた“さぎなんか”はそういう意味だったのか。正直麗しいお顔に気を取られて話が入ってこず、まともに覚えてはいないが、全然つまんない人ではなかったような気がする。話よりも僕に対してしてくれたことの方が嬉しくてよく覚えている。本当に気が利く人で、それに…
【鵠沼をお守りするため、かな】
あの時の声がそのまま脳内再生されていく―
頬が赤く染まっていくのを必死に隠すように手で顔を隠した。それに気づいた最上が顔を覗き込んできた。
「あれ?くげぬまくーん。顔、赤いけどなに思い出してんのー」
にやにやしながら面白そうに言った。やばいってそんなに近づいたら、息できない。かっこよすぎる。顔面黄金比だよ。かっこいい、かっこいいけど、やっぱり僕は鷺沼が一番好きだな。
「あれ、ほんとだ。まさか、さぎのやつもう手を出したんじゃ…」
と結城が小声で呟いた。
え?まって。手を出すってもしかして…本気?!え、でも、遊びなんじゃ。そんなことを思っていると最上が言った。
「あーでもさ。さぎって一年のころからずっと好きなやつがいるとか言ってなかったっけ?あの人のことだけは忘れられないーとか何とか」
「あーそんな話聞いたことあったな。な、森丘はその話知ってる?」
「聞いたことはありましたけど、詳しくはなにも…」
はいーこれで百パーセント遊びだと分かりました。忘れられないって相当かわいい女子なんだろうな。僕はやっぱり遊ばれているだけなんだ。どうせ僕を誑かして面白がってるんだ。でも、今までのこと全部遊びだったのかもしれないけど、せめて僕に対する気持ちだけは偽りであってほしくない。
「ていうかお前余計なこと言うなよ。後でさぎにしばかれろ」
「は?余計なことなんて言ってねーけど。完璧だろ」
最上と結城が内輪揉めを始めたとき、
「全然だめ」
と言って鷺沼が教室に入ってきた。さ、鷺沼だ。鷺沼に会えた安心感は半端じゃなかった。僕は鷺沼に会えた安堵の勢いのまま駆け寄り慌てて後ろに隠れた。
「えーさぎにめっちゃなついてるし」
「え。距離縮まるの早くない?」
「鷺沼さんとこんなに早く仲良くなれるなんて」
と三人が驚いたのも束の間、
「ていうかお前ら、鵠沼となに勝手に話してんの?俺の許可取れよ」
とガチトーンで言った。こんな鷺沼を見るのは初めてだ。なんか新鮮でめっちゃかっこいい。
「「許可だってこわー」」
と最上と結城がお互いの顔を見合わせながら言った。
「すみません。鷺沼さんの許可取るべきでした」
と森丘が鷺沼に向けて軽くお辞儀をして謝った。
「どうせ、このうんこ一号と二号が言い出したんだろ」
と最上と結城の顔を交互に見た。
「うんこってひど」
「それな。ていうか俺までうんこかよ」
と二人が言うが聞く耳を持たずに森丘の方に向き直り、状況の説明を頼んだ。
「森丘、説明。戯言はいらない。事実だけを」
そういう鷺沼には緊張感が漂っていた。ほかの三人との空気間の差がなんだか気持ち悪かった。
「はい」
と森丘が返事をした。と同時に僕に大丈夫だからと柔らかく笑いながら言って頭を優しく撫でてくれた。
「うんこたちはいい子にしてろ」
と鷺沼が鋭い目つきで言うと
「「ういーっす」」
と二人仲良く返事をした。
「鷺沼さん。事の発端は、最上さんからの提案でした。最近鷺沼さんがちょっかいかけている人物がいると情報を掴んだ最上さんは結城さんを誘い、しばらく鷺沼さんと鵠沼さんを観察していました。そして昨日、おふたりさんが一緒に校門から出てくるのを見て、駅まで尾行していました」
「尾行ね」
