【#2】
「紫苑、校内のイケメン男子特集に麻井(あさい)先輩入ってるよ!」
2学期が始まって1週間が過ぎたある日、沙苗がわたしに校内新聞を見せてきた。
「麻井先輩、中学生の時から結構人気あったもんね~」
「そうだね」
「あ~紫苑が羨ましいよ~。こんな人気のある人とつきあってるなんて」
「いや、でもまだつきあい始めたばかりだし」
「へぇ、藤咲さんってつきあってる人いるんだ?」
沙苗とふたりで話していたら、隣の席で英語の予習をしながら話を聞いていたらしい葉月くんに声をかけられた。
隣の席だから結構話すし、今では気軽に会話できるようになったんだけど、さすがに恋愛の話は恥ずかしい。
「え~っと……」
なんて答えたらいいかわからない。
麻井先輩は同じ中学校出身で、バスケ部に入っていて女子に人気があるモテ男子。
笑顔がさわやかで優しい雰囲気だなとわたしも好感を持っていたんだけど、1学期の終わり頃に告白されて、つきあうことになった。
でも、まだ学校帰りにお茶したことしかないんだよね。
「紫苑の記念すべき初カレでしょ」
「……うん」
沙苗に言われて、わたしが返事をしたそのとき。
「藤咲さん、モテ男子とつきあってるからって大声で自慢しないでくれる?」
突然、後ろの方からキツイ言葉が聞こえてきた。
こんなこと言うの、椎名(しいな)さんくらいしかいない。
一瞬後ろを振り向くと、予想通り椎名さんが冷たい瞳でわたしを睨んでいた。
椎名さんは、校内でも結構有名な派手系の美人タイプ。
見た目も派手だけど、恋愛関係もかなり派手みたいで、次々に色んな男子とつきあってる。
性格もワガママでキツイところがあるから、正直言ってわたしは苦手だ。
椎名さんもわたしのことをかなり嫌っているみたいだし。
実は椎名さん、高校に入ってから麻井先輩のこと狙ってたらしいんだけど、こんなごく普通のあまり目立たないわたしが先輩に告白されたってことが気に入らないらしい。
「気にすることないよ、紫苑」
「うん、ありがとう」
「でも、この前ちょっとウワサで聞いたんだけど……」
沙苗が急に真顔になって、少し声をひそめた。
「なに?」
「麻井先輩って、裏ではかなりチャラ男みたいだよ」
「……え?」
その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感がした。
* * *
放課後。
「紫苑、今日はどうするの?」
「ごめん、先輩と一緒に帰るね」
「わかった。じゃ、また明日ね」
沙苗は笑顔でわたしに言うと、教室を出た。
沙苗にも好きな人ができたらいいな、なんて思いながら2年生の教室の廊下を歩いていると、
「それにしても、麻井もやるよなぁ。また新しい彼女できたんだろ?」
「ああ」
教室から、麻井先輩とその友達らしき人の声が聞こえてきた。
今「また新しい彼女ができた」って言ってた?
“また” ってことは、前にも彼女がいたってこと?
先輩はモテるから、前につきあっていた人がいても全然おかしくないけど。
わたしは教室に入りづらくて、ドアの陰に立って話を聞いた。
「1年の子だよな。名前、何だっけ?」
「藤咲 紫苑って子だろ? うちの学年にその子のお姉さんがいるよな。姉の方はすごい美少女だけど」
「麻井、本気でつきあってるのか?」
「あ~、あれぶっちゃけバスケ部の試合で負けて罰ゲームでコクったんだよ。ホントはうちの学年の藤咲狙いだったけど、ガード堅いらしいから。とりあえず妹と接点あれば警戒されずに近づけるかなって思ってるだけ」
……!
一瞬、目の前が真っ暗になった。
先輩……今、なんて言ったの?
わたしには罰ゲームでコクった?
しかも、ホントはわたしじゃなくてお姉ちゃんの方を狙ってる?
ウソでしょ?
わたしの聞き間違いだよね?
「中学時代から気になってたんだ」って言ってくれたのに。
あれはウソだったの?
そんな……そんなのってないよ!
