日付のない日記

 高校2年の冬休み。クリスマスを誰かと過ごすのは初めてだった。
 新幹線を降りて、電車に乗り換える。家に帰るのは2日ぶりだ。乗り換えの電車を調べながら、スタスタと歩く。その隣には僕の彼女がいる。
「ねぇ、和樹(かずき)…」
「ん?」
「私のこと…本当に好き?」
「そりゃ、好きに決まってるだろ」
「じゃあ、何で手も繋いでくれないの?」
 彼女は駅のホームで立ち止まった。大勢の人が僕らと反対方向に歩いていく。
「今日だって、せっかくの旅行だったのに、初めてのお泊まりだったのに…何もなかったじゃん」
 彼女は半分泣いていた。付き合って1年の記念日に彼女から切り出された1泊2日の旅行。僕は、またやらかしてしまったというのか。彼女を泣かせてしまったのは初めてではない。同じ失敗を繰り返しているように見えるが、正確に言えば、彼女が泣く理由がわからないのだ。
「それでも…私のこと、恋人って言えるの?」
 乗り換えの電車が来たが、1本逃した。
「他の友達と私…和樹にとって、何が違うの?」か
 電車が通り過ぎた後の沈黙の空気が流れる。周りには誰もいなかった。
「別れよう」
「え、何で…そんな…」
「私は…もっと愛されたかった」
 彼女は振り返ることなく、去っていった。時刻表を見ると、次の電車は30分後だった。
 僕は待合室で次の電車を待つことにした。1年前の今日。ちょうど付き合った日だったっけ。鞄の中から日記を取り出す。

2018年12月25日
 人生で初めて彼女ができた。「好き」って言われなかったから付き合った。好きってどんな気持ちだろうか。僕はその気持ちを知ることができるのだろうか。


 最初から彼女を何も思ってなかったんだ。付き合っても付き合わなくても、結局、僕は僕のままで、何も変わらなかったんだ。後悔も悲しさも辛さも今の僕の中にはなかった。
 日記を閉じ、椅子の背もたれに寄りかかる。待合室を通り抜ける隙間風がやけに心地よい。
 僕の中にあるのは自分に戻れた、という解放感だけだった。この解放感のために、また付き合ってみるのも悪くないと思えるほど、この感覚は鮮明に覚えている。 電車を1本逃したせいで家に着いたのは予定よりも1時間遅くなった。失恋した人って、この余計な1時間中で気持ちを整理するのだろうか。そもそも、その気持ちとは何だろうか。

 長旅の末、家に着き、何もなかったかのように家族に接する。友達と旅行だと伝えてあった。もちろん、付き合っていたことは家族に伝えていないし、バレてもいない。彼女がいることで、どこまでやったのかを聞かれるのが死ぬほど嫌いだ。付き合うという事実が自分を上書きするかのような感覚が本当に嫌なのだ。だから、誰にも言わなかった。


 僕は生まれた時から今まで誰かを恋愛的に好きになったことがない…と思う。そもそも、周りの男子みたいに彼女が欲しいとか恋愛がしたいとか思ったことがない。女性に性欲も湧かない。だったら男とした方がマシだと思うが、したいとは別に思わない。いつかそういった欲が湧くだろうと思い続け、一向に欲が出ないまま今に至ってしまった。モテなかったわけではない。告白もされた経験はある。だけど、自分を上書きしたくないから付き合わなかった。そんな僕に初めて彼女ができたのは高校1年の冬。初めて「好きです」以外の告白をされた。「一緒にいたい」という告白に僕は初めて惹かれたのだ。いつも告白をされた時に感じる気持ち悪さが彼女からはなかった。でも、月日と共に自分と根本が違うことを何となく実感するようになっていった。
 付き合ったら何か変わるかもしれないという期待を胸に、承諾したものの、1年後には振られた。結果的に自分が普通になれない現実を突きつけられてしまった。傍から見たらカップルだったのかもしれない。自分の中では明確にそうじゃなかった。僕には恋愛感情が生まれない…欠損しているのだと思った。今日は早めに身支度を済ませ、布団に入った。しかし、自分に戻れた安堵と普通ではない自分の不安が渦を巻いて眠れない。自分は一体何者なのだろうか。なぜ周りと同じように恋愛をすることを楽しめないのか。人を恋愛として好きになれないのか。異性との性行為に嫌悪感しか抱かないのか…。思わずスマホを手に取り、AIチャットに聞いてみる。

