鷺沼side
「琉生!そろそろ」
鵠沼と話しているとかあさんが車の窓を開けて言った。
「ごめん。もう行かないと。今日はありがとう」
「うん。こちらこそ。また明日学校で」
「うん。明日」
鵠沼と別れ、車に乗り込むとかあさんが家とは反対方向の道へ車を進めた。
「琉生。ごめんね」
「え、かあさん?」
不安そうな声色で話すかあさんの表情が見えず、より一層不安になる。
「琉生は、鵠沼くんのこと好きなのよね?」
「え?」
突然の質問に戸惑いが隠せない。
「さっき、琉生が鵠沼くんの頬にキスしてるの見たの」
車のドアミラーに映っていたのかと少し落胆した。
鵠沼のことを隠したいわけじゃないけど、両親に説明するには付き合ってからの方がいいと思っていた。
だから、話してこなかったけど見られてしまったらもう言い逃れはできない。
「うん。好きだよ。ちゃんと好き」
そう言うと、かあさんは涙ぐみながら言った。
「お母さんも、お父さんも、琉生はずっと女の子が好きだと思ってたから今まで琉生にしてきたこと苦しかったよね。ごめんね」
「それは、もう、大丈夫だよ。かあさんが心配することじゃないよ」
俺は精神科医である父親を持っている。
父親は今から十五年前に新しくメンタルクリニックを開業した。
小さなメンタルクリニックだけど毎日予約でいっぱいだ。父親ひとりでは病院は回らないからと母親も医療事務としてクリニックの手伝いをしている。
時代が新しく進化していくにつれて増していく精神疾患の患者たち。
父親は、そんな患者たちひとりひとりの命と向き合い続けてきた。
俺が高校に上がった頃から父親は俺にこう言い続けてきた。
「俺だって永遠の命じゃない。そんなことは誰よりも命と向き合ってきたから分かる。俺だっていつ死ぬか分からない。俺が死んだら、うちに通院してくれている患者を引き継ぐのはお前しかいない。医学部に行って医者になって早く嫁を迎えて俺の後を継げ。その嫁にもかあさんの後を継いでもらう。事務は女の方が向いているからな」
とうさんは口を開けば、嫁は、嫁は、と言って見合いの話を持ち出すくらいだ。
俺は正直、どの人も好きになれなかった。見合いをする度、鵠沼しかいないという思いが強くなっていった。
学校ではたくさんの女の子に言い寄られ、家では良家の娘さんとお見合い。
はっきり言って地獄のような毎日だった。
鵠沼は俺のすべてだ。俺から鵠沼を離したらなにも残らないくらいに。
鵠沼だけはこの家から守らないと。そう思うばかり。
思いが通じ合っても、鵠沼は俺の家のことまで背負う必要はないんだ。
俺にも、俺の家にも鵠沼は縛られてはいけない。
かあさんが少しの沈黙を破って口を開いた。
「お父さんには」
「とうさんには俺から話す」
たぶん俺、本人から言わないと分かってもらえないだろう。
しっかり説得して見せる。鵠沼を守るんだ。
「分かったわ」
かあさんの返事から、お互い一言も話さずに家までの道のりを通り過ぎて行った。
きっとかあさんはこの話がしたくて少し遠回りをしたのだろう。
家に着くと車を玄関の横につけてかあさんが言った。
「着いたわ。まず、お父さんと話してきなさい」
「分かってる」
俺は歩きながら大きな深呼吸をしてとうさんの書斎へ向かった。
コンコンコン
「どうぞ」
書斎のドアをノックすると、とうさんの返事が聞こえてきた。
「失礼します」
「なんだ、琉生じゃないか。一か月ぶりくらいか」
「はい。そうですね」
とうさんとは同じ家に住んでいるが、全くと言っていいほど顔を合わせない。
ほとんどがクリニックと家の往復で、俺とはまるで異なる生活リズムを送っているため、会おうとしない限りは会えない。
