愛なんか、知らない。 ~1/12の孤独と、十年の旅~

 トルソーの本体は布を小さな型紙に沿って裁断して、縫い合わせて立体にしていく。家から持ってきた針でチクチクと縫う。

 こういう布のミニチュアを作るのも、楽しいな♪ 
 タバコ屋の椅子に、おばあさんが使ってた膝掛けがかかってる写真があったな。膝掛けも作ろうかな。

「ねえ、みんなはワークショップ何回目?」

 目の前のおばさんがみんなに話しかける。

「私は今日で12回目」
「えっ、12回もよく取れましたね」
「うん、3年前からファンだったから。初期の頃は、毎回参加してたからね」
「え~、いいなあ」

「私は今回が初めて」
「私も。1年待ちました」
「私も今回は1年ぶり。前は3人しかいない時もあったのに、今は秒で定員が埋まっちゃうでしょ?」
「3人だけなんて、ほぼマンツーマンですよね。羨ましいなあ」

 みんなでおしゃべりしているのを横目に、私は黙々と針を動かした。
 たぶん、ミニチュアを作るのが好きなんじゃなく、望月さんと会いたくて参加してる人が大半な気がする。
 せっかく教えてもらえるチャンスなのに。もったいないな。

「うん、葵ちゃん、いいね。縫い目がキレイ」

 またもや望月さんが顔を寄せて覗き込む。
 とたんに、全女性がピリッとするのが分かった。私は今、全女性の敵になってるよ……。

「うまく立体ができてるね。ここのライン、とくにキレイに縫えてるし」
「圭く~ん、ここ、うまく縫えない~」

 おばさんが、再び望月さんに助けを求める。
 望月さんは、瞬間的に眉をしかめた。
 すぐに笑顔に戻ったけど。みんなからは見えなかったかもしれない。

「うーん、縫い目が粗すぎるなあ」
 苦笑しながら言う。

「僕は、トルソーを愛してるんだよね。だから、愛をこめてトルソーを作ってもらいたいな。井島さんはもう何回も参加してるのに、全然上達しないよね。僕、トルソーに愛を注げない人には、あんまり作ってもらいたくないんだよね」

 声は甘いけど、言ってることはキツい。
 井島さんと呼ばれたおばさんの顔はみるみる赤くなっていく。

「あ、あの、久しぶりで、ちょっと粗くなっちゃったかも……」
「井島さん、いつも縫い目が粗いじゃん。何度も言ったと思うけど。大体、糸が太すぎるよね。これじゃ、縫い目が見えちゃうじゃん。美しくないでしょ?」

「うちにはこの糸しかなくて……」
「こんな太い糸を使ってるから、針も太くて穴が目立っちゃうし。繊細さがないんだよねえ」

 望月さんは大げさにため息をつく。

「佐倉さん、シャッペスパンの50番と針を持って来て」
「ハイ」

 スタッフさんが糸と針を渡すと、
「これ、貸してあげる。全部やりなおしたほうがいいんじゃないかな」
 と、望月さんは笑顔を崩さずに言う。笑顔なだけに、余計に怖さを感じる。

「ハイ……」
「佐倉さん、ほどき方、教えてあげて。布を傷つけちゃったら、トルソーが台無しになっちゃうから」

 井島さんは真っ赤になって、すっかり小さくなってる。
 それまで談笑しながら作っていた人たちも、急におとなしくなる。
 教室中にピンと緊張の糸が張り巡らされた感じ。
 何となく、だけど。
 今の発言、井島さんだけじゃなく、ここにいる人全員に向けて言ってたような気がする。

 布を縫い合わせて、綿を中に詰めて底の部分を縫い合わせたら、本体の出来上がり。
 底の真ん中に穴を開けてあるから、木のスタンドを差し込んでボンドで固定する。

 まだ時間はあるから、飾りつけしよ。
 レースを襟元に貼るだけじゃ、つまんないな。
 よし。レースにビーズを散りばめてみよう。ピンセットを持ってきたから、細かい作業は楽々。ビーズを一つずつ、バランスよくレースにボンドで貼っていって。

 それを首のまわりに貼る。これだけじゃ、まだ寂しいな。
 ピンクのリボンを腰に巻いて、リボン結びをしてみて。
 うん。これだけでもかわいいけど、もうちょっとアクセントが欲しいな。
 リボンにビーズで花模様を作ろう。

「かわいい……」

 ため息交じりの声が聞こえて顔を上げると、同じテーブルの人がみんな私の手元を見つめている。

「やっぱり、若いと発想が柔軟でいいなあ」
「器用ね。普段からこういうの作ってるの?」
「あ、えと、ハイ、粘土ですけど、ミニチュアのグッズとか作ってます」
「なるほどねえ。作り慣れてるのね」

