鷺沼と気持ちが通じ合った夜。家に帰るとお母さんがリビングでテレビを見ていた。お母さんはだいたいこの時間には寝室にいるのにと思いながら、
「ただいま」
と声をかけた。
「あ、周ちゃん。おかえり」
優しい笑顔で迎えてくれた。
こんな遅くに帰ってきたのに起きて僕のことを待っていたのかと思うと、これが家族愛なのかと少し尊い気持ちになった。
「あのさ、お母さん」
「んー?なーに」
と言いながら見ていたテレビを消して、僕に向き合ってくれた。
「す、好きな人できた」
「え、本当に?!」
お母さんは、目を丸くして驚いた。
「どんな人なの?!」
「えっと、男の子なんだけど」
「男の子、」
少し戸惑ったような顔をしたのを僕は見逃さなかった。
「で、でも、」
僕が弁明しようと話始めると、それに重ねるようにお母さんが言った。
「お母さんはね、周ちゃんが選んだ人なら、きっと周ちゃんを幸せにしてくれると思う。その相手が同性だからって、否定なんてしないよ。一緒に人生を生きていく相手が同性だっていいのよ。同性がだめなんてないんだから」
「ありがとう。受け入れてくれて」
お母さんの世代では否定的な意見も多い中で、こんな時代にお母さんの子供でよかったと心から思った。
「で、外見じゃなくて内面は?どんな人なの?」
机に乗り出して目を輝かせながら聞いてきた。
「花を愛でられる人」
と言うと
「素敵!」
と目をハートにして言った。
「前にお母さんが言ってた。
『花を愛でられる人は、自分に関わってくれた人をしっかり幸せにしようとする人』
だって。あれってどういう意味なの?」
お母さんは海馬を探るように目線を上に泳がせ、落ち着いた声色で言った。
「あれは、自論なのよ」
「自論、」
「そうなのよ。お母さん思うに、花はいつか枯れてしまうってことを分かっていることはとても尊いことだと思うの。そのことを知っていながらも、水をやったり、日光に当てたり、お世話をする。それはきっと、今だけではなくて、これからも一緒に生きていきたいと思っているからだと思うの。それに、自分のところにお迎えしたならば、綺麗に咲かせてあげたいと思うのは必然でしょ?」
「うん」
「人もいつかは死んでしまうの。いつかは別れが来るって分かっているのに、それでも、誰かを大切にしたいと思う。関わってくれた人を幸せにしたいって思うことが、花で言う綺麗に咲くことなんじゃないかなって思う」
「なんか、儚いね」
「儚いから尊いのよ」
花弁が綻ぶように微笑んだお母さんを見て、恋を学んだ気がした。
「生きるということは愛するということなのよ。愛することは命がけ。このありふれない時間を大切にするのよ」
「う、うん」
そう言ってあくびをしながら寝室へ向かって行った。
次の日、登校すると結城が開口一番
「どうだった?デート」
と言った。
「よかった。告白の返事もできたし、気持ちも伝えられた。好きだよって」
「マジ?よかったー」
結城は心からの安堵を全身で表現して言った。
結城も思うところがあるのだろう。鷺沼と僕の恋愛相談に乗って、お互いの事情をすべて知っていながらも、他の誰にも話さずに秘密を守ってくれていた。
「で、これからどうするの?」
「え、これからってなに?」
「えっ、だから、鷺沼とどうなりたいの?」
「え、えっと。それは、」
おこがましくて僕の口からはとても言えない。
あの鷺沼と付き合いたいなんて!付き合うってことは対等な立場になるってことだと僕は思うんだけど、それってつまり、あの鷺沼と同じステージに立つってことだよな。僕には眩しすぎてたえられないかもしれない。
と言いかけたことろに鷺沼が登校してきた。
「おはよ。なに話してんの」
と僕たちの会話に割って入った。
「さぎはさ、これから鵠沼とどうなりたいの?」
結城は堂々と質問を投げかけた。
「え、決まってんじゃん」
「えっ」
僕は息を呑んだ。決まってる。と言うことは、まさかここで言うのか。あのセリフを。
「結婚」
と鷺沼が言った瞬間、僕たちは静まり返った。
「「え、」」
僕と結城が鷺沼の予想外のコメントに戸惑いながらも、声が一語の狂いもなく重なった。
「え?」
と言う鷺沼は少し驚いたようだった。
「え、うん。うん。分かる。分かる。けど、その前になんかステップあるじゃん」
結城が必死に答えを導きだそうと鎌を掛ける。
結城の言う通り、前段階がある。その段階すら吹っ飛ばしたいほどだとでもいうのか?!
