自分の動作を、ひとつずつ意識する。
 ベッドに近づく。
 布団の中央が、わずかに沈んでいる。
 自分が寝た位置とは、違う。
 いつもは、左寄りだ。
 だが、この沈みは、中央。
 座ったような形。
 喉が、詰まる。
 布団に触れる。
 まだ、わずかに温かい気がする。
 そんなはずは、ない。
 それでも、手を引っ込められない。
 クローゼットを見る。
 扉は、閉まっている。
 開ける勇気が、出ない。
 頭の中で、二つの考えがぶつかり合う。
 自分が、やった。
 誰かが、やった。
 どちらも、決定打がない。
 だが、
 布団の形だけは、説明できない。
 自分が、座った記憶はない。
 誰かが、座った記憶も、当然ない。
 それなのに、
 痕跡だけが、ある。
 触れない距離を保ったまま、
 ベッドから離れ、部屋を見回す。
 カーテン。
 人が、腰を下ろしたときの、
 あの、重みの跡。
 自分は、今日は、ここに座っていない。
 立ったまま、眺める。
 距離を、縮めない。
 枕を見る。
 一つは、少し、位置がずれている。
 自分は、寝る前に、枕を直す。
 それが、癖だ。
 なのに、
 その「整える前」の状態に、近い。
 喉が、ひくりと鳴る。
 ベッドの端に、そっと手を伸ばす。
 気のせいだ。
 そう、思おうとする。
 だが、今日は、
 気のせいで済ませてきた数が、多すぎる。
 ここは、
 自分が一番、無防備になる場所だ。
 眠る場所。
 目を閉じる場所。
 意識を、手放す場所。
 そこに、誰かが、座った。
 そう考えた瞬間、
 足元が、すっと冷える。
 立っていられない。
 ベッドには、座らない。
 代わりに、床にしゃがみこむ。
 覗き込むしか、ない。
 視線の高さが下がると、
 ベッドの下が、目に入る。
 座ったまま、
 徐々に、覗き込む。
 今朝から、
 一度も、確認をしていない。
 まさか。
 体は、止まらない。
 覚悟だけが、先に来る。
 覗き込む。
 奥まで、見えない。
 何も、動かない。
 「見てはいけない場所」が、
 そこにある、という感覚だけが、残る。
 この部屋で、
 自分が知らない時間が、
 確かに、あった。
 それを、
 もう、否定できない。
 スマートフォンを、握る。
 ライトを、点ける。
 心臓が、強く打つ。
 こちらを向いている、顔がある。
「……っ……っ……っ」
 悲鳴をあげるが、
 息が、漏れるだけだった。
 体も、
 動かない。
 胸が、潰れそうになる。
 ――推しの、抱き枕だった。
 自分でも、忘れていた。
 完全に、人だと思った。
 もう、嫌だ。
 嫌だ。
 嫌だ。
 もう、嫌だ。
 ――意識が、遠のく。
 どれくらい、そうしていたのか分からない。
 寒さで、目が覚めた。
 意外と、
 少し、落ち着いていた。
 明日の仕事のために、
 歯磨きをして、
 お風呂に入ることにする。
 涙や、冷や汗で、
 床を、はい回っていたから。
 もう、
 体を、洗いたかった。
 浴室のドアを閉める。
 内鍵を、かける。
 小さな音。
 それだけで、少し息ができる。
 服を、脱ぐ。
 歯ブラシを、くわえる。
 床が、冷たい。
 鏡は、見ない。
 シャワーを、出す。
 最初の水が、
 お湯になるのを、確かめる。
 すぐに、温かくなる。
 湯気が、立ち上る。
 視界が、
 白く、ぼやける。
 音が、
 外を、遠ざけていく。
 ここは、密室だ。
 鍵があって、
 壁があって、
 逃げ場がない。
 それが、今は、ありがたい。
 髪を、洗う。
 背中が、すうっとなる。
 上下左右。
 後ろを見る。
 また、流す。
 また、背中が、すうっとなる。
 上下左右。
 後ろ。
 怯えるように、
 湯船に、入る。
 不安から、
 熱めのシャワーを、
 頭に当てながら、歯を磨く。
 湯船は、
 熱くて、冷たい。
 頭も、
 熱くて、冷たい。
 不安で、
 歯を磨く手が、止まらない。
 シャワーを、
 頭から、かけたまま。
 立ち上がろうと、
 した瞬間。
 ドンッ……。
 音が、する。
 体が、固まる。
 理解が、追いつかなかった。