この夜を終わらせるまで

「いい場所ってお前、どこ行くんだよ」
 誠は俺の腕を引いて、その場から動こうとしない。手から微かに伝わってくる誠の震え。
(……そうだよな。怖いに決まってる)
 俺だって、身体の芯から湧いてくる震えが止まらない。
 でも、ここに長居するのはまずい。この状態で村の奴らがいつ追ってくるか分からない。
 俺だけならいい。けど、誠までを巻き込むわけにはいかない。
「誠、一生のお願いだから。付いてきて」
 そんな俺の言葉に、誠は一瞬目を丸くするとガシガシと頭を掻いて俯いた。
「……誠?」
「──わかったよ。でも、そこに着いたら知ってること全部吐け」
 肌を濡らすぬるい雨は、俺の頬を伝っていく。
 道で見かける大人や子どもたち。全員が俯いて、同じように口を動かしている。昼に屋台で会った、あのクラスメイトの女子もおかしくなっていた。
 俺と誠は、息を殺すように村人の目を掻い潜る。雑木林を進んでしばらくすると、慣れ親しんだ一つの蔵が姿を現した。
 剥げた塗装に、所々破損している瓦。
 錆びついた引き戸に手をかけると、冷たい感触が肌に伝わってくる。軋む扉をゆっくり開くと、むわっとした空気が顔に当たった。
「……ボロいな」
「うるせぇ」
 蔵の窓を開けると、外の月明かりと反射して埃がキラキラと宙を舞う。
 背を壁につけるようにして座った誠は、拳を小さく握って口を開いた。
「──これって、夢なのか?じゃなかったらこんなの絶対おかしいだろ」
 誠は、体育座りの膝に顔をうずくめる。そんな誠の様子に言葉が詰まり、何も言えない俺はた黙って自分の腰を誠の隣へ下ろす。
「なんで、……なんで茂はそんな落ち着いてられんだよ」
「それは……」
(──俺のせいだから)
 もし誠にそう言ったら、なんて反応をされるのだろう。
 バカにするなって、もっとマシなことを言えとか。きっと、そんなことを言われる。
 一向に続きの言葉が出てこない俺に、誠はポツリと呟いた。
「さっき言ったよな。"知ってること全部吐け"って」
 雨の打つ音が、蔵の中まで嫌に響く。
 ふと隣をを見ると、誠は顔を上げていてどこか遠くを眺めていた。
「ま、誠は。……今から俺が言ったこと信じてくれんのかよ」
 俺は雨でぐしゃぐしゃになった自分の服の端を握る。
「信じんに決まってんだろ。だってお前、隠し事はあっても俺に嘘ついたことねぇじゃん」
 その言葉に俺は顔を上げると、誠はどこか笑っているように見えた。
「お前はいっつも隠し事ばっかで。はぐらかしてばっかで全然教えてくんねぇし、あと無駄に勉強出来んのもムカつく」
 そう言う誠の手は、まだ小さく震えている。
「でも、お前に嘘つかれたことは一回もない」
「……そうかよ」
 背中に背負っていたリュックを前へ回した。俺は、一度息を深く吸って声を出した。
「前にさ、生贄信じるかって話したの覚えてる?」
 誠は「あぁ」と首を縦に振って、あの時のやつかとボソリと呟く。
「あんときさ。誠は映画の中だけとかって言ってたけど、あるんだよ」
「あるって、──生贄が?」
「……そ」
 蔵窓の外を見つめながら言葉を続ける。
「数百年に一度、常夜様っていうのに生贄を捧げるんだってよ。この村の豊穣のために」
「なんだよ、それ」
(やっぱ、信じらんねぇよなぁ)
 自分だって未だに信じられないし、こうなるまで実感はあまりなかった。
「この常夜祭が、生贄を捧げる日。歳が十五に変わる時、村のために身を尽くさないといけない」
「ちょっと待て。十五で誕生日って、……お前?」
 何も言わずに、俺は小さく頷く。
「……わけわかんねぇ」
「だよな。俺も意味わかんねぇよ」
 俺は蔵窓から視線を下ろして俯いた。
