相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

 リビングの照明は柔らかかった。

 大学から戻ったあと、神代和春はすでにノートパソコンを開いていた。

 Boundary & Mindの講義記録が画面に並んでいる。

 キッチンからは、包丁の静かな音。

 天城愛華はメイド服のまま、夕食の準備をしていた。

「……和春」

「ん?」

「学食で聞かれましたね。“一緒に住んでます?”って」

 フライパンを揺らしながら、何気ない声で言う。

 和春は画面から目を離さない。

「ああ。事実だからな」

 迷いのない答えだった。

 愛華は一瞬だけ手を止め、小さく息をつく。

「……そういうところです」

 本人は気づいていない。

 それが少しだけ、可笑しくて――少しだけ、落ち着かない。

 やがて料理が出来上がり、テーブルに並べられる。

 焼き魚、味噌汁、小鉢。

 派手ではないけれど、どこか安心する食卓。

「作業は一旦止めてください。冷めます」

「了解」

 和春はパソコンを閉じ、席に着いた。

 一口食べる。

「……うまい」

「当然です。相方兼メイドですので」

 少し誇らしげな声。

 リビングの空気は、大学とはまったく違う。

 外のざわめきが嘘みたいに静かだった。

■ 愛華視点

 和春はいつも通り食事をしている。

 女子学生に囲まれていた姿が、嘘のようだ。

(……人気、ありましたね)

 胸の奥が少しだけざわつく。

 でもそれは恋ではない。

 ――たぶん。

 優秀な相方として誇らしいだけ。

 そう、自分に言い聞かせる。

「……和春」

「ん?」

「囲まれてましたけど、何も思わないんですか」

「質問されただけだろ」

 即答。

 愛華は小さく笑った。

「鈍感ですね」

「そうか?」

「はい」

 毒舌は、少しだけ柔らかかった。

■ 和春視点

 温かい食事。

 整った部屋。

 昔の生活とは違う。

 カップ麺と缶コーヒーばかりだった頃が、少し遠く感じる。

 目の前には、メイド服の相方。

 それが今では当たり前になっていた。

「講義、どうだった」

「初心者が多かったですね。でも良い反応でした」

「男子学生、危なかったな」

「ええ。心理学初心者あるあるです」

 愛華が頷く。

「知識を武器にし始める時期ですね」

「……俺もやった」

 小さな独り言のような声。

 愛華は少しだけ視線を向けたが、何も言わない。

 境界線を越えない。

 それが二人の距離だった。

 食事を終え、ノートパソコンを並べる。

 肩が触れそうで触れない距離。

 キーボードの音だけが静かに響く。

「和春」

「ん?」

 愛華は小さく息を吐いた。

「……本当に鈍感です」

「何が」

「秘密です」

 メイド服の袖が、少しだけ揺れた。