もはや今までが濃すぎて、あれで付き合っていないのは振り返ってみても驚きだけど?
「あ、結婚の前ってなんだっけー?」
鷺沼が分かりやすい嘘の演技をした。
それに乗っかって結城が
「なんだろうなー」
と言った。
まさか、僕の口から言わせるつもりか!って思ったけど、こんなみんながいる教室でなんか言いたくない。
「こ、ここでは言わない」
と捻くれた子供みたいに言うと
「じゃあいつ?いつ言ってくれるの?」
と鷺沼が僕の逃げ道を塞いでくる。いつって言われても、僕は鷺沼から言ってほしい。
「え、えっと」
と言葉に詰まっていると、結城が言った。
「じゃあさ、告白はさぎからだったんだし例のあの申し出は鵠沼から言うっていうのはどう?」
まるで名案を思い付いたみたいに言ってるけど、僕は鷺沼から言われたい。僕の口から言うなんて緊張で死ぬ。
「賛成」
と、結城の案に間髪入れずに鷺沼が答えた。
「え、ちょっと」
「じゃあ、この話は放課後までお預けってことで。解散!」
「はーい」
「え、ちょっと、まって」
結城によって勝手に会話が締めくくられ、僕一人だけが全くついていけていなかった。
どうしよう。僕の口から言わないといけないみたいな状況だし、言うとしてもなんて言えばいいんだ。
普通に「僕と付き合ってください」でいいのか。それとも、「僕の恋人になってください」とかなのか。
うーん。悩めば悩むほど分からなくなっていく。思考が渦を巻いていく。僕は朝から六限までそのことについて悩みに悩み続けた。
そして迎えた放課後。
もうホームルームも終わり、みんなが家路へと急ぐ教室の中で鷺沼に肩を叩かれた。
「中庭、一緒に行かない?」
「う、うん。いいよ」
冬の曇り空の下。僕と鷺沼は一緒に中庭へ向かった。
中庭には前に鷺沼が愛でていたベゴニアが今もプランターから綺麗な花弁を匂わせていた。
四方を校舎に囲まれた四角い空間の真ん中には木目調のガーデンベンチがぽつんと置かれている。
灰色の空、冬の澄んだ空気、雲の隙間からかすかに降り注ぐ太陽の光。その光を反射する校舎の窓ガラス。その光は寒さの中でも懸命に咲くベゴニアに集まっていた。その空間はまるで時間が止まっているかのようで、震えるほど眩しく見えた。
「座ろう」
「う、うん」
僕たちは、知らないうちに手を繋ぎながら、ベンチに一緒に腰かけた。
緊張で心臓がドクドクとありえないほど早く脈を打ち、全身の血液が沸騰しているように熱く、頬が赤く、熱くなっていくのが肌で感じる。何か言葉を発しようとすればするほど、口の渇きが邪魔して声が出ない。
「手、震えてる」
鷺沼は繋いでいた手を両手で優しく包み込んでくれた。
その時、鷺沼の手から、温かいぬくもりが伝わってきた。勇気をもらった気がした。
大丈夫。誰も見ていないし、聞いていない。僕たちだけの空間。ベゴニアが見守る中庭でその花言葉に恥じないように僕は言葉を発する。
「あ、あの」
「うん」
息を吸って、吐いて。
僕は今世紀最大の覚悟を決めて言った。
「つ、付き合ってください」
鷺沼は僕を優しく見つめて、ゆっくりと返事をした。
「はい、よろこんで」
「抱きしめてもいい?」
「う、うん」
僕は、嬉しさと緊張の中で涙を流しながら、答えた。
鷺沼はぎゅっと僕のことを抱きしめて、
「やっと手に入れた」
と耳元で言った。
「これからの人生、周に尽くせるなんて幸せ者だな」
