あなただけが教えてくれた

「誰だろう。宅配便かな……」
 複雑な思考回路から解放され、ほっとしながらモニターを見ると、明らかに宅配業者ではない、若い男性が立っていた。
 妙な勧誘だったら困ると思いつつも、通話ボタンを押した。
「はい」
「鷺沢楓さんですか?」
「そうですけど……」
「初めまして。今日から家庭教師として勉強を教えさせていただく、矢島璃日人(やじまりひと)です。入ってもいいですか」
 表情が感じられない上に、眼鏡をかけているせいか、かなり冷たい印象を受けた。
 こんな人にしばらく教わるのか、と不安な気持ちが過ったが、外でずっと待たせるわけにもいかない。
「今、開けます」
 緊張しながら玄関に行き、鍵を開けると、モニター越しで感じた印象がさらに色濃くなった。
 父親で整った顔立ちには慣れていたが、矢島はもっとその上をいった。
 何も喋らなければ人形だと思ってしまうほどだ。そのせいか、さらに緊張感が増した。
「どうぞ……」
 カラカラに乾いた喉を無理やり震わせ、部屋の中へ招く。
 ただでさえ、他人との触れ合いに慣れていないのに、こんな相手と上手くやっていけるだろうか。
 そんな気持ちが顔に出ていたのか、矢島はじっと俺を見た。
「あの、何か」
「そこまで緊張されるとやりづらい」
「す、すみません……。ずっと人と接してなかったので……」
 矢島は眼鏡を押し上げると、一瞬の間の後、溜息をついた。
 呆れられたのかもしれない。焦って再び謝ろうとすれば、矢島は手で制した。
「謝ってもらわなくていいです。今のは俺も悪かったので」
「え……」
 言葉の意味を問いかけようとするも、矢島はさっと鞄から教材を取り出し始めた。
「では、早速始めましょう」
「あ、はい」
「ここでしますか?鷺沢さんの部屋でしますか?」
「ここで……お願いします」
 初対面の人間を自室に招くのは、流石に抵抗があった。
 矢島は特に何も言わず、テーブルに教材を広げようとして、食べた後の食器があることに気がつき、動きを止める。
「す、すみません。すぐに片づけます」
「お願いします」
 急かされているわけでもないのに、急いでしないといけない気がした。
 食器を片付けながら、矢島に気づかれないよう、ひっそりと息を吐き出す。
 前途多難だ。後で、宇宙に話を聞いてもらおう。
 返信に迷っていたことも忘れ、そう決めると、少しだけ心が解れるのを感じた。