 井島さんは、ふうと息をつく。

「私なんか、時間内に終わらなさそう」
「私もです。トルソーの形をつくるだけで精いっぱいかも」
「焦る~」

 みんな最初とは打って変わって、真剣に針を動かしてる。

「葵ちゃん、いいね、かわいい、かわいい! センスがいいし、トルソーへの愛を感じるよ」

 望月さんは私のトルソーを見て絶賛する。

「みんな、見て見て~。このトルソー、かわいくない?」

 高く掲げてみんなにも見せる。恥ずかしいけど、褒めてもらえて嬉しいな。
 井島さんは、完全に間に合わなさそうだ。沈んだ表情で針を動かしてる。

「痛っ」
 針で指を刺したのか、指先をくわえる。

「あ、あの、少しお手伝いしましょうか?」
 見かねておずおずと申し出ると、目を丸くしている。

「ホントに? いいの?」
「はい、私のは一応、終わったんで」
「それなら助かる~」

 望月さんはそのやりとりをチラッと見たけど、何も言わずに他のテーブルで指導している。

 井島さんから布を受け取ると、雑に裁断してるのが分かった。縫い目も表に出てしまってる。
 12回も通ってこれじゃ、望月さんも怒りたくなるかも。
 井島さんはバンソウコウを指先に貼っている。

「こういう細かい作業って、何回やってもうまくできないのよねえ」

 その井島さんの言葉に、「それなら参加しなきゃいいじゃん」と、他のテーブルの人がつぶやく声が聞こえた。

「ワークショップに参加したくてもできない人のほうが多いのに」
「そうだよね。参加できない人が気の毒すぎる」
「ねえ。12回も参加して、全然学んでないって、どうなの?」

 井島さんは唇をギュッと結んでうつむいた。同じテーブルの人は聞こえないフリ、見てないフリ。

「最後はみんなのトルソーを集めて記念撮影しよっかあ」

 望月さんも今のやりとりを聞いてると思うけど、何もフォローしない。
 井島さんをあんまりよく思ってないのが伝わって来て、なんかツライ……。

 井島さんのトルソーも、何とか綿を詰めるところまでできた。
「ありがとう。キレイに作ってくれて」
 井島さんはじっと縫い目を見ている。

「キレイな縫い目。ホントに器用なのね。普段も縫物をしてるの?」
「あ、いえ、小学校の時、手芸部に入ってて、いろんなものを作ってたから」
「そうなの。私は全然ダメ。何度やってもキレイにできなくて」

 その時、ふと思った。
 もしかして、何度も参加してるのは、キレイに縫えるようになりたいから、とか?

「あの」
 余計なお世話かもしれないけど。

「私も最初は縫い目をそろえられなくて、消えるチャコペンで印付けてました」
「消えるチャコペン? 布に?」
「そうです、布に点点点って印付けて、その印にそって縫えば、キレイに縫えるから」

「へえ、そういう方法があるんだ」
「それを繰り返してるうちに、そろえられるようになったって言うか」
「なるほどねえ」

 井島さんは縫い目を手で触りながら、何度も「なるほどねえ」とつぶやいた。
「いいこと教えてくれてありがとう。私もそれをやってみる」
「あ、はい」

 布に綿を詰めるのも苦戦してるから、「これ、どうぞ」と割り箸を差し出した。

「奥のほうに綿を詰めるときに、これで押し込むとキレイに入ります」
「なるほどね。ありがとう」

「はーい、みんな大体できたかなあ? できた人は前に持って来てえ」

 井島さんのトルソーは間に合わなかったけど、みんなのトルソーを一か所に集めて写真を撮った。
 私のトルソーは望月さんが真ん中に置いた。
 みんな、私のトルソーだけ「かわい~」「こういうの売ってたら、絶対買う」と写真に撮っていた。う、う、嬉しい。

 ワークショップが終わると、みんな望月さんに殺到した。
 井島さんは本体に木の足を差し込んでる。

「そこの差し込んだところ、布を内側に押し込んだほうがキレイに仕上がりますよ」
 教えると、井島さんは苦笑する。

「そうね。こういう小さなところこそ丁寧に処理するんだって、圭君は何度も言ってるし。私、ホントに何一つ身についてないのね」

 押し込み方が美しくないから、ピンセットでちょこちょこっと直してあげると、井島さんは「ありがとう。あなたは、ホントにこういうのに向いてるのね、羨ましい」とため息をつく。

「私は何をやっても不器用で。いつも圭君に呆れられてるのよね。ワークショップに参加するのも、これが最後かな」

 トルソーは何とか完成した。
 井島さんは望月さんに視線を送ったけど、他の人とおしゃべりしてて、こちらを見ようとしない。

「今までの中で、一番いい出来」

 井島さんは寂しそうな表情をしてる。
 荷物を片付けて、「ありがとね」と私に何度もお礼を言いつつ、望月さんをチラチラ見ながら帰って行った。

 キレイなトルソーを作って望月さんに褒められたかったんだろうな。
 これが最後って言うのも、それはそれで寂しい気がする。