「なんだ、なんか用か」
とうさんは書き物をしている手を止めて言った。
「俺の好きな人についてなんだけど」
「おおーなんだ、いい人がいたのか」
「その、それが男、なんだ」
「男、か?」
とうさんは確かめるように言葉を繰り返した。
俺は息を呑むほどの緊張の中、呼吸することを必死に意識しながら言った。
「は、はい。だから、クリニックの事務はできない。というか、させたくない。男同士だから、結婚はできない。だったら、この家に縛られる必要はない」
ここまで言うと、とうさんは
「お前の言いたいことは分かった。事務は、別の人を雇えばいい」
と少し微笑んでいった。微笑むとうさんを見るのは何年ぶりだろう。
「え、でも、ずっと嫁をって、」
「俺はお前の幸せを誰よりも願っている。だから、好きな人が男でも女でもどっちでもいい。好きにしたらいい」
「じゃあ、」
絶対に反対されると思っていたのに認められたと浮き立つ気持ちを抑えられづにいると、
「でも、これだけは約束してくれ」
と話に釘を刺してきた。
「クリニックだけは継いでくれよ。患者はお前のお披露目を待っている」
「分かった。それだけは絶対に守るよ」
「そのうち、会わせてくれよな。お前の好きな人に」
席を立って、俺の肩に手を置いた。
「もちろんだよ。とうさん。ありがとう」
「俺も、今まで、すまなかったな」
「俺は認めてくれるだけでいいんだ」
そう言葉を返して、とうさんと何年かぶりに笑いあった。
その時、後ろからかあさんの声がした。
「夕食よ。今日はみんなで食べましょ」
「うん」 「そうだな」
仲良く同時に返事をして一緒にリビングへ向かった。これでやっと、両親に自信をもって鵠沼を紹介できる。
「鵠沼、一生かけて幸せにする」
そう星がきらめく夜空に向かって誓った。
「琉生!そろそろ」
鵠沼と話しているとかあさんが車の窓を開けて言った。
「ごめん。もう行かないと。今日はありがとう」
「うん。こちらこそ。また明日学校で」
「うん。明日」
鵠沼と別れ、車に乗り込むとかあさんが家とは反対方向の道へ車を進めた。
「琉生。ごめんね」
「え、かあさん?」
不安そうな声色で話すかあさんの表情が見えず、より一層不安になる。
「琉生は、鵠沼くんのこと好きなのよね?」
「え?」
突然の質問に戸惑いが隠せない。
「さっき、琉生が鵠沼くんの頬にキスしてるの見たの」
車のドアミラーに映っていたのかと少し落胆した。
鵠沼のことを隠したいわけじゃないけど、両親に説明するには付き合ってからの方がいいと思っていた。
だから、話してこなかったけど見られてしまったらもう言い逃れはできない。
「うん。好きだよ。ちゃんと好き」
そう言うと、かあさんは涙ぐみながら言った。
「お母さんも、お父さんも、琉生はずっと女の子が好きだと思ってたから今まで琉生にしてきたこと苦しかったよね。ごめんね」
「それは、もう、大丈夫だよ。かあさんが心配することじゃないよ」
俺は精神科医である父親を持っている。
父親は今から十五年前に新しくメンタルクリニックを開業した。
小さなメンタルクリニックだけど毎日予約でいっぱいだ。父親ひとりでは病院は回らないからと母親も医療事務としてクリニックの手伝いをしている。
時代が新しく進化していくにつれて増していく精神疾患の患者たち。
父親は、そんな患者たちひとりひとりの命と向き合い続けてきた。
俺が高校に上がった頃から父親は俺にこう言い続けてきた。