と僕の耳元で言うと、安心したように息を吐いた。
「周って呼ばれ慣れてないから、少し新鮮」
「そうやって照れる周が世界一かわいい」
「大げさ」
こんなに愛される人生があるなんて。
今、僕は一生分の恋をしている。
そんな幸せに満ちた気持ちでいっぱいの時、中庭の入り口で声がした。
「痛った!ばか、押すなよ」
「だって、見えないんだもん」
「静かにしてください。ふたりとも」
僕たちはお互いの顔を見合わせて
「「まさか、」」
と呟いた。
「お前ら、居たのか?」
鷺沼が陰に隠れている最上たちに声をかけると
「おい、さぎにばれたぞ」
「突入だ!」
「ちょ、最上!待て!」 「待ってください。ふたりとも」
と言いながら僕たち目掛けて走ってきた。
「はいーと言うことで、告白に成功した鵠沼さんにインタビューしてみたいと思います」
と言う最上は、マイクに見立てた定規を手に持って現れ、テレビでレポートをするアナウンサーみたいに僕に問いかけた。
「え、えっと」
と返答に困っていると
「お前はばかか!」
と結城が言ったと思えば続けて
「嬉しいに決まってんだろ」
と言いながら涙を流していた。
「なんで、お前が泣いてんだよ」
と鷺沼が突っ込み、結城の肩を擦った。
その時、最上が言った。
「彼氏持ちの子って妙に惹かれるんだよねー」
そう言いながら、僕の頬をつねって言った。妙に顔の距離が近くて息が詰まりそうだ。
「え、」
「俺がさぎから奪っちゃおうかなー?」
僕の頬をつねっていた手が腰に移動して、ぎゅっと僕を引き寄せた。
そのまま、僕の唇を奪おうとしてきた。
「え、え、ちょ」
こんな、付き合いたてに?!と思いながらも、力がゴリラみたいに強くて拒むもうと藻掻くも拒めない。
「おい、殺すぞ」
と鷺沼がすぐに引きはがしながら切れ気味で言った。
「こわっ。冗談だよ。冗談」
これにはさすがの最上の怯んでいた。
「はい!じゃあ、宴もたけなわですが、お開きにしまーす!解散!」
結城が両手を広げて締めると、最上が「はーい」とふざけた敬礼をして、
その場の空気が一気にゆるんだ。
「……ったく、最後まで騒がしいなお前ら」
鷺沼が呆れたように言いながらも、どこか楽しそうで、
その横顔を見ているだけで胸がじんわり温かくなる。
「ほら、一緒に帰ろ。送ってく」
「え、う、うん」
自然に手を差し出されて、思わず指が触れた瞬間、
さっきまでの中庭の余韻が胸の奥でふわっと蘇る。
「おーい、ふたりだけで帰る気かよー!」
最上がわざとらしく叫ぶと、結城がすかさず肘で小突いた。
「お前は黙ってろ。空気読め」
「いってぇ!暴力反対!」
そんなやり取りを背中に聞きながら、
僕たちはゆっくりと校門へ向かって歩き出した。
冬の夕方の空気は冷たいのに、
繋いだ手だけはじんわりと熱を持っていて、
その温度が心臓の鼓動と同じリズムで伝わってくる。
「……周、今日のこと、忘れんなよ」
「忘れないよ。忘れられない」
「だよな」
鷺沼は小さく笑って、指を絡めてきた。
校門の前で、結城と最上が追いついてくる。
「じゃ、俺らはこっち。お幸せに〜」
「お前ら、明日からイチャつきすぎんなよー?」
「お幸せに―!」
顔が熱くなる僕を見て、三人は声を揃えて笑った。
夕焼けの残り香が漂う帰り道。
みんなで歩く道はいつもより少しだけ短く感じた。
「これからなにしょっか、」
隣を歩く鷺沼が、ふいに声を落とす。
