温かな夕陽が差し込む部屋の中。テレビの音だけが響いていた。
連日、山から降りてきたであろう動物たちがトップニュースを飾っている。
クマにシカにみんな大変そうだなぁ。
『速報です。〇〇市にある大型ショッピングモールの食料品売場にて吸血鬼が目撃されたとの情報が入りました。現在の状況は……』
ふと、編み物をしていた手が止まった。
吸血鬼かぁ……。
「あの時のあの子は元気にしているのかなぁ」
私はポツリと呟く。
ちらりと視線を下げると、私の手ではキラリと銀色の指輪が輝いている。
私は思わず小さな笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
これまでの人生の中でたった一度だけ本気で景品を狙ったことがある。
当時の私は、買い物の帰りにゲームセンターによることがルーティンで、日々の楽しみだった。
何をするわけでも、取るわけでも無くただただ歩くだけ。
お店にとってはただの迷惑客だったかもしれないが、きっと大丈夫な……はず。
正直、そんなことは全くといっていいほど気にしてなかった。
そんな何気ない毎日が続いていたある日。
私は一人の男の子に出会った。
◇ ◇ ◇
その日はよく晴れていて、真っ赤に染まった太陽が地平線の向こうへ隠れてしまいそうな。そのくらいの時間。
私、須藤明菜は買い物袋を片手に大きく伸びをしながら、古びたゲームセンターへと足を踏み入れていた。
奥のカウンターにいる店員さんと目が合い「いらっしゃいませ~」と気だるそうに声をかけられる。
私は小さく会釈して、入ってすぐのところにある階段を登り二階へと歩みを進める。
今日は、ゆっくりモードの日なのでメイクも髪もちゃんとしてないし、服もほぼ部屋着。いつもバチバチにメイクしてる地雷系の店員さんに見られるのはちょっとというかかなり恥ずかしい。
「まあでも……今日はトマト安かったしいいや」
晩御飯、何作ろっかなぁ……。
やっぱ、パスタかなぁ。いやでもスープもいいなぁ。無難にそのまま食べるのも美味しいし、でもオリーブオイルと塩胡椒かけて焼くのも美味しい。
ヤバい……。迷いすぎて決められないよぉ~!
優柔不断すぎるの治さないと……。
いやでもこれに関しては、美味しすぎるトマトが悪い!
ここのゲームセンターの二階は少し大きめのぬいぐるみやフィギュアのクレーンゲームがおいてあるコーナーになる。
あっ、こないだ可愛いと思ってたキツネさんのぬいぐるみがなくなってる!
誰か取ったんだろうなぁ。いいなぁ。だって、可愛かったもんなぁ。
ふと、通路の先にいた一人の男の子が目に入った。
「うわぁ……きれい」
ほんとにその子はとても綺麗な容姿をしていた。小学校低学年くらいに見えるのに地毛なのだろうか……? 一切痛みの無い長めの銀髪ショートヘアに深みのある赤い瞳。服はいかにも今からピアノの発表会です! みたいな感じだ。その現実離れした美しさはこの古びたゲームセンターには不釣り合いで、正直浮いているとさえ思ってしまった。
その美少年はじっと目の前のクレーンゲームの機械の中を見つめていた。
ここからだと中身が見えないのが残念だ。
「あの……」
突然、話しかけられた気がした。
私は周りの誰かだと思ってキョロキョロ周りを見渡すが、私とその美少年以外のお客さんは見当たらない。
「あの!!」
さっきより大きな声が聞こえて、その美少年がこっちを見ていた。
あぁ、私は今美少年に話しかけられているんだ。
「あっ、はい」
あまりにも情けない返事だった。
「これ、どうやって買うの?」
ん? 買うの?
