人生のプレゼント

 初めは些細なことがきっかけを作った。
 幼馴染が死んだのだ。交通事故で死んだ幼馴染の浅田零は僕とは幼稚園からの仲だったらしくそのまま小学生、中学生と一緒に上がったらしい。これは母から聞いたことだ。
 一緒にいると多分楽しかったのだと思う。写真の中にいる僕は笑っていた。でも脳が勝手に思い出させないとしているのか浅田零と一緒に話した記憶も一緒にいた記憶もぽっかり抜けてしまった。
 それはおかしいことだと僕は思う。だって写真だけが記憶として残っていて僕の記憶の中に浅田零はいない。
 けれでもこれだけは僕の中でうっすらと覚えていた。
 これからも浅田零とは一緒にいるんだと僕は勝手に信じ込んでいた。そして大きな誤解をしていた。
 だけどその考えも束の間僕が事故にあって病院に居たときに僕は初めて知ったらしい。
 幼馴染浅田零が交通事故にあって死んだと。
 よく覚えていないけど嘘だと思ったと思う。だって浅田零とは小さいころからの幼馴染で母の話によるとお葬式では僕は相当泣いていて手に負えなかったらしいのだから。でもその時の記憶も僕にはない。涙と共に流れて消えてしまった。
 多分そのころからだったと僕は思う。
 その時から僕の心の中には楽しいとか面白いとか感情が湧かなくなった。どうにかしてネットで面白かったと有名になった漫才とかドッキリ特集とか見てみたけど笑えなかった。なんて言うんだろう。笑いたくもなかった。
 ただ心の中に穴が出来たように何と表していいか分からない深い悲しみだけが残った。
 ある日思った。
 なんかもう死にたいなと。それからただ何も考えずにぼんやり歩いていると橋の上に立っていた。そして僕は飛び降りてみようと思った。でも知らないおばあさんに道を訊かれてその日は生きた。
 それから何度も死のうと試みた。だけどそのたびに妨害が入った。電話がかかってきたり、知らない犬が僕をを追いかけてきたり、時には知らない少女に話しかけられたり、とにかく死ねなかった。
 それからただ漠然とした日々を僕は過ごした。
 でも悲哀とも言えるか分からない気持ちは消えてはくれなかった。
 そして僕は今再び橋の上から死のうとしている。
 僕だって死にたくなんてないんだ。本当は幸せに暮らして生きて居たい。でもこのよく分からない悲しみに耐えられないんだ。皆、生きた方がいいっていうけど何が出来るんだ??
 心を草原全体に占める美しい花畑みたいにうめて幸せに満たしてくれるのだろうか??もう僕には分からないんだ。生きたくもないんだ。
 僕の中では生きる意味がない気がするんだ。
 ゆっくりと橋の手すりに両手を当てて右足を上げる。
 これで僕の人生は終わる。
 僕は空を見上げて深く息を吸い込んだ。
「ねぇーー!ちょっとーー!そこの君ーー!!」
 女の甲高い叫び声とともに僕の方に近づく足音が聞こえてきた。でも僕はその声を一ミリたりとも気にしてなんていなかった。
 重く感じる左足を上げる。
「だぁーかーらっ!!」
 僕が飛び降りようとした瞬間感じるはずがなかった視界に見える大きな揺れが僕を驚かせた。そして綺麗に体も大きく揺れた。
 ゆっくりスローモーションで見える橋の手すりはどんどん遠ざかっている気がする。
「いた」
 気づけば痛いという感覚があって周りを見渡せば僕は橋の上に居た。右手を誰かに引っ張られて転んだのだ。
「おーい。大丈夫ー?」
 横には転んだ僕を見下ろして重たそうな段ボールを持って突っ立てる知らない女が居た。僕を気味が悪いほどじっと見て眺めてくる。多分この女が僕の右手を強引に引っ張ったんだろう。
 僕は質問されていることに気づいて何か返事をしないといけないと感じぶっきらぼうに「大丈夫」とだけ返事をした。
 すると女は悦に入ったのか満面な笑顔を作って
「そっかぁ!!良かった!何で君のことを呼んだのに答えてくれなかったの?」
 と疑問そうに訊ねてくる。
 見えなかったのか……。
 その女の顔は間抜け顔というのか僕は女のことをすぐさま天然だと理解した。
 「僕に言っていたんだ。残念ながら僕は性格が悪いんでね。他を当たってくれ」
 めんどくさかった僕はそう女の問いに答えた。
 ぼくが最低なくそな人間だってことは自分でも理解はしている。でもこの女のせいで死ねなかった。
 せっかくの死ぬタイミングを逃した。
「あははっーー!君ー!面白いね!」
 そう女は言ってまた気味の悪いほど僕の方をじっと見つめてくる。
 見つめられるのが嫌だった僕は立ち上がって去ろうとした。でもそう簡単には行かなかった。
 女が僕をふさいだのだ。
「どいてくれないか!」
 女の行動に苛立った僕は少し大きめな声で女に反抗した。
 一瞬女は僕を睨んだ気がした。でもその考えも束の間、彼女はにっこりして
「あははっ!ごめんごめん!もうっ!そんな変な人を見る目で見ないでよ」と言ってきた。
 僕は多分引きつっている顔を見せて即座に
