折り鶴サマの満つる刻

 夕方になり、放課後を迎えた学校ではランニングする運動部員の掛け声や、楽器のチューニングに勤しむ吹奏楽の音などが行き交い始める。
 その様子を横目に、俺は『塩越高等学校』と記された学校銘板の前で遠い夕焼けを眺めていた。結局今日は一日を学校で過ごしたが、やはり記憶が戻る手がかりらしいきっかけは見つからなかった。
 六時限目が終わる直前、「さすがに帰りのホームルームにはいないとね」と言ってツルは屋上を去っていき、俺は一人ここでこのあとどうしようかと考えあぐねている。
 病院にでも、行ってみようか。
 校舎内を彷徨い歩いていた際、町の病院から職員室に電話が入っていたのを意図せず盗み聞きした。会話の内容から、多分俺の件だと思う。
 学校でこれ以上の情報を期待できないなら、他の場所にも行ってみるべきだろう。それがきっと、失くした記憶を取り戻す近道にもなるはずだ。そう思い、俺はまず病院を探すべく町へと踏み込む。
 地方の田舎らしい小さな町ながら、山と海に挟まれた立地上、それなりに起伏の激しい町並みだ。山の方へ行くに連れて坂が増え、勾配もきつくなっていく。買い物帰りと思しき老婦人が自転車を押して懸命に坂を上る背中が見え、力を貸してあげたかったが、霊体ではそれすらできないことに申し訳なさと罪悪感を覚える。
 帰路を急ぐ人々の足元には夕日に照らされた長い影が横たわり、夕暮れの世界をうごめいている。かつてあるのが当たり前だったのに、今の自分にはないもの。ただ一人世界から弾き出されたような疎外感に、また容易に不安が募ってしまう。
 第一総合病院と言いつつ、町内にはここ以外に大きい病院はない。町中でひと際わかやすく目立っていた白い建物に来てみたところ、案の定ここが目的の病院だった。面会時間は終了しているようで、そのせいか人影はまばらだ。
 ここのどこに、俺は入院しているのだろう。幽霊なので人に聞くわけにもいかず、とりあえずは入院棟を下から地道に探していく。
 三階の集中治療室に、俺の体はあった。心電図の規則正しい電子音が無人の部屋に響き、無数の管に繋がれ命を永らえている。朝のホームルームでは命を取り留めたと告げられていたが、危ない状態ではあるようで面会謝絶だった。
 横たわる自分の肉体を、枕元に立って見下ろす。生身の人間では許されない芸当だが、幽霊ならば侵入も咎められはしない。頭には包帯が巻かれ、血の気の失せた肌は青白く、酸素マスクをつけた口元からはわずかに細い呼吸音が辛うじて聞こえている。
 死の淵に瀕した肉体を霊体となって眺めるなど、いったいなんの風刺だろう。この肉体の中から世界を見ていたときには意識することもなかった生の実感が、肉体を失って始めて如実に心に沁みる。
 心臓の鼓動を記録する心電図の無機質なディスプレイが、規則正しい電子音が、皮肉にも俺がまだ物ではなく、命ある個体であることを証明していた。
 どこかから、しゃくりあげるような小さな泣き声が聞こえた。
 とっさに耳を澄ませる。部屋の外からだ。壁一枚を隔てているはずなのに、その声は妙に強く、はっきりと耳元で響いた。
