君の魅力にたえられない!

それから、僕は推しであるあの鷺沼琉生となんやかんやあって交換日記を始めることになった。
基本は教室ではしゃべらず、交換は人目に付きやすいため授業中に配られるプリントや、回収されるノートに混ぜて交換している。

鷺沼が書く肝心の内容はというと、おもに僕のことが書かれていた。

【首の後ろにほくろがある】
こんなこと自分でも気づきようがないし、親にも言われたことがない。

【女子に話しかけられてきょどる】
仕方ないだろ!女子への耐性なんか母親にしかないんだから!
ていうか、どこから見てんだよ!

【なんにもないところでつまずく←これ、めっちゃかわいい。一時間に一回はつまずいてほしい】
いや、普通にダサいだろ。てか、一時間に一回ってとんだ恥さらしじゃないか。

一番面白かったのは、僕がねぐせを直すのが苦手なのをいいことに日記の最後に次の日のねぐせ予想をすることだ。


【今日は疲れてそうだし、うつ伏せで気を失うように寝そうだから、前髪ぺちゃんこ】
など、エトセトラ。

この通り、変な感性をしていて突っ込みどころが満載だ。

僕はというと、推しに対して何を書いていいかわからず模索中だ。
とりあえずは、鷺沼の日記に対しての突っ込みを書いている。

日記帳は鷺沼が買ってきてくれた。言い出しっぺだからと得意になって。
文庫本サイズで、ばれたら英単語ノートとギリごまかせそうなデザインだ。
ページにはA罫で横に線が引かれており、右上には日付が書き込めるようになっている。
日付の欄には月と日にちが書き込まれ、毎日欠かさずページに刻まれていた。
だが、交換日記も一週間たったころ。
今度は日付だけではなく、時間も刻まれるようになった。
それはすなわち、一日に一回交換するのでは飽き足らず、一日に何回も交換しているということだ。
よくも毎回伝えたいことがあるもんだ。感心する。

休み時間は、席を立って一軍男子で固まって談笑することの多かった鷺沼だが、最近は、席にいることの方が多い。
その理由は、紛れもなく僕を観察するためなのだが。
なんでそんなことが分かるのかというと、背後から刺すような視線を感じずにはいられないからだ。
ただ見られているだけだというのに、背中が刺されているのかというくらい痛い。穴が開きそうだ。
それに追い打ちをかけるかのように、交換日記の内容も指摘から願望に変わっていった。

【鵠沼はネクタイ結ぶの下手だから俺がやってあげたい】
えっ。僕下手なの?確かにうまく結べなくて曲がっちゃうけど。

【鵠沼のねぐせ直してあげたい。なんなら、髪セットしたい】
あ、ありがとう。

もうどう反応すれはいいのか分からなくなっていた。


「鵠沼くん。ありがとう一緒に運んでくれて」
ある日の放課後、僕は顕微鏡を化学準備室に運んでいた。
化学の先生は小柄な女性で産休前だからか顕微鏡一つを運ぶのがやっとみたいだった。
そんな姿を見て、手伝いますよと申し出たのだ。

「じゃあもうこれで最後だから気を付けて帰るのよ」

先生も気を付けて帰ってくださいと挨拶をし、教室に鞄を取りに戻った。


「おそい。何してたの」

「え。なんで、い、る」

もう誰もいないと思っていた教室で鷺沼は自分の席に座っていた。僕は驚きのあまり後ずさりしていた。
面と向かって会話するのはノートを返却してからしていないのに、交換日記をしているせいか久しぶりではないような気がした。

「待ってた。鵠沼のこと」

ま、待ってた、?なんで。もしかして、交換日記やめたいとか?
考えていてもしょうがないか。直接本人に聞いてみるしか。

「な、なんで待ってたの」

久しぶりの声を使っての会話で声が震えている。
しかも、面と向かってなんて、これ以上近づけないよ。かっこよすぎる。今日もキラッキラだ。輝きを放っている。

「まあ、とりあえず教室の入り口に立ってないで席に座りなよ」

席に座るって、僕たち前後なんだよ。近すぎるでしょ。
しばらく棒立ちになっていると鷺沼が早くと指で合図をした。
無視するのも悪いと思い、僕は前を向いて椅子に腰かけた。

「違う。こっち向いてよ」

僕は緊張しながらも体を後ろにある鷺沼の席に向けた。

「あのさ、交換日記するのいやだった?」

鷺沼の口から僕が思ってもいない言葉が吐き出された。
推しと交換日記ができるなんて夢のようなことができてうれしくて内心舞い上がっていたのに。
そんなこと微塵も思っていない。必死に否定するため、首を左右にぶん回した。
そうすると、鷺沼はふふっと少し嬉しそうに笑った。

