【LIVE】キミだけのVirtualアイドル配信中♡

■2027.02.17 橘田 慧一

「橘田さん。本当に……何とお礼をしたらいいか」

会社近くのカフェの一室。対面の黒髪のショートカットの女性が頭を下げた。
上げたその顔は、猫目がちな焦げ茶色の瞳を持っている。流石、アイリンと似ているな。
目の前の女性は坂上 明花。アイリンの実の姉だ。

「とんでもないです。俺は大した事はしていません」
「謙遜しないで下さい。橘田さんのご助力が無ければアイリン……愛凌(あいり)は、ずっと行方不明扱いのままでしたから」

尚も頭を下げようとする明花さんを、片手でやんわりと制する。
俺達は去年の12月21日に好見を通してコンタクトを取り、彼女に東京に来てもらう形で顔を合わせた。
明花さんと二人で大家に事情を話し、大家から警察に取り次いで貰った。
そして、404号室で発見された身元不明の死体は前の住民である坂上 愛凌(さかがみ あいり)と判明した。
愛凌の火葬はすでに行われていたが、まだ合葬墓に埋葬される前だった。彼女の遺骨は、親族である明花さんに無事に引き渡された。

「俺の方こそ、奢って頂くような事は何も……」
「いえそんな!愛凌の納骨の為に私達の地元にまで付き添って頂き、本当にお世話になりました。奢るくらいさせて下さい」
「ああ……”リアルでも会いたい”って、言ってくれたので」
「え?」
「いえ、何でも。……では、お言葉に甘えて」

俺達はそのまま、静かに食事を済ませてカフェを後にした。

「では私はこれで。本当に、アイリンを愛して頂きありがとうございました」
「今でも好きですよ。……これからもずっと、彼女は画面の向こうで歌い続けてくれますから」
「……動画サイトの中のあの子は、ずっとアイドルですからね。そうだ橘田さん。これを」

明花さんは鞄から1枚の写真を取り出して、俺に差し出した。
それはアイリン――いや、坂上愛凌のチェキだった。両手でハートマークを作って愛らしく笑っている。俺はその写真を見て、リアルで会いたいと言われ時のアイリンの言葉を思い出してふっと微笑んだ。

”あははっ、なにそれ。――私、このまんまだよ?”

「なんだよ、本当にまんまじゃん」
「……え?」
「あ、すみません。独り言です。……良いんですか?俺が貰ってしまって」
「はい。あの子もきっと、ファンの方の手元にある方が嬉しいでしょうから」
「一生大切にします。ありがとうございます」

俺は明花さんに深々と頭を下げ、俺達は静かに別れた。
マンションへの道を歩く最中、俺のスマホに好見からの着信が入る。俺は通話アイコンをタップして電話に出た。

「もしもし」
『あ!先輩!どうでしたか?今日明花さんと会ったんでしょ?』
「遺骨の埋葬は済んだ。ありがとな、好見。お前が明花さんの投稿を見つけてコンタクトを取ってくれたから、アイリンの埋葬に立ち会えた」
『いや~それほどでも~!お礼は焼肉でいいっすよ!』
「それはこの前奢ったばっかだろ」
『しゃぶしゃぶでもいいっすよ!』
「ったく、高いもんばっかリクエストしやがって……来月な」
『え、マジすか!?あざーっす!』

それから軽く世間話をして、俺は好見との通話を切った。
そのタイミングで俺のマンションが見えてくる。丁度、マンションの玄関を大家が掃除していた。

「どうも」
「ああ、おかえり橘田さん。……その、どうだい?部屋替えを検討しているなら――」
「しませんよ」
「え?」
「俺はずっとあの部屋に住むので問題ありません。事件の事も、口外しませんから」

俺はふっと口角を上げて微笑んだ。
あの部屋を手放すなんて、俺には考えられない。
なぜか少し怯えたようなそぶりを見せる大家の横をすり抜け、俺は階段を昇った。

扉に鍵を差し込んで404号室に入る。
あの日を境に、アイリンの毎日配信は途絶えた。
だが、時折ロフトから覗き込まれるような視線を感じる。夜中にはラップ音が鳴る事もある。
――そう、404号室の怪奇現象は無くなっていない。でも、それが何だって言うんだ。

「こんな暮らし、手放す訳無いだろ」

リモコンを拾ってテレビを点けると、夕方のワイドショーが放送されていた。
トピックタイトルは、”推し活の弊害とストーカー化するファン”だった。
テレビの向こうで、キャスターと専門家が会話をしている。

『一昨日のニュースでは、ストーカー化したファンが地下アイドルの住所を特定して傷害事件に発展したそうですが、これについてどうお考えですか?』
『いや~、今はネット社会ですからね。アイドルの方は帰路とか絶対写真撮っちゃ駄目ですよ。部屋の中での配信も極力おすすめしませんね。部屋の配置からどこのマンションかバレちゃう……なんて事もありますし。アイドルの皆さんも、過度なファンサービスは程々にって事で』

俺はテレビの電源を落とした。
天気予報なら見たかったが、ワイドショーなんて見てもしょうがない。
俺はノートパソコンの前に座り込んで、パソコンを起動した。
パソコンの傍らにアイリン――坂上 愛凌のチェキを並べて微笑む。

今の暮らしは俺の理想そのものだ。
推しの住所も、痕跡も、Virtualアイドルの素顔も本名も、ここに居るだけで全てが手に入ったも同然なんだから。
――間接的に推しと同居出来る生活なんて、手放すはずないだろ?

「俺はずっと覚えているよ、アイリン」

パソコンからURLをクリックして、坂上アイリンのチャンネルに飛ぶ。
俺は生前の彼女が遺したものを隅から隅まで眺めているこの時間が1番楽しい。
ああ、月命日になったら()()LIVEしてくれるかな。

「一生懸けて推し続けるよ、アイリン。君は俺の――最推しだから」

END.