 壁をすり抜けて廊下に出て、周囲を見渡してみると、集中治療室から少し離れたソファーで幼い女の子がうつむいてめそめそと泣いていた。そばには白衣を着た医者の男性が付き添い、背中をさすってやったりとしきりになだめているが、泣き止む様子はない。
 黒い髪を肩あたりで切りそろえたおかっぱ髪の少女だ。気の弱そうな下がり眉がさらに八の字に下がり、ポロポロと大粒の涙をこぼしている。拭っても拭っても小さな手の甲が涙に濡れるばかりで、涙を吸った袖口は重たく手首にへばりついていた。
 どうしてか、その様子に胸が無性に痛む。
 記憶を失くし、顔も名前も覚えていないはずなのに、彼女が泣くたびこちらまで泣きそうな気持ちになる。同情とも、哀れみとも違う。もっと心の奥深くに根付く、親愛にも似た愛おしさだ。
 ふいに何かに気づいたように女の子は顔を上げ、両手で一生懸命涙を拭きながら辺りを見回す。黒真珠のような瞳がこちらを見つけ、パチリと瞬く。
「……おにいちゃん?」
 その目は間違いなく、幽霊であるはずの俺の姿を真っすぐ捉えていた。
 おにいちゃん。女の子は正確に、俺のことをそう呼んだ。ここにもまた、俺の過去を知る存在が一人。
「光里ちゃん。お兄ちゃんが恋しい気持ちはわかるけど、そろそろ帰らないと職員さんが心配するよ。明日また、改めてお見舞いにおいで」
「でも……おにいちゃんが」
「海斗くんのことは、先生たちが必ず助ける。だから安心しなさい」
 医者には俺の姿が見えていないようで、おかげで光里と呼ばれた少女との会話は絶妙に噛み合っていない。彼女はしきりにこちらに目を向け、不思議そうな眼差しで訴えかけてくる。
 ひかり――光里。一度耳にしただけで、その名前はするりと何の違和感もなく胸の奥に滑り込む。確かに、わずかに懐かしさを伴う響きだ。
 この子は、俺の妹なのだろうか。それとも単に仲の良かっただけの子だろうか。医者の口ぶりからすると、なんとなく前者の方が可能性が高い気がする。赤の他人にしては、医者の言葉から感じる距離が近い。
「先生! つぐみの家と連絡が取れました。すぐお迎えが来るそうです」
 ナースセンターの方から若い看護師がやってくる。つぐみの家。何かの法人か、施設の名前のように聞こえる。覚えのない言葉だ。
 医者が一つ頷き、光里を促してソファーから立たせる。間もなく、見知らぬ女性が慌てた様子で廊下へやってきた。先ほど話題に出たつぐみの家とやらのスタッフだろう。光里の手を引き、女性は医者たちに丁寧にお礼を言いながら帰っていく。
「……光里ちゃんには、やっぱり辛い現状ですよね」
 二人の後を追おうか迷っていると、先ほどの看護師がポツリと憐憫の呟きをこぼした。
医者と一緒に光里の姿を見送りながら、暗い顔を付き合わせていた。
「そうだね。ご両親が亡くなってまだ間もないのに、今度は海斗くんまで……今年ようやく五歳になったというのに」
「稔さんが脳梗塞で倒れなければ、そのあとのことだってきっと――」
「滅多なことを言うな。律子さんの件は……本当に、不幸な事故だったとしか言いようがないよ」
 妹が、いたのか。こんなにも幼く、まだ恐らく小学生にもなっていない妹が。
 彼らの口から語られているのは、明らかに俺らの事情に関わるもので、無意識に肩が強張る。背筋がゆっくりと冷えていき、じわじわとほの暗い感情が湧いてくる。
 この反応は、なんだ――?
