その後、夜遅くに父が帰宅する音がした。
階下で母と父が言葉を交わしていたかと思うと、どちらかが階段を上って来るのが分かった。
「楓。入ってもいいか」
父の声を聞いたのは、ずいぶんと久しぶりな気がした。
ゆっくりとドアを開けると、オールバッグに髪を固めたままの父が、静かな目をして立っていた。
後ろに下がると、父は溜息を溢しながら、ゆったりとした動作で部屋に入ってくる。
顔で選んで結婚したかと思うくらい、父は無駄に顔が整っている。若作りをしているかもしれないが、とても四十手前には見えなかった。
「単刀直入に言う。俺は概ね、お母さんの意見に賛成だ」
やっぱり、と思って落胆し、俯いた俺に、父は続けた。
「だが、お前の言いたいことも分かる。俺とお母さんは、仕事ばかりで家庭を振り返ってこなかった。お母さんは分からないが、俺は正直、仕事のことになると他の何も見えなくなるくらい仕事が好きだ。お前もよく分かっているだろうけどな」
父が珍しく笑みを口元に浮かべる。
「だから、少しくらいはお前のやりたいことをさせてもいいんじゃないかと思っている」
はっと顔を上げると、父は人差し指を立てた。
「ただし、条件がある」
自分が母に放った台詞とどこか重なるところを感じて、奇妙な感覚を抱く。
「大学までちゃんと行って、ちゃんと卒業して、そこから自分の好きなことをやること。その時に生活に困っても、自力で何とかすること。俺とお母さんはお前がその時に泣きついてきても、助けてはやれない。忠告はちゃんとしているからな」
厳しい言葉ではあったけれど、また一つ、道が開けたのが分かった。
「お父さん」
「何だ?」
「俺、正直、まだ将来のことははっきり決めたわけじゃない。お母さんには強く言っちゃったけど、まだ少し、ぼんやりとやりたいことが見えた段階なんだ。だから、それも選択肢の一つとして考えていていいかな」
「うん……そうか、ゆっくり考えなさい。俺からもお母さんに伝えておく。家庭教師は、どうする?」
「お願いする。勉強はやる気になったから」
答えると、父はほっとしたように笑い、部屋から出て行った。
階下で母と父が言葉を交わしていたかと思うと、どちらかが階段を上って来るのが分かった。
「楓。入ってもいいか」
父の声を聞いたのは、ずいぶんと久しぶりな気がした。
ゆっくりとドアを開けると、オールバッグに髪を固めたままの父が、静かな目をして立っていた。
後ろに下がると、父は溜息を溢しながら、ゆったりとした動作で部屋に入ってくる。
顔で選んで結婚したかと思うくらい、父は無駄に顔が整っている。若作りをしているかもしれないが、とても四十手前には見えなかった。
「単刀直入に言う。俺は概ね、お母さんの意見に賛成だ」
やっぱり、と思って落胆し、俯いた俺に、父は続けた。
「だが、お前の言いたいことも分かる。俺とお母さんは、仕事ばかりで家庭を振り返ってこなかった。お母さんは分からないが、俺は正直、仕事のことになると他の何も見えなくなるくらい仕事が好きだ。お前もよく分かっているだろうけどな」
父が珍しく笑みを口元に浮かべる。
「だから、少しくらいはお前のやりたいことをさせてもいいんじゃないかと思っている」
はっと顔を上げると、父は人差し指を立てた。
「ただし、条件がある」
自分が母に放った台詞とどこか重なるところを感じて、奇妙な感覚を抱く。
「大学までちゃんと行って、ちゃんと卒業して、そこから自分の好きなことをやること。その時に生活に困っても、自力で何とかすること。俺とお母さんはお前がその時に泣きついてきても、助けてはやれない。忠告はちゃんとしているからな」
厳しい言葉ではあったけれど、また一つ、道が開けたのが分かった。
「お父さん」
「何だ?」
「俺、正直、まだ将来のことははっきり決めたわけじゃない。お母さんには強く言っちゃったけど、まだ少し、ぼんやりとやりたいことが見えた段階なんだ。だから、それも選択肢の一つとして考えていていいかな」
「うん……そうか、ゆっくり考えなさい。俺からもお母さんに伝えておく。家庭教師は、どうする?」
「お願いする。勉強はやる気になったから」
答えると、父はほっとしたように笑い、部屋から出て行った。