「そんなに首振らなくても。でも、よかった。いやじゃなくて」

「な、なんでそんなこと思ったの?」

僕はどうして鷺沼がそう思ったのか知りたくなった。鷺沼のことは何でも知りたい。隠さずに見せてほしい。たとえ魅力にたえられなくとも。

「それはさ、返ってくる言葉が俺が書いたことに対する返事だけでさ。鵠沼、全然自分のこと書いてくれないから。嫌々付き合ってんのかなって思ってさ。そりゃあ、鵠沼のこと知りたいから交換日記始めようって言ったのは俺だけど、俺が書きたいことばっかり書いて、俺の思いを鵠沼に押し付けてんのかなって思ったら、」

そう言いながら鷺沼は不安でいっぱいの顔をした。少しずづ俯き始めた顔はもう表情が見えない。
僕が何を書くか迷って何も書かなかったからこんなことを思わせてしまったのかと申し訳ない気持ちになった。鷺沼のそんな顔みたくない。折角のかっこいいお顔が台無しだ。そんな顔してほしくない。そんな姿見たくない。

「えっ、なに?」

そういう鷺沼の声で我に返った。

「あ、」

無意識に鷺沼の頭を撫でていた。ふと、悲しいと泣く妹の姿がよぎりその姿を鷺沼に重ねてしまった。
髪ふわふわでいい匂いだな。えっていうか、鷺沼に触れてしまったんだが。

「あ、え、えっと、これは、い、妹がいてそれで、」

必死に弁明する僕を見て面白かったのか、鷺沼が少し笑ってくれた。

「妹かー俺は、恋愛対象として見てほしいんだけど?」

えっ―

レンアイタイショウトシテ

恋愛対象ってあれだよな。そう、あれだよな。好きとか、愛してるとか。つまり、恋人として付き合う対象としてってこと?だよな。
で、でも僕、男だし。男とか関係ないのか?ていうか、鷺沼レベルだと男も、女も選び放題だろ。なんで、僕?ていうか、だいたい鷺沼って僕のこと好きなの?え、でも、好きなんて言われてないし。本気か?そんなわけないよな。やっぱり冗談だ。いやでも、恋愛対象って。いや。
そんな考えが思考を支配し、逃れられない。
こんな時、どうすれば―

「そんな考え込むなよ。眉間に皺できるだろ。あ、あとはげるぞ」

そうか、この軽さは。”遊び”だ。僕で遊んでるんだ。なるほど。危うく勘違いするところだった。

「そ、そうだよな。びっくりした。あ、も、もう帰ろっかな」

もう十分ぐらい話してる。これ以上至近距離で会話できないし、なんかめちゃいい匂いするし、それになんか遊ばれてるし。

「じゃあ、一緒に帰ろ」

「へ?」

思わず声が驚きで裏返った。一緒に帰るって言った?この人。びっくりなんですけど。無理です。僕目立ちたくないし、かっこいい鷺沼と一緒に帰ったら絶対明日学校で噂になるよ。いくらみんなが下校した後に帰ったとしても見られてるかもしれないし。どこで誰が見てるか分からないし。鷺沼は芸能人レベルなんだから。

「どうした?また考え事?」

そう言って僕の顔を覗き込んできた。息が止まりそうだった。鷺沼は自分の顔面の破壊力を知らないようだ。だから教えてやらないと。

「あ、あのね。鷺沼さん」

「あ、名前呼んでもらうの初めて。嬉しい」

あ、無理だ。こんな世界一の幸せ者みたいな顔して微笑まれたら言えない。とりあえず、マスクさせて顔が見える面積を減らさないと。

「と、とりあえず、このマスクつけて。使ってない。新品だから」

僕は、鞄の内ポケットから個包装の黒いマスクを取り出し、鷺沼にあげた。

「なんで一緒に帰るだけなのにマスクしないといけないの?」

鷺沼は僕たちの十五センチくらいの身長差を埋めるように、体を屈めて言った。
だから、近すぎる。近すぎる距離に戸惑っていると、封を切りマスクをつけた鷺沼がこう言った。

「わーこれ、めっちゃ鵠沼の匂いする。いい匂い」

いやいや、嗅ぐな!ていうか、新品なんだから僕の匂いなんてついてないでしょ。

「い、いや、僕の匂いじゃないと思うけど」

「鵠沼の鞄に入ってたから、鵠沼の匂いがついてるんだよ」

なんかよく分からない。俺の匂いってなんだ。自分では毎日嗅いでいるから分からない匂いだ。臭くないといいけど。鷺沼がいい匂いって言ってるなら何でもいいや。

僕のマスクをつけ、上機嫌になった鷺沼に戸惑いながらも、そうかもねーと会話を適当に流し、校門を出た。


この状況ってなんだ。一緒に帰ってる。肩がぶつかる距離にいる。手すらも軽く触れられる距離にいる。ドクドクと心臓が脈を打ち、心拍数が上がっていくのが分かる。会話なんてまともにできる気がしない。