 稔という名も、律子という名も、引っかかるものはあるが、喉元につっかえたようにうまく全容を思い出せない。この数分の間にもたらされた情報はあまりに多く、心がまだ上手に呑み込めていない。
 どうして、こんなにも”怖い”と思うのだろう。一度は手放したこの記憶の先に、いったい何があるというのか。
 俺が思い出そうとしている過去は、そんなにも絶望に満ちた危険なものなのだろうか。
 ツルが囁いた「思い出さなくてもいい」という誘惑が脳裏をよぎり、しかしすぐにかき消される。どんなに恐ろしくとも、思い出さなくてはならない。そんな強迫観念じみた義務感に駆られる。
 だって俺が全てを忘れたままでは――光里は本当の意味でひとりぼっちになってしまうから。

 過去の断片を振り切るように病院を後にし、光里の姿を追ってたどり着いたのは、山のふもとに広がる閑静な住宅街の一角だった。
『つぐみの家』
 近隣の家々と遜色なく地域に溶け込んだ一軒家の門柱に表札はなく、代わりにそう書かれた金属の板が掲げられている。光里を迎えに来た職員が勤務するこの家は、地域小規模型の児童養護施設だった。
 日もすっかり沈み、今や空の八割がたが夜に染まりつつある中、明かりが灯り始めるつぐみの家の窓を、俺は向かいの公園のブランコに座りながら見上げていた。
 どうしてここに俺たちが住んでいるのか、どういう経緯でこの施設に流れ着いたのか、まだ思い出せない。あるいは思い出すことを拒んでいるのかもしれない。直前に病院で感じた恐怖が、その可能性も示唆している。
 思えばクラスメイトも、俺の家の事情について言いにくそうに言葉を濁していた。施設暮らしであることも、家庭に何らかの事情があることも、学校ではある程度知られたことなのだろう。
 その”何らかの事情”とやらに、俺が屋上から身を投げた理由も隠されているのだろうか。そう思うと途端、また恐ろしい気持ちが首をもたげる。
 無意識に足が前後するたび、座っているブランコがかすかにギィギィと音を立てる。近くを通った部活帰りらしい少年がギョッとしたように目を見開く。彼の目には風もなく誰もいないブランコがひとりでに揺れているように見えているのだろう。そういうブランコには、これまでも物思いにふける幽霊が座っていたのかもしれない。
 つぐみの家の窓のカーテンに人影が映るたび、あれは光里だろうかと考えてしまう。予期せず判明した家族の存在は、思うより強く俺をこの世に繋ぎとめ、同時にこのまま進んでもいいのかと足踏みもさせた。
 心のどこかで、失くした記憶はごく普通のありふれたものだと信じていた。だがそうではなかった。今わかっている断片だけでも、十分平凡からほど遠い。
 それに二度も向き合うことなど、果たして俺にはできるのだろうか……。
「やーだー! ほしいほしいほしい!!」
 ふいに公園の入り口の方から、地団駄を踏む子どもの甲高い叫び声が響く。買い物帰りか、あるいはお迎えの帰りか、通りにしゃがみ込んで動かない男の子の数歩先で、父親と思しき中年の男性が苛立った様子で踵を鳴らしている。
「買わないと言っているだろ! まったく、あいつが散々甘やかすから、こうして子どもも付け上がるんだ……」
 言うことを聞かない子どもと、この場にいない母親にまで矛先をぶつけるように、男性は自分の太腿をバチンと強く叩いた。乾いた大きな音がやけに生々しく鼓膜を打ち、びくりと肩を揺らした男の子がさらに声を荒らげて泣きじゃくる。
「うるせぇな! これ以上駄々をこねるならここに置いてってやる!」
 ――やめてくれ。
「子どもは親の言うことを聞いていればいいんだよ。こんな町中で俺に恥をかかせやがって……このクソガキが!」
 ――それ以上、トゲのある言葉は聞きたくない。
『……なんだその目は。俺をそんな目で見ていいと思っているのか? 腹の立つガキだ。立場ってヤツをわからせてやる!』
 気づけば一家の姿はとっくに消え、一人ありもしない幻聴に耳を塞ぐ。これは誰の声だろう。わからない。わからない。けど、わかりたくもない。