さっきまでの賑やかさとは違う、僕だけに向けられた言葉。
「え、なにって?」
思わず聞き返すと、鷺沼は少しだけ歩幅を緩めて僕の顔を覗き込むようにして言った。
「なんかしたいことある?俺と」
「え、」
言葉が喉の奥でつっかえる。
“俺と” の部分だけが、やけに鮮明に耳に残って、
胸の奥がじん、と熱くなる。
鷺沼は、俺の反応を楽しむみたいに目を細めた。
「周がしたいこと、俺はなんでも付き合うから。周以外なにもいらない」
夕暮れの光が、彼の横顔を柔らかく照らす。
その表情があまりにも優しくて、
さっきまでの帰り道よりも、さらに息がしづらくなる。
「……じゃあ」
自分でも驚くほど小さな声が漏れた。
「もうちょっとだけ、一緒に歩きたい」
鷺沼は一瞬だけ目を見開いて、
次の瞬間、ゆっくりと笑った。
「うん。いいよ。じゃあ、遠回りして帰ろっか」
「うん」
付き合った今でも鷺沼は眩しくて、とても僕の彼氏だとは思えない。まだ、実感が沸かない。
付き合う前と変わらない。僕は、今でも鷺沼の魅力を集める終わりなき旅の途中だ。
これからも、もっといっぱい知っていきたい。もっと、もっとって。だって鷺沼は魅力的すぎるから。
でも、どうしたって僕は—
君の魅力にたえられない!
「ただいま」
と声をかけた。
「あ、周ちゃん。おかえり」
優しい笑顔で迎えてくれた。
こんな遅くに帰ってきたのに起きて僕のことを待っていたのかと思うと、これが家族愛なのかと少し尊い気持ちになった。
「あのさ、お母さん」
「んー?なーに」
と言いながら見ていたテレビを消して、僕に向き合ってくれた。
「す、好きな人できた」
「え、本当に?!」
お母さんは、目を丸くして驚いた。
「どんな人なの?!」
「えっと、男の子なんだけど」
「男の子、」
少し戸惑ったような顔をしたのを僕は見逃さなかった。
「で、でも、」
僕が弁明しようと話始めると、それに重ねるようにお母さんが言った。
「お母さんはね、周ちゃんが選んだ人なら、きっと周ちゃんを幸せにしてくれると思う。その相手が同性だからって、否定なんてしないよ。一緒に人生を生きていく相手が同性だっていいのよ。同性がだめなんてないんだから」
「ありがとう。受け入れてくれて」
お母さんの世代では否定的な意見も多い中で、こんな時代にお母さんの子供でよかったと心から思った。
「で、外見じゃなくて内面は?どんな人なの?」
机に乗り出して目を輝かせながら聞いてきた。
「花を愛でられる人」
と言うと
「素敵!」
と目をハートにして言った。
「前にお母さんが言ってた。
『花を愛でられる人は、自分に関わってくれた人をしっかり幸せにしようとする人』
だって。あれってどういう意味なの?」
お母さんは海馬を探るように目線を上に泳がせ、落ち着いた声色で言った。
「あれは、自論なのよ」
「自論、」
「そうなのよ。お母さん思うに、花はいつか枯れてしまうってことを分かっていることはとても尊いことだと思うの。そのことを知っていながらも、水をやったり、日光に当てたり、お世話をする。それはきっと、今だけではなくて、これからも一緒に生きていきたいと思っているからだと思うの。それに、自分のところにお迎えしたならば、綺麗に咲かせてあげたいと思うのは必然でしょ?」
「うん」
