愛華は、二人の前に広げていた資料をさらに数枚追加した。
「250億円のビルへBoundary & Mindが移転する、とだけ聞くと、会社が大きなオフィスへ移るだけに聞こえるかもしれませんが、実際は少し違います」
瀬奈とアリシアが資料を見る。
「Boundary & Mindを親会社として、ビルの中に複数の事業を入れていく予定です」
「複数の事業……?」
「はい。まだ確定していないものもありますが、現時点で構想に入っているものから説明しますね」
愛華が最初の資料を示した。
「まず、弁護士事務所です」
「弁護士事務所……」
瀬奈が頷きかけ――止まった。
嫌な予感がした。
ゆっくり和春を見る。
「……誰がやるんですか?」
「俺」
「…………」
「正確には人雇うけどな。代表は俺がやる予定」
「和春さん、弁護士資格あるんですか?」
「司法試験受かった話しただろ?」
「聞きましたけど!」
瀬奈は頭を抱えた。
以前から、この人がおかしいことは知っていた。
いや。
おかしいという表現は正しいのだろうか。
頭がおかしい。
いや、頭は異常なくらいいい。
なら頭がおかしいは矛盾している?
「……頭おかしい……」
「瀬奈?」
愛華が呼ぶ。
「いや、待ってください。頭はいいから、おかしいっていうのも違う……? え?」
アリシアが隣で笑いを堪えていた。
「瀬奈さん、混乱していますよ」
「しますよ!」
和春は気にせず次の資料を指した。
「次」
「待ってください! まだ弁護士を処理できてません!」
「そのうち慣れるぞ」
「何にですか!?」
愛華が淡々と続ける。
「次は税理士・会計関係ですね」
「……まさか」
瀬奈が恐る恐る和春を見る。
「公認会計士持ってる」
「…………」
「瀬奈さん?」
「もういいです……」
瀬奈は諦めた。
「驚いたら負けな気がしてきました」
「その方がいいと思います」
愛華は本気でそう思っていた。
和春の資格を一つずつ気にしていたら話が進まない。
「税務や会計についても、もちろん専門の人材を入れます。和春が全部の実務を担当するわけではありません」
「というか愛華に禁止された」
「当然です。一人で何社経営するつもりですか」
「代表やるだけだって」
「その言葉、覚えておきますからね」
アリシアが小さく笑う。
やはり、この二人の関係は面白い。
愛華は次へ進んだ。
「不動産については、私たちが直接すべてを経営する予定ではありません。空いているフロアや区画を、信頼できる知り合いの会社などへテナントとして貸し出します」
さらに次。
「そして道場」
「道場?」
今度はアリシアが反応した。
和春が答える。
「うちの実家、道場やってんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。だから一フロア使って道場を作る。そこは妹に経営させるつもり」
愛華が補足する。
「Boundary & Mindから場所を貸し出す形ですね。独立した事業として運営してもらいます」
「社員は福利厚生で使えるようにする」
「会社が授業料を負担します。もちろん一般の方も通常の道場として利用できるようにします」
瀬奈は資料を見ながら、少しずつ構造を理解し始めていた。
「つまり……全部をBoundary & Mind本体の一事業として抱えるわけじゃないんですね」
「そういうこと」
和春が頷く。
「会社の中で金を回す。でも全部ごちゃ混ぜにはしない。事業ごとの採算も見えるようにする」
利益が出る部門。
育成段階の部門。
外部へ貸して安定した賃料を得る区画。
社員の福利厚生として機能する事業。
それぞれが独立しながら、Boundary & Mindという一つの組織へ利益を返していく。
「もちろん税金も含めて全体で一番効率のいい形にはする。ただ税金減らすためだけに赤字作るとか、そんな馬鹿なことはしないぞ。利益出して税金払った方が会社として強いからな」