「どゆこと?」
「この白兎のぬいぐるみがほしいんだけど、買い方がわからないの」
理解した。なるほどね。この子は知らないんだ。クレーンゲームってものを。
私は、男の子の方に近づいていって、隣にしゃがむ。男の子と近距離で目が合う。
大きい真紅の瞳に吸い込まれそうな感覚に耐えながら私は答える。
「このぬいぐるみはね、買えないんだよ」
「えっ……」
驚きのあとに落胆が来たみたいだ。表情がわかりやすい。可愛いな。
「ここはゲームセンターと言って、クレーンゲームが沢山あるお店なの」
「クレーンゲーム……?」
男の子は小さく首をかしげながら呟く。
「そう! クレーンゲーム! これのことだよ!」
私は眼の前の機械を指さしてクレーンゲームのことを説明する。
「どう? わかった?」
「うん!!」
「良かった良かった」
「やってみたい!」
「うん! やってみようか!」
男の子は握っていた百円玉を入れて真剣にレバーを動かし始めた。いい感じに真上に来たところでボタンを押す。ゆっくりとアームが降りていき白兎のぬいぐるみを掴む。そしてそのまま持ち上げていったところでそのぬいぐるみがアームから滑り落ちた。
「あっ」
つい声が漏れてしまった。
男の子は、黙ってガラスの向こうで倒れて逆さまになった白兎のぬいぐるみを見つめている。
多分、持ってたのはあの百円だけだったのだろう。
「よし!」
私はお財布の中に残っていた一枚の百円玉を取り出し機械に投入する。ぬいぐるみの真ん中を狙って、ボタンを押す。
違う向きに転がった白兎と目が合う。
私はくるっと半回転して後ろにあった両替機に五千円札を突っ込んだ。帰ってきた千円札四枚をさらに無心で突っ込む。
私はなんもメダルゲームをする気などサラサラ無いのだ。
ただ、そう見えてもおかしくないくらい銀色の物体が積み上がっていた。
「おねえちゃん……?」
男の子が心配するような目でこちらを覗き込んできた。
「大丈夫だよ。私が助けてあげるんだからね」
「う、うん」
私は、無心でクレーンゲームを動かしだした。五枚入れて六回するを永遠に繰り返していた。
そして、山盛りあった銀色が底をつきかけたその時。
ガコンッ……。
「と、取れた……」
クレーンゲームの取り出し口が虹色に光っている。
疲れて放心状態の私の隣で、男の子は白兎のぬいぐるみを抱きしめて嬉しそうにニコニコしていた。
男の子が、パッとこっちを見て言う。
「おねえちゃん、ありがとう!!」
その笑顔で私の疲れはすべて吹っ飛んだ。
人より発達した八重歯がキラリと光っていた。
「どういたしまして」
それから私達は手を繋いでゲームセンターをあとにした。
外はもう真っ暗だった。
「ねぇ、ぼく。お名前なんていうの?」
「ノアだよ!」
「いい名前だね~。ノアくんって呼んでいい?」
「うん! おねえちゃんは?」
「私は明菜っていうの」
「明菜姉ちゃんだ!」
「うん!」
そんな素直に呼ばれるとなんだかくすぐったい気分だ。
ぐうぅぅ~~。
突然、ノアくんのお腹が鳴った。
ノアくんが恥ずかしそうにふにゃっと笑う。
「お腹すいたね」
「うん。ぺこぺこ」
「トマト好き?」
「うん! 好き!」
「たべる?」
「たべたい!」
その勢いは凄まじくて、トマトが大好きなんだという想いがひしひしと伝わってきた。
「じゃあ、食べよっか」
「うん!」
私達は近くのベンチに座って、いただきますをして一緒にトマトをかじった。
「美味しい!」
「ね、美味しいね」
そのトマトはほんとに美味しかった。
新鮮で大きくて食べごたえがあるのに全然水臭くなくて甘みと酸味のバランスもちょうどよくて……。とにかく丸かじりするのが正解のトマトだった。
「ノアくんはどうしてそのうさぎさんのぬいぐるみが欲しかったの?」
「昔仲良かったうさぎのむーちゃんに似てたから」
「そっかそっか、それは取った甲斐がありますな」
「いっぱいぎゅーってするんだ!」
それから、暫く私達のおしゃべりは続き、ノアくんはトマトのおかわりまでしっかり食べて解散した。
「明菜姉ちゃん、ありがとーー! ばいばーい!」
チラチラと何度もこちらを振り返っては手を振り、そう叫びながら走り去って行くノアくんは後ろ姿ですら可愛かった。
私もノアくんに向かって、ぶんぶんと大きく手を振った。
「気をつけて帰るんだよーー!!」
元々小さな背中が段々と小さくなっていってそして見えなくなった。
急に静寂が戻ってきて、寂しさとノアくんが残した暖かさが入り混じったものすごく変な気分だった。
ほんとは一人で帰すのは心配で送っていこうとも思ったけど、びっくり仰天。あの見た目で実は二百九十五才らしいし? それにまぁ吸血鬼の根城に行くのもちょっと怖いし?
