愛なんか、知らない。 ~1/12の孤独と、十年の旅~

 そんなこんなで、ミニチュアを作ったり、教室やワークショップで教えたり、学校に行ったり、慌ただしく日々は過ぎていく。
 あれから、心とは何となくギクシャクしてて。
 一緒に食事をしてる時も、沈黙が多い。
 心は、完全に気づいてるよね、あの夜のこと。何も言わないけど。いつか、ちゃんと話そう。

 で。ついに。
 来ちゃった。圭さんの部屋。
 まさか自分が、リアルに「……来ちゃった」をする時が来るなんて。

 あの夜から、二週間になる。
 急に来たら驚くかもしれないけど、ちょっとだけでも顔見たい。
 圭さんも喜んでくれて、もしかしたら、そんなことになったり……なんて、エッチなことも考えちゃったり。

 あの夜のことを思い出すたびに、体がカアッと熱くなる。
 また圭さんと一つになりたいよ。

 階段を一段飛ばしで上がりたいぐらい、心は弾んでいて。
 早く会いたい、圭さん! 圭さん!

 部屋の前で息を整えてから、手鏡を出して髪の乱れをなおす。よし。
 メイクも決まってる……かどうか分からないけど、おかしくはないぞ。うん。

 チャイムを押す。うわ、なんか、ドキドキする。何回も来たことのある部屋なのに。
 ややあって、「ハイ?」と圭さんの訝しむような声がインターホン越しに聞こえて来た。

「あ、葵、です」
「……え、葵ちゃん!? ちょ、ちょっと待ってて」

 すぐに飛んでくるかと思ったけど、しばらく待たされた。
 あ、忙しかったかな?
 やっとドアが開くと、ひげが生えて髪がボサボサの圭さんが顔をのぞかせた。

「急にどうしたの? ビックリした~」

 その息がお酒臭くて。
 圭さん、またお酒飲んでたんだ。急に、私の気持ちがしぼんでいく。

「あ、あの、顔が見たくなって、それで」

 私は自分が思っていたのと違う展開に戸惑っていた。

「これ、差し入れ、です」

 デパ地下で買ったケーキを渡した。二人で食べるつもりで、二人分なんだけど。

「あ~、ありがとう。来るなら、連絡くれればよかったのに」

 圭さんは素早くドアの外に出た。
 あれ。私を中に入れようとしない……?

「ごめんね、今、集中して作ってて、いいところなんだ」
「そうなんですか。進み具合、どうですか? 少し手伝っても」
「ううん、いいよいいよ」

 圭さんは困ったような顔になった。

「あのね、実は、母親が来てるんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「うん、なんか、相談したいことがあるって言われて。だから、今日はちょっと部屋に上がってもらえなくて。ごめんね」

 母親に私を紹介しようとか……って、まだ、そこまでの関係じゃないか。

「いえ、私が突然来ちゃったんで。ごめんなさい」
「ううん、僕も葵ちゃんに会えて、嬉しいよ。でも、こんなボサボサ髪でさ、ひげも生えたおじさんで、幻滅したんじゃない?」
「そ、そんなこと、ないですっ」
「アハハ、よかった。ホラ、おいで」

 圭さんは両手を広げる。
 おずおずと身をゆだねると、圭さんはギュッとハグしてくれた。

「最近、あんまり眠ってないから、葵ちゃんの顔を見れて、元気が出たよ」
「それなら、よかったです」

 圭さんはすぐに体を離した。

「お互いに頑張ろうね。作品ができたら、必ず葵ちゃんに見せるから。真っ先に見てもらうからね」
「ハイ!」
「それじゃ、今日はわざわざありがと。気を付けてね」

 軽く手を振ると、あっさりと圭さんは家の中に入ってしまった。

 私はしばらく部屋の前で呆然としていた。
 なんか、圭さんに避けられてる気がする……。
 親御さんが来てるなら、私に構ってられないのかもしれないけど。ってか私、敬語に戻ってたし。

 トボトボと階段を下りた。来た時と違って、足取りが重い。

 浮気……じゃないよね? 
 チラッと中が見えた時に、玄関に女ものの靴があったわけじゃないから、浮気ではなさそうだけど。
 なんだろ。お酒を飲んでるところを見られたくなかったとか?

 大丈夫かな、圭さん。
 ちゃんと作品を作ってるのかな。プレッシャーでお酒を飲んでたりして。
 お酒飲まないでほしいって言ったら、きっとイヤな顔するだろうし。うーん。。。

 その夜、圭さんからメッセが届いた。

「今日はゴメンね。ホントは葵ちゃんと一緒にいたかったんだけど…。でも、顔を見れて嬉しかった!おかんは、しばらくこっちにいるんだって。東京の観光をしたいらしくて、僕があちこち案内しなきゃいけなくなりそう…。落ち着いたら、連絡するね」

 お母さんのこと、おかんって呼んでるんだ。なんか、かわいい。

 ってことは、ホントにお母さんが来てるってことなんだ。よかった。

 そう言い聞かせても、なんか心がモヤモヤする。
 圭さんの顔を見れただけでよかったって思わなきゃ。うん。
 圭さんを信じよう。
 お酒も、きっとお母さんと久しぶりに会ったから飲んだだけなんだ、きっと。

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 それから四週間後。
 私は何とか「夜の音楽室」を仕上げた。
 南沢さんと牧野さんに画像を送ると、「想像以上に素敵で、涙が出そうです。私の小説のためにこんな素晴らしい作品を作ってくださって、ありがとうございます。早く見たいです!」「夜の音楽室、いいですね! さっそく撮影のスケジュールを組みます」と返事が来た。