「人もいつかは死んでしまうの。いつかは別れが来るって分かっているのに、それでも、誰かを大切にしたいと思う。関わってくれた人を幸せにしたいって思うことが、花で言う綺麗に咲くことなんじゃないかなって思う」
「なんか、儚いね」
「儚いから尊いのよ」
花弁が綻ぶように微笑んだお母さんを見て、恋を学んだ気がした。
「生きるということは愛するということなのよ。愛することは命がけ。このありふれない時間を大切にするのよ」
「う、うん」
そう言ってあくびをしながら寝室へ向かって行った。
次の日、登校すると結城が開口一番
「どうだった?デート」
と言った。
「よかった。告白の返事もできたし、気持ちも伝えられた。好きだよって」
「マジ?よかったー」
結城は心からの安堵を全身で表現して言った。
結城も思うところがあるのだろう。鷺沼と僕の恋愛相談に乗って、お互いの事情をすべて知っていながらも、他の誰にも話さずに秘密を守ってくれていた。
「で、これからどうするの?」
「え、これからってなに?」
「えっ、だから、鷺沼とどうなりたいの?」
「え、えっと。それは、」
おこがましくて僕の口からはとても言えない。
あの鷺沼と付き合いたいなんて!付き合うってことは対等な立場になるってことだと僕は思うんだけど、それってつまり、あの鷺沼と同じステージに立つってことだよな。僕には眩しすぎてたえられないかもしれない。
と言いかけたことろに鷺沼が登校してきた。
「おはよ。なに話してんの」
と僕たちの会話に割って入った。
「さぎはさ、これから鵠沼とどうなりたいの?」
結城は堂々と質問を投げかけた。
「え、決まってんじゃん」
「えっ」
僕は息を呑んだ。決まってる。と言うことは、まさかここで言うのか。あのセリフを。
「結婚」
と鷺沼が言った瞬間、僕たちは静まり返った。
「「え、」」
僕と結城が鷺沼の予想外のコメントに戸惑いながらも、声が一語の狂いもなく重なった。
「え?」
と言う鷺沼は少し驚いたようだった。
「え、うん。うん。分かる。分かる。けど、その前になんかステップあるじゃん」
結城が必死に答えを導きだそうと鎌を掛ける。
結城の言う通り、前段階がある。その段階すら吹っ飛ばしたいほどだとでもいうのか?!
もはや今までが濃すぎて、あれで付き合っていないのは振り返ってみても驚きだけど?
「あ、結婚の前ってなんだっけー?」
鷺沼が分かりやすい嘘の演技をした。
それに乗っかって結城が
「なんだろうなー」
と言った。
まさか、僕の口から言わせるつもりか!って思ったけど、こんなみんながいる教室でなんか言いたくない。
「こ、ここでは言わない」
と捻くれた子供みたいに言うと
「じゃあいつ?いつ言ってくれるの?」
と鷺沼が僕の逃げ道を塞いでくる。いつって言われても、僕は鷺沼から言ってほしい。
「え、えっと」
と言葉に詰まっていると、結城が言った。
「じゃあさ、告白はさぎからだったんだし例のあの申し出は鵠沼から言うっていうのはどう?」
まるで名案を思い付いたみたいに言ってるけど、僕は鷺沼から言われたい。僕の口から言うなんて緊張で死ぬ。
「賛成」
と、結城の案に間髪入れずに鷺沼が答えた。
「え、ちょっと」
「じゃあ、この話は放課後までお預けってことで。解散!」
「はーい」
「え、ちょっと、まって」
結城によって勝手に会話が締めくくられ、僕一人だけが全くついていけていなかった。
どうしよう。僕の口から言わないといけないみたいな状況だし、言うとしてもなんて言えばいいんだ。