ってか、二百九十五才って。それであの見た目って……いやぁ羨ましいですなぁ。
きっと、時の流れ方が違うんだろうね。うん。
◇ ◇ ◇
数日後。
私は、こないだ約五千円も想定外の出費をしたということを忘れたのだろうか。
特売でもないのにお高いトマトを大量に買ってトマトスープを作っていた。
じっくりと煮込んで、いい香りがしてきた。
そして、できた! と思ったその時。
玄関の方で何やら小さな物音がした。
私は、出来立てのトマトスープを早く食べたいという気持ちを必死に抑えながら、恐る恐る玄関へ向かいドアを開ける。
そこには、トマトみたいな色をしたガチャガチャのカプセルが一つ転がっていた。
不思議に思って開けると、折り曲がった一枚の紙と年季のある紋章入りの銀色の指輪。折られた紙を開くと、そこには拙い文字でありがとうと書かれていた。
きっとノアくんだろうと思ったが、周りを見渡してももうそこには誰もいなかった。
私は部屋に戻り、その紋章について調べた。
その紋章調べはもっと難航するかと思っていたけれど、画像検索の力を借りれば思ったよりすぐに見つかった。
紋章はトランシルヴァニアという地域のもので、その地域では吸血鬼とかドラキュラとかそういうのがかなり有名らしい。
なんか納得。
吸血鬼かぁ……。
世間一般でみたら恐れられがちだけど、ノアくんはただ年齢がバグった普通の子供って感じだったけどなぁ。
私は右手の薬指に指輪をつけた。
「ふふっ、結婚指輪みたい」
またいつか会えたらいいなぁ。
私は少しぬるくなったトマトスープを一口すすった。
「美味しい」
その時はトマト料理を沢山作ってあげたいな。
でも、ノアくんなら突然ふらっと姿を見せてくれる気がする。
うん。きっとそう。
私は心のなかで「待ってるね」と呟いた。
連日、山から降りてきたであろう動物たちがトップニュースを飾っている。
クマにシカにみんな大変そうだなぁ。
『速報です。〇〇市にある大型ショッピングモールの食料品売場にて吸血鬼が目撃されたとの情報が入りました。現在の状況は……』
ふと、編み物をしていた手が止まった。
吸血鬼かぁ……。
「あの時のあの子は元気にしているのかなぁ」
私はポツリと呟く。
ちらりと視線を下げると、私の手ではキラリと銀色の指輪が輝いている。
私は思わず小さな笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
これまでの人生の中でたった一度だけ本気で景品を狙ったことがある。
当時の私は、買い物の帰りにゲームセンターによることがルーティンで、日々の楽しみだった。
何をするわけでも、取るわけでも無くただただ歩くだけ。
お店にとってはただの迷惑客だったかもしれないが、きっと大丈夫な……はず。
正直、そんなことは全くといっていいほど気にしてなかった。
そんな何気ない毎日が続いていたある日。
私は一人の男の子に出会った。
◇ ◇ ◇
その日はよく晴れていて、真っ赤に染まった太陽が地平線の向こうへ隠れてしまいそうな。そのくらいの時間。
私、須藤明菜は買い物袋を片手に大きく伸びをしながら、古びたゲームセンターへと足を踏み入れていた。
奥のカウンターにいる店員さんと目が合い「いらっしゃいませ~」と気だるそうに声をかけられる。
私は小さく会釈して、入ってすぐのところにある階段を登り二階へと歩みを進める。
今日は、ゆっくりモードの日なのでメイクも髪もちゃんとしてないし、服もほぼ部屋着。いつもバチバチにメイクしてる地雷系の店員さんに見られるのはちょっとというかかなり恥ずかしい。
「まあでも……今日はトマト安かったしいいや」
晩御飯、何作ろっかなぁ……。
やっぱ、パスタかなぁ。いやでもスープもいいなぁ。無難にそのまま食べるのも美味しいし、でもオリーブオイルと塩胡椒かけて焼くのも美味しい。
ヤバい……。迷いすぎて決められないよぉ~!
