相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

  大学講義を終えた後。

「先生、さっきの話もう少し聞いてもいいですか?」

「心理学って独学でも大丈夫なんですか?」

「連絡先って――」

 講義室を出た瞬間、神代和春の周りには数人の女子学生が集まっていた。

 講義の影響は想像以上だったらしい。

 和春は特に驚いた様子もなく、淡々と答える。

「独学でもできる。ただし、全部信じないことだな」

「え、どういう意味ですか?」

「心理学は“可能性”であって“絶対”じゃない」

 静かな声。

 その言葉に、女子学生たちが「なるほど……」と頷く。

 少し離れた位置で、天城愛華は腕を組んでいた。

「……完全に囲まれてますね」

 メイド服姿の彼女に、周囲の学生の視線も集まる。

 だが当の本人は気にしていない。

「人気出ましたね、和春」

「講義だからな」

「いいえ、“講義”以上の何かです」

 愛華の毒舌は少し強めだった。

 女子学生の一人が愛華に気づく。

「あ、アシスタントさんも一緒に学食行きません?」

 和春が首を傾げる。

「学食?」

「はい! 先生、絶対モテるタイプですよねってみんなで話してて――」

 その瞬間。

 愛華の赤い瞳が少しだけ細くなった。

「……和春」

「ん?」

「人気者ですね」

「講義の内容だろ」

「そういうことにしておきます」

 少し棘のある声。

 だが完全な否定ではない。


■ 学食



 昼のピークを過ぎた食堂。

 大学の学食は昼の熱気が少しだけ残っていた。

 神代和春がトレーを持って席に着いた瞬間――

「先生、ここいいですか?」

「心理学の本、何から読めばいいですか?」

 女子学生が自然と周囲に集まる。

 和春は特に気にした様子もなく頷いた。

「好きな分野からでいい。全部理解しようとしなくていい」

「えー……かっこいい……」

 小さな声が漏れる。

 少し遅れて、メイド服姿の天城愛華が席へ向かってきた。

 周囲の視線が一斉に集まる。

「……やっぱ目立つな」

「正装ですので」

 愛華は平然と座る。

 その瞬間、女子学生の一人が目を丸くした。

「え? ほんとにメイドさん?」

 愛華は迷いなく頷く。

「はい。相方兼メイドです」

「え、すご……」

 そして、少し遠慮がちに続けた。

「もしかして……一緒に住んでます?」

 周囲が「おお……」と小さくざわつく。

 和春は味噌汁を飲みながら普通に答えた。

「生活管理してもらってる」

 さらっとした一言だった。

 愛華が少しだけ横目で見る。

「……和春、言い方が雑です」

「事実だろ」

「誤解されます」

 女子学生たちが一斉に身を乗り出す。

「やっぱり同棲ってことですか?」

 愛華は一瞬だけ考え、軽く微笑んだ。

「業務上の同居です。珍しくありません」

「珍しいですよ絶対」

 笑いが起きる。

 和春は特に気にせず食事を続けた。

「先生ってモテそうですよね」

「そうか?」

「講義めっちゃ分かりやすかったし!」

 その言葉に愛華が小さくため息をつく。

「……人気者ですね、和春」

「講義の内容だろ」

「はいはい。そういうことにしておきます」

 何度目かのやり取り

 毒舌は少し強め。

 けれど声はどこか楽しそうだった。

 女子学生の一人が愛華を見る。

「メイドさん、先生のことどう思ってるんですか?」

 ほんの一瞬。

 愛華の赤い瞳が揺れた。

「……優秀な相方です」

 即答だった。

 だけどほんの少しだけ、声が柔らかい。

 和春は何も気づかず、ご飯を食べている。

 その様子に、周囲から小さな笑いが漏れた。