普通に「僕と付き合ってください」でいいのか。それとも、「僕の恋人になってください」とかなのか。
うーん。悩めば悩むほど分からなくなっていく。思考が渦を巻いていく。僕は朝から六限までそのことについて悩みに悩み続けた。
そして迎えた放課後。
もうホームルームも終わり、みんなが家路へと急ぐ教室の中で鷺沼に肩を叩かれた。
「中庭、一緒に行かない?」
「う、うん。いいよ」
冬の曇り空の下。僕と鷺沼は一緒に中庭へ向かった。
中庭には前に鷺沼が愛でていたベゴニアが今もプランターから綺麗な花弁を匂わせていた。
四方を校舎に囲まれた四角い空間の真ん中には木目調のガーデンベンチがぽつんと置かれている。
灰色の空、冬の澄んだ空気、雲の隙間からかすかに降り注ぐ太陽の光。その光を反射する校舎の窓ガラス。その光は寒さの中でも懸命に咲くベゴニアに集まっていた。その空間はまるで時間が止まっているかのようで、震えるほど眩しく見えた。
「座ろう」
「う、うん」
僕たちは、知らないうちに手を繋ぎながら、ベンチに一緒に腰かけた。
緊張で心臓がドクドクとありえないほど早く脈を打ち、全身の血液が沸騰しているように熱く、頬が赤く、熱くなっていくのが肌で感じる。何か言葉を発しようとすればするほど、口の渇きが邪魔して声が出ない。
「手、震えてる」
鷺沼は繋いでいた手を両手で優しく包み込んでくれた。
その時、鷺沼の手から、温かいぬくもりが伝わってきた。勇気をもらった気がした。
大丈夫。誰も見ていないし、聞いていない。僕たちだけの空間。ベゴニアが見守る中庭でその花言葉に恥じないように僕は言葉を発する。
「あ、あの」
「うん」
息を吸って、吐いて。
僕は今世紀最大の覚悟を決めて言った。
「つ、付き合ってください」
鷺沼は僕を優しく見つめて、ゆっくりと返事をした。
「はい、よろこんで」
「抱きしめてもいい?」
「う、うん」
僕は、嬉しさと緊張の中で涙を流しながら、答えた。
鷺沼はぎゅっと僕のことを抱きしめて、
「やっと手に入れた」
と耳元で言った。
「これからの人生、周に尽くせるなんて幸せ者だな」
と僕の耳元で言うと、安心したように息を吐いた。
「周って呼ばれ慣れてないから、少し新鮮」
「そうやって照れる周が世界一かわいい」
「大げさ」
こんなに愛される人生があるなんて。
今、僕は一生分の恋をしている。
そんな幸せに満ちた気持ちでいっぱいの時、中庭の入り口で声がした。
「痛った!ばか、押すなよ」
「だって、見えないんだもん」
「静かにしてください。ふたりとも」
僕たちはお互いの顔を見合わせて
「「まさか、」」
と呟いた。
「お前ら、居たのか?」
鷺沼が陰に隠れている最上たちに声をかけると
「おい、さぎにばれたぞ」
「突入だ!」
「ちょ、最上!待て!」 「待ってください。ふたりとも」
と言いながら僕たち目掛けて走ってきた。
「はいーと言うことで、告白に成功した鵠沼さんにインタビューしてみたいと思います」
と言う最上は、マイクに見立てた定規を手に持って現れ、テレビでレポートをするアナウンサーみたいに僕に問いかけた。
「え、えっと」
と返答に困っていると
「お前はばかか!」
と結城が言ったと思えば続けて
「嬉しいに決まってんだろ」
と言いながら涙を流していた。
「なんで、お前が泣いてんだよ」
と鷺沼が突っ込み、結城の肩を擦った。
その時、最上が言った。
