あなただけが教えてくれた

 夜になって、母がいつもより早く帰宅した。
 俺が母に、「家庭教師のことで話がある」とメッセージを送ったからだ。
「話って?断るのはなしよ」
 母は髪を一つに束ねながら、ややぴりぴりした態度で尋ねてくる。
 根っからの仕事人間で、無駄なことは嫌う。そういう人間なのはよく分かっているけれど、真っ向からぶつからなければ始まらない。
 俺は覚悟を決め、きっ、と強く母を見た。
 母は僅かに動揺を滲ませた。俺がこんな目で見たのは初めてだからだ。
「俺、勉強する。家庭教師と一緒に真面目に勉強する」
「そう。分かったわ。今から連絡する」
 早々に話を切り上げたがっている母だが、俺はそこで終わらせるつもりはさらさらなかった。
 背中を向けた母に、食らいつくように言葉を続ける。
「でも、一つ条件がある」
「条件って何よ。偉そうに」
 鼻で笑われても、俺の意思は変わらないどころか、ますます強固になった。
「俺は学校を卒業したら、インフルエンサーになる。たくさん、自分の思いとか、悩みとか発信して、同じ経験している人たちを元気づけるような動画を上げ続ける」
「インフルエンサー?」
 母が振り返る。その唇に浮かんでいたのは、冷笑だった。
「甘えたこと言わないでちょうだい。そんなんで食べていけるほど、世の中甘くないわよ。私とお父さんが、毎日どれだけ苦労して働いているか分かってる?」
「……そんなに一生懸命働いたって、意味ないよ」
「何ですって?」
「俺のこと、今まで少しでも考えてくれてた?働くのが好きなのはしょうがないけど、俺のこと、今まで、少しも見ようとしなかったよね。仕事だけが全てじゃないよ」
 言い捨てて、二階の自室に駆け上がる。
 母が何か続ける声を聞いた気がしたが、全く聞く気がなかった。
 自室の扉を音を立てて閉めると、声の限りに泣いた。
 今はただ、泣き続けていたかった。