【LIVE】キミだけのVirtualアイドル配信中♡

『ケイさんこんばんは!今日も来てくれてありがとう~!』

画面の中でアイリンが微笑みながら俺に向かって手を振る。
サラサラの黒髪に、焦げ茶色の瞳のアバターがピンク色のアイドルステージによく映える。
今日も同接は”1”。つまり俺1人だけだ。――俺しか、アクセス出来ないから。

『今日は何かリクエストはある?今日は私にとってちょっとだけ特別な日なの!だからサービスしちゃうよ~☆』

アイリンがカメラに寄ってウインクする。
薄暗い室内でも、彼女の笑顔は輝きを放っている。
ああ、やっぱり可愛い。このままアイリンのLIVE配信を見続けられたらどれだけ良いだろう。……でも、今日はそういう訳にはいかない。
俺はキーボードに手を伸ばした。

≫ちょっとだけ特別な日っていうのは……君の月命日?

そう打ち込んだ瞬間、初めてアイリンの顔が引きつった。

『……え?』

アイリンが焦げ茶色の目を見開いて俺を凝視する。
俺はその視線を受け止めて、なおもコメントを打ち続けた。

≫東京都××区○○町四丁目4番4 ロフトパレス方城 404号室。
≫俺の住所だ。そして君の住所でもある……かな。

『ケイさん?……どうして、それを』

≫アイリン、今日は君の事を話して欲しい。君は……”ここ”で、死んだのか?

俺は画面から顔を上げて、電源アダプターの差さる煤だらけのコンセントプラグを見た。
そう、俺が今いる場所は――アイリンが死亡したとされるロフトだ。
俺は自分のノートパソコンを持ち込んで、ロフトの中央で座り込んでいる。

『……』

アイリンが画面に顔を寄せたまま俯く。
顔が漆黒の前髪に覆われ、その表情が伺えない。

『……あーあ』

くっとアイリンの口角が吊り上がる。
アイリンがカメラの上に手を付いてゆっくりと顔を上げる。
その顔は赤黒く爛れ、茶色い色素沈殿を起こしていた。ぷっくりしていた唇は、死体のような薄い緑色に変色している。

『あなたが気づかなければ、ずうっとここで歌えたのに』

見開かれた焦げ茶色の瞳は白目の部分が充血して血管が浮き出ている。
バチッ!っと俺のパソコンの画面にノイズが走った。

『そうだよ?私、今ケイさんがいる所で死んだの。私いーっつもロフトで寝てたからさ、あの大規模停電の時もここで寝てたの。そしたらエアコンが切れちゃって、熱中症に罹って死んじゃったの』

アイリンは笑みを濃くした。焼け爛れて引き攣った頬が、ぴくぴくと痙攣している。

『熱中症って、死ぬまでずうっ~と苦しいんだよ?朝になって室温も体温も40度ぐらいになっちゃってさ、頭がガンガンして、全身が痙攣して死んじゃうの』

カメラを掴んだアイリンの手が赤黒く染まる。その手の平の皮膚が爛れてめくれ上がり、中の赤い筋繊維と骨が露出し始める。

『おまけに充電しっぱなしのスマホが発火して顔が燃えちゃうし。……Virtualアイドルとリアルアイドル、どっちも私の夢だったのに!!』

アイリンがカメラを鷲掴みにする。
カメラがガタガタと不規則にぶれるのに、アイリンの血走った眼はくっきりと映って画面越しに俺を射抜く。
俺は呼吸がだんだん浅くなって、心臓が警鐘を鳴らすようにドクドクと跳ね続ける。

『毎日配信だってSNSだって!夢を叶えるためならいくらでも頑張れる!!なのに!皆は私に見向きもしない!私の事を知ってくれたって更新しなきゃ忘れられちゃう!!そんなの、絶対に許せない!!』

ノートパソコンの液晶が白黒に明滅する。
ザアザアとノイズが走り、画面いっぱいに焼け爛れたアイリンが大写しになる。
俺は小刻みに震える指先を伸ばして、無我夢中でキーボードを打った。

