日付のない日記

 4月。あっという間に僕は3年生になった。理系クラスに進級したので、女子はほぼおらず、僕にとってはとても過ごしやすい。2年の最後を共に過ごした3階のあの空き教室ともおさらばし、今は友達と自分の教室で弁当を食べている。
「和樹って勿体無いよな…そんな整った顔してんのにさ、彼女作りたくないって、お前贅沢だぞ!」
「別にいいだろ、なりたくてなったわけじゃない」
 友達には彼女は作らないと少しずつ話すようにした。彼女いないの?と聞かれるのが面倒になったからだ。もう少しで受験だから、今のうちに恋愛を楽しんでおこうという人が多い。そういう人たちを僕は尊敬する。

2019年4月30日
 クラスの人と馴染めた気がする。「彼女はいらない」とあらかじめ話しておくのも悪くないと思った。とは言え、自分が普通ではないことは身に染みて感じる。今でも時々、あの空き教室が恋しくなる。僕はやっぱり上書きされたくないんだと実感した。


 5月。受験前の体育祭。こう見えて僕は運動は得意なほうだと思う。特にマラソンみたいに何も考えずにずっと続けられるスポーツが得意だ。でも、高校での部活は文化部だから、みんな僕が中学までちゃんと運動していたことを知らない。体育祭で初めて僕の運動している姿を見ることになるのだが、そのギャップだけで告白されたこともあったっけ…。少女漫画みたいなシチュエーションだなとか思うけど、それは一般的な思考であって、僕にとってはただの日常だ。今年もリレーのアンカーを走ったが、惜しくも2位ということで、あまり目立たずに済んだ。悔しいけど、これでいい。

2019年5月27日
 高校最後の体育祭。リレーを走るのも今日で最後。2位ってだけで話しかけてくる人が減った気がした。僕の中身を見てくれる人が現れてくれたらいいのに。


――自分って贅沢かな…。

 夜。日記を書く手を置いて、自分に言い聞かせた。


 10月。あっという間に文化祭。時が過ぎるのが早く感じるのは、クラスに馴染みながらも、"自分"としていられている証拠なのだと思う。でも、それが楽かと言われればそうではない。
 今年の出し物は女子の押しに負けて、カフェをやることになった。男ばっかのクラスで男に人権はない。なのに、カップルが量産されるというのは本当なようだ。
「相澤くん、これ運んでくれる?」
「あぁ…いいよ。どこに持っていけばいい?」
「あ、あそこまで」
 久しぶりに女子に話しかけられた。小さい頃から人の目を見て会話するようにしつけられ、癖になっている。目を合わせるのだけれど、なぜか女子は緊張するらしい。
「やばい…まじかっこいいんだけど」
 その小言、聞こえているよと思いつつ、何もなかったかのように重い荷物を運んだ。今日は久しぶりに気分が悪い。
「和樹はいいなー。学年一の美人、雪乃ちゃんに声かけてもらえて!その顔の無駄遣いするなよ…」
 クラスメイトからのちょっかいを軽くあしらい、教室を出た。きっと、こうやって人は恋の落ちていくんだろうな。
 これが終われば受験まっしぐらだ。こういう面倒なのとも無縁になれる。それが今の僕のモチベーションになっていた。

2019年10月1日
 どいつもこいつも見た目ばっかりだなと思う。僕が男である特権は女より筋力がある以外に思いつかない。そう思っているのはきっと僕だけなんだろう。同じ考えの人間に会ってみたい。


 文化祭当日は大盛況だった。学年一の美人がいるクラスなんだ。そりゃそうなるだろう。客は美人目当ての男ばかりだった。男ならわかるだろうことを僕は何一つとして理解できなかった。おかげで飲食部門での文化祭グランプリを受賞したが、僕的には何の価値も感じなかった。
 でも、そうやって普通に恋愛を楽しめて、恋バナや自分のタイプとかを話して仲良くなれる人達が羨ましいという気持ちがあるのも事実である。そうは言っても、僕はそうなれないとわかっているから、見て見ぬふりをするしかない…。いやいや、何を考えているんだ。これで受験に集中できる。文化祭なんて、ただの通過点に過ぎない。
 僕は"自分"という名のレールから少しはみ出して、また戻ってきた。



2020年2月20日
 都心の大学に合格した。高校で失敗した分、大学では同じことを繰り返さない。一刻も早く卒業したい。田舎のこんな小っさいコミュニティから抜け出して、僕は僕であるために、生きたい。
 


 3月。卒業式の日が来た。式が終わると、クラスメイトは友との別れを惜しみ、卒業アルバムを見返すとかそんなことをして、盛り上がっている。僕にも名残惜しいものがある。1年前、僕のよりどころだったあの空き教室に行った。今日も誰もいない。いつも弁当を食べていた、あの窓際の席に座って外を眺める。やっぱり僕はここが好きだ。僕はこの場所との別れを惜しんだ。

2020年3月9日
 卒業式で僕は涙を流すことはなかった。もし、自分と似た人間が現れたら…同じタイミングで笑う、みたいなことが起きるんだろうか。クラスメイトがともに笑いあう姿はどこか憧れがある気がした。僕は住んでいる世界が違いすぎる。だからこそ、そんな人が現実で現れたら、それはもう運命だと思う。高校生活では、そんな人に会えなかっただけ。もし、自分と似た人間が人が現れたら…きっとその人は僕と同じように、窓際の席に座ってくれると思う。


 僕はこうして高校を卒業した。3年生なんてあっという間だった。もはやなかったようなもんだ。受験という一大イベントがクラスというチーム意識を低迷させたからだろう。僕にとっては良いコンディションだった。
 ただ、青春のハイライトはどれも自分が欠陥品だと思わせるものばかりだ。普通なら、3年生はあまり楽しむタイミングがなかったとか言うんだろう。僕の高校生活は真逆だ。
 この日記は僕が僕であるために書いているはずだった。でも、今振り返ってみれば、僕が周りと違うことを浮き彫りにさせる記録でしかない。このまま書き続けたって、何にも変わらない。もうこれで書くのはやめにしよう。今までの日記を段ボールに詰める。僕はこんな風にはなりたくなかった。

 僕の人生において、「青春」という言葉はいつまでたってもピンと来ない。つまり、僕の「青春」は失敗で終わったのだ。