 視界に影が差す。目の前に誰かが立ったような気がして顔を上げる。さっきまで夕暮れの公園だったはずのあたりはいつからか薄暗い居間に変わり、逆光を背負った黒々とした男のシルエットが不気味に頭上から覆いかぶさる。
 アルコールの嫌なにおいがする。肉体もないくせに全身の節々が裂けるように痛い。違う。これは現実じゃない。幻覚だ。錯覚だ。かつての記憶が見せる、幻の悪夢――。
『これに懲りたら、二度とその生意気な目で俺を見るんじゃねえぞ。おい、芋虫みたいに転がってないで酒を買って来い。また殴られたいのか!』
 この記憶は嫌だ。覚えていなくない。
 扉をこじ開けて蘇ろうとする記憶を、再び忘却の彼方に押しやろうとしている自分がいる。過去を取り戻すというのはこういうことなのだと、ようやく骨の髄まで沁みた。
 両手で体を抱え、嵐が過ぎ去るのを身を縮めて耐える。そんな必要はないと頭ではわかっているのに、身体に、魂に染み付いた恐怖がすべてを絡めとっていく。
「ねぇ、大丈夫?」
 懐かしく心地良いテノールボイスが、その暗闇に一寸の光をもたらした。
 反射的に息を短く吸い込んだ瞬間、泡が弾けるように周囲に色が戻ってくる。俺は変わらず公園のブランコに座り、目の前には片膝をついたツルがいた。
「ツル……」
「顔色悪いよ。嫌なことでも思い出した?」
 見知った顔に安堵し、無意識に手を伸ばしかけたが、幽霊である今の自分には人に触れるどころか、誰にすがることすらもできないのだと思い出し、ぐっと手を握り締めて腕を下ろす。
「別に、大したことは――」
「あるよね? その顔だとだいぶ無理がある言い訳だと思うけど」
 遮るように投げられた問いかけは確信めいていて、琥珀にも似た彼のチョコレート色の瞳は隠し事を許さない圧がにじんでいた。
 これくらい、誰かにすがって泣き言を言うべきではない。そう思って首を横に振ろうとしたが、無言で目を合わせてこちらを逃がさないツルの視線に負け、結局俺は観念して口を開いていた。
 こうやって誰かに吐き出し、すがってしまえば心が楽になると、本能的に理解していたのかもしれない。
「……どうするのが正解なのか、わからなくなっちゃった」
 絞り出した声がかすれ、風に吹かれて解けていく。直前のフラッシュバックで頭の中が混乱し、正直何をどう言えばいいのかもわかっていなかったが、無意識にこぼれた言葉はそんな今の自分の心境を、案外正確に言い表していた。
「前にツル、言ってたよね。思い出さない方が幸せなこともあるって。あれが、今ならよくわかる気がする。傷つくとわかってる記憶を、それでも思い出そうとするのはやっぱり馬鹿なことなのかな……」
 校舎の屋上の貯水槽の下で、ツルは俺になぜ記憶を取り戻したいのかと聞いた。あのときはただ自分に何もないことが不安で、その隙間を少しでも埋めたくて失くした過去を求めていた。
 今も同じくらい、そうすべきだと信じていられるのか、自信はない。あのとき以上に、かつて俺の周りにいたはずの人々の影も増え、何もなかった、なんてことはないと証明されつつあるのに、迷いはなぜか減るどころが増す一方だ。
 ブランコがギィ……と、また一つ小さく鳴く。ずいぶん取り留めもなく話してしまったが、ツルは一度も俺の話を遮ることはなかった。最後まで聞き終えてしばし目を伏せ、立ち上がると隣のブランコに腰を下ろす。
 彼が座っても、ブランコは不思議と少しも音をたてない。その不自然なほどの静寂が、かえって気持ちを落ち着かせてくれる。
「海斗くんはどうしたいの? 向き合いたいのか、それとも逃げたいのか」
 こちらから尋ねたのに、質問に質問を返される。
「わからないって、言ってるじゃん」
「うん。でも無理やり答えを出さないと。君の人生に、他に誰が決定権を持てる?」
 突き放すような言葉は残酷で、痛いくらい正論だった。