「鵠沼ってさ、電車通学だったよな」

「え?あ、うん」

鷺沼のことは好きだけど、こんなに長い時間一緒にいられるわけじゃない。緊張して無理だ。好きすぎて逆につらい。

「家まで送るよ。電車一緒に乗ろ」

「あ、うん」

ん?え、まって。緊張して適当に返事しちゃったけど。あれ?気のせいか。なんか電車一緒に乗ろとか、家まで送るとか聞こえたきがするんだけど。僕の家は学校の最寄駅から七つ離れた駅で降りて、それから、二十分くらい歩くんだけど。そこまでついて来るってこと?
なんかストーカーみたいな言い方になっちゃったけど。まじで?ついてこなくても一人で帰れるのに。ていうか、鷺沼の家って確か、学校の近くだった気がしたんだけど。

「え、ちょっとまって」

「ん?どーした」

「いやなんか、さっき、家まで送るとか言ってた気が」

「うん。言った」

「え、まじ?僕の家遠いよ。七つも駅離れてるし、それに家まで二十分くらい歩くよ」

「うん。いいよ」

「いや、僕がよくない。鷺沼に悪いし、一人で帰れるよ」

「ふーん。一人で帰れる、ね」

意味深な返事をした鷺沼は顎に手を当て、何やら考えているようだった。
もう立派な高校生だ。いつも一人で帰ってたし、何を心配しているか分からなかった。

やっと学校の最寄駅に着いた。
ここまでの会話内容は、まったくと言っていいほど覚えていない。緊張で生きた心地がしなかった。鷺沼は身長が十五センチ低い僕に合わせて耳を近づけて会話するから必然的に顔が近くなる。マスクで顔の半分を隠していても目が出ている。目だけでも美しいご尊顔とめちゃいい匂いのする髪のダブルパンチで失神しそうだった。こんなに近くで見ていいのか。

夕暮れ時の駅は帰宅ラッシュを逃れた人々がまばらにいて閑散としていた。

そんな静かないつも通りの駅で、いつも通り家まで帰れる思っていた。
そんな矢先、いつも通り電車が入線してきた。
だが、入線してきた電車の車両には人がいっぱい乗っていて立っているのもつらそうだった。
車両を見た鷺沼が

「この電車は見送る?」

と言ってきたが好きすぎて早く鷺沼と別れたかった僕は無理をしてでもこの電車に乗りたかった。

「乗る」

と返し、ぎゅうぎゅうの車両に乗り込んだ。
後悔した。
やっぱり立っているのもきつ過ぎる。
乗るのをやめて次の電車まで待てばよかった。
でも、そうすると、鷺沼といる時間が増えて、まともに記憶に残らない会話が続くし、網膜に鷺沼が焼き付いて眼球がなくなるかもしれなかったし。ていうか、だいたいいつもは空いているはずの時間の電車がこんなに混むなんて、よりによって鷺沼と帰る時に。
なんてことを考えていたら、鷺沼が乗り込むときに、はぐれないようにと拒む僕の言葉を無視して軽く握った手がドクドクと脈を打ち熱を帯びていった。そんな手のひらに絆されるように、満員電車に揉まれているのにも関わらず、鷺沼に対する緊張が徐々に解けて、鷺沼の大きな手のひらの熱を感じていた。

駅で止まるたび、降りる人より乗る人の方が多く、より混雑していく車両内で息をするのもつらくなってきた。自然と握られている手に力が入る。
それに感づいたのか鷺沼が、俺に寄りかかってもいいよと言ってくれてここは素直に鷺沼に体を預けた。

やっと家の最寄駅に着いて電車から降り、圧死間近で耐えた体を労わるように改札外のベンチに2人で腰かけた。
その時、鷺沼が口を開いた。

「今日俺と一緒に帰れてよかったでしょ?」

まるでこうなることをすべて見透かしていたような感じで言った。

「う、うん。一緒に帰れてよかった。助かった。ありがとう。で、でも、なんでそんなこと、こうなることが分かってた?」

「まあ、だいたい。学校より2駅前の近くの学校で今日文化祭があったんだよ。鵠沼がいつも乗っている電車と1、2本あとの電車が文化祭の影響で混むかもしれないと思って、一緒に帰ろって誘ったし、本当に一緒に帰りたかったから。それに、」