と呟く鷺沼は顎に手を当て考え、まるでドラマのワンシーンのように絵になっていた。
観察、尾行って全然気づかなかった。なんか恥ずかしいな。
「そして、鵠沼さんがどういう人物なのか。確かめようということになったのです。そして鵠沼さんを呼び出し、昨日のことを問い詰めたとき、鷺沼さんを盾にしたら、、、」
「分かった。ありがとう」
と言い、一息ついてから最上と結城に話しかけた。
「で、問い詰めた結果どう思った?どんな人物だと思った?」
「さぎのこと盾にしないし、マジいい子」
と最上が
「同感」
と結城が言った。
「じゃあ、なにも文句はないよな」
という鷺沼の目は圧がこもっていた。
「「ない」」
その圧に負けたのか最上と結城が同時に返事をした。
「可決されましたね」
と森丘が言った。可決?ってなんだ?まるで一軍にかかわる人間が審査されているようだった。
「あ、あの。可決って、」
と鷺沼の後ろから恐る恐る言うと
「あー。さぎは狙われやすいから」
とニッコリ笑顔で最上が言った。
「おい、鵠沼と話すな」
と鷺沼が割り込んで、僕を最上から遠ざけた。
「さぎはさ、優しすぎるんだよ。だから付け込まれる」
と結城が言った。昔、何か騙されたことがあったのかな。と心配になる。
「そのため、第三者である私たちが審査を行っているんですよ」
と、森丘が説明してくれた。それにしても、審査って完全に過保護だな。でも、なんか一軍の絆を感じて、その中に入れたような気がして嬉しかった。
「じゃあもうお前ら鵠沼にかかわるんじゃねーよ」
と鷺沼が三人に手厳しく言うと
「えー独り占めとかずるい」
「俺も鵠沼とお仲間になりたい」
と最上と結城が鷺沼の背後から覗く僕に畳みかけるように言った。
「だめ。鵠沼は俺のだから」
と鷺沼が言った。
「「え」」
と言う最上と結城。僕も心の中でえ。と言ってしまった。俺のってどーいうこと?独占欲やばすぎる。かっこよくてキュン死する。あ、でも俺の遊び相手だから関わるなってことだよな。好きとかそーいうんじゃないことくらい分かっているつもりだ。そうだ。そうに決まっている。
「俺の?」
「独占欲やば」
と最上と結城も同じことを思っていた。
「ていうか、お前ら審査会議は放課後って言ったよな。なんで授業中にしてんの。うんこたちはいいかもしれないけど、鵠沼に迷惑かけてんじゃねーよ」
と鷺沼が言ったとき、今は授業中だと思い出した。僕は滅多に授業を休まないからなんて説明したんだろ。英語の先生めっちゃ怖いのに。
「さーせん」
「早い方がいいと思って」
という最上と結城に
「うるせー」
と返した鷺沼は終始僕の頭を撫でていた。
「あ、あの。先生になんて説明した?」
と僕が鷺沼に言うと僕に少し微笑みかけてから言った。
「腹痛で休んでるって嘘ついてきた。うんこたちはいつものことだって呆れてたけど。あ、森丘は、自習してるって言ってきた」
森丘だけ別枠…と思いながら聞いていると最上が言った。
「じゃあさお友達になろうよ」
「いいね―それ。賛成」
とすぐさま食いつく結城。
「私も賛成です」
と軽く挙手する森丘。
「えっと」
と返答に困っていると、鷺沼が代わりに答えた。
「なってあげてもいいけど。そんなに近づくなよ。あと、鵠沼に触れるなよ」
友達の条件厳しい。そんな友達関係の人見たことない。僕のこと守りすぎだよ。
「なんで、さぎが答えてんの。てか、条件きびし」
「触れるなって、もう触れてたし良くね」
と最上と結城が言うと、少し睨みつけてから
「これ以上、触れるな」
と牽制する鷺沼はどこか楽しそうだった。