「俺だって永遠の命じゃない。そんなことは誰よりも命と向き合ってきたから分かる。俺だっていつ死ぬか分からない。俺が死んだら、うちに通院してくれている患者を引き継ぐのはお前しかいない。医学部に行って医者になって早く嫁を迎えて俺の後を継げ。その嫁にもかあさんの後を継いでもらう。事務は女の方が向いているからな」
とうさんは口を開けば、嫁は、嫁は、と言って見合いの話を持ち出すくらいだ。
俺は正直、どの人も好きになれなかった。見合いをする度、鵠沼しかいないという思いが強くなっていった。
学校ではたくさんの女の子に言い寄られ、家では良家の娘さんとお見合い。
はっきり言って地獄のような毎日だった。
鵠沼は俺のすべてだ。俺から鵠沼を離したらなにも残らないくらいに。
鵠沼だけはこの家から守らないと。そう思うばかり。
思いが通じ合っても、鵠沼は俺の家のことまで背負う必要はないんだ。
俺にも、俺の家にも鵠沼は縛られてはいけない。
かあさんが少しの沈黙を破って口を開いた。
「お父さんには」
「とうさんには俺から話す」
たぶん俺、本人から言わないと分かってもらえないだろう。
しっかり説得して見せる。鵠沼を守るんだ。
「分かったわ」
かあさんの返事から、お互い一言も話さずに家までの道のりを通り過ぎて行った。
きっとかあさんはこの話がしたくて少し遠回りをしたのだろう。
家に着くと車を玄関の横につけてかあさんが言った。
「着いたわ。まず、お父さんと話してきなさい」
「分かってる」
俺は歩きながら大きな深呼吸をしてとうさんの書斎へ向かった。
コンコンコン
「どうぞ」
書斎のドアをノックすると、とうさんの返事が聞こえてきた。
「失礼します」
「なんだ、琉生じゃないか。一か月ぶりくらいか」
「はい。そうですね」
とうさんとは同じ家に住んでいるが、全くと言っていいほど顔を合わせない。
ほとんどがクリニックと家の往復で、俺とはまるで異なる生活リズムを送っているため、会おうとしない限りは会えない。
「なんだ、なんか用か」
とうさんは書き物をしている手を止めて言った。
「俺の好きな人についてなんだけど」
「おおーなんだ、いい人がいたのか」
「その、それが男、なんだ」
「男、か?」
とうさんは確かめるように言葉を繰り返した。
俺は息を呑むほどの緊張の中、呼吸することを必死に意識しながら言った。
「は、はい。だから、クリニックの事務はできない。というか、させたくない。男同士だから、結婚はできない。だったら、この家に縛られる必要はない」
ここまで言うと、とうさんは
「お前の言いたいことは分かった。事務は、別の人を雇えばいい」
と少し微笑んでいった。微笑むとうさんを見るのは何年ぶりだろう。
「え、でも、ずっと嫁をって、」
「俺はお前の幸せを誰よりも願っている。だから、好きな人が男でも女でもどっちでもいい。好きにしたらいい」
「じゃあ、」
絶対に反対されると思っていたのに認められたと浮き立つ気持ちを抑えられづにいると、
「でも、これだけは約束してくれ」
と話に釘を刺してきた。
「クリニックだけは継いでくれよ。患者はお前のお披露目を待っている」
「分かった。それだけは絶対に守るよ」
「そのうち、会わせてくれよな。お前の好きな人に」
席を立って、俺の肩に手を置いた。
「もちろんだよ。とうさん。ありがとう」
「俺も、今まで、すまなかったな」
「俺は認めてくれるだけでいいんだ」
そう言葉を返して、とうさんと何年かぶりに笑いあった。
その時、後ろからかあさんの声がした。
「夕食よ。今日はみんなで食べましょ」
「うん」 「そうだな」
仲良く同時に返事をして一緒にリビングへ向かった。これでやっと、両親に自信をもって鵠沼を紹介できる。
「鵠沼、一生かけて幸せにする」
そう星がきらめく夜空に向かって誓った。