≫俺は絶対に忘れない。

その言葉を視認した瞬間、アイリンの動きがピタリと止んだ。

『……え?』

アイリンが落ち窪みそうな目を見開いた。
アイリンの黒髪が乱れて抜け落ちる。顔中火傷でぐちゃぐちゃになった姿を、俺は正面から真っすぐ見つめた。

≫約束しただろ。俺は一生君を推す。

『だって、ケイさん。……私の顔、こんなだよ?』

≫その顔だって素敵だ。

『ケイさんだって、どうせ……。こんな私じゃなくて、もっと可愛くて歌が上手いVirtualアイドルを推すようになるよ』

≫俺が今まで見て来たどんなアイドルよりも、君が1番可愛い。
≫君の歌が、1番好きだ。

アイリンの目に涙が溜まる。
そんな表情も、俺は綺麗だと思った。

『こんな時代じゃどうせ……私の事なんて、忘れちゃう、よ……』

≫一生忘れない。
≫君は俺の自慢の推しだ。

『……っ……!!』

アイリンが火傷の走る手で顔を覆った。
フリルのあしらわれたアイドル衣装が、肩を震わすアイリンに同調して震える。

≫アイリン、1曲だけリクエストしたい。君のオリジナルソングだ。

『……え?』

≫君のチャンネルに上がっているのを聴いた。君らしくて、すごくいい曲だと思う。

『私のオリジナルソングまで、見つけてくれたの……?』

そう、俺は22時になるまで好見から送られたアイリンのチャンネルとSNSを見続けていた。
カバーが多い中で1曲だけ、ワンコーラスのオリジナルソングが投稿されていた。

『……あははっ、あれね~。バイトで貯めたお金全部つぎ込んで作ってもらったの。作詞は見よう見まねで私がしてさ。……それでも、ワンコーラス分しか制作出来なかったけど』

≫聴かせて欲しい。今のアイリンが歌う所を見たい。
≫これが、俺の最後のリクエストでもいいから。

俺のコメントを見ると、アイリンがふっと柔らかく微笑んだ。

『そんな事言わないでよ。私、あなたの為ならいくらでも歌うのに』

彼女は1度目を伏せて、パッと顔を上げた。
アイリンは笑っていた。顔全体が火傷で覆われ、唇が薄い緑色に染まっても、やっぱり彼女の笑顔が1番綺麗だ。

『それじゃあリクエストに応えて、私の唯一のオリジナルソング歌っちゃうよ!――アイリンオンステージ、スタート!』

軽快なポップスと共に、アイリンが自身のオリジナルソングを歌い踊る。
ああやっぱり、アイリンが俺の出会ってきた中で1番のアイドルだ。

真っすぐ過ぎる歌詞も、手でハートを作る振り付けも。
アイリンが血の滲むような思いで活動して来た事が分かって、俺の目頭も自然と熱くなった。
俺もコメントを打って応援した。
彼女のイメージカラーのピンク色のサイリウムのスタンプを打ち込んで、画面越しにエールを送り続けた。

そして、1分30秒の短いアイリンのオリジナルソングが終了した。
アイリンがマイクを両手で握り締める。

『おしまい』

その声は、アイリン1人のアイドルステージに静かに反響した。

『ケイさん、最後に歌わせてくれてありがとう。……大好きだよ』

アイリンがすっと視線を横に投げると同時に、俺もスマホを取り出して時計を確認した。
23時58分。アイリンのLIVE配信が終わる時間が、迫っていた。

『ケイさん。この部屋に越して来たのがあなたで良かった。あなたに出会えて本当に良かった。――だから』

アイリンがカメラに近寄る。
画面いっぱいに火傷の痕の残る顔を写し、焦げ茶色の瞳を猫の様に細めて、花が綻ぶように笑った。

()()()()()()()()()()()()()()。ケイさん』

俺も笑みを浮かべたままキーボードに手を伸ばし、最後に一言だけ書き込んだ。

≫俺の人生を懸けて証明する。君は俺の最推しだ。