瀬奈は頷いた。
経営学として知っていることと、実際に250億円のビルを使った事業設計として聞くのでは重みが違う。
「まだ増えると思う」
和春が言った。
「必要な事業が見つかったら入れる。逆にいらないと思ったら入れない。最初から全部埋めることが目的じゃない」
そして最後。
和春が一枚の図面を出した。
「託児所」
「託児所ですか?」
「ああ」
これは二人とも少し意外だった。
「保育士の給料は高めに設定する」
瀬奈がすぐに反応する。
「高め……どのくらいですか?」
「相場見ながらになるけど、少なくとも安く使う気はない。福利厚生もちゃんと付ける」
さらに、Boundary & Mindやビル内で働く従業員は福利厚生として安価に利用できる。
一般家庭からも受け入れるが、こちらは通常料金。
「今、託児所とか保育関係の不足って問題になってるだろ。働きたくても子供預ける場所がない。逆に働く側も待遇の問題がある」
「でも……」
瀬奈が数字を見ながら考える。
「保育士さんの給料を高くして、社員は安く利用できるようにしたら……託児所単体の利益はかなり薄くなりませんか?」
「なるな」
和春は即答した。
「じゃあ――」
「ちょうどいい」
和春が笑った。
瀬奈が止まる。
「瀬奈」
「はい?」
「なんで俺が託児所をこの会社に入れるのか考えてみろ」
「……え?」
「託児所単体の利益だけ見るな」
和春はそれ以上何も言わない。
「アリシアも一緒に考えろ」
「はい」
二人は自然に顔を寄せた。
「社員が安く使えるってことは……福利厚生ですよね」
「はい。でもそれだけなら外部の託児所と法人契約する方法もありますよね」
「確かに……わざわざ自社ビルに作る必要はない」
「それに和春さん、場所をかなり使っています」
「うん……」
愛華がその様子を見て、小さく笑った。
「早速ですね」
「ああ」
和春も嬉しそうだった。
「もう二人で話し合ってる」
瀬奈は数字から考える。
アリシアは人から考える。
まさに先ほど説明したばかりの形だった。
「利益……託児所だけじゃなくて……」
瀬奈が呟く。
アリシアが続ける。
「働きやすさ?」
「……あ」
瀬奈が顔を上げた。
「人材確保」
和春は何も言わない。
瀬奈が続ける。
「子供を預けられる場所が会社の中にあって、しかも社員は安く利用できる。そうしたら子育てを理由に退職する人を減らせます」
アリシアも繋げた。
「復職もしやすくなります。子供が近くにいるという安心感もありますし、送迎にかかる時間も減らせます」
「それに採用!」
瀬奈が一気に繋げる。
「同じ給料の会社が二つあったとして、片方に安く利用できる託児所があれば、子育て世代には大きな差になる」
「つまり託児所の利益だけを見るものではない……」
アリシアが言う。
瀬奈が頷いた。
「離職率を下げて、採用力を上げる。人材を失って再採用して教育するコストまで考えたら……」
そこで瀬奈は和春を見る。
「託児所で利益が薄くても、会社全体では利益になる」
「正解」
和春が笑った。
「人が辞めるのって金かかるんだよ。採用して、教育して、やっと仕事覚えた奴が辞めて、また一から採用する。そのコスト舐めたらダメだ」
愛華も補足する。
「さらに、ビル内の別会社にも福利厚生契約として提供できます。一般利用もありますから、託児所自体にも収益源はあります」
「なるほど……」
瀬奈は感心した。
託児所を経営して儲ける。
そういう話ではない。
託児所があることで、他の事業まで強くする。
「面白い……」
思わず瀬奈が呟いた。
その隣で。
アリシアはまだ図面を見ていた。
そして。
突然、表情が変わった。
「……和春さん」
「何?」
「この図面」
アリシアが託児所予定地を指差した。
「ここに作るつもりなんですよね?」
「ああ」
「これじゃダメです」
瀬奈がアリシアを見る。
「え?」