鷺沼はそっと僕の耳元で囁いた。

「満員電車に乗じて鵠沼が痴漢されるかもしれないと思って。鵠沼をお守りするため、かな」

えっ―

一気に顔が赤くなって、頬が熱を持っていく感覚が走った。

「あ、顔が赤くなった」

と、いたずらに笑う鷺沼は僕で遊べて楽しそうだった。

「ち、痴漢って。僕、男だし。守ってもらわなくても」

赤くなった顔を手で隠しながらそう断ると、鷺沼は僕の頭を撫でながら

「かわいいんだから、守りたいと思うのは当然でしょ」

と自信満々に言った。
”鷺沼だってかっこよくて拝みたくなる”
そう思ったが、本人を前に口には出せなかった。

クションッ。

比較的暖かかった車両内から一遍、駅構内は十月といえど比較的寒かった。

「ちょっと待ってて」

と外へ走り出した鷺沼は近くの自販機であったかい飲み物を買って戻ってきた。

「はい、これ飲んで温まりな」

本当に気が利く人だ。人の些細な変化に気づける。

「あ、ありがとう。コンポタだ。あ、お金」

と財布を取り出そうとした時、

「お金なら要らないよ。鵠沼が風邪引かなければそれでいい」

と、優しく微笑みながら言った。

「優しいんだな。鷺沼は」

熱々のコンポタを飲みながら、ふいにそう呟いてしまった。

「鵠沼にだけだよ」

え?―
そんなはずはない。きっと僕で遊んでいるだけだ。対面で話すのも、ノートを間違えて持って帰ってしまった時が初めてだし。第一あのクラスのアイドルが僕のことを好きになるなんてありえない。好きとかいう前にちょっと優しくされただけで好かれているとか思っている自分が痛い。気のせいだ。家に帰ってゆっくり休もう。今日は疲れた。
コンポタを飲み干し、ゴミ箱に捨てようと立ち上がった時、鷺沼が言った。

「俺が捨ててくるよ」

そう言って僕から空き缶を攫ってゴミ箱に捨ててしまった。

「え、あ、ありがと」

一瞬のことで戸惑いながらも、お礼を言った。
買ってきてもらった上に捨ててくれるなんて。至れり尽くせりだな。なんてことを思いながらも、もしかしたら、ここまでのことも"お守りすること"に入っているのか?なんて疑問が頭を支配した。

「そこまでしてもらわなくても、」

そう言いかけると、鷺沼は

「世話焼きたいし、守りたいし、大切にしたいから」

と、少し甘えた声で言った。少し照れているようだがマスクのせいで顔全体が見えないのが残念だ。それが鷺沼の願いなのか。
ひょっとしたら遊びなんかじゃなくて本当に僕のこと―
そんな淡い期待は持たない方がいいと自分自身を戒めた。

「本当に風邪引くから、早く帰ろ。家まで送るよ」

そういう鷺沼は照れ隠しをするように僕の手を優しくも強く引いて一緒に駅をあとにした。


もうすっかり日は落ちて辺りは暗くなっていた。
気温もどんどん下がり、寒さに耐えられずにかじかんだ手を白い吐く息で温めていると鷺沼がホッカイロを渡してくれた。

「俺の手と一緒に握るともっとあったかいけどどうする?」

そう僕に問いかけた。こうも簡単に照れるセリフを平気で投げかけられるなんて、本気にしない方がいい。遊んでいるだけだ。
そんな遊びも悪くないと思ってきてしまった。僕は鷺沼の近くにいられるなら遊びだってなんだっていい。

「に、握らせて、ください」

馬鹿にされるかもと思っていたけど、また、鷺沼の大きな手に包まれたいとも思ってしまった。

「はーい」

そう嬉しそうに返事をした鷺沼が遊びではなくて、本当に僕のことを好きになればいいのにと思ってしまった。
独り占めしたい。鷺沼自身を、鷺沼の口から出る言葉も、交換日記に書き綴る思いも、すべて。
鷺沼の人生に必要な人間になりたい。帰り道で鷺沼と会話するたびそんな思いが溢れ出てくる。こんな時間がずっと続けばいい。


言った通り家の前まで送ってくれた。いくら守りたいからって言っても、家の前まで送るとか過保護極まりない。

「寒いのに家まで送ってくれてありがとう。わざわざごめん」

「全然大丈夫。俺がそうしたかったから。謝ることなんてない」

鷺沼は名残惜しそうに僕の手を擦って揉みながらそう言った。

「あ、もしクラスのやつにバレても俺が無理やりついてきたって言っていいから。全部、俺のせいにするんだよ」

そう僕の頭を撫でながら優しく笑いかけながらも、強く言った。

「で、でも、そうすると鷺沼が悪く言われるんじゃ、」

そんなの申し訳ない。とてもじゃないけどそんなこと言えない。

「俺は大丈夫だから。鵠沼のこと守りたいって言っただろ」

「え、う、うん」

誰かから守られるってこういうことなんだ。鷺沼も僕と同じ気持ちだったらいいのに。そう思いながら、擦られている手を握り返した。