「いや、どう考えても変人だろ」と返事をした。
「あのさ!ちょっとこれ預かってくれない??」
 そう言われて渡されたのは女が持っていた、見た目通り重たい段ボールだった。
「はい!じゃあこれ!よろしくね!じゃあまた!」
「は」
 女はどんどん僕の元から去っていく。僕は状況が呑み込めずただ木のように立っているだけだ。
 ようやく段々理解が出来るようになってくるとすでに女は見えなくなっていた。女を探すかのように少し歩いてみたけど戻ってくるのならば橋の上から離れない方がいいと思い元の場所に戻った。
 さすがに段ボールを預けられてら死ぬことなんて出来なかった。きっとあと少しで戻ってくるだろう。
 でもその思いも何分かして消えていった。何と段ボールの中から動物のような鳴き声がしたのだ。
 僕は耳を段ボールに当てて澄ます。
「クーン、クーン……」
 やっぱり変わらず聞こえる。僕は少し考えてみた。でも少しして状況がおかしいことに気が付いた。
 いや、待てよ。まじか。そんなことがあるはずない。
 そう思って段ボールを乱暴に開ければ何とそこには茶色と白色が混じった毛並みをした犬が段ボールの中に入っていた。
 目は真っ黒のまん丸で足は短い。僕は冷静になって一旦段ボールを閉じる。
 これって何の犬種だったけと頭の中で考えて30秒ぐらい経ったけど思い出せなかったから考えることを諦めた。
 でも何故、段ボールの中に犬が入っているんだ。
 考えてはみたけど予測もつかなかった僕はもう一度段ボールを開けて犬をじっくりと見つめる。
 けれども僕の視界には犬の横にポツンと置かれている水色の手紙が入った。気になってじっくり見ていると「入江蒼(いりえあお)くんへ」と小さく僕の名前が書かれていることに気が付いた。
 僕は見間違いかと半信半疑で疑ってもう一度じっくり見た。それでもやっぱり書かれていた。
 僕の中では入江という苗字はどちらかというと珍しい方だし同じ学年に僕と一緒の苗字の人は一人もいない。
 だから僕はその手紙を僕宛に書かれたものだと解釈して手紙を読むことにした。
 手紙の封筒を開ければ紙とお札が出てきて僕は紙を両手で持って読む。
「入江蒼くんへ
 君が今手紙を読んでいるということは段ボールを開けたってことだね!
 君には3か月間託したい動物がいる。それはさっき見たと思うけどコーギーだよ!
 3か月世話をしてほしいの。
 3か月経てば引き取りに行くから!!
 そのお金はコーギー用のお金だよ!食事代とかおもちゃ代に使ってね!余れば自分の欲しい物に使っても構わないから!
 言っとくけどね、そのコーギーめちゃくちゃ寂しがり屋さんなの。だから死んだり捨てたりしないでね!
 勿論分かっているとは思うけどそんなことはしないよね!?君のことは信じているよ!
 ご飯は朝、昼、夜あげてね。ご褒美にあげてもいいよ!
 散歩は朝と夕方お願いね!
 君のこと信じているよ!
 ちなみにその子は男の子だよ!
 愛を込めてさっき会った女の子より」
 読み終わった後最初に僕は怒りを覚えた。それはさっきこの段ボールを渡してきた無責任な女にだ。
 僕は今、犬を育てる余裕、気力さえも残っていない。おまけに生きる希望もない。
 それなのに世話をしてほしいって。あまりにもおかしな話だ。
 しかも手紙を見るなりあの女は僕の名前を知っていた。記憶を探るにもあの女を見たことも会ったことも喋ったこともない気がする。
 またもう一度頭の中であの女について必死に答えを探したけどいくら考えても納得する答えは見つからなかった。
 ふと封筒に入っていたお札が視界に入った。確かさっき手紙にコーギー用のお金だと書かれていた。
 僕はお札も手に取って数え始めた。
 1、2、3……。8、9、10……。98、99、100。
 100万円……。
 どうやら一万円札が100枚封筒の中には入っていたらしい。
 は。なんだよ、それ。ありえないだろ。おかしいだろ。
 多分普通の人だったら大いに喜ぶだろう。「やったー!100万円も貰える!」と。
 でも僕は訳が分からないし理解が出来なかった。
 犬もそうだけど動物を飼うならば責任をもって飼うべきだ。ましてや知らない赤の他人に世話を任せるとかあり得ない。もし犬に何かあったらどうするんだ??動物は飼い主を選ぶことは出来ない場合が多い。だから尚更大切に育てるべきだ。
 知らない赤の他人に世話をしてもらうぐらいなら飼うなよと僕は思った。そしてさらに怒りを覚えた。
 でも僕がこのコーギーの世話を任せられた。僕以外世話をする人が居ない限り僕が世話をするしかない。
「はあ」
「ワンッワンッ!」
 びっくりした。驚いた拍子に段ボールを落としてしまいそうになったけど何とか大丈夫だった。
 僕は段ボールを落としてしまわないようにぎゅっと抱きかかえて段ボールの中にいるコーギーをじっと見つめる。
 コーギーも僕のことを見つめる。
 僕はまたそっと溜息を吐いて家に持ち帰ることを決意した。