『通知履歴』

資料番号:B-01
分類:民俗学論文(抜粋)
出典:『東関東沿岸部における「ミオクリ」伝承の研究』
著者:久世信一(くぜ しんいち)
掲載:『地方民俗研究』第18号、1978年、pp.42-57


 本州東部の沿岸地域および内陸の一部集落において、「ミオクリ様」と呼ばれる存在に関する伝承が確認されている、この名称は一般に「見送り」に由来すると説明されるが、葬送儀礼における見送りとは明確に区別されており、対象者の死後ではなく「終わり」に際して関与する存在として語られている点に特徴がある、昭和三十八年に筆者が千葉県██郡██村で実施した聞き取り調査では、古老の一人が「ミオクリ様は人の一生を最後まで見ておられる、見終わった者はおらんようになる」と証言している、この「おらんようになる」という表現は死亡を意味する「亡くなる」とは明確に使い分けられており、当該地域では「死んだ者は残るが、見送られた者は残らない」と説明されていた。

 さらに注目すべきは、ミオクリ様が直接姿を現すのではなく、「記録」を通じてのみその存在が認識されるとされている点である、同村に現存する明治二年の記録帳には、特定の人物の行動が日付とともに詳細に書き込まれており、筆跡が本人のものと一致しないにもかかわらず、内容は後に家族の証言と一致したと記されている、また大正期には、現像された写真に撮影時に存在しなかったはずの人物の後ろ姿が写り込み、その写真の被写体本人が数日後に「おらんようになった」とする記録が残されている、これらの事例に共通するのは、ミオクリ様は対象者の行動を先取りするのではなく、「見終えた行動を記す」という点である。

 同地域では、「ミオクリ様に見送られた者は、この世に留まらず、記された先へ行く」と説明されており、その「先」が何を意味するのかについては明確な説明は存在しない、ただし古文書の一節には、「見送り終えたる時、名も形も此岸に留まらず」とあり、物理的な死体の有無とは関係なく、存在そのものが物質的空間から消失するという認識が示されている。

 また、この伝承において最も重要な禁忌とされていたのは、「記録を読む行為」であった、村内の口承では、「ミオクリの帳面を見た者は、次に見送られる側になる」とされており、実際に明治二十四年の村役場文書には、禁じられていた記録帳を閲覧した書記が三日後に失踪した旨が記載されている、同文書には失踪の原因についての言及はなく、「見送りの順が回りたるものと思われる」とのみ記されている。

 筆者は当初、この伝承を死の予兆に関する象徴的表現の一種と考えていたが、昭和五十二年の再調査の際、同様の事例が記録媒体の変化に伴い形を変えて継続している可能性を示唆する証言を得た、具体的には、対象者の行動が本人の意思とは無関係に文字として残され、その記録が完成した後に本人が失踪するというものであり、記録の形式は時代に応じて変化するが、「行動が記される」「記録が完了する」「対象者が消失する」という三点は一貫しているとされていた。

 以上の点から、ミオクリ様とは特定の人格的存在ではなく、「人の生を記録し、見送り、終わらせるという機能そのもの」を指す概念である可能性が高いと考えられる、そしてその機能は常に何らかの「記録媒体」を必要とし、その媒体を通じてのみ認識される、すなわち、記録が存在する限り、ミオクリ様の作用もまた存在し続けると解釈することができる。

 なお、本論文の執筆に際し参照した昭和五十二年██月██日付の聞き取り記録は、筆者の研究室にて保管していたが、同年██月██日、当該記録および関連資料一式が保管棚から消失していることが確認された、盗難の形跡は認められず、現在に至るまで発見されていない。



――次は誰を見送ろうか?