あの夏祭りの夜、僕が泣いた理由

 その後――僕と火口くんは、一緒に講義に出て、週に一度は発表の打ち合わせをし、週末には北梓市の各所を回るようになった。

 僕らが発表の題材に選んだのは、『行逢神』という、人に災いをなす怪異についてで、この北梓市に伝わる伝承と、全国……特に、四国地方の伝承と比較し、これまでのいくつかの研究文献を引用しつつ、僕達なりの意見を取り入れた。

 ディスカッションの後、夏目先生が、総括の時に静かに言った。

「――狐火も、その一種だと言われる事があるね」

 僕は小会議室で見た禍々しい炎を思い出したが、ちらりと火口くんを見ても、既に彼は僕が見慣れてしまった微笑のまま、静かに頷いているだけだった。

 こうして――テスト期間が訪れた。七月の半ばから、八月の頭まで、僕達大学生は、非常に忙しくなる。この時ばかりは、普段はサボりがちな学生も、こぞって大学に顔を出すから、バスも構内も非常に混み合っていた。

「一緒に勉強をしませんか?」

 火口くんがそう言ったのは、テスト前最後のゼミの後だった。
 僕に向かって口にしたわけではなく、近くにいた時岡や宮永との雑談中にそう言ったのだ。
 最近、僕は火口くんが彼らを含めた周囲と雑談をする時も、隣にいる事が多い。

「お、いいね。いいっすね。ノートを見せてくれるフラグ?」
「時岡、お前最初から火口のノートを狙っていただろ」
「いや? 俺の狙いはどっちかといえば……透花院、見せて!」

 笑顔で声をかけられた。僕は、火口くんの隣にいる内に、これまでも長い付き合いだったはずの周囲と、今までよりも打ち解ける事が出来るようになっていた。あんまりにも自然に、僕は人の輪の中に入る事が可能になっていた。

 そして――『流れ』で、僕らは学食へと向かい、混雑している中で、空いているテーブル席を見つけて、四人で勉強をした。時には、南方達女子が加わる事もあるし、日之出くんが顔を出す事もある。それ以外の、学科のみんなもだ。

 僕は大学三年生になって初めて、学校に友達という存在が出来つつある。
 嬉しくないと言ったら、嘘だった。

「全員のテストが終わったらさ、宮永のバイト先で、ゼミの奴らと打ち上げ飲みしよう。夏目先生も誘ってさ」

 時岡が、レポートを書きながら、そう言って笑った。
 すると宮永が頷く。

「予約なら任せろ。料理もサービスしてもらうからな。厨房にカノジョいるし」
「リア充羨まー」
「時岡だって、南方と良い感じなんじゃないの?」
「いや、おい、別に俺とまほろは、そういうんじゃ……そういうんですが……! うん。火口、透花院、黙ってろよ。内緒なんだよ、まだ、みんなには」

 雑談交じり、気軽なやり取り。

 少し前の僕だったら、こんな風に恋バナをされる事もなければ、内緒話をされる事も無かった。そちらの方が、ボッチだった僕には嬉しすぎるし、毎日が優しすぎる。最近では、火口くんを怖いと思う日もないし、僕は大学生活に充実感を覚え始めていた。

 その後、時岡と宮永とは別れ、僕と火口くんはバスに乗った。

 帰りの車内には、八月末に開催される、御遼神社の花火大会のポスターが貼ってあった。
 火口くんが物珍しそうにそれを見ていたので、僕は思い出した。
 以前、無定形の文化にも興味があると聞いた気がする。

「毎年、結構盛大にお祭りがあるんだよ。盛大って言っても、この土地では、だけど」
「そうなんですね。ぜひ、一度行ってみたいです。一緒に行きませんか?」
「あ、うん」