 無意識のうちに握りしめていたリュックには、うっすらとしわの跡がついている。
「俺のせいなんだ。全部」
「……なんで?」
「なんか、怖くなったんだよ急に。ずっと前から分かってたことなのに。なのに俺はあの時、逃げた」
 いつのまにか、手の中には水が溜まっていた。これは自分の汗なのか、それとも雨なのか。自分でも分からない。
「これからどうするんだよ。俺ら」
「……わかんない」
 この言葉を最後に、誠はそれ以上俺になにも聞いてこなかった。
 俺も誠も、沈黙の中どこかわからない一点をぼんやり見つめている。
 俺はリュックに詰めていた服を一枚取り出すと、誠に向けて投げ渡した。
「持ってきてたやつ。流石に着替えないと風邪引くから」
「さんきゅ」
 俺が服を脱いで新しい服の袖に腕を通すと、誠も続いて自分の服を脱ぎ始める。
 びしょ濡れになった服を力を込めて絞っていると、誠は小さく口を開いた。
「明日っていうか、今日何があるかわかんないし。一旦寝ようぜ」
「……そうだな」
 服を着替え終えると、俺たちは二人並んで床に寝そべった。
 木板の床から伝わってくる冷たさに、俺は身を縮こまらせる。
(もし、誠に何かあったら……)
 想像すればするほど、目が冴えて落ち着かなくなる。
 そんな考えを振り切るように目を瞑ると、俺の意識はだんだんと泥沼の中に沈んでいった。


 夢を、見た。
『母さん。なんで泣いてるの?』
 母さんは小さい俺のことを抱きしめると、「ごめんね」と言葉を繰り返す。  
 服に広がる母さんの涙の染み。
 あの時はなんで謝るのかがわからなかった。なぜ泣いているのかも。
 母さんには、笑っていてほしかった。
 記憶の中にある母さんは、笑顔で溢れている。でもそれは、母さんが無理して作った笑顔だったということを後で知った。
 学校から帰ってきた時、母さんは泣いていた。泣いている姿を見るのはこれが初めてで、それが最後だった。
 それからの俺は、母さんを悲しませないために自分の運命を「大丈夫」だって言って笑ってみせた。
 俺が笑って日々を過ごしていることに安心したのか、母さんもあの日から徐々に本物の笑顔が戻っていく。
 母さんが笑ってさえいればそれでいい。
 それなのに、
 俺は母さんを、──裏切ったんだ。





「っ、!」
 ガバッと身体を勢いよく起こすと、自分の胸を押さえた。まるで全力疾走をした時のように荒れている息を整える。
 俺の隣で眠っている誠。穏やかに寝息を立てている誠に、俺は胸を撫で下ろした。
 リュックの中に入を漁ると、一緒に入っていた目覚まし時計を取り出した。
(八時って、──朝のだよな?)
 蔵窓から外を見ても、昨晩と変わらず曇天な空がつづいている。
 今は朝だというはずなのに、夜と錯覚してしまうほどに外は暗くよどんでいた。
「ぅん、しげる?」
「……誠」
 誠は体をほぐすように伸びをする。誠は仰向けになっていた体を起こすと、俺が手に持っている時計に目をやった。
「時計、今何時?」
「八時」
「それって朝の、だよな」
 起きたてのせいか、かすれた誠の声が蔵にくぐもって消える。
 俺は誠の言葉に頷くと、誠は蔵窓の外をじっと見つめた。
「朝なのに暗いって変な気分だな。なあ、茂。俺たち、これからどうする?」
「……ごめん」
「お前が謝ってもどうしようもねぇだろ」 
 雨の打つ音だけが、俺たちの間に重く広がる。すると誠の腹が音が鳴り、蔵の中に響いた。
 誠は少し気恥ずかしそうに腹を押さえる。俺はふと思い出したようにリュックを漁ると、おにぎりを二つ取り出した。
「これ、家から持ってきてたやつだけど」
 そう言っておにぎりを一つ手渡すと、誠は小さく「わるい」と礼を言う。