アリシアは真剣だった。
「この導線だと、エレベーターホールから託児所へ行くまでに、一般の会社員が行き来する場所を通ります」
図面を指でなぞる。
「大人からすれば普通のオフィスです。でも、小さい子供からしたら違います」
スーツ姿の知らない大人。
忙しそうに歩く人。
電話をしながら移動する人。
仕事の話をする声。
大人には日常でも。
子供には。
巨大な知らない人間が何人も行き交う空間になる。
「毎朝そこを通らないといけないんですよね?」
「そうなるな」
「だったら怖がる子、絶対います」
アリシアははっきり言った。
「託児所の中だけ子供向けにしてもダメです。入口に着くまでが怖かったら、毎朝ここに来ること自体を嫌がるかもしれません」
「……」
和春は黙っている。
愛華も。
何も言わない。
アリシアは少し不安になった。
「……違いますか?」
その瞬間。
和春が笑った。
愛華も嬉しそうに笑う。
「合格」
「え?」
愛華が別のファイルを取り出した。
「こちらが正式案です」
「…………え?」
アリシアが受け取る。
図面が違う。
託児所の位置そのものが変更されていた。
専用に近い入口。
一般社員の主要導線とは分離。
エレベーターを降りてからも、子供が大勢の会社員と交差しにくい。
さらに入口までの空間にも余裕があり、保護者が子供を急かさずに移動できる。
「最初から……?」
「考えてある」
和春が笑う。
「子供が毎日通う場所だぞ。中だけ作って終わりなわけねぇだろ」
アリシアが最初の図面を見る。
次に正式案。
そして和春。
「試したんですか?」
「二人ともな」
「……」
「瀬奈は託児所を経営じゃなく会社全体の数字として見られるか」
そして。
アリシアを見る。
「アリシアは数字や設備だけじゃなく、そこを使う人間を見られるか」
二人とも。
答えを出した。
和春は愛華を見る。
「やっぱ悪くないだろ?」
「ええ」
愛華も満足そうだった。
「むしろ思っていたより早いですね」
瀬奈は呆れた。
「……採用の話をしに来たんですよね、今日」
「そうだけど?」
「もう試験始まってるじゃないですか!」
「仕事するって決めたんだろ?」
「決めましたけど!」
アリシアが隣で笑う。
「でも、瀬奈さん」
「はい?」
「ちょっと楽しくないですか?」
「……」
瀬奈は正式な図面を見る。
自分は数字から考えた。
アリシアは子供の心理から考えた。
一人だったら。
どちらかしか気付かなかったかもしれない。
「……まあ」
瀬奈も笑った。
「ちょっとだけ」
その二人を見て。
和春と愛華は顔を見合わせた。
経営の瀬奈。
心理学のアリシア。
二人で一人。
Boundary & Mindがこれから作ろうとしている新しいコンサルタントの形。
どうやら最初の組み合わせは――かなり当たりだった。
「250億円のビルへBoundary & Mindが移転する、とだけ聞くと、会社が大きなオフィスへ移るだけに聞こえるかもしれませんが、実際は少し違います」
瀬奈とアリシアが資料を見る。
「Boundary & Mindを親会社として、ビルの中に複数の事業を入れていく予定です」
「複数の事業……?」
「はい。まだ確定していないものもありますが、現時点で構想に入っているものから説明しますね」
愛華が最初の資料を示した。
「まず、弁護士事務所です」
「弁護士事務所……」
瀬奈が頷きかけ――止まった。
嫌な予感がした。
ゆっくり和春を見る。
「……誰がやるんですか?」
「俺」
「…………」
「正確には人雇うけどな。代表は俺がやる予定」
「和春さん、弁護士資格あるんですか?」
「司法試験受かった話しただろ?」
「聞きましたけど!」
瀬奈は頭を抱えた。
以前から、この人がおかしいことは知っていた。
いや。
おかしいという表現は正しいのだろうか。
頭がおかしい。
いや、頭は異常なくらいいい。
なら頭がおかしいは矛盾している?