優柔不断すぎるの治さないと……。
いやでもこれに関しては、美味しすぎるトマトが悪い!
ここのゲームセンターの二階は少し大きめのぬいぐるみやフィギュアのクレーンゲームがおいてあるコーナーになる。
あっ、こないだ可愛いと思ってたキツネさんのぬいぐるみがなくなってる!
誰か取ったんだろうなぁ。いいなぁ。だって、可愛かったもんなぁ。
ふと、通路の先にいた一人の男の子が目に入った。
「うわぁ……きれい」
ほんとにその子はとても綺麗な容姿をしていた。小学校低学年くらいに見えるのに地毛なのだろうか……? 一切痛みの無い長めの銀髪ショートヘアに深みのある赤い瞳。服はいかにも今からピアノの発表会です! みたいな感じだ。その現実離れした美しさはこの古びたゲームセンターには不釣り合いで、正直浮いているとさえ思ってしまった。
その美少年はじっと目の前のクレーンゲームの機械の中を見つめていた。
ここからだと中身が見えないのが残念だ。
「あの……」
突然、話しかけられた気がした。
私は周りの誰かだと思ってキョロキョロ周りを見渡すが、私とその美少年以外のお客さんは見当たらない。
「あの!!」
さっきより大きな声が聞こえて、その美少年がこっちを見ていた。
あぁ、私は今美少年に話しかけられているんだ。
「あっ、はい」
あまりにも情けない返事だった。
「これ、どうやって買うの?」
ん? 買うの?
「どゆこと?」
「この白兎のぬいぐるみがほしいんだけど、買い方がわからないの」
理解した。なるほどね。この子は知らないんだ。クレーンゲームってものを。
私は、男の子の方に近づいていって、隣にしゃがむ。男の子と近距離で目が合う。
大きい真紅の瞳に吸い込まれそうな感覚に耐えながら私は答える。
「このぬいぐるみはね、買えないんだよ」
「えっ……」
驚きのあとに落胆が来たみたいだ。表情がわかりやすい。可愛いな。
「ここはゲームセンターと言って、クレーンゲームが沢山あるお店なの」
「クレーンゲーム……?」
男の子は小さく首をかしげながら呟く。
「そう! クレーンゲーム! これのことだよ!」
私は眼の前の機械を指さしてクレーンゲームのことを説明する。
「どう? わかった?」
「うん!!」
「良かった良かった」
「やってみたい!」
「うん! やってみようか!」
男の子は握っていた百円玉を入れて真剣にレバーを動かし始めた。いい感じに真上に来たところでボタンを押す。ゆっくりとアームが降りていき白兎のぬいぐるみを掴む。そしてそのまま持ち上げていったところでそのぬいぐるみがアームから滑り落ちた。
「あっ」
つい声が漏れてしまった。
男の子は、黙ってガラスの向こうで倒れて逆さまになった白兎のぬいぐるみを見つめている。
多分、持ってたのはあの百円だけだったのだろう。
「よし!」
私はお財布の中に残っていた一枚の百円玉を取り出し機械に投入する。ぬいぐるみの真ん中を狙って、ボタンを押す。
違う向きに転がった白兎と目が合う。
私はくるっと半回転して後ろにあった両替機に五千円札を突っ込んだ。帰ってきた千円札四枚をさらに無心で突っ込む。
私はなんもメダルゲームをする気などサラサラ無いのだ。
ただ、そう見えてもおかしくないくらい銀色の物体が積み上がっていた。
「おねえちゃん……?」
男の子が心配するような目でこちらを覗き込んできた。
「大丈夫だよ。私が助けてあげるんだからね」
「う、うん」
私は、無心でクレーンゲームを動かしだした。五枚入れて六回するを永遠に繰り返していた。
そして、山盛りあった銀色が底をつきかけたその時。
ガコンッ……。
「と、取れた……」
クレーンゲームの取り出し口が虹色に光っている。
疲れて放心状態の私の隣で、男の子は白兎のぬいぐるみを抱きしめて嬉しそうにニコニコしていた。
男の子が、パッとこっちを見て言う。
「おねえちゃん、ありがとう!!」
その笑顔で私の疲れはすべて吹っ飛んだ。
人より発達した八重歯がキラリと光っていた。
