ここで吸うのは煙じゃない、噂だ。
喫煙所での会話は煙よりも他人の悪口と言う見えない霧が漂っている。だからこそ煙たくて、だからこそ中毒性がある。 ニコチンよりも、タールよりも、依存性が高いのは、誰かを下げることで相対的に自分を上げた気になる、あの一瞬の高揚感があるからだろう。
「ここだけの話なんだけどさ」
ここだけの話で済んだ試しがないその前置きが、まるで合言葉みたいに飛び交って、秘密は共有された瞬間に公共物になる。 個室なのにオープンスペース、閉鎖的なのに開放的。矛盾を吸い込んで、矛盾を吐き出す場所――それが喫煙所だ。
誰もが火をつけ、誰かに火をつける。 ライターで煙草に、言葉で噂に。 燃えやすい話題ほどよく回り、灰になる頃には責任だけが床に落ちている。 踏み潰されるのは吸い殻で、言葉はいつまでも消えないのに。
私は吸わない。 正確に言えば、煙草は吸わないが、会話は吸っている。 肺じゃなくて、頭でだ。 耳から吸い込んで、脳内で咀嚼して、「なるほど」とか「まあね」とか、無害そうな煙として吐き出す。
健康に悪いと知りながら、誰かの悪口は今日も美味い。 そして私は思うのだ。この場所で一番有害なのは、煙でも、悪口でもなく――それを安全圏から観察して、ちょっと賢くなった気でいる、この私自身なんじゃないかって。
……まあ、ここだけの話なんだけどさ。
※
社内恋愛は禁止されているわけではないのだが、推奨されているわけでも、歓迎されているわけでも、ましてや応援されているわけでもない。 禁止されていない、という事実だけが、まるで免罪符のように独り歩きしている。 それは「赤信号ではない」というだけで、「青信号だ」とは誰も言っていないのと同じだ。
今日は偶然にも、彼女とエレベーターに乗った。 二人きりになる確率は天文学的ではないが、統計的には無視できない。 沈黙は規則違反ではないが、会話もまた義務ではない。 挨拶はマナーで、視線はリスクで、好意は——まあ、自己責任だ。
「お疲れ様です。古坂さん。この後は、残業ですか?」
明智美里は、そう言った。 ただの業務連絡みたいなイントネーションで、ただの確認事項みたいな距離感で。 つまりは安全運転だ。 社内恋愛が禁止されていない会社における、最も模範的な走行速度。
「いえ、今日は定時で」
嘘ではないが、真実でもない。 正確には“定時で帰れる可能性が、まだ否定されていない”というだけだ。
「そうなんですね」
それだけで会話は終わるはずだった。 終わらせることもできたし、終わらせるべきだった。 沈黙は合法で、継続は安牌で、余計な一言は違反すれすれ。 なのに。
「古坂さんは、定時で帰る日のほうが珍しいですよね」
観測されている。という事実に、胸が一拍遅れて反応する。 恋愛感情ではない。 少なくとも今のところは。 これはただの“認識されている”という感覚だ。 人はそれを、勘違いの入口と呼ぶ。
「ええ、まあ。仕事が趣味みたいなものなので」
我ながら最低限の防御力を備えた返答だと思う。 否定も肯定もしない。 距離も縮めないし、広げもしない。 ただ、エレベーターという閉鎖空間で、空気だけが一段階、濃くなる。
「それ、少し損してますよ」
彼女は笑った。感情を明示しない範囲で。 それでも十分すぎるほど、破壊力のある笑顔で。
「奥さんに怒られたりしないんですか?」
その一言で、エレベーターは一階分、余計に落下した。 実際には落ちていない、そう錯覚したのだ。
正確に言えば、落下したのはエレベーターではなく、僕の想定していた会話の安全高度だ。
「いえ、妻と娘にはもう呆れられてますよ。お父さんは自由すぎるって」
笑顔の向こうに微かな挑発を感じる。 軽く、ほんのわずかに眉が上がる。驚きでも疑いでもなく――ただ観測された者だけが知る“反応”。
沈黙が戻る。 でも今度は、初めての違和感と期待が混ざった空気だ。 見えるものは同じでも、感じる世界は少しずつ変わった。 閉じた空間で、二人の距離は物理的には変わらないのに、心理的にはもう、触れられるかもしれない距離まで縮まっている――そんな錯覚が僕を揺さぶる。