「先輩、どういうことですか!?」
思わず先輩のいる教室に入って大きな声で怒鳴っていた。
「……!」
わたしの剣幕に先輩は一瞬ビックリしてたけど、すぐに開き直ったように平然とした顔で言った。
「どういうこともなにも、今言った通りだよ」
わたしはその言葉を聞いて初めて先輩の本性を知った。
沙苗が言ってたウワサは、本当のことだったんだ。
「ホントに今まで俺がおまえに惚れてると思ってたんだ?」
呆然と立ち尽くすわたしに、先輩はそう言って笑い出した。
「……!」
……ひどい! そんなこと言うなんて!
わたし、完全にバカにされてる……!
今目の前でわたしをあざ笑ってる先輩は、わたしの知ってる先輩じゃない。
知らなかった。知りたくなかった。
麻井先輩がこんな最低な人だなんて!
わたしは耐え切れずに教室を飛び出した。
――誰もいないところに行きたい。
そう思って着いたところは、学校の裏庭だった。
さっきの先輩の言葉がずっと頭の中で響いてる。
ひどいよ……!
わたしは本気で告白してくれたんだって思ってたのに。
ただの罰ゲームで、お姉ちゃんと近づくためだったなんて、信じられない!
サイテーだよ。
悔しい。あんな人だなんて知らずに見た目だけで判断して、告白されて嬉しくて簡単にOKしたなんて。
先輩の言葉が胸に突き刺さって、涙が溢れてくる。
どうしてあんなことが言えるの?
「うっ」
嗚咽がもれて、わたしは声をあげて泣いた。
時間を忘れてひたすら泣いて、ようやく落ち着いてきた時、
「藤咲さん?」
突然、誰かに名前を呼ばれて顔を上げると、目の前に葉月くんが立っていた。
――……?
なんだろう。こんなことが、前にもどこかであったような気がする。
一瞬、そんな不思議な気持ちになった。
「葉月くん、なんでここにいるの?」
「そうじ当番代わりに頼まれて、ごみ捨てに来たから」
「……そっか……」
わたしが力なく呟くと、
「何かあった?」
わたしの様子が少しおかしいことに気づいたのか、葉月くんが聞いてきた。
……どうしよう。
葉月くんとは知り合ったばかりなのに、こんな個人的な話をしたら迷惑じゃないかな?
それに、女の子の友達じゃなくて男子に恋愛の悩みを話すなんて、なんか恥ずかしい気がする。
あとで他の人に話を広められたりしたら嫌だし。
でも、今は自分の心の中にためこんでおくのは辛いし、誰かに聞いてほしい気持ちもあるんだ。
「……あの、言いたくないことなら無理して言わなくていいけど……」
色々考えて黙り込んだわたしに、葉月くんが言った。
「他の人には絶対に言わないでくれる?」
「うん、もちろん言わないよ。約束する」
わたしの言葉に真剣な表情できっぱりそう言ってくれたから、思い切って話すことにした。
「わたし、つきあってる人がいたんだけど……」
「うん。麻井先輩だよね?」
「そう。その麻井先輩、ただ罰ゲームでわたしにコクったんだって」
「……え……」
「わたし、バカだよね……。告白されたのなんて初めてだったから嬉しくて、相手のことよく知りもしないで、なんとなくいいなって思っただけでつきあってたんだ」
「…………」
「それに、先輩、ホントはわたしのお姉ちゃんを狙ってたんだって。サイテーだよね」
話してるうちに、また涙が溢れてきた。
「藤咲さん。麻井先輩は、多分本気で人を好きになったことがないからそんなことができるんじゃないかな。麻井先輩は藤咲さんに合う人じゃなかったんだよ」
黙ってわたしの話を聞いてくれていた葉月くんが、静かに言った。
「そうなのかな」
「うん。今度はもっと相手のこと知ってから自分に合うか考えればいいんじゃない?」
「……そうだね」
「藤咲さんがそんなに自分を責めることないと思うよ」
「ありがとう」
葉月くんの言葉と笑顔のおかげで、少し心が軽くなった。
思い切って話してみて良かった。