「……頭おかしい……」
「瀬奈?」
愛華が呼ぶ。
「いや、待ってください。頭はいいから、おかしいっていうのも違う……? え?」
アリシアが隣で笑いを堪えていた。
「瀬奈さん、混乱していますよ」
「しますよ!」
和春は気にせず次の資料を指した。
「次」
「待ってください! まだ弁護士を処理できてません!」
「そのうち慣れるぞ」
「何にですか!?」
愛華が淡々と続ける。
「次は税理士・会計関係ですね」
「……まさか」
瀬奈が恐る恐る和春を見る。
「公認会計士持ってる」
「…………」
「瀬奈さん?」
「もういいです……」
瀬奈は諦めた。
「驚いたら負けな気がしてきました」
「その方がいいと思います」
愛華は本気でそう思っていた。
和春の資格を一つずつ気にしていたら話が進まない。
「税務や会計についても、もちろん専門の人材を入れます。和春が全部の実務を担当するわけではありません」
「というか愛華に禁止された」
「当然です。一人で何社経営するつもりですか」
「代表やるだけだって」
「その言葉、覚えておきますからね」
アリシアが小さく笑う。
やはり、この二人の関係は面白い。
愛華は次へ進んだ。
「不動産については、私たちが直接すべてを経営する予定ではありません。空いているフロアや区画を、信頼できる知り合いの会社などへテナントとして貸し出します」
さらに次。
「そして道場」
「道場?」
今度はアリシアが反応した。
和春が答える。
「うちの実家、道場やってんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。だから一フロア使って道場を作る。そこは妹に経営させるつもり」
愛華が補足する。
「Boundary & Mindから場所を貸し出す形ですね。独立した事業として運営してもらいます」
「社員は福利厚生で使えるようにする」
「会社が授業料を負担します。もちろん一般の方も通常の道場として利用できるようにします」
瀬奈は資料を見ながら、少しずつ構造を理解し始めていた。
「つまり……全部をBoundary & Mind本体の一事業として抱えるわけじゃないんですね」
「そういうこと」
和春が頷く。
「会社の中で金を回す。でも全部ごちゃ混ぜにはしない。事業ごとの採算も見えるようにする」
利益が出る部門。
育成段階の部門。
外部へ貸して安定した賃料を得る区画。
社員の福利厚生として機能する事業。
それぞれが独立しながら、Boundary & Mindという一つの組織へ利益を返していく。
「もちろん税金も含めて全体で一番効率のいい形にはする。ただ税金減らすためだけに赤字作るとか、そんな馬鹿なことはしないぞ。利益出して税金払った方が会社として強いからな」
瀬奈は頷いた。
経営学として知っていることと、実際に250億円のビルを使った事業設計として聞くのでは重みが違う。
「まだ増えると思う」
和春が言った。
「必要な事業が見つかったら入れる。逆にいらないと思ったら入れない。最初から全部埋めることが目的じゃない」
そして最後。
和春が一枚の図面を出した。
「託児所」
「託児所ですか?」
「ああ」
これは二人とも少し意外だった。
「保育士の給料は高めに設定する」
瀬奈がすぐに反応する。
「高め……どのくらいですか?」
「相場見ながらになるけど、少なくとも安く使う気はない。福利厚生もちゃんと付ける」
さらに、Boundary & Mindやビル内で働く従業員は福利厚生として安価に利用できる。
一般家庭からも受け入れるが、こちらは通常料金。
「今、託児所とか保育関係の不足って問題になってるだろ。働きたくても子供預ける場所がない。逆に働く側も待遇の問題がある」
「でも……」
瀬奈が数字を見ながら考える。
「保育士さんの給料を高くして、社員は安く利用できるようにしたら……託児所単体の利益はかなり薄くなりませんか?」
「なるな」
和春は即答した。
「じゃあ――」
「ちょうどいい」
和春が笑った。
瀬奈が止まる。
「瀬奈」
「はい?」
「なんで俺が託児所をこの会社に入れるのか考えてみろ」
「……え?」
「託児所単体の利益だけ見るな」
和春はそれ以上何も言わない。
「アリシアも一緒に考えろ」
「はい」
二人は自然に顔を寄せた。
「社員が安く使えるってことは……福利厚生ですよね」
「はい。でもそれだけなら外部の託児所と法人契約する方法もありますよね」
「確かに……わざわざ自社ビルに作る必要はない」
「それに和春さん、場所をかなり使っています」
「うん……」
愛華がその様子を見て、小さく笑った。
「早速ですね」
「ああ」
和春も嬉しそうだった。
「もう二人で話し合ってる」
瀬奈は数字から考える。