喫煙所での会話は煙よりも他人の悪口と言う見えない霧が漂っている。だからこそ煙たくて、だからこそ中毒性がある。 ニコチンよりも、タールよりも、依存性が高いのは、誰かを下げることで相対的に自分を上げた気になる、あの一瞬の高揚感があるからだろう。
「ここだけの話なんだけどさ」
ここだけの話で済んだ試しがないその前置きが、まるで合言葉みたいに飛び交って、秘密は共有された瞬間に公共物になる。 個室なのにオープンスペース、閉鎖的なのに開放的。矛盾を吸い込んで、矛盾を吐き出す場所――それが喫煙所だ。
誰もが火をつけ、誰かに火をつける。 ライターで煙草に、言葉で噂に。 燃えやすい話題ほどよく回り、灰になる頃には責任だけが床に落ちている。 踏み潰されるのは吸い殻で、言葉はいつまでも消えないのに。
私は吸わない。 正確に言えば、煙草は吸わないが、会話は吸っている。 肺じゃなくて、頭でだ。 耳から吸い込んで、脳内で咀嚼して、「なるほど」とか「まあね」とか、無害そうな煙として吐き出す。
健康に悪いと知りながら、誰かの悪口は今日も美味い。 そして私は思うのだ。この場所で一番有害なのは、煙でも、悪口でもなく――それを安全圏から観察して、ちょっと賢くなった気でいる、この私自身なんじゃないかって。
……まあ、ここだけの話なんだけどさ。
※
社内恋愛は禁止されているわけではないのだが、推奨されているわけでも、歓迎されているわけでも、ましてや応援されているわけでもない。 禁止されていない、という事実だけが、まるで免罪符のように独り歩きしている。 それは「赤信号ではない」というだけで、「青信号だ」とは誰も言っていないのと同じだ。
今日は偶然にも、彼女とエレベーターに乗った。 二人きりになる確率は天文学的ではないが、統計的には無視できない。 沈黙は規則違反ではないが、会話もまた義務ではない。 挨拶はマナーで、視線はリスクで、好意は——まあ、自己責任だ。
「お疲れ様です。古坂さん。この後は、残業ですか?」
明智美里は、そう言った。 ただの業務連絡みたいなイントネーションで、ただの確認事項みたいな距離感で。 つまりは安全運転だ。 社内恋愛が禁止されていない会社における、最も模範的な走行速度。
「いえ、今日は定時で」
嘘ではないが、真実でもない。 正確には“定時で帰れる可能性が、まだ否定されていない”というだけだ。
「そうなんですね」
それだけで会話は終わるはずだった。 終わらせることもできたし、終わらせるべきだった。 沈黙は合法で、継続は安牌で、余計な一言は違反すれすれ。 なのに。
「古坂さんは、定時で帰る日のほうが珍しいですよね」
観測されている。という事実に、胸が一拍遅れて反応する。 恋愛感情ではない。 少なくとも今のところは。 これはただの“認識されている”という感覚だ。 人はそれを、勘違いの入口と呼ぶ。
「ええ、まあ。仕事が趣味みたいなものなので」
我ながら最低限の防御力を備えた返答だと思う。 否定も肯定もしない。 距離も縮めないし、広げもしない。 ただ、エレベーターという閉鎖空間で、空気だけが一段階、濃くなる。
「それ、少し損してますよ」
彼女は笑った。感情を明示しない範囲で。 それでも十分すぎるほど、破壊力のある笑顔で。
「奥さんに怒られたりしないんですか?」
その一言で、エレベーターは一階分、余計に落下した。 実際には落ちていない、そう錯覚したのだ。
正確に言えば、落下したのはエレベーターではなく、僕の想定していた会話の安全高度だ。
「いえ、妻と娘にはもう呆れられてますよ。お父さんは自由すぎるって」
笑顔の向こうに微かな挑発を感じる。 軽く、ほんのわずかに眉が上がる。驚きでも疑いでもなく――ただ観測された者だけが知る“反応”。
沈黙が戻る。 でも今度は、初めての違和感と期待が混ざった空気だ。 見えるものは同じでも、感じる世界は少しずつ変わった。 閉じた空間で、二人の距離は物理的には変わらないのに、心理的にはもう、触れられるかもしれない距離まで縮まっている――そんな錯覚が僕を揺さぶる。