「彼氏持ちの子って妙に惹かれるんだよねー」
そう言いながら、僕の頬をつねって言った。妙に顔の距離が近くて息が詰まりそうだ。
「え、」
「俺がさぎから奪っちゃおうかなー?」
僕の頬をつねっていた手が腰に移動して、ぎゅっと僕を引き寄せた。
そのまま、僕の唇を奪おうとしてきた。
「え、え、ちょ」
こんな、付き合いたてに?!と思いながらも、力がゴリラみたいに強くて拒むもうと藻掻くも拒めない。
「おい、殺すぞ」
と鷺沼がすぐに引きはがしながら切れ気味で言った。
「こわっ。冗談だよ。冗談」
これにはさすがの最上の怯んでいた。
「はい!じゃあ、宴もたけなわですが、お開きにしまーす!解散!」
結城が両手を広げて締めると、最上が「はーい」とふざけた敬礼をして、
その場の空気が一気にゆるんだ。
「……ったく、最後まで騒がしいなお前ら」
鷺沼が呆れたように言いながらも、どこか楽しそうで、
その横顔を見ているだけで胸がじんわり温かくなる。
「ほら、一緒に帰ろ。送ってく」
「え、う、うん」
自然に手を差し出されて、思わず指が触れた瞬間、
さっきまでの中庭の余韻が胸の奥でふわっと蘇る。
「おーい、ふたりだけで帰る気かよー!」
最上がわざとらしく叫ぶと、結城がすかさず肘で小突いた。
「お前は黙ってろ。空気読め」
「いってぇ!暴力反対!」
そんなやり取りを背中に聞きながら、
僕たちはゆっくりと校門へ向かって歩き出した。
冬の夕方の空気は冷たいのに、
繋いだ手だけはじんわりと熱を持っていて、
その温度が心臓の鼓動と同じリズムで伝わってくる。
「……周、今日のこと、忘れんなよ」
「忘れないよ。忘れられない」
「だよな」
鷺沼は小さく笑って、指を絡めてきた。
校門の前で、結城と最上が追いついてくる。
「じゃ、俺らはこっち。お幸せに〜」
「お前ら、明日からイチャつきすぎんなよー?」
「お幸せに―!」
顔が熱くなる僕を見て、三人は声を揃えて笑った。
夕焼けの残り香が漂う帰り道。
みんなで歩く道はいつもより少しだけ短く感じた。
「これからなにしょっか、」
隣を歩く鷺沼が、ふいに声を落とす。
さっきまでの賑やかさとは違う、僕だけに向けられた言葉。
「え、なにって?」
思わず聞き返すと、鷺沼は少しだけ歩幅を緩めて僕の顔を覗き込むようにして言った。
「なんかしたいことある?俺と」
「え、」
言葉が喉の奥でつっかえる。
“俺と” の部分だけが、やけに鮮明に耳に残って、
胸の奥がじん、と熱くなる。
鷺沼は、俺の反応を楽しむみたいに目を細めた。
「周がしたいこと、俺はなんでも付き合うから。周以外なにもいらない」
夕暮れの光が、彼の横顔を柔らかく照らす。
その表情があまりにも優しくて、
さっきまでの帰り道よりも、さらに息がしづらくなる。
「……じゃあ」
自分でも驚くほど小さな声が漏れた。
「もうちょっとだけ、一緒に歩きたい」
鷺沼は一瞬だけ目を見開いて、
次の瞬間、ゆっくりと笑った。
「うん。いいよ。じゃあ、遠回りして帰ろっか」
「うん」
付き合った今でも鷺沼は眩しくて、とても僕の彼氏だとは思えない。まだ、実感が沸かない。
付き合う前と変わらない。僕は、今でも鷺沼の魅力を集める終わりなき旅の途中だ。
これからも、もっといっぱい知っていきたい。もっと、もっとって。だって鷺沼は魅力的すぎるから。
でも、どうしたって僕は—
君の魅力にたえられない!
