折り鶴サマの満つる刻

 母親の墓前に立ち尽くし、降りしきる雨の中、かすれた声で海斗が謝罪の言葉を繰り返している。ごめんなさい、ごめんなさい、と。
 雨音にかき消されそうなその慟哭を、慰霊碑の裏側で聞き、遠くに見つめた。
 出ていくなどできるはずもない。だってなんと声をかける? 彼の母親は死んだ。自分が教えた、あのでたらめなまじないに巻き込まれて。
 あるいは事故そのものは、本当に偶然だっただけかもしれない。たまたま海斗の養父に相当する男が車を運転し、夜道で転落事故を起こした。母親は、その車に乗っていたがために巻き添えを食って亡くなった。
 だが偶然とは、そこに誰もなんの縁を見出さなかった場合にのみ成立する、一番曖昧でお気楽な逃げ口上だ。遺族が、関係者が、その事故に別の物語を見出したなら、その人にとって、事故はもはや偶然ではなく必然へと形を変える。
 海斗は、母親の死を不幸な偶然として片付けることができなかった。母親まで死ぬ羽目になったのは自分のせいだと、その自責の念にとらわれている。
 そんなことはないと、いつもの調子で言ってやりたい。でも許されない。他の誰でもいいが、自分にだけはその資格はない。
 全知全能の神ではない以上、人はこの世の全てに責任を持つことなどできやしない。誰かを救おうとすれば、その影で誰かが傷を負う。その、ままならなさを、何度も見届けてきた。

 見届けてきたけど、今が一番堪えている気がする。

 長い間その場を動こうとしない友人の背中と、同じ沈黙を共有する。
 馬鹿だなと、そう思う。海斗の真面目すぎる性根にも、懲りずにまだ人を助けようとする自分にも。
 ないはずの心臓が、刺されたように痛む。右手を持ち上げてみれば、奇妙で禍々しい黒い靄にまとわりつかれている。
 魂が変異している。それだけはとっさに理解できた。
 これは代償だ。ありもしない儀式を生み出し、誰かに代わって人を呪おうとした罰。あるいは人助けを装い、他人の人生を都合よく消費し続けてきた報いかもしれない。

 自分のことしか考えてない奴は、いつか必ず痛い目を見る。そういうことなのだろう。

 視界の端に闇がにじみ、海斗の姿が雨に霞む。声が聞こえない。誰にも気づかれず瓦礫に埋もれた、あの孤独な死に逆戻りしようとしている。
 蜃気楼のように世界が形を失くしても、彼の輪郭だけは最後に残った道標のように、どれだけぼやけようと消えることなく世界の真ん中に留まり続けている。
 決して、忘れるなと釘を刺すように。
 この世に神はいない。今まで信じてこなかったし、これからも多分信じない。だがもし本当に存在するなら、もう少しだけ待ってほしい。
 せめて罪を贖える瞬間まで――僕の意識を世界から消さないでくれ。