「どういたしまして」
それから私達は手を繋いでゲームセンターをあとにした。
外はもう真っ暗だった。
「ねぇ、ぼく。お名前なんていうの?」
「ノアだよ!」
「いい名前だね~。ノアくんって呼んでいい?」
「うん! おねえちゃんは?」
「私は明菜っていうの」
「明菜姉ちゃんだ!」
「うん!」
そんな素直に呼ばれるとなんだかくすぐったい気分だ。
ぐうぅぅ~~。
突然、ノアくんのお腹が鳴った。
ノアくんが恥ずかしそうにふにゃっと笑う。
「お腹すいたね」
「うん。ぺこぺこ」
「トマト好き?」
「うん! 好き!」
「たべる?」
「たべたい!」
その勢いは凄まじくて、トマトが大好きなんだという想いがひしひしと伝わってきた。
「じゃあ、食べよっか」
「うん!」
私達は近くのベンチに座って、いただきますをして一緒にトマトをかじった。
「美味しい!」
「ね、美味しいね」
そのトマトはほんとに美味しかった。
新鮮で大きくて食べごたえがあるのに全然水臭くなくて甘みと酸味のバランスもちょうどよくて……。とにかく丸かじりするのが正解のトマトだった。
「ノアくんはどうしてそのうさぎさんのぬいぐるみが欲しかったの?」
「昔仲良かったうさぎのむーちゃんに似てたから」
「そっかそっか、それは取った甲斐がありますな」
「いっぱいぎゅーってするんだ!」
それから、暫く私達のおしゃべりは続き、ノアくんはトマトのおかわりまでしっかり食べて解散した。
「明菜姉ちゃん、ありがとーー! ばいばーい!」
チラチラと何度もこちらを振り返っては手を振り、そう叫びながら走り去って行くノアくんは後ろ姿ですら可愛かった。
私もノアくんに向かって、ぶんぶんと大きく手を振った。
「気をつけて帰るんだよーー!!」
元々小さな背中が段々と小さくなっていってそして見えなくなった。
急に静寂が戻ってきて、寂しさとノアくんが残した暖かさが入り混じったものすごく変な気分だった。
ほんとは一人で帰すのは心配で送っていこうとも思ったけど、びっくり仰天。あの見た目で実は二百九十五才らしいし? それにまぁ吸血鬼の根城に行くのもちょっと怖いし?
ってか、二百九十五才って。それであの見た目って……いやぁ羨ましいですなぁ。
きっと、時の流れ方が違うんだろうね。うん。
◇ ◇ ◇
数日後。
私は、こないだ約五千円も想定外の出費をしたということを忘れたのだろうか。
特売でもないのにお高いトマトを大量に買ってトマトスープを作っていた。
じっくりと煮込んで、いい香りがしてきた。
そして、できた! と思ったその時。
玄関の方で何やら小さな物音がした。
私は、出来立てのトマトスープを早く食べたいという気持ちを必死に抑えながら、恐る恐る玄関へ向かいドアを開ける。
そこには、トマトみたいな色をしたガチャガチャのカプセルが一つ転がっていた。
不思議に思って開けると、折り曲がった一枚の紙と年季のある紋章入りの銀色の指輪。折られた紙を開くと、そこには拙い文字でありがとうと書かれていた。
きっとノアくんだろうと思ったが、周りを見渡してももうそこには誰もいなかった。
私は部屋に戻り、その紋章について調べた。
その紋章調べはもっと難航するかと思っていたけれど、画像検索の力を借りれば思ったよりすぐに見つかった。
紋章はトランシルヴァニアという地域のもので、その地域では吸血鬼とかドラキュラとかそういうのがかなり有名らしい。
なんか納得。
吸血鬼かぁ……。
世間一般でみたら恐れられがちだけど、ノアくんはただ年齢がバグった普通の子供って感じだったけどなぁ。
私は右手の薬指に指輪をつけた。
「ふふっ、結婚指輪みたい」
またいつか会えたらいいなぁ。
私は少しぬるくなったトマトスープを一口すすった。
「美味しい」
その時はトマト料理を沢山作ってあげたいな。
でも、ノアくんなら突然ふらっと姿を見せてくれる気がする。
うん。きっとそう。
私は心のなかで「待ってるね」と呟いた。
