仕事に行く前、母は俺のことを見なかったが、テーブルの上には何年ぶりかの料理が並べられていた。
俺が玄関に向かう母の背中を見つめていると、母は独り言のように呟いた。
「食べなさい」
俺は足元から這い上がるこそばゆさを飲み込み、母の見えないところで頷いた。
一人きりになり、朝食を食べながらfriendsを開く。
昨日見た時以上にリアクションが増えていて、返信が追いつかないくらいだった。
俺は律儀に一つずつコメントを返そうとして、途中で思い直してDMの宇宙とのやり取りを開く。
「あの後、宇宙……」
さん、とつけるか、君、とつけるか一瞬迷った。
思えば、宇宙のことは年齢も何も知らない。主語が「俺」だから恐らく男だろうとは思うけれど、SNS上では自分のことをそう言っている女も存在する。
迷った末に、無難なさん付けで呼ぶことにした。これなら、男だろうと女だろうと通じる。
「あの後、宇宙さんから言われたことをじっくり考えて、両親と話しました。母とはまだ完全には分かり合えていないですが、父は俺の考えを少しは理解してくれ、一つ条件を出されました」
メッセージを一旦区切った後、続けて次の文章を打ち始めた。
「大学を卒業して、そこから自分の好きなことをやること。その時に生活に困っても、助けないと言われました」
宇宙のリアクションを待ちながら、朝食を食べ終わる。
それから三十分程して、返信が来た。
「手厳しいですね。でも、よかった。一歩前進したんですね」
心底安堵している様子を文字から感じられて、俺は口元を綻ばせる。
一歩前進。その通りだ。ようやくスタートラインに立てたと思う。
「宇宙さん、アドバイス本当にありがとうございました。あなたのおかげで、少し道が開けました」
「それはよかったです。どういたしまして。少しだけ、紫悠さんより人生の先輩ですからね」
「何歳なんですか?」
その質問に対して、しばらく間が空いた。聞いては駄目だったかと焦ったが、返信はちゃんと来た。
「大学3年です。紫悠さんと同じく、今人生の岐路に立たされています。だから尚更、俺としても思うところがありました」
宇宙の言葉に納得した。あの言葉は、実感が伴っていたのだ。
「宇宙さん、」
続きを打とうとして、迷いが生じた。
本名は何ですか?
いつか、会えませんか?
SNSで知り合い、実際に会うことはよくあるし、それに対して抵抗があるわけではない。
ただ、どうしてか宇宙の反応が怖くて、思い切ることができなかった。
無難な言葉で締めくくろうとしても、それさえも惜しいことのような気がして、画面を睨みつけたままじっと動きを止めてしまう。
「どうしよう。何て返そう……」
秋晴とのやり取りの時は、こんなに返信で悩んだことはない。
不安と焦燥、羞恥心と高揚、様々な感情が渦巻いて、パニックに陥りかけた時だった。
インターホンが鳴り響いた。
俺が玄関に向かう母の背中を見つめていると、母は独り言のように呟いた。
「食べなさい」
俺は足元から這い上がるこそばゆさを飲み込み、母の見えないところで頷いた。
一人きりになり、朝食を食べながらfriendsを開く。
昨日見た時以上にリアクションが増えていて、返信が追いつかないくらいだった。
俺は律儀に一つずつコメントを返そうとして、途中で思い直してDMの宇宙とのやり取りを開く。
「あの後、宇宙……」
さん、とつけるか、君、とつけるか一瞬迷った。
思えば、宇宙のことは年齢も何も知らない。主語が「俺」だから恐らく男だろうとは思うけれど、SNS上では自分のことをそう言っている女も存在する。
迷った末に、無難なさん付けで呼ぶことにした。これなら、男だろうと女だろうと通じる。
「あの後、宇宙さんから言われたことをじっくり考えて、両親と話しました。母とはまだ完全には分かり合えていないですが、父は俺の考えを少しは理解してくれ、一つ条件を出されました」
メッセージを一旦区切った後、続けて次の文章を打ち始めた。
「大学を卒業して、そこから自分の好きなことをやること。その時に生活に困っても、助けないと言われました」
宇宙のリアクションを待ちながら、朝食を食べ終わる。
それから三十分程して、返信が来た。
「手厳しいですね。でも、よかった。一歩前進したんですね」
心底安堵している様子を文字から感じられて、俺は口元を綻ばせる。
一歩前進。その通りだ。ようやくスタートラインに立てたと思う。
「宇宙さん、アドバイス本当にありがとうございました。あなたのおかげで、少し道が開けました」
「それはよかったです。どういたしまして。少しだけ、紫悠さんより人生の先輩ですからね」
「何歳なんですか?」
その質問に対して、しばらく間が空いた。聞いては駄目だったかと焦ったが、返信はちゃんと来た。
「大学3年です。紫悠さんと同じく、今人生の岐路に立たされています。だから尚更、俺としても思うところがありました」
宇宙の言葉に納得した。あの言葉は、実感が伴っていたのだ。
「宇宙さん、」
続きを打とうとして、迷いが生じた。
本名は何ですか?
いつか、会えませんか?
SNSで知り合い、実際に会うことはよくあるし、それに対して抵抗があるわけではない。
ただ、どうしてか宇宙の反応が怖くて、思い切ることができなかった。
無難な言葉で締めくくろうとしても、それさえも惜しいことのような気がして、画面を睨みつけたままじっと動きを止めてしまう。
「どうしよう。何て返そう……」
秋晴とのやり取りの時は、こんなに返信で悩んだことはない。
不安と焦燥、羞恥心と高揚、様々な感情が渦巻いて、パニックに陥りかけた時だった。
インターホンが鳴り響いた。