 実を言えば、僕は昔夜野さんに連れて行ってもらったくらいで、ほとんど出かけた事が無い。一緒に行く相手がいないからだ。夜野さんも、毎年行くわけではないようだし、僕以外の――たとえば、甥っ子の斗望くんを連れて出かける事も近年では多い。

 なんとなく、一人で行く気にはならない。
 大勢の中にいると、いつもより孤独感が増すからだ。
 だけど、そうか。今年は、僕にも友達が出来たのだ。

 そう考えると無性に嬉しい。

 ポスターにある開始日時を見て、その場でテキパキと火口くんが待ち合わせ時刻を決めていく。本当にいつも段取りが良い。僕達は、まだだいぶ前だというのに、その場で、夏祭りの日には、夕方の五時に、鳥居の所で待ち合わせをする約束をした。

 ――翌朝、僕はため息を零した。
 それにしても……今はテスト期間だから、大学が混雑している。
 バスも例外に漏れない。
 いつもならばゆったりと座る僕も、最近は立っている。

 それでも三年生にもなれば最適な位置取りにも慣れるから、僕は扉のそばの、比較的立ちやすい壁際に陣取った。窓の外を流れていく風景を見る。

 最近では、少し前まで見えなかった――火口桔嶺という友人が見えるようになった。僕は、バスの中で、最近はずっと、火口くんについて考えている。

 仲が良くなったと、僕は思う。
 少なくとも、火口くんが現れてから、僕の毎日は楽しくなった。

 最初こそ怖かったはずで、距離を取ろうと考えていたはずなのに、最近の僕は、火口くんに嫌われたくないとばかり考えている。僕は、火口くんを相当意識しているみたいだ。

 その内に、バスが大学へとついた。僕は、扉が開くと同時に、外へと出た。
 構内を進むと、いつものベンチに火口くんの姿が見て取れた。

「おはようございます、紡くん」
「お、おはよう……」
「行きましょうか。といっても、あのテストは、僕達以外いるのかどうか」

 火口くんが苦笑するようにそう言うと、僕の肩にポンと手を置いた。

 二人でテストがある教室へと向かう。そして提出すれば退出して良いテストだったから、僕は早々にテスト用紙を提出した。



 その後、忙しないテスト期間が終了し、飲み会の日がやってきた。
 僕はこんな風に、みんなとお酒を飲むことすら初めてだった。
 ――何を飲んでいいのか分からない。

 どのお酒が強いのか、どのお酒がどんな味なのか、僕にはさっぱりだ。
 飲み屋さんで飲みなれているだろう父に、今度聞いてみよう。

 ただ、ビールが苦いというのは漠然とした印象があったので、僕は生絞りキウイサワーを頼んだ。火口くんがそれを頼んでいたからだ。僕達は飲み物の趣味が合うから、多分大丈夫だろう。

 時岡とスミノフ、宮永はビール、南方はジャスミンハイ、楠原はカルーアミルク、日之出くんはジントニック、夏目先生はウイスキーを頼んでいた。運ばれてくる料理は、コース料理と、宮永のバイト先のご好意の品らしい。

 そうして雑談をした。夏目先生は、相変わらず、「私は吸血鬼でねぇ」という冗談を言って、みんなを笑わせている。すると、楠原が聞いた。

「吸血鬼って、コウモリに変身できるんでしたっけ?」
「――ああ。コウモリになる事も可能だけれどね、私はあまり、その姿は好かない。姿を変えるなら、私ならばもっと吸血しやすい生き物に姿を変える。その方が、合理的だからねぇ」

 僕も思わず吹き出した。みんなが笑っていた。
 その後、夏期休暇中も、ゼミのメンバーで、特別講義をしてもらう話になった。
 これは、そろそろ卒論の準備に入るからで、四年時を見据えて、他のゼミでも行うらしい。

 春からの講義が、三年生からは楽な分、休暇中にも大学に顔を出す機会が増加する。

 きっと以前までの僕ならば、億劫だと感じただろうけど、今は充実しているから、正直楽しみだった。