「僕は聞き手だ。話を聞いて、アドバイスしたり、一緒に考えたりはしてあげられる。でも最終的には海斗くんが決めるべきでしょ? 僕が記憶探しをやめた方がいいって言えば君はやめるの?」
「……」
「ほら。即答できないんじゃ、むやみに他人に”どうしたらいい”なんて他力本願な相談を持ちかけない方がいい」
 言葉は冷たく聞こえるのに、視線を合わせてこちらに語りかけるツルの声は普段のような不真面目さはなく、どこまでも真摯で優しい。
「きっと、後悔する羽目になるよ」
 優しい言葉をかけてほしいという期待がなかったと言えば嘘になる。慰めて、これが正解だという道筋を示してほしい、と。
 とっさに唇を噛む。腹を立てたからではない。そんな何もかも投げ出したいと思っていた心まで、見透かされたようで悔しかったのだ。
 考えることを放棄し、他人に全てを委ねて生きていくのは楽だろう。だがそれは思考停止にすぎないと、ツルは両断する。自分の足で立てと促しながら、頭ごなしに否定することも、見捨てることもしない。
「……ツルって、優しいのか鬼なのか、よくわかんないね」
 受け止め、寄りかからせてはくれるけど、依存することは許してくれない。一人の独立した個人として、俺を真正面から認めてくれる。懐かしく、どこかくすぐったい。
「僕はこの上なく優しい人間のつもりだけど?」
「自己申告の自称ほど、当てにならない評価はないって知ってた?」
「えぇー、手厳しいなぁ」
 おどけたように肩をすくめ、ツルは夕焼けを見上げて目を細める。紺と橙が混ざり合う空にはうろこ雲が漂い、気の早い半月が東の空にうっすら浮かび始めている。
「屋上で語ってくれた、思い出したいっていう決意。あれが嘘だったのでなければ貫き通したらいい。過去に執着しているということは、君がまだ生きようとしてる証拠だ。自分自身の手で裏切ってやる必要はないんじゃない?」
「……そういうものか?」
「そういうものだよ。記憶探しを諦めたくて、僕にその話をしたわけじゃないでしょ? なら、背中くらい押してあげる」
 なんてことない世間話のように、ツルはそう答えてあげると目を細め、ふっと口角を上げる。頼もしくて、どこか安心できる横顔。
 軽薄で飄々としているのに、誰よりも早く的確に、一番欲しい言葉を見つけてきてくれる。ただの友人にしては、あまりに心の距離が近すぎる。まるで信頼する家族にでも相談しているような気分だ。
 だから、記憶を失くす以前から気を許していたのだろうか。彼の、その全てを受け止めてくれそうな底の深さに惹かれて。
「どうしたの? そんなまじまじと見て。僕の体に風穴でも開けるつもり?」
「そんな目力はないよ……。もし年上の兄とかいたら、こんな感じなのかと思っただけ」
 なんとなくだけど、多分俺は長男だったと思う。ツルに対して自然とそういう羨望を抱くということは、年長者として前に立ち、導いてくれる人がいなかったのだろう。守るべき妹は持っていても、俺自身は誰にも守ってもらえない存在だったのかもしれない。
 だから真っすぐ俺だけを見てくれているようなツルの振る舞いと眼差しが、こんなにも心地よく感じるのかもしれない。
「ふぅん? じゃあ優しいツルお兄さんが胸を貸してあげようか。あ、現状だと体か」
「いや、それは遠慮しておく」
「ひどーい。僕ら、身も心も結ばれた仲なのに」
「そういう冗談って、あんまり言うもんじゃないだろ」
「冗談だと思うんだ?」
「……」
「あ、この上なく露骨なしかめっ面」
 ケラケラとおかしそうに笑うツルに、からわれたと気づく。毒にも薬にもなる彼の軽口に一喜一憂させられ、気づけばフラッシュバックしていたトラウマもどこかへ吹き飛ばされてしまった。
 ツルといると、いつもペースを乱される。予想通りには動いてくれないし、何を言い出すかもわからない。何を考えているのかも見通せない。
「大丈夫。何があっても、君のことは傷つけないよ」
 それでも信じてみたいと思うくらいには、俺もこの得体の知れない男に気を許し始めているようだ。