目を覚ましたとき、何時なのか分からなかった。
 夜が終わったのか。途中で途切れたのか。
 その区別が、つかない。
 夢を見ていた気もする。
 だが、内容は残っていなかった。
 眠りが浅かったという感触だけが、身体に残っている。
 枕元に手を伸ばし、スマートフォンに触れる。
 画面が点く。
 光が、いつもより強く感じられた。
 時刻は早い。
 目覚ましは、まだ鳴っていない。
 指が滑り、ヘルスケアの画面が開く。
 昨日の歩数。
 はっと目を覚まし、布団を掛けたままベッドの縁に腰を落とした。
 数字を見た瞬間、胃の奥が縮んだ。
 もう一度、桁を確かめる。
 平日の平均を、明らかに超えている。
 通勤と買い物を合わせても、届かない数だった。
 画面を伏せる。
 再び見る。
 数字は変わらない。
 その下に、移動の記録が表示されている。
 細い線が、地図の上をなぞっていた。
 見覚えのない場所だ。
 駅名が違う。
 道の形が、記憶と合わない。
 拡大する。
 縮小する。
 もう一度、拡大する。
 息を止めていたことに気づき、慌てて吸い込む。
 胸の奥が、少し痛んだ。
 昨夜のことを思い出そうとする。
 帰宅した。
 バッグを置いた。
 服を脱いだ。
 そこから先が、ない。
 抜け落ちている。
 布団を出て、玄関へ行く。
 鍵は閉まっている。
 靴も、昨日のままだ。
 それでも、胸の内側が落ち着かなかった。
 洗面所の照明を点ける。
 鏡を見た瞬間、視線が止まる。
 端の方に、跡がある。
 水滴かと思った。
 だが、形が残っていた。
 指の跡のように見える。
 五本分ある気もする。
 自分の肩より、少し高い位置だった。
 一歩、近づく。
 輪郭が、はっきりする。
 その瞬間、歩数の数字が頭をよぎった。
 蛇口をひねり、水をかける。
 跡は流れ落ち、すぐに消えた。
 消えた。
 残らなかった。
 ただの汚れだったのだと思う。
 そう言い聞かせる。
 顔を洗う。
 冷たい水が、皮膚に広がる。
 それでも、何度も同じ場所を見てしまう。
 何も映っていない鏡の端。
 そこに、何かがあったという感触だけが、残っていた。
 キッチンへ行く。
 冷蔵庫を開ける。
 卵。
 野菜。
 ペットボトル。
 ビール缶。
 変わりはない。
 ただ、缶の位置が違っていた。
 右奥に並べていたはずのものが、左へ寄っている。
 一本だけ、角度がずれている。
 本数は、減っていない。
 扉を閉める。
 もう一度、開ける。
 変わらない。
 最初から、こうだったのか。