アリシアは人から考える。
まさに先ほど説明したばかりの形だった。
「利益……託児所だけじゃなくて……」
瀬奈が呟く。
アリシアが続ける。
「働きやすさ?」
「……あ」
瀬奈が顔を上げた。
「人材確保」
和春は何も言わない。
瀬奈が続ける。
「子供を預けられる場所が会社の中にあって、しかも社員は安く利用できる。そうしたら子育てを理由に退職する人を減らせます」
アリシアも繋げた。
「復職もしやすくなります。子供が近くにいるという安心感もありますし、送迎にかかる時間も減らせます」
「それに採用!」
瀬奈が一気に繋げる。
「同じ給料の会社が二つあったとして、片方に安く利用できる託児所があれば、子育て世代には大きな差になる」
「つまり託児所の利益だけを見るものではない……」
アリシアが言う。
瀬奈が頷いた。
「離職率を下げて、採用力を上げる。人材を失って再採用して教育するコストまで考えたら……」
そこで瀬奈は和春を見る。
「託児所で利益が薄くても、会社全体では利益になる」
「正解」
和春が笑った。
「人が辞めるのって金かかるんだよ。採用して、教育して、やっと仕事覚えた奴が辞めて、また一から採用する。そのコスト舐めたらダメだ」
愛華も補足する。
「さらに、ビル内の別会社にも福利厚生契約として提供できます。一般利用もありますから、託児所自体にも収益源はあります」
「なるほど……」
瀬奈は感心した。
託児所を経営して儲ける。
そういう話ではない。
託児所があることで、他の事業まで強くする。
「面白い……」
思わず瀬奈が呟いた。
その隣で。
アリシアはまだ図面を見ていた。
そして。
突然、表情が変わった。
「……和春さん」
「何?」
「この図面」
アリシアが託児所予定地を指差した。
「ここに作るつもりなんですよね?」
「ああ」
「これじゃダメです」
瀬奈がアリシアを見る。
「え?」
アリシアは真剣だった。
「この導線だと、エレベーターホールから託児所へ行くまでに、一般の会社員が行き来する場所を通ります」
図面を指でなぞる。
「大人からすれば普通のオフィスです。でも、小さい子供からしたら違います」
スーツ姿の知らない大人。
忙しそうに歩く人。
電話をしながら移動する人。
仕事の話をする声。
大人には日常でも。
子供には。
巨大な知らない人間が何人も行き交う空間になる。
「毎朝そこを通らないといけないんですよね?」
「そうなるな」
「だったら怖がる子、絶対います」
アリシアははっきり言った。
「託児所の中だけ子供向けにしてもダメです。入口に着くまでが怖かったら、毎朝ここに来ること自体を嫌がるかもしれません」
「……」
和春は黙っている。
愛華も。
何も言わない。
アリシアは少し不安になった。
「……違いますか?」
その瞬間。
和春が笑った。
愛華も嬉しそうに笑う。
「合格」
「え?」
愛華が別のファイルを取り出した。
「こちらが正式案です」
「…………え?」
アリシアが受け取る。
図面が違う。
託児所の位置そのものが変更されていた。
専用に近い入口。
一般社員の主要導線とは分離。
エレベーターを降りてからも、子供が大勢の会社員と交差しにくい。
さらに入口までの空間にも余裕があり、保護者が子供を急かさずに移動できる。
「最初から……?」
「考えてある」
和春が笑う。
「子供が毎日通う場所だぞ。中だけ作って終わりなわけねぇだろ」
アリシアが最初の図面を見る。
次に正式案。
そして和春。
「試したんですか?」
「二人ともな」
「……」
「瀬奈は託児所を経営じゃなく会社全体の数字として見られるか」
そして。
アリシアを見る。
「アリシアは数字や設備だけじゃなく、そこを使う人間を見られるか」
二人とも。
答えを出した。
和春は愛華を見る。
「やっぱ悪くないだろ?」
「ええ」
愛華も満足そうだった。
「むしろ思っていたより早いですね」
瀬奈は呆れた。
「……採用の話をしに来たんですよね、今日」
「そうだけど?」
「もう試験始まってるじゃないですか!」
「仕事するって決めたんだろ?」
「決めましたけど!」
アリシアが隣で笑う。
「でも、瀬奈さん」
「はい?」
「ちょっと楽しくないですか?」
「……」
瀬奈は正式な図面を見る。
自分は数字から考えた。
アリシアは子供の心理から考えた。
一人だったら。
どちらかしか気付かなかったかもしれない。
「……まあ」
瀬奈も笑った。
「ちょっとだけ」
その二人を見て。
和春と愛華は顔を見合わせた。
経営の瀬奈。
心理学のアリシア。
二人で一人。
Boundary & Mindがこれから作ろうとしている新しいコンサルタントの形。
どうやら最初の組み合わせは――かなり当たりだった。