 おにぎりを一口かじった誠は、パリパリと音を鳴らしながらあっという間に全てを飲み込んだ。
「誠。これも食えよ」
「え、いや。これお前のだろ?」
「……食欲ねぇの」
 誠は渋々俺からおにぎりを受け取ると、それもすぐにペロリと平らげる。
 誠がおにぎりを食べる様子を眺めていた俺は、立ち上がって蔵の出口の戸に手をかける。
 俺は、誠の方へ振り返った。
「俺、村行ってくる。誠はここで待ってろ」
「は?何言ってんだよ。俺も行くに決まってんだろうが」
 誠は床に手をついて、折っていた足をを持ち上げる。
「お前のほうこそ何言ってんだよ。誠、……死ぬかもしれないんだぞ?」
「それは、お前も同じだろ」
 真っ直ぐな目を向ける誠に、俺は一瞬言葉に詰まる。
 俺が、村をこんなことにした。それなのに、次は誠に何かあったら……
(そうなったらもう、俺は正気でいられない)
「……だめだ。絶対誠は来るな」
「なんでお前が決めんだよ。茂が何言ったって俺は行くからな」
 誠はそう言い切ると、俺の隣に立って戸に手をかけた。
(たっく、こいつは)
 前からそうだ。自分が一度決めたことは、俺がいくら言っても一歩も引かない。
「……お前って、そういうやつだよな」
 思わず出たため息に、誠は「悪いか?」と不服に言う。
「わかった。でも、絶対自分から行くなよ」
「……了解」
「今の間なに?」
 誠は俺の質問に答えることなく、「別に」一言言うだけだった。
 戸を開いた先に広がっていたのはぐしゃぐしゃになった舗装されていない道に、暗くよどんでいる空。
 足を一歩踏み出すごとに靴は泥に沈んでいく。くっきりと残る俺たちの足跡は、雨が重なるごとに消えていった。
「雨、まだ降ってんな」
 誠は手の平を上に向けると、その中に小さな雨の湖を作る。
「……いつ、止むんだろうな」
 頬を伝う雨の感触は相変わらずに生ぬるい。
 その雨を振り払うように顔を拭うも、雨は今もなお降り続けているからあまり意味がない。
 俺たちは二人隣に並んで、雑木林の中を歩いた。
 村に近づくにつれて濃くなっていく霧。足を取られないように、慎重に前へ進んでいく。
「俺ら以外にも大丈夫だった人って居んのかな」
「どうなんだろうな」
 誠が何気なく言った疑問が、自分の痛いところをつく。もし居たとしても、大人であれば俺たちは終わりだ。
 そんなことを考えながらしばらく足を進めると、あっという間に村は俺たちの目の前にあった。
 村に一歩ずつ足を踏み入れて、人の目を掻い潜るために人目の少ない通りを歩く。
「常夜、様……。生、贄捧げよ」
 背後から、ズルズルと足を引き摺る音と一緒に女の人の声が耳に届く。俺たちは物陰に身を潜めて、覗き見た。
「あれ、って──」
(屋台で会った、クラスメイト)
 泥に塗れた服を纏うその女子は、あの時の田丸さんと同じように俯いて同じ言葉を繰り返している。
「茂。あいつ、うちのクラスの女子だよな?」
「……そうだな」
 俺たちは、その姿が霧の向こうへ消えていくまで動くことができなかった。
 改めて目の当たりにするその同級生の姿に、俺の喉はヒュッと小さな音を漏らす。
 同級生の後ろ姿が見えなくなると、俺たちはようやく足を動かした。
 村の中心部に進むにつれて、だんだんと村人を見かける回数が増えていく。バクバクと鳴り止まない心臓に、俺は拳を握る力を無意識に強める。
「あれ、キミたち──」
 ポキっと枝が折れた音と一緒に、突然眩しい光が向けられた。
 降りかかった背後の声に、俺と誠はびくりと肩を揺らすと同時に振り返る。
「……え、」
「坂口、さん?」
 普段から馴染みの青い作業着を着ているその人は、懐中電灯を片手にしながら目を丸くしている。
「……なんで」
(なんで、坂口さんは)
