炊飯器

父は多忙な大学教授だったのだと、母から聞いたことがある。
「昔は家にほとんどいなかったのよ」と、洗い物をしながら何気なく言った。言い方が軽いので、僕は深刻な話なのかどうか判断に迷ったが、母にとってそれは、すでに観測が終わった出来事であり、ほろ苦い青春時代なのだろう。

僕が物心ついたころ、父はすでに「週末だけ帰ってくる人」だった。スーツケースはいつも玄関にあり、中身は入ったり出たりを繰り返している。父自身も、家にいる状態といない状態を同時に保っているような人だった。

帰ってくればちゃんと父親で、研究にも目を通し、「面白い視点だね」と言ってくれた。
けれど電話越しの声は、いつもどこか遠く、研究室の雑音に溶けていた。

ある夜、父が珍しく平日に帰ってきた。炊飯器の前で、母と並んで立っている姿が、遠い過去を見ているようで、妙に懐かしく感じる。

「今日は途中で停電しなかった?」

父は冗談めかしてそう聞いた。母が「またその話?」と笑う。

僕は少し驚いた。停電のことを、父に詳しく話した覚えはなかったからだ。

「研究、読んだよ」

父はそう言って、僕のノートを指先で軽く叩いた。

「失敗しない装置を疑うのは、いい癖だ。科学はだいたい、うまくいきすぎるものを疑うところから始まる」

その言葉は、先生の赤ペンよりも静かに、でも深く胸に残った。

「でもさ」と僕は聞いた。「失敗しなかった研究って、意味あるの?」

父は少し考えてから言った。

「失敗しなかった、という結論を出したなら、それも結果だよ。ただし――」

一拍置いて、続ける。

「本当に失敗しなかったかどうかは、あとにならないと分からないことも多い」

なるほど、と思った。
失敗は、その場で確定するものとは限らない。時間差でやってきて、過去を書き換えることさえあるのかもしれない。

「お父さんは、失敗したことある?」

僕がそう聞くと、父は少し困った顔をした。

「あるよ。たくさん。ただね、論文にならなかった失敗のほうが多い。今だって失敗している」

意外なことを言った。やっぱり、記録されない失敗は存在しないのと同じ扱いなのだ。
本棚に並ばない失敗、誰にも観測されない失敗、それらはどこへ行くのだろうか。

「じゃあ、その失敗は無駄だった?」

父は首を横に振った。

「無駄だったかどうかを決める前に、次の研究が始まっちゃうんだ。だから未確定のまま、置いていかれる」

未確定。
その言葉は、炊飯器の蓋を開ける前の感覚とよく似ていた。

その日の夜のうちに、父はまたスーツケースを引いて家を出た。
玄関で靴を履きながら、「ああそうだ」と振り返る。
「信用できない装置があったら、無理に理解しようとしなくていい。ただ、疑い続けることだけはやめるな。それと、母さんのことよろしく頼む。ああ、あとそれから」

「まだあるの?」

「優希に渡しそびれてたんだ」

胸ポケットから取り出したのは、不思議ない色をした五百円くらいの石だった。

「今度はこれを研究してみたらどうだ?結果は父さんが帰ってきた時にでも聞かせてくれ」

それだけ言い残して父は出て行った。
扉が閉まり、家の中は静かになった。
僕は思う。
もしかすると父も、失敗と成功のあいだを行き来しながら、観測されない時間を生きているのかもしれない。
そして僕も、いつか同じように、結果の出ない研究を抱えたまま、どこかへ向かうのだろう。

渡辺心愛にその話をすると、彼女は少しだけ考えてから言った。

「でもさ、失敗が見えないってことは、まだ続きがあるってことでしょ?」

その言葉は、不思議と怖くなかった。
炊飯器の蓋を開ける前の一瞬。
失敗するかもしれないし、しないかもしれない。
そのどちらでもない状態が、まだ残っているということ。
僕はその可能性を、しばらく大事に持っていようと思う。
観測しないまま、次の疑問に、あの石の謎に進むために。

あれから、父が帰ってくることはなかった。