 撮影の日、スタジオには南沢さんも来ていた。

「こんな感じになりました」

 作品を見せると、南沢さんは「……っ!」と息を飲んだ。
 牧野さんやカメラマンさんたちも、「うわ~、すごい!」と釘付けになっている。

「すごい、シーンとしてる静かな感じが伝わって来る。さっきまでみんなで熱心に練習してて、急にみんながいなくなった感じ」

 南沢さんは胸に手を当てて涙ぐんでる。

「私は、これから演奏が始まりそうな気配を感じます」

 牧野さんの言葉に、「確かに、そういう見方もあるわねえ。物語を感じさせるわよね、このミニチュアは」と南沢さんは深くうなづく。

「すごいっすね、光のコントラストをライトを使わずに表現するなんて」
「ねえ。月明かりから徐々に暗くなっていくグラデーションを塗り分けているの、すごすぎる」
「楽器の一つ一つが、細かくて感動するわあ。バイオリンに弦張ってあるし」

「え、バイオリン、もしかして木で作ってるんですか?」
「ハイ、バイオリンとか弦楽器は、どうしても粘土で作ると偽物っぽくなっちゃうっていうか。弦を張るところだけ木で作ってみました。弦はピアノ線です」
「わ、バイオリンの弓もある」
「あ、楽器のケースまである、すごい、すごい」

「このドラム、ちゃんとスティックもあるし」
「黒板の五線譜、懐かし~」
「いやあ、フルートの指で押すところ、再現率半端ないっすね」
「はああ、壁の音楽家のポスターまで再現してるなんて」
「ここでユイカが指揮棒を振る姿、頭の中で映像で浮かんでくるわあ」

 南沢さんからは「ほんっとうに、こんな素敵な作品、ありがとうございます! 後藤さんにお願いしてよかった!」と手を強く握られた。

 よかった。
 こんなに喜んでもらえるなんて、頑張って作った甲斐があったよ!

 圭さんに報告しようと思って何度か電話をかけたけど、出ない。
 コンテストの締め切り直前で、それどころじゃないのかな? 
 さすがに、お母さんはもう実家に帰っただろうし。

「カバーのミニチュア、完成しました! 早く圭さんに会いたい♥」ってメッセを送ったけど、既読にもならない。

 あれ? メッセを読めないぐらいに忙しいのかな??
 だったら、手伝いに行こう。私の仕事は終わったんだし。

 そう思って、「夜の音楽室」を持って、圭さんの仕事部屋に行ってみることにした。
 やっぱ、圭さんには直接見てもらいたいし。

 ドキドキしながら、チャイムを鳴らす。
 今日は、ちゃんとした理由があるから大丈夫。

 でも、インターホンから何の応答もないし、誰も出てくる気配はない。
 もう一度チャイムを押す。時間をおいて、もう一度。

 あれ? 出かけてるのかな? それか、寝てるとか?
 電話をかけても留守電になってしまう。
 一応、「葵です。部屋の前で待ってます」ってメッセージを入れたけど。

 どうしよう。
 このまま、ここで待ってる? 
 それとも、どこかで時間潰してから、また来ようかな。
 しばらくドアの前で迷っていると、隣の部屋からカップルが出て来た。
 二人で楽しそうにはしゃいでる。仲良さそうで、いいなあ。

 と。
「あ、その部屋の人、この間引っ越しましたよ」と彼氏さんが教えてくれる。
「えっ?」

 驚いて二人を見る。社会人になりたてって感じのカップルだ。

「え、引っ越しって」
「業者が荷物を運び出してたから、たぶん、引っ越しじゃないかな」
「え、え、いつ、ですか?」
「えーと、一週間前だったかな」

 私が固まっているのを見て、彼女さんが心配そうに「大丈夫ですか? 連絡先は知ってますか?」と尋ねる。

「管理人さんに聞いたら教えてくれるかも」
「個人情報は教えてくれないんじゃないの?」
「あ、そっか。じゃ、管理人さんにこっちの連絡先を教えて、連絡くださいって言ってもらえばいいんじゃないの?」
「お、それならいいかも」

 二人は、見ず知らずの私のために、あれこれ考えてくれている。

「あ、だい、大丈夫です。その、こっちから電話して聞いてみます。あ、ありがとうございます」
「そうですか」

 私がぺこりと頭を下げると、二人は去って行った。

 え。え。どういうこと?
 ドアノブを回しても、鍵がかかっている。
 廊下に面した小さな窓は真っ暗で、光は漏れていない。
 
 もう一回チャイムを鳴らして、ドアもノックしてみるけど、無反応だ。
 私は階段を駆け下りた。
 足がもつれて、転がり落ちそうになりながら。

 表に出て圭さんの部屋のベランダを確認したら、窓にカーテンがついてない。
 え、ウソ……ホントに、ホントに引っ越しちゃったの? 
 私には何も言わずに?
 
 私は何度も電話をかけて、メッセも送ったけど、圭さんからは何も返ってこない。

 どういうこと?
 もしかして、倒れちゃって、どこかに入院してるとか?
 お母さんと一緒に実家に帰っちゃったとか?

 でも、誰に聞けばいいのか、分かんないよ。佐倉さんにはもう連絡取ってないって言ってたし……。
 どういうこと、これ。どういうこと?
 圭さん、どこに行ったの?