「茂くんと誠くんじゃないか」
 穏やかな笑顔を向ける坂口さんは、俺たちの元へだんだんと距離を詰める。
 思わず足を一歩後ろに引いた俺に対して、誠は安堵の表情を浮かべて嬉しそうに坂口さんの元へ駆け寄った。
「坂口さん!!」
「びっくりしたよ。朝起きたら村がこんなことになっていたんだ。キミたちは大丈夫なのかい?」 
 そう言って微笑む坂口さんは、「茂くんもこっちに来なさい」と俺にも小さく手招きをする。
「もう朝ごはんを食べてしまったかい?もし食べていないなら、昼も合わせて私の家で食べていくといい」
「いいんですか!」
 すぐにその提案に飛び乗った誠は、俺と二人でいた時よりも和らいだ顔をしている。
「誠さ、坂口さんのとこ行ってこいよ」
 多分、俺と居るよりも大人の方が誠にとっていい。まだ子供で力のない俺に変わって、誠のことを守ってくれる。
「は、おま。何言ってんだよ。お前も来いよ」
「俺はいい」
「俺はいいって、お前なぁ」
「キミたち」
 坂口さんは俺と誠の間に割って入って口を開いた。
「茂くんも来るんだ。こんな場所に子供一人なんて危ないだろう。──来なさい」
 坂口さんは俺の腕を掴むと、グッとその手を前に引く。
「坂口さんもそう言ってんだろ?俺たち二人だけじゃ危険だ」
「っ、でも……行けばいいんだろ」
 思い口を開いてそう言うと、坂口さんは俺の腕から手を離した。
 誠は「腹減った」と言いながら、前を歩く坂口さんの後ろを追い掛ける。
 そんな誠に対して、俺は嫌な予感が立ってたまらない。坂口さんに対して拭えないこのしこりの正体は、一体何なのだろう。
「ほら、茂も行くぞ」
「……あぁ」
 誠の言葉に頷いて、俺も坂口さんの後ろを歩いた。
 相変わらずな雨に、外も暗く沈んでいる。けど、俺たちの前を照らす懐中電灯は一筋の光の道みたいに思えた。
 しばらく足を進めると、霧の奥からぼんやりと坂口さんが日頃営んでいる民宿が見えてきた。
「二人とも、体を休めてゆっくりしていきなさい」
 宿に入ると、坂口さんは一枚ずつタオルを手渡す。
「風邪をひいては困るからね。服もこれを着なさい。着替え終わったらご飯を食べよう」
 坂口さんは俺と誠を宿の一室に通すと、服を差し入れて静かに部屋のドアを閉めた。
「よかったな」
「え、?」
「俺たち以外にも大丈夫だった人いて」
 そう言いながら新しく服を着る誠は、蔵に居た時と違って表情が明るかった。そんな誠の顔を見ると、ある意味ここに着てよかったのかもしれないと思える。
 濡れた服を脱ぎながら、「そうだな」と小さく相槌を打った。
 蛍のように丸い電球で照らすこの部屋は、淡いオレンジ色で包まれている。その灯りに群れる小さな虫をボーッと眺めていると、奥からコンコンと扉を打つ音が鳴った。
「着替え終わったかい?ご飯を持ってきたよ」
 ドアを開けて入ってきた坂口さんの手にはお盆が二つ。その上にはほくほくと湯気の立った味噌汁と鮭ご飯が並べられている。
「着替え終わりました。何から何までありがとうございます」
 申し訳なさそうき頭を下げる誠に、坂口さんは「気にしなくていいんだよ」と頬を緩ませる。
「キミたちは真面目だね。こんな時にも礼を忘れないなんて、おじさん嬉しいよ」
 一つ、また一つと自分の前に置かれる料理に、俺も「手伝います」と言って皿を受け取る。
「茂くんも、ありがとうねぇ」
「いえ、……別に」
「じゃあ食べようか」
「「いただきます」」
 テーブルに三人向かい合わせで座る俺たちは一緒に手を合わせる。ふわりと鼻先をくすぐる鮭の匂いに、俺は箸を掴むと口を開いた。
 じわりと広がる鮭の甘みに、口溶けのいい炊き込みご飯。噛むごとに旨みは増していって、気づけば箸が止まらなくなっている。