「僕は生まれてから今まで恋愛感情を持ったことがありません。僕は異常ですか?」

 どうせ良い人に出会ってないだけとか言われるんだろうって思ったけれど、AIは僕に「アロマンティック」「アセクシャル」という言葉を教えてくれた。人を好きにならない、人に性的欲求が湧かない、恋愛的なときめきや「恋に落ちる」感覚がない、でも人間関係や信頼、尊敬、愛着はちゃんと感じられる…正しく僕のことだと思った。アロマンティックやアセクシャルについて調べると今までの悩みが全てかき消されるようなことがネットにたくさん転がっていた。僕は1人ではないのだと思うと安堵で涙が出た。彼女と別れたことを僕は今の今まで何とも思っていなかった。でも、よく考えたら、僕は彼女と付き合い、別れたことでアロマンティックという性質に出会えたのだ。この時、初めて彼女の気持ちに感謝できた気がした。
 僕は思わず布団から出た。机に向かい、お風呂上がりに書いた日記を開く。「彼女と別れた」としか書いていない質素な文章を全て消して書き直した。今日の日記は1年で稀に見る長文の日に変わった。大きく息を吐き、日記を閉じてまた布団に戻った。今日はよく眠れそうだ。

2019年12月25日
 初めてできた彼女に振られた。彼女に「何もしない」という酷いことをしたのが決定打だったのだと思う。僕は僕であるために何かをするわけにはいかなかった。同時に、僕はアロマンティック/アセクシャルだということを知った。彼女のおかげで僕は普通ではないことを認めることができたので感謝している。でも、心のどこかで僕は普通になりたいと思っている気がする。僕が普通だったら彼女がいる生活を楽しめていたのだろうか。普通でない僕に出会いはあるのだろうか。僕は僕を上書きしたくない。 


 冬休みが終わり、久しぶりに学校へと、なぜか足取りがとても軽く感じた。同時に、今まで彼女と登校も下校も一緒に行っていたことがいかに自分にとって負担だったのかがわかった。なぜ、みんなはこんな負担を望むのだろうか。やはり理解ができなかった。彼女ができればみんなの気持ちがわかると思ったのに、結局何もわからなかった。
 何気なく1日が終わる。友達は人並みにいるが、今日は何だか1人でいたい。他人と1年間、密に関わり続けることの重さがなくなり、まるで無重力空間にいるような感覚がする。昼休みに自分の席の近くでカップルが弁当を食べているのを見て、猛烈な吐き気を感じた。僕も少し前までこんな風に見えてたのかなと思うと、憎悪を感じた。1つ上の階に確か空き教室があったはずだ。悟られないように存在感を消しながら、3階へと移動した。
 クラスの番号が書かれていない教室のドアを開けると誰もいなかった。初めて来た教室だが、妙に居心地の良さを感じた。窓際の席に着き、改めて弁当を広げた。窓の外を眺めると、斎場から立ち昇る細長い煙が見えた。なぜかその光景を見ると、妙に落ち着くのだ。僕は1人で弁当を食べた。

2019年1月7日
 久しぶりに1人で登校。肩の荷が降りた気がした。3階に空き教室を発見。今日からここで弁当を食べることにした。この世に同志はいないのだろうか。空き教室で同志との出会いとか…ちょっと憧れるかも。


 2月。彼女と別れて1か月と少し。僕は今日も空き教室で弁当を食べている。彼女がいた時よりも今のほうが自分らしい。これが僕だと実感する毎日。僕が僕であるために生きるって、なんて幸せなのだろうか。
 こうして、僕は自分と向き合う時間が増えた。普段の僕は、少し無理をしていたのかもしれない。周りに流されて、彼女を作ったが、その彼女を傷つけた。僕がこんな奴なせいで。誰が幸せになっただろうか…。
 この辺りだろうか…僕が1人でいることを好むようになってしまったのは。

2019年2月14日
 ホワイトデーに恋愛不適合者の僕の居場所はあの空き教室しかない。僕は静かな場所が好きだ。こういう場所って安心する。僕が僕でいられるから。今日も1人だったけど、こっちのほうが僕らしいんだと思う。


 3月。僕は毎日この空き教室に来て、弁当を食べていた。そんな日もあと数日で終わる。3年になっても、僕はずっとこの状態が続くのだろうか…外を眺めながら、考えても無駄なことに時間を費やす。ともかく、2年は頑張りすぎた。そんな自分を褒めよう。自分じゃない自分になりすぎた気がした。
 2年生もあと少し…来年は自分を持ち続けられたらいいな。そんなことを思いながら、残りの期間を空き教室と共に過ごすのであった。

2019年3月15日
 3年生が卒業して、人が減った。なのに、騒がしさはいつもの二割増し。上が抜けた反動は大きい。唐突に来年が不安になり、あの空き教室に駆け込んだ。窓際の席で外を眺める。ずっと、この時間が続いてくれたらいいのに。ここにいる時間だけは、世界に自分しかいない感じがする。