「めっちゃ美味いです!」
「それはよかったよ。キミたちはまだ若いんだ。腹が膨れるまで食べなさい」
 坂口さんは「よかったよかった」と笑いながら味噌汁を音を鳴らして一口啜る。
「茂くん、誠くん。行くところがないのならここに居るといい。外で野宿するよりかは安全なはずだ」
 そんな坂口さんからの提案に、誠は「いいんですか!」と箸を置いた。
「いいんだよ。それにキミたちが居る方が、私にとっても好都合だからね」
「本当ですか!やったな、……茂?」 
 茶碗を持ったまま何も言わない俺に、誠は俺の名前を呼ぶ。 
 きっと、誠は大人が居た方が安心できる。それに、この状況で下手に動けば危ないのも分かってる。
(でも、──)
「あの。なんで坂口さんは、──なんともないんですか?」
「おま、何言ってんだよ」
 誠は目を見張って俺を見た。坂口さんはそんな俺たちを交互に見ると、手に持っていた湯呑みを机にそっと置いた。
「なんでだろうねぇ。なんて言ったって、朝起きたら何故か自分の家で目を覚ましたらこんな事態になっていたのだから。でもそうだね。茂くんは、──あの儀式を蹴ったのだろう?」
 坂口さんの俺を見る目が糸のように細められる。
(あ、そうだ……)
 そうだった。
 坂口さんはこの儀式に携わっている。おそらく、あの晩に家に居た人間の一人。
 背中が嫌な汗で湿っていく。俺は固唾を呑み込むと、黙ったまま首を縦に振った。
「大騒ぎになったよ、茂くんが突然居なくなるんだから。キミがこの儀式を蹴ったから、村全体がこんなことになってしまったんだよ?でもまぁ、──怖いよな」
「……へ?」
「茂くんもまだ十五の子供だ。私もキミだっら、きっと同じことをしただろう」
 理解が追いついていない俺に坂口さんは突然、ふわりと頭に手を置いた。その手でくしゃくしゃと撫で回すせいで、頭が寝乱れ髪のようにボサボサになる。
「え、あ。ちょっ、なんですか?!」
 目を丸くして見上げると、坂口さんは眉尻を下げて笑っていた。
「えらいよ。キミは」
 その言葉に、カッと頬が熱を帯びる。視線を下げて口をつむぐと、そんな俺に坂口さんは顔をほころばせた。
「誠くんも色々あって疲れただろう。二人ともゆっくり羽を伸ばすといい。私は、少し席を外すよ」
「ありがとうございます」
 床に手をついて腰を上げる坂口さんは、空になった食器を重ねると部屋を出ていった。
 シーンと無情に長い沈黙が、俺と誠の間に流れる。二人だけになったこの空間で、最初に口を切ったのは俺からだった。
「誠。なにも聞かないのかの?」
「なんで?」
「なんでって、そりゃ……」
(普通は気になるだろ)
 誠のことをそっちのけで坂口さんと話してた。あの会話の中で、誠も思うところがあったはずだ。
「気にならないのかよ」
 不意にぽろっと口に出てしまった言葉に、俺は慌てて口を閉ざす。そんな俺に、誠は深く息を吐くと足に頬杖をついた。
「じゃあお前言いたいの?」
「それは、……」
 喉が詰まって先の言葉が出てこない。言い淀む俺に、誠は自分の頭の後ろを掻いた。
「言いたくないんだろ。だったら聞く必要ねぇよ。どうせお前答えてくんねぇんだし」
 その言葉に口籠る俺に、誠は「ほらな」と小さく笑う。
「お前ってめっちゃわかりやすいよ。ほんと前から全然変わんねぇよな」
「俺ってそんなにわかりやすい?」
「すっげぇわかりやすい。全部顔に出てるし」
「……まじ?」
「まじ」
(わかりやすいんだ)
 そういえば前からそうだった。誠は妙なところで感が鋭い。
 あまり表情は出さない方だと思っていたけど、まさか無意識に感情が表に出ていたとは。
 寝耳に水なその話に、俺は頭を抱えながら苦笑いを浮かべた。